子役は勘違いする 完結
大事な話がある、親同伴でと言われた時、カイト自身は深くは考えていなかった。
だが、今後の方針について母親だけでなく、父親にも同席してもらいたいと言われた時、僅かな違和感を感じただけだった。
「しばらく休んだらどうかな」
マネージャーの黒川に言われた時、すぐには言葉が出なかったのは驚いたせいだ。
黒川は中年の女性で口調も柔らかい。
「どういうことです」
カイトよりも先に口を開いたのは母親の亜希子だ。
納得できないという表情だけではない、不満が浮かんでいる。
「僕の意見も聞いてほしい。今は色々なドラマが各局で」
この時、黒川が口を挟んだ。
「今、芸人の矢吹さんが主役の二時間ドラマが製作進行しているんだけど。矢吹さんの子供という役でカイトくんの名前が出たの」
母親の顔色が喜色に変わった。
「無理だって」
母親の顔色が変わり、どうしてとカイトが小さく呟いた。
だが、父親の雄一郎は違う。以前、知り合いに言われた言葉を思い出したのだ。
台本通りの演技という言葉をだ。
「芸人が主役のドラマでしょう」
「だから、なんですか」
この時、黒川の表情が変わった。母親の芸人という言葉が矢吹のことを他の役者より下に見てると感じたのだ。
「芸人だから、演技ができないと?」
「違います」
亜希子は慌てて訂正しようとした。
「このドラマ、製作はまだですが。PRのCMの時点で韓国の製作が話を聞いて駆けつけてきています。脚本が豊川さんという小説家です。それだけで」
意味がわかりますかと黒川は母親をじっと見た。
「豊川さんというのは、どういう人なんでしょう」
雄一郎が尋ねた。
「小説家です。売れているベストセラーではありません、ただ」
黒川は父親を見た。
カイトと母親より話が通じると思ったのかもしれない。
「脚本は違います。韓国だけでない、他国でも舞台化、再演が繰り返されているんです。豊川さんの脚本というだけで海外、制作側の見る目は違うんです」
黒川は言葉を続けた。
「このドラマ、脚本の豊川さんはアドリブを入れてくれて構わないと言ってるんです」
「アドリブ?」
亜希子が怪訝な表情になる、だが、それはカイトもだ。
「本番で、です」
「それは当たり前のことですか」
雄一郎の言葉に黒川は、すぐには答えない。
「豊川さんは自分の脚本が完成とは思っていないタイプなんでしょう。台本を覚えて演技するだけでは通用しないんです」
このとき、黒川は視線を向けた、カイトにだ。
「アドリブに対応できるなんて思いません」
その言葉にカイトは声をあげた。
「できます、僕だって」
黒川は視線だけを返した。
無理だ、そう思っていると感じたのは父の雄一郎だ。
「芸人の矢吹さん相手にですか」
断定するような言葉にカイトだけではない、亜希子も表情を変えた。
「突然の客席のヤジも瞬時に自分の中に取り込んで笑い、いじりに変え、舞台に立っているんです」
亜希子は不快感を覚えた、だが、雄一郎は違う。
現実を見た気がした。
「このドラマ、韓国は舞台化を考えているんでしょう」
「早くないですか」
亜希子は撮影さえ始まっていないのにと黒川を見た。
「矢吹の役を自分がやりたいと自分のブログで声を上げている役者もいます」
「韓国の役者がですか」
雄一郎が驚いた。
「事務所に所属していない、フリーの役者です、だから、噂でも情報を聞いた時点で動きます。脚本の豊川さんに声をかけている可能性もあります」
フリーの役者という言葉に亜希子はどんな人ですと尋ねた。
「舞台に出ればチケットは完売。カイトがドラマで矢吹さんの息子役を演じた場合、どんな評価が出ると思います」
「比べられるということですか」
雄一郎の言葉に黒川は頷いた。
「日本の製作だって慎重になります」
当たり前だと雄一郎は思った。
だが、妻の表情を見て思った、自分とは反対のことを考えているのではないか。
「カイトならできます」
亜希子の言葉にカイトも頷いた。
「できます、僕だって色々なドラマやってきました。
黒川はカイトの顔を見た。
「決めるのは製作です。事務所が声をかけたから?安易に考えていませんか。豊川さんの脚本で動いた役者がいる。韓国は近いからというだけではありません。豊川さんの脚本で成功した実績がある」
「そんなに豊川さんの脚本は人気が」
「韓国だけではありません」
黒川は雄一郎を見た。
「韓国は発表しているかもしれません。自分たちは豊川のドラマを舞台にする一番乗りだと自慢です」
「えっっ、契約とかしていませんよね」
驚いたのは亜希子だ。
「豊川さんは脚本に関してもアマチュアや学生が舞台にしたいと声をかけたら、自分の脚本だと公式に発表してくれたらいい。契約、金のやり取りはしません」
「それは普通なんですか」
雄一郎は驚いた。
「珍しいタイプでしょう。舞台にするのも学生、アマチュア、素人ではないんです、実力があります。それに学生や小劇団は金のあるところとは限りません」
黒川はカイトを見た。
