漆黒に彩られた負の遺産
異世界の豪華な大理石に、短い悲鳴が木霊した。
殴られた次女のミストは、そのまま床を二、三メートルほど滑り、華麗な装飾が施された柱に激突して止まった。
「な、ななな何するんですか! 不審者! 強盗! 暴力反対!」
ミストは、目に涙を浮かべて跳ね起きた。
さすがは勇者の血を引く娘だ。
普通の人間であれば血の一滴くらい流しそうなのに、たんこぶ一つで済んでいる。
「不審者じゃない。我が家の無駄使いを止めに来た弟だ」
「弟? ああ、お父様たちが言ってた『日本』とかいう平和ボケした島国で、モヤシみたいに育ったっていうソウタ君? ってなんでここにいるのよ! それに、目も髪も私達と違うじゃない!」
確かに、俺の目も髪も典型的な黒色だ。
元は両親も黒色だったが、異世界転生で水色の髪と紫色の瞳に変わったと女神様から聞いた。
帰ってきた時は驚いたよなぁ、当時はこれが海外の流行の最先端かとテキトーに納得していたけど。
まさか今になって転生していたと知るなんて……。
ミストの外見も、異世界から帰ってきた両親と一緒で如何にも異世界人な風貌だ。
水色の髪をツインテールにして振り回している。
「モヤシで悪かったな。そのモヤシに殴り飛ばされた気分はどうだ? それより、その手に持っている不吉な色のカードをこっちに渡せ」
俺は威圧感たっぷりに一歩踏み出した。
部屋の隅には白髭を蓄えた高級そうなスーツの店員が、大きな箱を抱えて固まっている。
「い、嫌よ! 今まさに、この『聖剣エクスカリバー』を買うところなんだから! これ、世界に三本しかないのよ!?」
ミストはブラックカードを胸に抱き、渡すつもりは全くなさそうだ。
「世界に三本しかない? それが数億ゼニー? 偽物じゃないのか、それ。まさかレプリカに騙される阿呆だったとは……」
「偽物? レプリカ? え、でも店員さんが本物って言ってたし……」
俺とミストは互いに顔を見合わせ、店員の方へ顔を向けた。
店員の顔は青ざめ、目を背けている。
「おい、ここに居るのはバカばっかりじゃねぇか」
俺がミストの方を向くと、ミストも顔を背ける。
「よ、よくわからないけど、私はアクアベール家の次女よ? お金なんて、このカードを『ピコーン!』ってすれば無限に出てくるんだから!」
ダメだ。こいつ、想像以上にアホの子だった。
俺の中で、何かがプツリと切れる。
「店員さん。その剣、返品で」
「えっ、あ、しかし、すでにご成約のサインを……」
「くーりんぐおふ! くーりんぐおふ!」
「いや、あの……クリーン・グ・オフ? いったい何のことだか」
「じゃあ殴る」
俺が拳を鳴らして威圧すると、クソ詐欺師が散っていった。
あの舐め腐った守銭奴は、後でボコボコにする。
「お前はちょっとこっちへ来い、ミスト姉さん」
ミストは、足音を忍ばせて何処かへ行こうとしていた。
俺は、逃げようとしたミストのツインテールを掴む。
トラックの突進を喰らってもピンピンしていた俺の腕力だ。か細い少女の力で抗えるはずがない。
「ひゃうんっ!? 離してっ、離しなさいってば! 暴力反対って言ってるでしょ? 騎士団、呼んでもいいのッ!?」
俺はミストの手から、漆黒に輝くブラックカードを強引に奪い取った。指先に触れた瞬間、カードから「もっと使え〜、もっと贅沢しろ〜」という、悪魔の囁きが聞こえてくる。
「ああっ、私のブラックカードが! 返して、それがないと夜ご飯がッ?」
「安心しろ。今夜の献立は俺が決める。まずは、このカードの息の根を止めるのが先だ」
俺は女神との約束を思い出し、カードを真っ二つに折り曲げようと力を込めた。
だが、さすがは漆黒に彩られた負の遺産だ。
鋼鉄以上の硬度で、俺の怪力をもってしてもビクともしない。
「ふふん、無駄よ! それは神の加護を受けた不壊のカードなんだから!」
「そうか、別に壊す必要ないからな。女神様、とりあえず一つ目を回収しました。お納めください」
俺は、ここに居ない女神に向けて祈りを捧げた。
パキィィィィンッ!
カードからどす黒い冷気が噴き出し、漆黒の輝きが消えてプラスチックのような質感に変わった。
「嘘、私のカード……真っ白……え、何が起きたの?」
ミストが、絶望に染まった顔で崩れ落ちた。直感でカードがもう使い物にならないと悟ったようだ。
俺は念には念を入れて、ただのカードをハサミで切り刻んで捨てる。
これで、もう跡形もなくなった。
「さて、残りのカードは長女と三女の二つ。でも、その前にやっぱりあの詐欺師を一発ぶん殴っておくか。後々、契約がどうのと騒がれたら面倒だし」
暴力で解決するなら、特に問題はない。




