後編
そして最終決戦はユーグと女魔王ヤード様の一騎打ちでした。
私の目論見通り……ユーグの美貌は他の挑戦者たちを凌駕していた。
ユーグはさすがに変顔をする勇気はなく、けだるげな表情をしていたが……衣装関連は私の全力コーディネートのおかげで突破していった。
もちろんヤード魔王様の方も私は手を抜くことなく美しく飾り付けました。
そのおかげもあってか、彼女もまた更なる高みに臨み、結果として私のコーディネートのかいもあってか二人そろって決勝戦です。
さあ、行け、行くのです。
そして勝利をわが手に!
と、傍観者らしく気楽に思いながら私は決勝戦を見ていました。
ヤード魔王様はユーグが相手という事もあり、闘争心むき出しです。
「お前になんか絶対負けない!」
「僕は負けてもいいのですが、皆さんが僕を選んでしまうんです」
ユーグがしれっとそう言い返した。
やる気がないが勝利は約束されている、と言わんばかりの言葉。
ユーグは相変わらずヤード魔王様には何となく対応がおかしい。
やはり男から見るとハーレム……女の人たちがそばにいっぱいいるような傲慢な男? というのは思う所があるのだろうか?
男性になった経験がないので私にはよく分からない。
だが、ユーグのその言葉は魔王ヤード様の琴線に触れてしまったらしい。
魔王ヤード様は怒りに震えながらユーグに、
「……お前、本気で言っているのか?」
「やっぱり僕って優れているんですね。たかだか女になった程度で僕に勝てるとでも?」
そう言いながら、ユーグあざ笑いながらヤードに告げた。
目に見えてわかる挑発だが、ユーグのその言葉にヤードは、
「……抹殺する。否、まずは敗北の味を教えてやる!」
「……ルナになら負けても良かったのですが、コレはどうでもいいから適当に負かそうっと」
そんな余裕めいた発言に魔王ヤード様が切れました。
ちなみにこのすぐ後ユーグに負けましたが。
神様としての何かの力を使ったのかは分かりませんが、全員がユーグを見る目が何となく変わっていた気が……でも魔力は全く感じませんでしたし……。
腐っても神なユーグは色々規格外のようです。
こうして大会は私の仲間二人の勝利という事で、幕を閉じました。
とりあえずは約束通りとーぜる君には勝利をしたのでお話をしてもらえる事に。
そしてローゼルくんといえば、
「約束だから話を聞いてやる」
「実は……」
ようやく話を聞いてもらえる事になり、今後起こるである世界の破滅関係の話をすると、ローゼル君は困ったように、
「それを信じろと?」
「信じずとも連絡を取れるようにしていただきたいのです。できれば、その間に力を蓄えておいてほしいといった意味もあります」
「ふーん、別にいいよ。でも随分しっかりしているね、本当は何歳なんだ? 実際の年齢は違うんじゃないのか?」
そう私は問いかけられました。
しっかりしているだの言葉は濁されていましたが、本当の年齢は数百歳とでもいうかのような言動に聞こえました。
だから私は自信をもって、
「六歳です」
「……そうか、まるで話しに聞くルナ・クレールみたいだな」
「本人ですから」
そう答えるとローゼルは一歩下がり、顔を蒼白にする。
名前を聞いた瞬間これとは……。
しかも即座に納得してしまったし、しかも世界の崩壊関係についても呻いていたものの頷いていた。
もしかして初めから私本人がやってきてお話すれば、こんな手間取ったりはしなかったのではないだろうかという、驚愕の事実に私は気づいてしまったが、深く考えないことにした。
でも裏で何を言われているのかわからない。
このローゼル君がこんな顔をするなんて一体どんなことになっているのだろうかと私は気になりはした。
が、とりあえず目的を果たしたので私はそのあたりの疑問は放置することにした。
そこで女魔王ヤード様がローゼル君に、
「所で、どうして私が男だと思ったんだ?」
「こんなに可愛いくて綺麗な子が女の子のはずないからです!」
「……」
「まさかこの僕が負かされる思いませんでした。ですが今ならその格好を恥ずかしがる貴方の魅力がわかります。必ず……将来必ず、貴方を迎えに行きますので待っていてください。では!」
そう告げてローゼル君は恥ずかしそうに去って行きました。
耳まで真っ赤になっているのは気のせいではないようだ。
どうやらツンデレ? のような属性も彼にはあるらしい。
それを見送りながらヤード女魔王様は、
「どうして私は今、告白されたんだ? 男と思われていたんじゃないのか?」
というので私はヤード魔王様に、
「それはあれです。照れ隠し?」
「……」
「初めから女の子としか見ていなかったみたいですし。これだけモテモテなので、女として生きていくのもいいかもしれませんよ?」
それを聞いた魔王ヤード様が、ユーグをいつもの様に追いかけまわし始めたのでした。
私は現在、心地よい満足に満たされながら、コンテスト後のパーティに参加しています。
私達の完全勝利とともに、ローデル君には約束を守ってもらえそうで、とりあえず今回の目的は果たせそうなのだ。
よかった、大変なことは現時点でやらないといけないことは大分なくなったわと、私が機嫌をよくするのは当然である。
そして私の周りには、ヤード様もユーグも今はいません。
見に来ていた観客というか生徒たちに取り囲まれる、魔王様ヤードとユーグ君。
もちろん巨大な衝撃とともに敗退した私は放置プレイです。
そのせいもあって私は人だかりのできている二人をとお目に見ながら、コンテスト後の立食会を楽しんでいたりします。
麺類からパン系まで、いろいろとお食事系をすでに楽しみ終えて、次に回っています。
デザート類を食べながら私は、相変わらずの人だかりの山を見つつ静かでいいわ、楽でと思いながら……追加のミルクのデザートを器に盛って頂く。
これで実は二杯目であるこのデザート。
中には透明なゼリ-のようなものと、オレンジ色や黄色のカットされたみずみずしい熟した果物が浮かんでいる。
甘くて美味しいわと、私がほのぼのしているととある人物が私の前にやってきた。
「お前、本当にあのクレール家のあの娘なのか?」
「そうよ?」
男性の姿に戻った……正確には男性の制服に戻ったローゼル君が話しかけてくる。
本当にクレール家のあの娘なのかと聞いてきたようだ。
確かに大人になる魔法というものは珍しいというか私は聞いたことがない。
そういったものも含めて知らないから聞いてきたのだろう。
だから私は、
「ちょっと大人になってみたの。その方法は企業秘密だけれどね。いずれここの学園に来るだろう貴族令嬢のルナ・クレールよ」
「そうなのか。まあ、その頃には僕はここにいないだろうね。……コレでコンテストにトップになれるだろう。仲間のあの二人はお前と一緒にいなくなるだろうからな。もっともお前には勝てる自信が僕にはあるけれど」
「あら、私、貴方と直接戦っていませんから、私、普通に戦えば勝てると思いましてよ?」
そう答えるとローゼルはむっとしたようでした。
けれど私だって譲れません。
先ほど捨てたとしても女のプライドが私には有ります。
挑発的な言葉をされたなら、もらうばかりでは申し訳ないのでお返しすべきでしょう。それに、
「私に楯突いて、許されると思っているの? 私、やられたらやり返す主義ですから」
と言って微笑んでやればローゼル君が、
「ふん、生意気な小娘だ」
「というか、こう見えて私、結構な美少女なのに、酷いです」
「自分で言うか自分で」
「だって事実ですもの。この前だって男たちをロリコンにした少女って言われたし」
「……でも多分僕のほうが美しい」
そう張り合うローゼルに私は溜息をこぼす。
ちょっと言い返してやると思っただけなのだけれど、美しさに関してはローデル君は譲れないようでした。
そこで私は手に盛ったばかりのデザートを見て、何も食べないで話していてもどうなんだろうと思ったので、
「貴方もお一ついかが?」
「別にいらない」
「貴方が食べないと私が食べる機会がなさそうだから、食べて」
「……自分基準か」
そこでローデル君が珍しく笑った。
美人な美形だけあって笑うと綺麗である。
そう思いつつも私は自分の今の状況を思い出しながら、
「そうよ、私だって色々大変なんだから」
「どんな風に?」
「脱、悪役令嬢計画☆、とか?」
私の優先順位としてはそこそこ高い目標について告げる。
やはり悪役令嬢よりはもっとこう、素敵で魅力的な令嬢になりたい。
そう思っているとローゼルが黙ったので私は彼の分のデザートを器に盛り、
「はい、どうぞ」
「……ありがとう」
そこでローゼルが少し驚いたように私を見る。
何だか困惑しているようだ。
じっと凝視をするように私を見ている。
何でだろうなと思って私は、
「嫌いなものでも入っていたのかしら。どれ? 食べてあげるわよ?」
「え、いえ……好きなモノばかりです」
何故か様子がおかしい。
もしや彼の目線の先、つまり私の背後で何かが起こっているのだろうかと思ってみてみるが、相変わらずヤード女魔王様とユーグが男女に囲まれているだけだ。
山盛りの人だかりは数人抜けはまた増えてという状態で一向に減る様子はない。
そんな状態のものを見てまだ解放されるのには時間がかかりそうねと私は思う。
そこで私は気づく。
そういえばこのローゼル君には親衛隊っぽいのがいたようなと思うとユーグの回りにいる。
「親衛隊取られて、機嫌が悪いの?」
「……別に。明日には貴方も含めていなくなる」
「そうすればいつもどおり、ね」
そして私達は次の目的地に向かうのだ。
現在のローゼルとの接触は良好。
そして今回のコンテストにて手に入れた副産物。
そう、女魔王ヤード様とユーグの女装写真だ。
二人をぶつけて競わせただけあって、どちらも観衆を魅了するために自身の魅力を全開にしてくださったのでもう、非常に美味しい思いをさせていただきました。
コレであの女魔王ヤード様に傾倒している二人の魔族へのカードが増えた。
そして私のニヤニヤコレクションも増えた。
素晴らしい。
早めにドロップアウトしてよかった……。
そんな幸せを私が感じているとそこで、
「何だか凄く満ち足りた顔をしているね」
「それはそうよ。先ほどの女装?写真、あの二人のものを沢山手に入れたんだし。これだけあればしばらくは何とかなりそうなくらいよ」
「! せひ! せひ譲ってください!」
ローゼル君が突然その話に食いついた。
ここまで食いつきが良かったとは……これ、私の生を出すまでもなく、あのヤードの部下二人と同じようにヤードの写真一つでどうにでもなったのではという気がしなくもない。