「芸人が主役の二時間ドラマではないんです。業界も慎重です。韓国だけではない他の国も舞台にしたいと考えたら。日本も安易なキャスティングはできません」
「カイトでは実力も届かないと、そうでしょう」
雄一郎の言葉に黒川はすぐには答えなかった。
「そう思ってくださって構いません」
雄一郎はカイトを見た。
「少し休もう、お前には無理だ」
亜希子の表情が変わった、だが、雄一郎は妻を見ることもしないまま言葉を続けた。
「事務所を辞めさせたいと思います。今のままで仕事があるとは思えません」
雄一郎の言葉に黒川は頷いた。
「今、各局で色々なドラマの製作が進められています」
亜希子がホッとした表情になった。
「でも、カイトを使いたいという声は届いていません。普通なら、今の時点でも打診があってもいいんです」
「僕はやれるよ、ここで終わりなんて」
カイトは必死だ、息子の表情を見て思った。
「ドラマの話は来ていないのに」
黒川は亜希子を見た。
「バラエティでも使いづらいと言われました」
亜希子は意味が分からないという顔だ。
「回っていないのにカメラを気にしているんです。カメラマンが気づいてなんとかできないかと、無意識なんです。今までメイン、主役が多い、癖かもしれません」
癖、そんなつもりはなかった、カイトは驚いた。
「他の子役と同じシーンを演じさせたら違いがハッキリ出ると周りで言われています」
「どういう意味ですか、それは」
亜希子は驚いた。
「演技しているつもりなんです」
黒川の言葉にカイトは驚いた。
「そんなことない」
「周りは思っていない。台詞のやり取りができないんです。自分は台本通りのことを言ったら終わり、それでは駄目なんです」
決定的だと思った、だが、このとき雄一郎はホッとしていた。
重い肩の荷物が下ろせた、そんな気持ちだったのかもしれない。
「真田、お前、何やっているんだ」
事務所の人間に声をかけられ、真田はなんですと答えた。
自分が以前、事務所を辞めたいとこぼしたことを知っている。
近づいてきた新道という男は難しい顔だ。
多分、怒りたいが、それができないと思っているのかもしれない。
「社長が呼んでいるんだよ、来い」
頷いた真田は自分に言い聞かせた、ここからだ。
「真田です」
「おまえ何、勝手な事やってるな。海外のドラマに出たって、そういうときは」
「出ていません」
真田は一言、はっきりと言った。
「テストですよ。丸川さんが役者を探している監督がいるって声をかけてくれたんです。駄目でしたか」
丸川という言葉に社長だけでない、マネージャーの新道の表情が変わった。
嫌われているなと真田は思った。
丸川が扱いづらい役者と思われているのだ。
「怒られました」
真田の言葉に新道だけではない、社長の顔も変わった。
「それで演技しているのか、真面目にしろって」
新道が驚いた、いや、社長の川田もだ。
「日本の有名なアイドル俳優だから使えると思ったが見当違いだ。フリーの丸川が、まだましだって」
「撮影はしたんだろう」
真田は頷いた、だが、表情は暗い。
「怒鳴られました。撮影したシーン削る、使えないって、丸川さんには悪いことしました」
真田は真顔だ。
「演技ができると思った、でも、勘違いでした」
新道の顔に戸惑いが、社長の川田は驚きだけではない。
「監督は誰だ、うちは大手の」
事務所だと使えない、そんなことはない、否定する言葉を出すつもりだったのか。
「ドイツ人の監督です。文句を言うんですか」
「あたりまえだ」
「日本の芸能事務所はと笑われませんか」
真田の言葉に新道と川田は無言になった。
「やめてください、恥を晒す事になりませんか」
「どういう意味だ」
新道の表情が変わった。
「少し前に日本の若手グループを海外に売り込もうとしたらしいですが。相手が怒ったみたいですね」
新道だけでない川田も無言になった。
「大手事務所だから、もみ消したんじゃないかって言われました」
「誰からだ」
ここで丸川の名前を出しても駄目だと真田は思った。
「オーナーです」
「オーナー?」
新道と川田の表情が変わった。
「外国人です。どういう人がわかりません。英語で話しかけてきたんです。日本の芸能事務所がもみ消してもすぐに記事になる。表に出ると」
部屋の中がしんとなった。
「日本の事務所は大手らしいです。有名グループじゃないですか」
真田の言葉に新道は不安を感じた。
名前は出ない、いや、思い出そうとしているのかもしれない。
相応のレッスンはしているはずだと思った。
だが、それは川田もだ。
「踊り、演技、歌、中途半端で何をしたいのかわからない。契約に高値をふっかけてきたから期待させられた。見るだけ時間の無駄だと」
真田の言葉に二人は、言葉を飲み込んだ。
「僕が事務所に所属していることを知ってオーナーは笑っていました」
「笑っていた!?」
「役者になりたいのか、コメディアンを目指しているのかって」
新道と川田の顔を見て真田は思った。
これで枷を外せると。




