依頼
薄暗い小屋の中、あたしは目の前の老人をどう扱ったものかと思案していた。
もじゃもじゃの白い髭、可愛らしいピンクの頬、優しそうに垂れ下がった眉。どこからどう見ても可愛いおじいちゃんの風貌をしている。この風貌にだまされる人は多いだろう。
この爺さん、あたしの恩人であるのだが…当時の勢いで、恩返しに何でもやると言ったばかりに…あたしに厄介ごとを持ち込む。先日も神職の護衛依頼が来て、片付けたところだ。
「ま、お茶でも飲みなされ」
かたり、といかにも高級そうな茶碗に、なみなみと玄米茶が注がれる。香ばしい匂いだが。
「ワインの方が有難いんだけどね」
あたしは小さく嘆息する。もちろん、爺さんの小屋にワインなどというものが置いてはないだろうことは推察される。
「酒が飲みたきゃ、酒場に行きなされ」
ふぉっふぉっふぉ、と爺さんが白いひげをもじゃもじゃにさせて笑う。
屈託のない笑顔だが、この顔にだまされると痛い目に遭うということは、既に身をもって知っている。
「爺さんからの借りは後幾つだっけね?」
「さぁーて、幾つだっかのう…?」
すっとぼけやがってクソジジイ、とは頭の中だけで吐き捨てた言葉であって、決して口には出していない。
「そもそも数えられるものでもあるまいにのう…」
「そーかね」
あたしはそれだけ言って、爺さんの煎れてくれた茶をすする。
「それで、あたしを呼んだのはどういう訳だい?」
なかなか上質な茶らしく、風味が良い。
爺さんは時折思い出したようにあたしを構う。それが根無し草のあたしを心配しているから、ということも一部あると思う。だけど、それよりも、使い勝手の良い魔法士という理由のほうが大きいだろう。現に…
「仕事の依頼じゃよ」
こうくる。予想していた答えとはいえ、あたしの機嫌は駄々下がり。
「爺さん、あたし暫くは依頼受けないって言ったよね?」
「さーて、どうじゃったかのう?最近呆けてきたからのう」
「呆けるくらいだったら、仲介屋辞めた方がいいよ、爺さん。そもそも定年ってのは何時かねぇ?」
「さあてのう…ま、今回の依頼人は大手だからの。無下に断るわけにもいかんよっての」
そういって、爺さんも茶をすする。これじゃ茶飲み友達だな、と今更ながら情けなくなる。
「大手?どっかの金持ちかい?」
ふぉっふぉっふぉ、と爺さんが不吉な笑いを見せてくる。
「グランシア王国じゃよ、おまえさんもよく知っとろうが。しかも、おまえさんをご指名じゃ」
ぶほっとあたしは飲みかけのお茶を吐き出した。
「冗談じゃない!グランシアなんて行くもんですか!」
グラシア王国。そこであたしは以前働いていたことがあった。今のように流浪の旅をする魔法士としてではなく、宮廷で王族に仕える宮廷魔法士として。
数年前。あたしはそこをクビになり各国を流浪することになったのだが、グラシアを出るときあたしは誓ったのだ。
この国に2度と足を踏み入れることはしない、と。
「じゃがのう…前金はもう…」
言いたくなさげに爺さんが言う。
「そんなもん、返せ!」
「おまえさんが飲んでしもうたしのう」
…は?
「え?」
「その玄米茶が前金代わりでのう、グランシアでとれた玉露でこしらえたそうじゃよ」
にっこりと爺さんが笑う。
「なんだってぇ!?」
これがこの依頼(仕事)の始まりである。