余計な手間がかかったような気になりながら私はとりあえず聞いてみる。そう、
「交換条件は?」
「……貴方の命令にその枚数分従いましょう」
「じゃあとりあえず三枚。すぐに複製しておいてよかったわ」
そう言って私はローゼルに写真を渡す。
魔力で色を付けるタイプの写真で、自分で現像できるのが利点だが、その分発色させるのが難しいと言われている。
とは言え器用になんでもこなせてしまう私には問題なかった。
こんな素晴らしい写真が手に入るならそれもよしと私が思っているとそこで、
「ルナは話に聞いた恐ろしい存在ではないようですね」
そこでローデル君はそんなことを言い出した。
裏でどんな話になっているのかは分からないが、私は“普通”である。
だがこれまでの事を考えると、
「まあ、色々言われているし暗殺者も来るしで、怖い存在なのは確かよ? そのあたりの事は事実だから私自身諦めているわ」
「でも僕の美しさに嫉妬して意地悪はしないんですね。女性なのに」
今私は変なことを聞いた気がした。
何かがおかしい気がしながら私は、
「……? 男に美しさで嫉妬してどうするの?」
「いえ、彼氏が僕の美しさに夢中になってしまうからで」
「だって私、貴方に美しさで勝てる自信があるし」
「……」
「……」
そこで沈黙するローゼル。
それに私はにっこりと微笑みミルクデザートを口にする。
コクがあり甘さも控えめのこのミルクデザートはとても美味しい。
いい味に調節されている、美味しいわと思って機嫌よく食べていると、今の発言で唖然としてからローゼル君がすぐに怒ったような顔になり、
「そこまで言うならばいいだろう! この僕と勝負だ、ルナ!」
「えー、めんどうくさーい」
私の気持ちを素直に表現してミルクデザートを飲み込む。
やはりおいしいわと思っているとそこでローデル君が口を曲げて機嫌の悪さを見てすぐわかるくらいに表現しながら、
「む、何だその余裕は……いいだろう、僕に勝ったらそのヤード魔王様の写真をすべていただく」
「私やらないわよ」
「……」
「どんな挑発をされても私に利益がないと動かないわ。だって貴方とどうこうするよりは、ここでデザートが食べたいし」
実際にそうなのだから仕方がない。
誰だって無駄なことはしたくないだろう。
それは例外もなく私もそうなのだ。
しかも私には勝っても今のところ何の利益がない。
その勝負に私が入りたくなるようなメリットが今のところ何も提示されていない。
だからそう私は答えるしかない。
そう告げた私にローゼルは少し黙ってから、
「……特別に調合した化粧品、頼まれれば何でも作ってやる。コレでどうだ?」
「……まあ、いいわ。但しかける写真は一枚よ。その代わり、私が勝っても負けてもあげるわ」
「そんな……」
「コレは貴重なカードだもの。代わりに触手に襲われているヤード様写真をあげるから」
「いいでしょう、それで手を打ちます!」
ローゼルは上手く私の手のひらで踊ってくれました。
結果として写真の枚数が少なくなっていたりするのですが全く気付いていません。
そして私とローゼルとのコンテストがおまけのように行われ……結果は私の大勝利に終わりました。
次は負かせてやると告げるローゼルにまたねと私が手を振る。
ユーグ達はようやく周りの人だかりがいくらか減ったので逃げるように私のところに来ました。
ローゼル君はヤード様を目の前にして顔を真っ赤にして逃げて行ってしまいました。
それにヤード様が再び、
「なぜ私は彼に顔を真っ赤にされて逃げられるのか」
「ヤードが絶世の美女だからでしょう」
その言葉に再びヤードがユーグを追いかけまわし足りといった県があるものの、今日のコンテストで疲れたのか、すぐにそれはやめることに。
それからいくらか立食してから、まるで初めからそこに存在しなかったかのようにその場から去ります。
もちろんユーグにそのあたりの認識操作系はお任せしましたが。
そして馬車に戻り私とユーグは元の子供の姿に戻って着替えたわけですが、そこで私は子供になったユーグの姿を見ながら、
「ユーグは大人になると随分格好良くなるのね」
「え? 惚れちゃいました?」
「売れるかと思って」
「……ひどい、ルナはひどすぎる……」
「あはは、でも格好いいし可愛いかなって思ったかも」
「そうですか、ならいいです」
ユーグが微笑んで一瞬私はその笑顔から目を離せなくなってしまう。
どうして課は分からないけれど何となくこう、こう……変な気持ちになる。
これは何だろうと私は思っているとそこでユーグが、
「だからもう、あんな変顔はやめてくださいね?」
「……じゃあもっと真面目に手伝ってね?」
「え? 嫌です」
よしそのうちまたやってやろうと私は思う。
私にばかり働かせようといってもそうはいかないわよ。
私も裏ですることがあるしね……悪役令嬢らしくと私は心の中で思う。
と、そこで疲れたようなヤード女魔王様が私のそばに座り、
「もう嫌だ。私は男なんだ。女の子に囲まれてちやほやされたい……女の子……」
「でも今は女なのでヤード魔王様は、百合になってしまいますよ?」
「もう百合でもいい、女の子が欲しいんだ……」
そう言って私を抱きしめる女魔王ヤード様。
随分とお疲れのご様子で、私は黙って抱きしめられていました。
それにユーグが一言。
「ザマァ」
「……お前だけは絶対に許さない」
いったい誰のせいで私がこんな目にあっているのかと、疲れているはずのヤードはユーグをにらみつけて立ち上がる。
こうしてユーグとヤード様の、仁義無き戦いが(馬車内で)始まったのでした。
そんなこんなで次のターゲットとの接触する事にした。
馬車を走らせて、護衛の人たちとも合流して散々に怒られるような目にあってしまったけれど、とりあえず次は大丈夫ですと答えておきました。
そして目的地に行く途中で一度宿に泊まり、そして現在馬車で移動している最中だったりします。
そこで私はヤード魔王様たちに、
「次の相手でとりあえずは最後です」
それを聞いて、ヤード魔王様が安堵したように息を吐く。
そしてすぐに何かを思い出したかのようにぼんやりと虚空を見てから、ヤード様はげっそりしたように、
「これで、とりあえずは接触終了か。後は、私は自由に女あさりをしていいのだな」
「魔王様、魔王様、今は魔王様は女の子です。女の子あさりはどう考えてもおかしいです」
「女だからなんだ! 私は男なんだ、男!」
そう言いきる魔王ヤード様。
気持ちは分からないような分かるようなそんな奇妙な感じ。
かといって女の姿でお話をされても普通はお友達のような女子会にしか……運がいいとならないだろう。
このヤード魔王様、男性の姿をしていた時もそういえばアレな事になっていたけれど、女性になったらどうなってしまうのだろうか?
そんな不安が私によぎるけれど、とりあえずは次のターゲットの話をしたいので、それは置いておくとして。
次の人物のゲーム内個人情報を私は話すことにする。
「次の神父様はこの世界の神様に祈りをささげる敬虔な信者、らしいです」
「ふん、そこにいる神と名乗る悪魔を祈るなど、正気の沙汰とは思えないな」
「そうですか……。ちなみに本当は後二人、仲間になる人がいるんですよね」
ヤード魔王様が機嫌を悪くしたので私は、そこで話を変える。
それにヤード女魔王様も好奇心が刺激されたのかうまい具合に食いついて、
「その二人にはどうして会いに行かないんだ?」
「まだ赤ん坊なんです」
「……そうか」
「はい、というわけで次で最後です。それでその後は魔王ヤード様はどうしますか?」
そこで彼女はえっという顔をして、私の顔を見た。
それから何かを真剣に考えているように、うんうん呻く。
呻くこと数分、そこでヤード魔王様は軽く手を叩いて、次に私を見て、
「寄生させてくれ」
「……魔王としてのプライドは」
「だ、だって魔王城に帰ったらあいつらに……上手く誤魔化せたけれど、それでも一度でも失敗したら……」
「……日々暗殺者に狙われる私の家よりかはましでは」
そう私が諭すとヤード魔王様は、
「いや、そちらの方が良い!」
「……女の人だからメイドになっちゃいますよ?」
「メイド服……いや、執事の服を着れば問題ない。だから頼む!」
「……事情を話してしばらく客人扱いかな。女魔王様ヤード様が料理やら何やら出来るように思えないし」
「う、それは……」
やっぱり客人ね。
ここで恩を売っておけばと言って説得しておけばいいだろうと私は両親の説得内容をさらっと考えつつ、この美人魔王様を放置すると後味の悪い事にもなりそうだし、性格も悪くはないし保護しておこうと私は思う。
そして私達はようやく次の目的地にたどり着いたのだった。
ユーグがやけに大人しい。
まるで借りてきた猫のように大人しくしている。
どうしたんだろうと思いながら私とユーグ、ヤード魔王様の三人でとある教会を訪れた。
緑豊かな村の一角にある教会。
畑などが広がるこれまたのどかな田舎町を馬車で移動すると、古いものの清楚だが繊細な飾りのようなものが掲げられている。
一応はこの世界の神様を祭っているはずで、そうなるとユーグはこの世界の神様なので……こういった境界を見ると変な感じがするのかもしれない。
そう思いながら教会の大きな扉の前にやってくると、そこでその扉が突然開いた。
そして仲からとある美形の男が一人顔を出して、
「おやおや、久しぶりですね」
「ぎゃああああああ」
魔王ヤード様が悲鳴を上げる。
まるで化け物か何かを見てしまったかのような声だ。
だが、悲鳴を上げて逃げ出そうとするヤード魔王様を、すぐに教会内から現れた彼は捕まえて教会内に引きずり込んだ。
悲鳴が遠くになっていくのを感じていると扉が閉まる。
かぎはかかっていないようだ。
だから軽く押すと私達でもすぐに扉を開くことができた。
中にはお祈りをするような席がずらりと並んでいたりする。
その中に私とユーグもすぐに入ると、すぐそばの席でヤード魔王様が椅子にその中から現れた男性に押し倒されていた。
そこで中から現れた男性が穏やかな優しそうな笑顔で涙目になっているヤード様に、
「そんな悲鳴を上げなくてもいいのに、一目見て貴方だと私はわかりましたよ?」
「フィフス、何でここにいるんだ!」
そこでこの教会内から出てきた彼を、ヤード魔王様がフィフスと名前を呼んだ。
どうやら知り合いであったらしい。
ゲーム内の個人情報を語る前だけれど知り合いだから問題なかったのかな?
でも様子が何か変だなと思って私が見ているとそこで、ヤードの言葉にフィフスが楽しそうに、
「いえ、貴方に倒された後はこうやって神父をやってほそぼそと自由に生きているのです」
「なんて羨ましい生活を」
「でしょう? 魔王って大変でしょう? 思った以上に」
「……まさかわざと負けたんじゃ」
そこでヤード魔王様は不安そうにそのフィフスという神父に問いかける。
どうやらこのフィフスというのはヤードが倒してしまった前の魔王様であるらしい。
でも倒されたというのに復讐に燃えている様子が全くないのは、どういった理由なのだろう?
わざと隠しているのか? そう思って私が見ているとそれに彼は、
「いやー、久しぶりの可愛くて好みでヤンチャな子が来たのでつい手加減していたら負けてしまいました」
「こ、好み……ま、待て、あの噂はほんとうだったのか?」
「男色家の噂ですか? 違います」
「そ、そうなのか……」
「普通に好きな相手を男や女で区別していないだけです」
言い切ったフィフスに、女魔王ヤード様が逃げようとする。
その答えをヤード様は予想していなかったらしい。
だがそのまま抱きしめられて、フィフスにクイッと顎を掴まれて上を向けられて、楽しそうにフィフスはヤードを見下ろしながら私達に、
「素敵なお土産をありがとうございます。久しぶりに楽しめそうですね」
何かを含むようにそう告げる。
展開的にはどうなるのかを耳年増な私は察した。
ここはどうするべきかと迷っているとそこでヤードが涙声になりなりながら、
「な、何をする気だ」
「女になったのも都合がいいかもしれません」
「い、嫌だっ、はなせぇえええ」
じたばたする涙目な魔王ヤード様を見ながら私は、ヤードを助ける意味と、こちらの目的について果たすために私は声をかける。
「あの、こんにちは。フィフス前魔王様にお話があって……」
そこでフィフスはようやく私の方に顔を向けて微笑み、
「世界の崩壊を止めるために手伝って欲しいのでしょう? 知っているよ」
そう私達に告げたのだった。
こうして協会の奥の方にある、通常の生活をする場所に私達はフィフスに案内された。
簡素な小屋? のような場所にやってくる。
中も普通の家で物も比較的少ないような気がする。
元魔王様の屋敷なのでもっとすごいことになっているのではと思ったが、そんなことはなかったようだ。
特に危険そうなものもなさそうだ。
そして私達に椅子に座るよう促す。
もちろんヤードはフィフスの隣に座るよう強制された。
そのため私とユーグ、ヤードとフィフスが向かい合うように座る。
そして正体がわかっているからだろう、魔法を使ってお茶を淹れて(ポットにやかんから茶葉とお湯がかってに注がれて、蒸らした後、お茶がカップに注がれている)私達に出してくれている。
ちなみにその間、時々ちらちらフィフスはユーグを見るが、それでもヤード魔王様を隣り座らせて、するりと腰に手を回してヤードに抵抗されている。
だがヤードはその手をはがすことはうまくできていないようだった。
そこでフィフスが、
「ほんとうに見事に女の子になってしまいましたね」
「プルプルプルプル」
「皆さんに狙われているでしょう。私もですが」
「プルプルプルプル」
ヤード魔王様は青い顔で、フィフスに囁かれるたびに体を震わせている。
その様子を見ながら一瞬瞳に獲物を狙うような剣呑さを宿らせつつフィフスが、
「怯えている貴方も可愛いですね。これでは邪な気持ちになる輩が沢山出ても仕方がありませんね。もっとも私もその一人ですが」
「ル、ルナ、なんとかしてくれ!」
そこで私に助けを求めてくる魔王様。
けれどこの震えているヤードも可愛いので放置しようか迷っているとそこでフィフスが私に、
「君の目的は、まずは連絡を取れるようにしようといったところかな。いいよ」
「……やけに飲み込みがいいですね」
「分かっているからね、色々と」
そう言ってユーグを見るフィフス。
その視線は意味ありげなものであったけれど……。
けれどユーグは素知らぬ顔をしている。
まだ私が知らないことが何かあるのだろうか?
気になった私はフィフスに、
「ユーグがどうかしたのですか?」
「そうだね。君には頑張ってもらわないといけないのだから話してもいいかな?」
「当たり前です! 私、“勇者”になるはずだったんだし。なのに悪役令嬢なんて……ユーグについて私が知らない何かを知っているのであれば教えてください」
「……まあ、悪役令嬢でもいいのでは? 美人さんなのですから」
「その点はいいですけれど。魔力も強いですし」
実際にそのあたりは気に入って入る。
私のその答えにフィフスは笑って、
「じつはそこまで僕は知っているわけじゃないんだ。……昔からみんなが、僕が何かを知っているんだと警戒するんだよね……気のせいなのにね」
「本当ですか? 世界の崩壊について知っているようでしたが」
「それぐらいはね。それで……連絡手段用の何かをもらえるかな」
「……ではこれを」
話を誤魔化されたような気がした私。
でも目的が果たせそうだったのでそれ以上は何も言わず私は連絡道具を渡すと、彼は黙って受け取り、そして。
「じゃあ君達の用は終わりかな。さて、これからヤードちゃんには僕の相手をしてもらおうかな」
「な、何の相手をさせる気だ!」
「そうだね。一人寝は寂しいと思っていたところなんだ。丁度女の子だしね」
「や、やめろおおおおお、ま、待て、ふ、復讐か、復讐なのか!」
「いえ、前から気に入っていたので、これはいい機会なので。もともと男女どちらの性別でも好みの相手であれば区別はしませんでしたから……ああ、ヤード、貴方は僕の好みですね」
「いやぁあああっ、もう二度とこんな場所に来るものかぁあああ」
そう言って魔王ヤード様はフィフスを突き飛ばし、逃げ出しました。
最後の力全てを振り絞って逃げていったように私には見えた。
それを見送りながら私は、
「それではよろしくお願いします」
「いえいえ、ただ時々ヤードと話させていただけると嬉しいですね。まさかあそこまで可愛くなるとは思ってもいませんでしたので、もう少し口説く機会がほしいですね」
「善処します」
「よろしく」
物分りの良いフィフスに私達は、その場を後にしたのだった。
なんだかんだ言って、ゲーム内での情報からの、事前に手を打つ行動は一通り終わった。
それにより仲間を集める旅行は終わりを告げたので、頑張った自分にご褒美をしてもいいかもしれない。
とはいえこれから目標の時期まで、何もしない、というわけではない。
そう、まずはこれで優先順位の高いものの一つが終わったにすぎないのである。
後は、世界の破滅を救うための手をこれから次々と手を打ちつつ、今回手に入れた仲間たちと連絡をして、自分の能力をさらに研鑽して……いるかどうかも途中で監視しないといけなくて、後は悪役令嬢からの脱出も……他にもしないといけないことを思い出しつつ私は嗤う。
「さてと、これから一つづつ手を打っていかないとね」
それにユーグが他人事のように、
「……がんばってくださいね、ルナ」
「ユーグ、貴方もやるの!」
「ええ! ……うう、分かりました」
ユーグはうなだれるように言う。
一応はこの世界の神様なんだから、率先してやる気はないのだろうかと私は思った。
けれど、分かりましたといっているのでそれ以上は追及しないことにした。
そして次にヤード魔王様が、
「まあ私も力を貸してやってもいい」
「それは助かります。よろしくお願いします」
そういうとヤード魔王様が微笑んで頷いた。
こうして話して、さて次はどうしようかと私は考え始めたのだった。
そうしてまた一日宿で止まり自宅に戻ってきた私達。
お土産のイチゴジャムなどを渡したり、途中で護衛を巻いたことを両親に怒られたりしたけれど、ほどほどにしてもらえた。
なんだかんだで収穫の多い旅だった。
そして自宅に帰って来た私は、さっそく“流れ石の暗殺者”なる、名前を名乗る暗殺者全員をユーグと魔王ヤード様と一緒に全員返り討ちにして倒しました。
優雅な仕草で私が倒すまでもなく二人して倒してしまったので、私の分がまるで残されていませんでした。
しかたがないので後でサンドバックで運動不足を解消しないとと私が思っていると、魔王ヤード様が、
「こんなものがよく襲ってくるのか。まあ、私の側近を倒す程度に強いお前ならば、この程度相手にはならないだろうな」
「ええ。ただ今回のようにヤード様やユーグに倒されてしまうと……私が運動不足でどうしようかとは思いますが」
それを聞いた途端、魔王ヤード様がニヤリと笑った。
「では、ルナ。手合わせを願おうか」
「? 何故です?」
「前から思っていたのだが、お前は強い! だから戦いたいのだ!」
そんなことをヤード様が言い出しました。
どこかで聞いたことがあるなと私は思いながら、
「何だか少年向けの物語の主人公みたいですね。そんなふうに強くなってどうするんですか?」
「そこにいる邪悪な新米神、ユーグをいずれは倒すためだ! 何が悲しくて女にさせられた挙句、男に体を狙われねばならないんだ!」
「きっとヤード様の人徳ですよ」
「そんな人徳いらない! 昔のように綺麗な女の子を侍らせて、素晴らしいですわヤード様と微笑まれる人生を送りたいのだ!」
魔王ヤード様は幸せそうにうっとりとしながら言います。
何だかダメな発言をしているようにみえるのですが、きっと本気なのでしょう。
けれど私は気づいてしまったのです。
このヤード魔王様のハーレムの実態を。
あれについて色々と思う所がたくさんあるのです。
一緒に旅をしたので情が湧いたし、敵対しなければ性格いいし、見た目も可愛いくて遊ぶと楽しい魔王様はそれを聞くとショックを受けて立ち直れないかもしれません。
このヤード様、一緒にいるとそんなに悪い人ではないというのが良く分かるというか素直で私自身も気に入ってしまっている。
だから屋敷に連れてきてもいいかなと思ってこのような状況になっているのだけれど……。
それはそうとしてヤード様、とある可能性というか問題を一つ忘れているような気がする。
なので私は気になって聞いてみました。
「でも、もしも……もう男に戻れなかったならどうするのですか?」
「いや、戻ってみせる」
「いえ、もしも……」
「必ずあのユーグという邪神を滅ぼしてみせる。絶対にだ。そして私は再び男となり、魔王として君臨するのだ」
言い切ったヤード魔王様。
どうやらどうあってもこのまま女でいるのが嫌みたいです。
でも考えてみてください。
もしも今のようにヤードが女性のままならば、
「でも魔王様、その女性の姿なら、男性にモテモテですよ?」
「男にモテてどうする! 私は女の子にもてもてになりたい!」
「魔王様、女の人が好きですね」
「当たり前だ! 私は男なのだ! なのに、なのに……」
じろりと睨みつける魔王ヤード様の視線を、ユーグは素知らぬ顔で無視しました。
それに更に魔王ヤード様は苛立ったようなので、う~ん、ストレスがたまらないようにするには……それに少しくらいなら手合わせしてみるのも面白いかなと私は思ったので、
「では、私と戦ってみますか?」
そう私は、ヤード魔王様に告げたのでした。
こうして屋敷の庭、魔法の練習やパーティをする場所に私達はやってきた。
そして戦闘を開始する私達。
時間を操る私の前に、魔王ヤード様は苦戦しており、今の所五回ほど戦ったのですがすべて魔王様の負けに終わっています。
それが悔しいのか魔王ヤード様はうめいて、
「く、後もう1回」
「でも魔王様、もうこんなにぼろぼろじゃないですか。この辺で止めたほうがいいと思いますよ?」
「まだだ、まだ終わらない。こんな六歳児に負けたままなんて、私のプライドが許さない」
「では次に負けたら私の云うことを聞いてもらいますからね」
「う、うぐ、分かった、いいだろう!」
そうして戦闘を開始した私達ですが、途中ユーグが手出しをしたために私の勝利となりました。
何でも私がヤード魔王様の相手をしてばかりいるので気に入らなかったらしいです。しかもユーグが、
「このまま女のままで過ごすほうが幸せだと思うのですが。そばにいる一番の側近二人が、魔王の事好きみたいだし。それに全魔王にも愛されているみたいですし」
「ふ、ふざけるな! こんなふうに女になった原因はお前のくせに……お前も男にモテモテになった気持ちがわからないのか?」
「さあ、この前の女装コンテストでは僕、男性票をかなり取りましたから。でも女性票も手に入ったみたいですしね。僕はどちらの方々にも人気があるようですね、貴方と違って」
「く、この……いつか必ずギャフンと言わせてやる! お前のような……何だ、ルナ?」
そこで肩を叩く私に、魔王様は気づいたようです。
いえいえ、私としてはそろそろ魔王ヤード様には、お約束を叶えて欲しいと思うのです。
私が勝ったので。
でも相変わらずユーグと話してそのまま戦闘となり、約束をうやむやにされても嫌なので肩をたたいて、
「ヤード魔王様は負けたようなので、約束は守ってくださいね」
「う、し、仕方がない。約束は約束だからな」
渋々と頷く魔王様に私はニヤッと笑った。
お新しい玩具……ではなく、お姉さん? お兄さん? 今は性別が女なので、お姉さんな魔王ヤード様に向かって私は、
「メイド服を着ましょう! ちょうどミニスカとニーソでフリルが付いた凄く可愛いメイド服があるんです!」
「それはメイド服じゃないだろう! メイド服は作業着のはずだ!」
「ふ、分かっていませんね。女の服は、戦闘服なのです。ですから戦闘メイドは、そういった着飾った服を着るのが我が家での習わしなのです!」
もちろん嘘だが。
個人的に私がこの綺麗な魔王様をお人形遊びのごとき着飾りたいだけなのです。
他にも色々な服を着せて髪形もセットして他にも化粧など……夢が広がるなと私は思っていました。
ですがそれに魔王様は、
「そ、そうだったのか。メイドとはそのような過酷な職業もあったのか」
「そうなんです、なのでさっそく着替えてくださいね。お手伝いしますから!」
そうして私は、まんまと魔王ヤード様を騙したのでした。
こうしてヤード魔王様(♀)との生活が始まったわけですが、そんな時、ヤード魔王様は私に聞いてきたのだ。
「ルナ、一つ聞いていいか」
「何でしょうか。ヤード魔王様」
「……そろそろ暇なのでメイドのお仕事をしてみたいのだが」
「駄目です」
私は即答して、ヤード魔王様の髪を編み込み、みつあみにして後ろでくるりと輪を作ります。
それから、白い花と真珠で彩られた髪飾りを付けて、
「よし、完成。つややかな髪が美しく彩られてしまった。うん、上出来だわ」
「そうかそうか、それでそろそろ私にメイドの仕事を……」
「駄目です」
「そんな! 暇なのに、しかもメイド服まで着たのに!」
そう言って本日のメイド服のスカートの端を軽く摘まみ、めくる。
端の方なのでスカートが短いとはいえ中の方まではフリルが重ねられて見えない。
ちなみに本日は、縞模様のタイツと合わせた柄のメイド服です。
屋敷のメイドたちもこういった服を作るのが大好きな集団がおりまして、というか屋敷のメイド長がその中心人物で、その昔は私が着せ替え人形のようにされていたのですが、よくそのメイド長が、
「早くルナ様も大きくならないかしら」
「何故ですか?」
「行動的なミニスカートなど、変わった衣装も着せたりできますのに。ああ……」
と嘆かれていたのですが、この魔王様……元男な美女を連れてくるとそれはもう、メイド長が本気を出しまして。
とはいってもそれで一緒に作っているメイドの方々も、この美少女な女魔王様が気に入ってそういった格好を張り切って服を作っています。
ちなみにこの世界では魔法で刺繍をしたり布を切ったり、縫い合わせたりも出来るようですが、最近は工業化? のようなものが進んでおり、布自体も大量生産されて安価なものが出回っています。
また、染色に関しても天然由来の物から、合成されたものでの染色が主流となっており、発色の良い布が安価で出回っています。
なのでこの鮮やかな青色のメイド服も実は、それほど高級品ではないのです! ……原価は。
さて、この魔王様をこうやって着飾らせるのには我が家にはもう一つの理由があります。
それは、暗殺者対策。
この女体化したヤード魔王様の美しさに一目惚れして、暗殺者たちが次々とその暗殺家業から足を洗ったり告白したりの凄い状況に現在なっております。
ちなみに男に告白された魔王様は涙目になっていましたが。
おかげで私は平穏な日々を送れているわけでしたがそこで魔王様が、
「それでも少しでもメイドの仕事をさせてくれ」
「……ヤード魔王様、この前は何をやらかしたのか覚えていないのですか?」
「……どれだ」
「自覚があるのは良い事ですが、鏡の拭き掃除と称して、我が館の一角を空白にした件です。……壁と床と天井が無くなった時は、何が起こったのかと思いましたよ。だって雑巾とバケツしか渡していなかったはずですし。その後は普通の掃除をしていたはずですし」
「あ、あれはちょっと効率的にやろうと魔法を使っただけで」
必死で言い訳しようとする魔王様。
だがドジっ子メイドには仕事をさせてはならないという、切実な状況をそれ以外に経験していたので私は、
「それほどまでに暇なら、ユーグを追いかけまわしたらどうですか?」
「すでに追いかけて逃げられたんだ」
「そうなのですか……仕方がありませんね」
私がため息をついてそう告げるとそこで魔王様は目を輝かせて、
「何をするんだ?」
「私の新しい魔法に付き合って頂けますか?」
そう私はヤード魔王様に問いかけたのだった。
新しい魔法の練習台に、ヤード魔王様を連れて行く事になりました。
暇で仕方がないようなのでこれでいいだろうと私は思う。
というわけで、私の屋敷の一角には、魔法の練習場があるのですが、そこで練習することに。
ただ、その前による所がありますが。
それが練習場と反対方向なのでそちらに歩いていこうとするとそこでヤード魔王様が、
「ルナ、そちらは練習場とは違う方角なのでは? 3日前掃除をして一部破壊しかけたから場所は知っている」
「そのようなことが……それはおいておくとして、それで、実はこれには準備が必要でして。先日から、今日のための仕込みをしていたのですが……」
「そうなのか? ふむ、仕込みが必要な魔法か。なかなか面白そうだ」
そう言って笑うヤード魔王様。
この笑顔が後々私関連の魔法で涙目に変わることは容易に想像できたのですが、一番やっても大丈夫そうなのが、魔力の強いこのヤード魔王様なので仕方がないのです。
ええ、そう、仕方がないのです。
そう私は小さく黒く嗤っているとそこでユーグがすぐそばの草の茂みから出てきた。
何かやらかそうとしているのに気づいたらしい。
不安そうな顔でユーグは私を見上げて、
「ルナ、凄く黒い顔をしている気がするけれど」
「きっと気のせいよ。今日は新しい技を試そうと思って、ヤード魔王様に協力してもらうことになったの。暇だし」
「……新しい技。……そしてその植木鉢。……そして、ルナの固有能力は“時間操作”」
そこはかとなくユーグの顔が青い気がする。
気づかれてしまったか。
これではユーグで試すことは出来なさそうねと思うが、そもそもユーグは今は子供なので目的の範囲内にはない。
なので年齢的に最適な魔王様に頑張ってもらおうと私は決めた。
と、そう考えていた私だがそこでヤード魔王様が、
「一体何を考えているのだ? 不安になってきたが」
「固有能力“時間操作”の使い方を少し変えるだけです」
そう私が答えるとヤード魔王様が魔法関連には興味があるらしく私の言葉に少し考えてから、
「“時間操作”か。確か限定空間内の“時間”を操る能力だったか」
「確かにそうとも言えるのですが、どちらかというと“空間支配”の意味合いが強いかもと最近は考えています」
「“空間支配”、なるほど。限定空間内の事象を操ると。だがそうなればその空間内では何でもできてしまうのでは?」
魔王ヤード様が私の説明にそう問いかけてくる。
私もそのあたりは考えたものの、すでに検証を終えて疑問点がいくつか出ていた。
だからその問いかけに私は、
「そうなりそうなのですがそこには条件が課せられているのではないかと。それが、固有能力と呼ばれる物の性質なのではと考えているのです」
「……なるほど、特定空間内の“時間変化”のみに作用するのが“時間操作”だと」
「ええ、そしてそういった制限があるから、固有能力として容易に使えるのかと。こういった使い方しかできないとなると魔法の使い方がある程度限定されますので、使いやすくなるのかもしれません」
固有の能力の制限自体が容易に出せる理由になっている、面白い仮説だと思いながら私が考えて……そこで気づいた。
「ユーグ、今の答えってどう?」
「大体あっているといった所かな。何しろ固有能力の範囲をどこまでに広げるかで変わってしまいますから。強い物だと……さらに付け加えるなら体への負担の軽減と世界への影響を少なくするためといった理由もありますね」
などと説明されてしまった。
こう見えてもユーグは神様なのでそういった事に気づきやすいらしい。
先に聞いてもよかったと私は今更ながらに思ったのだった。
そしてユーグの話した言葉を私は冷静に考えて……。
確かに体への負担はこの能力は大き目かもしれない……そう私が思った所で練習場にやって来たのだった。
こうして私は新しい技を試すために練習場にやって来た。
屋敷の一角にあるその場所は、木々に囲まれた中、灰色の四角い板が並べられた闘技場のような場所になっている。
魔法の練習だけでなく剣術の練習などもここではやりやすいので行われている。
表面は魔法では傷つかないような保護が為されている。
それでも色々と気軽に私が魔法を使ったら大変なことになったので、修理なども考えると……私自身が治せるとはいえ、毎回するのは面倒だと思った。
なのでその辺りを気を付けるようにしたり、私自身の魔法でこの闘技場にさらに保護するような結界を張ったりして使っている。
今回は、私自身が戦ったり攻撃魔法を使う事はおそらくないのだけれど……。
「ヤード魔王様がね」
「うん? 私がどうかしたのか?」
「いえいえ。先ほどからユーグの隙を伺っているようだなと」
「当たり前だ。この邪神を倒し私は、必ず男に戻って見せるのだから!」
「……女性の人生も結構楽しそうな気がしませんか?」
「……いやだ。私は“男”だからな!」
目を輝かせながら言い切った魔王様を見つつ私は、地面に保護の魔法をかけてから植木鉢を置く。
ユーグは何がこれから始まるか気づいているのか離れた場所に逃げていく。
そこで私はヤード魔王様に、
「これから攻撃を仕掛けますので、全力で抵抗してくださいね。これは新技ですから」
「新技ね。どんな技か分からないが、良いだろう。この私をそう簡単に倒せるとは思わない事だな」
自信満々なヤード魔王様。
これはこれで都合がいい、そう私は小さく笑い、その植木鉢に魔法をかけた。
時間操作系の魔法の新しい使い方で、相手を無力化するのにとてもいい技。
実は以前のとある出来事にヒントを得たわけなのだがそこで、ヤード魔王様が悲鳴を上げた。
「な、なんであの触手植物が!」
「“時間操作”で成長を促進してみました。しかも品種改良を施した特別版なのでとても強いですよ。ヤード魔王様、頑張ってくださいね」
「ちょ、ルナ、く、やはり子供だから襲われないのか……“炎の矢”」
そう言って、悲鳴を上げながらヤード魔王様は襲い来る緑色の触手を次々と引きちぎったり、炎で焼いたりして、枝という名の触手を落としていきます。
以前のようにそう簡単には囚われてくれないようです。
学習能力が先頭に関してはヤード魔王様は高いのかもしれません。
とはいえ一度捕まれたなら最後。
この前のように魔王様は、大変な状態(笑)になりそうなのですが。
「はあはあ、“炎の矢”」
涙目になりながら必死に戦う様子を見ながら、これは常人には無理だなと悟ります。
これはヤード魔王様だから抵抗できるだけで、そこそこ強い魔法使いにしろなんにしろ、無力化できることは確かだなと思っていた所で、魔王様の足にぐるりと触手が絡みついて引っ張り上げる。
でもそういえばこのヤード魔王様、触手生物に対してはいつもの戦闘力が発揮できていなかった気がします。
なかなか逃げ足も速いのが触手系魔物の特性でもあるので……それを加味しても常人では辛いだろうと分かった。
などと思ってみていると、あれから涙目の魔王様は抵抗もむなしく……。
「さて、写真を撮りましょう」
「や、ま、待て、とる前に助け……」
「ヤード様、世界平和のために犠牲になってください」
「い、いやだぁあああああ、って、やぁあああんんっ」
そこで、ちょっとアレな事になっていたりしたのですが、この触手は前も言った通り肌に触れて魔力を少し数だけなので人体に何の問題もありません。
品種改良でちょっと戦闘能力が高くなっただけでその他の性質は何も変わっていませんから。
なのでその辺りの事は安心して私は写真を撮り、それから行きもたえだ絵になった魔王様を回収して、
「もう二度とルナの魔法の試しには、付き合わない」
「残念です。でもこの触手生物は都合よく大人だけを襲う事が分かったのでとても助かりました」
「……まさか私を選んだのは大人だから?」
「はい。私の“時間操作”で別の効果が出ても困りますので確認させていただきました」
ヤード魔王様がその言葉に、疲れたようにうな垂れたのはいいとしてそこで、とんでもない情報が飛び込んできたのだった。
まず真っ先に急いで現れた使用人の一人が、ユーグに声をかけたのは、この触手生物が怖かったのかもしれない。
ユーグはその触手生物から一番離れた場所にいたので声をかけたのでしょう。
ユーグに何かを話している使用人の一人。
ユーグはどこか険しい顔をしているように見える。
私がいる位置からは、離れているためかよく話が聞こえない。
何があったのだろうかと思っているとそこで魔王ヤード様が、
「そろそろ下ろしてもらえまいか」
「あ、はい。十分写真も取れましたし問題ないですね」
「……新技の実験では」
ヤード魔王様が半眼で私の方を見て来るので私は、
「それも目的の一つです。一度に幾つも目的が達成できていいじゃないですか。ヤード魔王様は暇を持て余していましたし」
「……今後はルナの魔法には絶対に、そう、絶対に付き合わない!」
そう宣言した所で私は触手を私は元の種に戻しました。
これも特定の物体に作用させるので、特に囚われていたヤード魔王様には影響なく、私達と同い年になったりはしていません。
そこでユーグが私達の方にやってきました。
珍しく深刻そうな顔をしているな、と私が思っているとそこで、
「アラザ地方の方で、濃い霧が発生して町と連絡がつかなくなっているらしい」
「……あそこには今後二人ほど仲間になる相手がいるから、監視の者を送らせていたけれど、うーん。濃い霧、ね」
「自然現象なら問題ないけれど、それが……破滅の予兆だと、予想よりも早すぎる」
「そうね。ゲーム内だともっと後なのにね」
それがどうしてこんなに早くなってしまったのか。
色々とゲームと違いすぎて、それが、結果として崩壊を速めている?
ふと恐ろしい想像が私の中でよぎるも、考えすぎだと思いなおそうとして……できなかった。
あることに私は気づいてしまったのだ。
「ユーグ、一つ聞いていいかしら」
「……何でしょう」
「あのあたりの地方は、私が“勇者”として生まれるはずの場所ではなかったかしら」
「そう、ですね」
ユーグが歯切れ悪く答えるのを聞きながら私は推測をさらに述べる。
「私があそこのあたりで生まれなかったから、予定よりも早く崩壊の予兆が出てきたり、そういった事は考えられない?」
「……十分ありうるでしょうね。勇者としての力は、その崩壊の停止と再生ですから」
「存在そのものがそこにいるだけでも、影響があったりする?」
「あります。そういった存在ですから。“勇者”は」
そこまで聞いた私は、頭を抱えたくなった。
それからユーグに私は怒りを覚えながら、
「私を悪役令嬢なんかにしたつけがここに来ているんじゃない! どうするの!」
「い、一応僕にもその能力があります」
「よし、仕方がないので今回はユーグには私の代わりに頑張って働いてもらうわよ」
「ルナは動かないのですか?」
「もちろん一緒に行く。ユーグだけだと心配だし。いろいろな意味で」
「えー……でも、ルナと一緒なのは、嬉しいかな」
「? そうなの?」
「うん、もう少し僕はルナと“普通”にはなしたりしたかったなと思っていたから」
「? この前までずっと一緒じゃない。これからも。この世界の破滅をどうこうぢないといけないし」
「……そうですね。うん。これからも一緒ですね」
そう、微妙にかみ合わない会話をユーグが言う。
珍しい言い回しだなと私が思っているとそこで魔王ヤード様が、
「ならば私も行こう。折角だからそこの邪神の力も見ておきたいからな」
「……来なくていいのに」
ぽつりとうんざりしたようにユーグが呟く。
それにヤード魔王様はそれはもう、魔王らしい笑みを浮かべて、
「お前がこれほどまでに嫌がるとはな。しかも、暇を持て余していた所だから丁度いいかもしれない。この私もついて行ってやろう。世界の破滅の予兆というのも気になるしな」
というわけで好奇心旺盛な魔王様とユーグと共に、両親に私は事情を話して説得してから、そちらに向かうことになったのでした。
お外に遊びに行こうという話……では誤魔化せなかったので、どうしても私が行かなくちゃいけないのと駄々をこねた。
初めは両親は渋ったものの、魔王ヤード様のおかげで、彼女? の力があれば大丈夫だろうという話になったのだ。
ヤード様の実力というか魔王様であることを両親は知っていたために許可が下りた形である。
こういった事を考えるとヤード魔王様に一緒に来てもらえたのはよかったかもしれない。
ユーグはいやがったが。
それから馬車で移動することに。
数時間で着く近場……というわけではなかったのが大変だ。
「歩いていどの距離が離れていても通信できるのはいいけれど、移動がもっと楽ならいいのに。……待てよ」
そこで、馬車の内部で戦い始めたユーグとヤード女魔王様を見ながら私は、
「ユーグ、ちょっといい?」
「いいですよ。このヤード女体化(笑)魔王様の相手は片手でできますから」
「なんだとこの邪神が! お前など消し炭にしてくれるわ!」
ユーグの言葉に怒ったようにヤード様が炎の魔法を使うのですが、馬車内だからか炎が生まれても次々と魔法無効化を行い、ユーグはヤード魔王様を適当にあしらいます。
この神様に勝てるのかなと私は思ったりしたのは置いておくとして。
「それでユーグ、転移魔法は使えるの?」
「使えますよ。でもあまり僕の力を使って干渉しすぎると、世界にどう影響してしまうか分からないんですよね。ただでさえ時空に強い負荷がかかっている状態ですので。……よほど危機的な状況であれば転移魔法で脱出しますが」
「そうなんだ。その時はよろしくね」
今の会話で、もしも大変な事態に陥った時にはその魔法で逃げ出せると分かる。
これなら多少無理しても大丈夫そうねと私が思っていると、御者の人が、
「お嬢様、今日はこの村で一泊しましょう」
といった話になったのだった。
私達が初日に辿り着いた宿は、そこそこ大きなものだった。
街道沿いの宿であり、大きな町が二つあり、その両方の特産物が行き来するためか往来が盛んで、おかげでこの宿自体も大きい。
この前と同様につけられた護衛の馬車の人達も、今日はこの宿に泊まるらしい。
随分と賑わっているように見えるなと思いながら私達は、一応は高級な部屋を採ったのだけれど……。
「私たちは子供だから男女一緒でもよくて、ヤード魔王様は一人部屋にしますか?」
「せ、折角のお泊りだし、ルナたちと一緒の部屋でも良いだろう」
どうやら私達の部屋に一緒に泊まりたいらしい。
後で知ったのだがこの魔王様、俺様? だったので友達がいなかったらしい。
強いものの宿命、と本人は言っていたが……。
それは置いておくとして、お泊り会特有の枕投げをしたかったらしい。
そういった“遊び”が楽しみだったそうだ。
もちろん負けず嫌いなヤード魔王様なので、妥協の許されない勝負をしようとしていた、のだが。
それは鍵を貰い、私達は部屋に向かっていく最中だった。
そこで声をかけられたのだ。
「こんな所にヤード様と腹黒幼女と邪神? がそろって、何をしているのですか?」
「ひぃい!」
ヤード女魔王様が悲鳴を上げて私の後ろに隠れました。
私、六歳の幼女なのですが……と突っ込みたい衝動を抑えつつ、私はその現れた男性に向かって名前を呼んだ。
「魔族の宰相のメルト様、どうしてこのような場所に?」
そう私は問いかけたのでした。
現れたその人物は、女体化してしまった魔王ヤード様の体を狙っている魔族側の宰相の一人でした。
まだ魔王ヤード様を狙っているらしく、意味深な視線をヤード様に送っています。
別れてまだそれほどたっていなかったので連絡を取っていなかったのですが、まさかその前に再び再会するするとは思いませんでした。
魔王ヤード様は私の後ろでガタガタ震えていますがそこで、いるだろうと思った人物が。
「おーい、メルト、今日の夕食は肉中心でいいか」
「……ソルト。食事のバランスを整え無いといけないと、いつも言っているでしょう。そういった所はヤード魔王様とそっくりですが……今日は力をつけないといけないので肉を中心にしましょうか」
ちらりとヤード魔王様の方を見て笑う魔族宰相のメルト。
そこで、ようやく軍師の方のソルトが私の後ろに隠れたヤード様に気付いたようでした。
軍師のソルトがにやりと笑い、
「……丁度いいから捕獲していくか」
「や、やるなら私も徹底的にやるぞ! というかルナ、手伝ってくれ!」
などとヤード魔王様は私を巻き込もうとしているのですが……私としては、巻き込まれるのも嫌だ、というのもあったのですが、
「これから調査をしますので魔力をできる限り温存しておきたいんですよ。ですからあまり戦いたくないですし、ヤード魔王様にもあまり戦って欲しくないのです。今日の所はお引き取り願えませんか?」
私は魔族の宰相のメルトと軍師のソルトにお願いをすると、二人は顔を見合わせて、
「調査、か。ひょっとして白い霧の件か」
「……どうしてご存じなのですか?」
「あのあたりは魔族の国との国境付近で、現在手伝ってもらっているとある方が確認を自らしたいというので、我々もここに来たのです」
「なるほど……では協力して今回は調査ができるかもしれませんね」
その方が戦力が増えていいかと私は思ったのだがそこでヤード魔王様が悲鳴を上げる。
「いやだ、絶対に嫌だ! だって隙あらば私を……」
「そんな余裕がある状況には多分ないので大丈夫だと思いますよ。いかがですか? お二方」
そう私が声をかけるとそこで宰相のメルトが、
「そうですね。協力関係はいいと思いますが、折角ですのでそこにいるヤード魔王様を差し出していただけますか?」
「……追加写真一枚で、引いていただけませんか。今回はヤード魔王様も貴重な戦力なのです」
「……それほどまでに危険なのですか。分かりました、今回は引きましょう。……そして今回の件について話し合いませんか? もう一人部屋にいますから、我々の部屋に行けば全員で話し合いができます」
「? どなたがいらっしゃるのですか?」
誰だろうと思い私が聞くと、宰相のメルトは微笑み、
「フィフス様です。魔王ヤード様が逃げたので、前魔王様のフィフス様にお手伝いして頂いているのです。最近は」
魔王ヤードがその言葉を聞いてさらに震え上がる。
そして魔王ヤード様はメルトに、
「お、お前達三人で何を話しているんだ!」
「三人でどうヤードを捕まえるかの相談でしょうか」
「ル、ルナ、私はいかないからな!」
震えるヤード様に私はため息をついて、
「メルト様、あまりヤード様を怖がらせないでください」
「嘘は言っていませんよ。我々の目的はずっとヤード魔王様ですから」
そう答えるメルトン再びヤード魔王様が私はいかないと言っていたので、面倒くさくなった私は、魔王ヤード様の手を引き無理やり連れて行く事にしたのでした。
こうして嫌がる女魔王ヤード様を無理やり宿のとある部屋に連れ込んだ私ですが、そこには優雅にお茶を飲むフィフスの姿がありました。
ただお茶を飲んでいない方の手には書類の束のようなものがあり、そこに目をさっと通してサインやらハンコやらを押している。
と、そこで私達が入って来たのに気づいたのか顔を上げて、
「やあ、数日ぶりかな?」
「そうですね。一番最後に会ったのがフィフス様ですから」
「僕が一番最後だったのか、ふむ。でもこうやってまた再会できてうれしいよ、特に、可愛いヤードには、ね」
含みを持たせるように告げたフィフスにヤード魔王様が、ひぃいいいいっと悲鳴を上げて私の後ろに隠れようとします。
しかもそんなヤード魔王様を見て、
「か弱い悲鳴を上げるさまも可愛らしいですね。しかも今はメイド服ですか。これもまた良いものです」
「がたがたがた」
「どうしてそんなに震えているのですか? 僕はまだ貴方から相当の距離がありますよ?」
やれやれといったようにフィフスが肩をすくめる。
だがそれにヤードは、
「……お前はいつもそう言って余裕めいた声で、私を騙す気がする。魔王の座を巡っての勝負の時も、お前の口には散々惑わされたからな!」
「言葉で相手を操るのも、必要な能力の一つですよ。と言いたい所ですが、直情型であまり考えないで突っ込む貴方に負けてしまったので、その能力はどの程度有効なのでしょうね」
「……そうやって今、話しながら何か企んでいるんじゃないのか?」
「酷いですね、そんなに僕が信用できないですか? ……もっともそれは正解なのですが」
にやりと笑うフィフス。
そこでふっとフィフスの姿が消えて、私は魔力の気配をそちらに感じると、ヤードの後ろから手が伸びて……そこでヤードが何かを感じ取ったのか後ろに向かって肘鉄をくらわした。
もっとも、それはかわされてしまったが。と、
「やれやれ、相変わらずヤードは元気ですね」
「い、いつの間に背後を」
「この部屋に入ってすぐですよ。新しい魔法を思いついたので試してみましたが、そこそこ有効なようですね」
「……まだ魔法の研究をしているのか」
「ええ、このままヤード、貴方を倒して魔王の座に返り咲き、貴方を花嫁にしてしまうのも手ですからね」
楽しそうに告げるフィフスにヤード魔王様が体を震わせながら、
「わ、私は男だ」
「前も言ったように好みの相手は性別は気にしない主義なのですよ、私は」
そう言って再びフィフスがヤード魔王様に手を伸ばそうとした所で、宰相のメルトが、
「フィフス様。我々もヤード魔王様を狙っているのですが」
「では三人で分け合う形に? 三人でかかれば倒せそうですし」
「……なるほど。そして魔王の座にはフィフス様に戻って頂くとして……」
などと話し始めた宰相のメルトにヤード魔王様が、
「な、おまえ達、それで良いのか!」
「ヤード魔王様の数十倍の速度で書類関係の仕事は終わらせますからね、フィフス様は」
「……」
「余りにもそちら方面はアホだったので、男だったときはこのアホ上司、そのうち下剋上してフィフス様に手土産にもっていってやろうと思ったものです。今は……フィフス様と三人がかりで倒しに行くのも手ですね。どうですか? ソルト」
そこでメルトが軍師のソルトに声をかけると、
「……この女体化ヤード魔王様が手に入るならそれもありだな」
「なるほど、これで話は決まりましたね」
嗤うフィフス、メルト、ソルトの三人にヤード魔王様が凍り付いているのですが、そこで私は手を上げました。
「素敵なお話ですが、今は協力して頂きたいので後でにしていただけませんか?」
「そういえばそうだね。アレは放置をするのが危険だしね……すべてが終わってから、計画を練って、ヤード魔王様を罠に落とし込みましょうか」
そう、にこやかにフィフスが告げて、ヤード魔王様下克上計画は先送りになったのでした。
目の前で下克上の話をされてしまったヤード魔王様は青い顔で凍り付いていました。
もしかしたなら、
「三人がかりだとヤード魔王様でもきついですか?」
「! ふん、三人がかりで来てもこの私の敵ではない。ない、のだが……」
「?」
「……万が一負けたらどうしようという気はする」
ぽつりと弱気な事を呟いたヤード魔王様だけれど、それを聞きながら私は、
「逆ハーレムでいいじゃないですか。モテモテですし」
「! 私は逆ハーレムじゃなくて、ハーレムが欲しいんだ!」
「どっちもハーレムじゃないですか」
「全然違うよ! 私は男を侍らせたいのではなく、女を侍らせたいんだ!」
そう告げた魔王様ですが、私はハーレムの実態を知っていたのでそれ以上何も言えませんでした。
そしてふとこの部下だった人たちもそれを知っていたのでは疑惑があcつ足りなかったり。
あまり考えない方がいい話かもしれません。
それから部屋に案内されて、この部屋は高級な場所だったのでソファーに向かい合うように座ります。
私が中心で、左が女魔王ヤード様で右がユーグです。
向かい合った反対側にはフィフスを中心に左右にメルトとソルトが座っています。
そこでフィフスがヤード魔王様を見て微笑み、
「何もしないから僕の隣に座る気はないかな?」
「絶対に嫌だ」
即座に答えるヤード魔王様残念そうに笑うフィフス。
すでにそれだけでつかれてしまったようなヤード魔王様は放っておくとして、
「それで、白い霧の件ですが」
「うん、その場所の亀裂をどうにか修正できればと思ったのでね。ただ、情報を集めると予想以上に広い範囲に広がっているみたいなんだ」
困ったという夜に大げさに手を振るフィフス。
だが亀裂と言っても、
「この世界の根幹をなす太古の木がある場所をどうにかしなければ、あの白い霧は収まりませんよ?」
「そうだね。ただその中心となる場所が何処なのか、一つなのか、複数なのか、ただ単にすべてが繋がっていて全てから吹きあがっているのか……それすらも分からない状況でね。何しろ連絡が取れないのだから。そうなると事前に入ってきていた幾つかの、亀裂という“予兆”のあった場所にまず向かうのが賢明かという話だよ」
「……その場所に亀裂があったといった話もすでに手に入れられているのですか? そちらで」
「その程度の情報は、ね。魔族の情報収集能力を侮らないで欲しいな」
肩をすくめたフィフスに私は、人間よりも早いんじゃと思った。
ただ、魔力に強い分魔力の変化に敏感で、異変にもしかしたなら魔族は気づきやすいのかもしれないが。
そこでフィフスが小さく微笑み、
「何事も早めの方がいい。取り返しがつかなくなる前に、手を打てるならば打ってしまった方が、ね」
「でも、動かせる人数がそこまでではないですから」
「それでもこれだけ力あるものが集まればある程度はどうにかなるでしょう」
「……それもそうね。ユーグもここにいるわけだし」
ここにユーグという神様も一緒に居るのだから、私達だけでもなんとかなるだろうと思っているとそこでフィフスが、
「けれど本来はその辺りの修正はそちらにいるユーグといった神様たちの管轄なんですよね」
「神様の世界も人手不足なのかしら」
だから私達が駆り出されているのかなと、特に深く考えもせずに私は口にする。
それにフィフスがちらりとユーグを見て、
「そうかもしれません。もともとこの世界は、二人の神様によって維持されている世界ですからね」
「? そうなの? ユーグ」
初耳な話に私がユーグに問いかけるとユーグがフィフスをじっと見た。
それにフィフスが笑って、
「そのような話を耳にしたことがあると、それだけの話ですよ。さて、それでその亀裂のあった場所ですが……」
そう言ってフィフスは地図を取り出した。
話をはぐらかされた気がしたものの、そこで私は亀裂のある場所を幾つか見て、
「……一番初めは、ここをまず目指した方がいいと思う」
「ほう、それはどうしてですか?」
フィフスが面白がるように聞いてきたので私は、
「ここが確か一番弱っている部分の一つだったからよ」
そう答えたのだった。
一番弱っている場所、私はそう明言した。
何故そう思ったのかというと、ゲーム内ではここが、イベントの場所であったからだ。
そう、二人ほど仲間になるイベント。
それがこの白い霧のイベントであったのだ。
だから攻略法も全て知っている私は、情報収集などせずにすぐその場所に迎える。
本来ならばそれは邪道ではあるけれど緊急事態だから仕方がない。
すべてが予定よりも早くにそれが引き起こされてしまったのだ。
それに、仲間となる二人があそこにいるのだから、早めに助けに行かねばならない。
世界を救う味方は多ければ多いほどいい。
そう私は思いながらそう告げると、フィフスが苦笑した。
「一番弱っている所が何処か分かる、ですか。それならばもっと早くに手を打っていただけた方が良かったですね」
「仕方がないわ。予定よりも世界の方かいが早いから」
「そうなのですか? ユーグ様」
問いかけるフィフスにユーグは少し黙ってから頷き、
「そう、予定よりも早くなっている」
「なるほど。そうなのですか。それで現在はその早くなっている予定よりも早い段階ですか?」
「……おそらくは」
「……妙に口ごもりますね」
「今は、この世界に降りるために能力を制限している部分もあるから」
「人のふり、をするためですか? ルナと同じようにふるまいたいがために?」
「……ルナの執事でもありますので」
「……なるほど」
そういった会話をしているが、どうやら予定よりも早くに私達は動けてはいるらしい。
しかもユーグは能力を制限しているらしい。となると、
「いざという時は能力を開放して、何とかすれば何とかなる?」
私はそうユーグに聞いてみた。
ならば怖いものは私には何もない気もしたのだけれどそこでユーグが、
「……もしも力を開放したなら、ルナにも影響するので今までの暮らしが出来なくなるかもしれません」
「え? どういう事? 私、変なものに変わってしまうの?」
「変わりますよ。全く違うものに変わってしまうかもしれません。ルナ自身がそう、“認識”してしまうかもしれませんので」
「……分かったわ。最終手段として、他の手も考えておくわ」
私はひとり頷いた。
そんな“変”なものになってしまうなんてお断りだ。
それっていったいどんなものだろうと考えると、とても不安である。
もしかしたなら、ねちょねちょのぐちょぐちょの、粘性のある液体みたいになってしまうのかもしれない。
それだけは絶対嫌だ。
は、もしかして黒くてカサカサするアイツみたいなことに……などと悪い創造が膨らんでいく。
だから私は、これから本気で準備しないとと、思う。と、
「ではこの場所に向かうとなると、次の“ジェレラの町”で一度集まり、徒歩で移動という事になりますね」
「そうね。そして、着いたら急いでそちらに向かうわね。出来るだけ走って」
「それはどうしてですか?」
「護衛の人達が絶対に行くのを止めると思うから、まかないといけないの」
「それは……そうですね、今は貴族のご令嬢ですからね」
頷くフィフスに、今はってどういう意味だろうと聞きたくなったのだが、そこで話は終わったからか出されたお茶菓子を嬉しそうに食べていた、ヤード魔王様に手を出そうとしたりという騒動があり、結局うやむやになってしまったのだった。
こうして約束を取り付けた私達は、やけに幸せそうにお菓子を食べている魔王様が襲われそうになったりしながらも、そのヤード魔王様を連れ絵部屋に戻ってきました。
ちなみに部屋に戻ってきてすぐに、ヤード魔王様は、フィフス達に会った疲労からかベッドに横になってしまった。
しかも、
「ルナ、今日は一緒に寝ないか?」
「……今は女同士だし、構わないかな? ……え? ユーグ?」
私はヤード魔王様と一緒に寝ようと思ったのですが、ユーグに手を引っ張られて後ろに隠されるようにされてしまう。
どうしたのだろうと私が思ってみているとユーグが、
「ルナと一緒に寝るなんてことはさせるつもりはありません。代わりにこの僕が一緒に寝てあげましょう。どうやら魔王様はひとりで眠れないような“子供”のような感性の持ち主のようですからね」
「ほう、言ってくれるではないか。それほどまでにいうならいっしょに寝てやろうか? 寝首をかかれるかもしれないからな」
「それよりも朝まで気絶して枕投げが出来なかったと嘆く羽目にならないかを考えておくことですね」
嗤うヤード魔王様に、皮肉の応酬を繰り返すユーグ。
そこでヤード魔王様はユーグを睨み付け、
「お前と寝るなんてお断りだ。だが、枕投げという物はしてみたいな。そしてお前にたたきつけて勝利してやる」
「たかだか枕投げ程度で熱くなるのもどうなのでしょうね」
と、ユーグが小ばかにしたようにヤード魔王様に答えるが、枕投げと聞くとそれはそれで私は楽しそうに聞こえたので、
「私もその枕投げに参加します」
「よし、女同士で組もうではないか!」
「……ヤード魔王様、さっきまでは自分は男だと散々言っていましたよね?」
「物事は自分の都合の良い方に捕らえるようにするのもまた、生きる知恵だと思う」
「……でもユーグは強そうなので、二人で攻撃するのは良いかもしれません」
ユーグが、ルナは薄情です! と言っているのを聞いたが、すぐに枕投げが始まり、そんな事は言っていられなくなる。
結局、ヤード魔王様が一番初めに倒されてしまい、枕投げ大会は終了したのだった。
それからすぐに眠る、というわけではなく、私とユーグは隣同士で座り、お茶を飲んでいた。
暖かいものは落ち着くわ、と思っているとそこで、
「ルナは、この世界が好き?」
「うん、好きよ。どうして?」
変なことを聞いてきたので私がそう返すとユーグが少し黙ってから、
「……実は僕は、あまり好きではないかもって思ったから」
「そうなの? なんで? 世界の維持をしないと神様としてもこう、出世みたいなものが出来なくなるんじゃないの?」
「……本当は覚えているのかな?」
「? 何が?」
何を覚えているというのだろう? と思って私は聞き返そうとした。
けれどそこで気づく。
ユーグがやけに真剣な表情で私を見ている、その事実に。
そこでユーグがふっと悲し気に微笑み、
「ルナはこの世界の事とかヤードの事ばかりだね」
「今は最優先でどうにかしないといけない事だからね。なんできくの?」
「うーん……もう少し遊びたいって思ったんだ、ルナと」
「これが終わればまたしばらく時間があるから沢山遊べるわよ」
そう答えるとユーグは少し黙ってから、頷いた。
「そうだね、まだまだ時間があるから、ルナと遊べるね」
「そうよ。何を言っているの? もっと私だってこの世界も見たいし、それにはユーグも連れて行くから覚悟するように」
「……僕もか。うん」
そこで何が嬉しいのか、ユーグが微笑む。
その笑顔を見て私は、ほんの少しだけ心の中に温かいものが溢れだすような気がしたのでした。
そんな話をして就寝時間に。
特に暗殺者の類もなく良く眠れた私は次の日、いつものように目を覚ましたのはいいとして。
「食事はどうしましょうか。折角なので保存性のきく食べ物なども購入しておきたいですね」
私がそう言うと魔王ヤード様が、
「食料か。この子供の姿では持てる量に限りがありそうだな」
「そうですね……あの白い霧の中をどれだけさ迷うのかも考えると、補給がどの程度できるのかといった話になりますからね」
常に霧の外に戻って来れる保証はない。
となるとそれなりの装備が必要になってくるが、その装備はというと持てる料は限られて……とそこで私は思いついた。
「ユーグ、何でも物が入る、ゲームに出てくるような袋だったりなんだったりってない?」
「ゲームって……本当にルナは異界のゲームが好きですね」
「そうよ~、この世界がどんな世界かも、これから起こることもゲームで知っていたし。……というか私がゲーム好きだってユーグに話したかしら」
「……そうですね、そういった袋ですが、こんな感じでどうでしょう」
そう言ってユーグが何処からともなく取り出したのは、黒いリュックサックだった。
それを三つ取り出し、
「……そこの魔王の分も一応。貸すだけです」
「ふむ、便利なものがあるのだな。後で頑張って解析しよう」
「……この魔王、書類関係は苦手な癖に魔法とかそういったものには熱心なのですよね。面倒くさい」
「これを応用して邪神を倒す技にそのうちしてやる」
「……どうせ無理なので放置しておきましょう」
そう言い切ったユーグに、今ここでとかなんとかヤード魔王様が言いだしたのだが、私としては非常にお腹が空いていた。
そして出来ればこの地方の美味しいものが食べたかったので、
「今は争わないで、朝食を食べに行きましょう。護衛の人達がいると煩いから黙っていくの」
「もう気づかれている気がしますよ。この前巻いた時に、もっと強力な護衛に変えたらしいですから」
「……ユーグ、私は聞いてないよ」
「はなしていませんでしたから」
「白い霧の所ではどうしましょう」
「……いざとなったら僕の力で何とかします。様子を見に行かない事にはどうにもなりそうにもありませんから」
といった話になり、私達は……護衛の人に気付かれて、近くにあるレストランで朝食バイキングを楽しんだのだった。
食事を終えた私達は、必要な保存食や水などを大量に購入した。
もちろん護衛の人達を巻いて、だ。
沢山の食べ物を公に有するだけで怪しまれてしまうのでこれは仕方がない。
もっともこのリュックサックに全て入ってしまうので、それらに関しては気づかれることはなかったが。
それから土の剥き出しであまり整備のされていない悪路を進み、やがて件の地方周辺にある“ジェレラの町”にやってくる。
少し大きめの宿に私たちは再び泊まることに。
綺麗で大きい部屋。
しかもベッドが四つもあるので都合がいい。
ちなみにここで2泊の予定だが、
「ここで他の三人と合流してそれから護衛を巻いてあの白い霧の中に突入、と行きたいけれど、その前に少し情報収集がしたいわね。あの白い霧が私の知っている通りの者だったら、もう少し楽なのだけれど……」
「何か気になるのですか?」
ユーグが私に聞いてくる。
ちなみにヤード魔王様は、この前の町で手に入れたガラス玉の中に粉雪のようなものが降ったりする、スノードームのようなものを飽きもせずにずっと見て楽しんでいたりするのだが、それは置いておくとして。
「私が知っているよりも早いから、違う現象になっていたらいやだなって。杞憂だと思うのだけれどね」
そう軽く告げた私。
そこで誰かが訪ねてきたのだった。
宿のドアが数回叩かれた。
けれどその魔力の気配に、誰が来たのかすぐに私は気づく。
同時にヤード魔王様が、ベッドの後ろに隠れた。
彼らが来たと悟ったのだろう。
隠れえいるヤード魔王様はそのままにしておいて、私達はドアを開き、そこにいたフィフスと宰相メルトと軍師のソルトに、
「お待ちしておりましたわ。お茶とお菓子をすぐに用意いたしますね」
「お菓子はこちらで手土産に持ってきましたから、問題ありませんよ」
そう言ってフィフスが何やら紙袋を私に見せてくる。
なんだろうと思っているとそこで、私の後ろから声がした。
「そ、それは、私の大好物の“メルカバ店のシュー・ア・ラ・クレーム”」
「そう、ヤードが好きなものですよ。僕が会いに行くと全力で逃げるのに、この手土産がある時は大人しくしていますからね」
「……警戒して近づかないようにしていただけで、私には逃げてなどいない」
必死で言い訳するヤード。
それをにこにこと微笑みながら見ていたフィフスが、
「ヤードのお菓子を食べる様子は可愛かったですからね」
「……やけにニコニコ笑いながら私を見ていて、あの時、男色家の噂は本当なのかと一瞬思いながら、まさかとは思っていたが……」
ぶるりと震えたヤード魔王様。
と、その背後から宰相のメルトが嘆息するように、
「まさかあの時はフィフス様が倒されるとは思いませんでしたからね。けれど実力は見届けた我々がよく知っていますのでそこは否定しませんが。あの後も時々城に来ていて、随分と気に入られているな、と思いましたね。男の時は何処がいいのかさっぱり分かりませんでしたが」
そう言い切った宰相のメルトだがそれに軍師のソルトが頷き、
「そうそう。書類関係ならまだしも戦闘なら有能かと思ったら、女を侍らせてデレデレというか……女に弄ばれているというか」
そこでソルトが絶大な地雷を踏もうとしている気がした。
だって、多分、ヤードがハーレムと思っているものは……。
とりあえずそこで私は、
「あ、ここで立ち話もなんですので中に入りましょう。そのお菓子は……」
「そうですね、折角ですからヤードに直接僕から渡しましょう」
フィフスがそう言って部屋の中に入ってきて、少し警戒したようなヤード魔王様に近づいていきます。
ですが近くまで来たのにやはり特に何もされ無さそうと思ったのか、ヤード魔王様は恐る恐るその紙袋に手を伸ばし……そこで、フィフスがヤード魔王様の手首をつかみ抱き寄せた。
「ひ、ひぃいいいっ」
「やはり女の子になると、隙が増えますね。ふむふむ」
「あ、あの、放して欲しい……」
「……丁度すぐそこにベッドが」
「ブルブルブルブル」
ヤード魔王様がまっ青になって震えています。
ただ現状では、このままいくと話がいつまでたっても進まないので、
「フィフス様、話を進めたいのですがよろしいですか?」
「……やはりすべてが終わった後再挑戦ですね。邪魔が多すぎますから」
そう楽しそうにヤード魔王様を放す。
ヤード魔王様は全力で逃げ出し、またも私の後ろに隠れる。
何だかなと思いながら私は、
「実はこれから白い霧に関して少し現地の情報を集めようと思ったのですが、どうでしょう?」
それにフィフスが、
「こちらの現地にいる魔族にすでに話は聞いていますが……我々も少しくらいならば話を聞いてもいいかもしれません。ただ、その分この白い霧が広がるでしょうが」
「どれくらいの速度で広がっているかご存知ですか?」
「後3日くらいでこの町に到達しそう、といった所かな」
「では、十分に時間がありそうですね。まだ初期のはず。私の知っている範囲では……すでにこの町は飲み込まれているはずですから」
そう私は答える。
その私の言い切った言葉にフィフスが苦笑する。
「それはまた……初期ですか?」
「ええ、私が知っている範囲では」
「喜ぶべきなのかどうか判断に迷いますが、ここは喜ぶべきところなのでしょう」
困ったように笑うフィフスに、部屋のソファに座るよう促して私たちはもってきてもらったお菓子を頂きつつ、今後の予定について話し合うというか、
「集合場所、いつのどこにしようかしら」
その私の問いかけに、ちらりとフィフスがヤード魔王様を見てから、
「ヤードが夜は苦手なので朝早くはいかがですか?」
「確かに早朝の方が、私の護衛の裏をかけるかしら。夜の方が周りが見えないだろうと私が逃げ出しやすいのではと思っているようだしね」
「そうなのですか? では、日の出ごろ。明日の4時頃ではいかがですか?」
「時間はそれで構いません。次に集合場所ですが、この町が飲み込まれるまでに数日かかりそうでしたが、ここからどれくらいの所ですか?」
「そうですね、町はずれから一時間程度、でしょうか」
「……近いですね」
「ええ、最近ぱたりと白い霧の周囲への広がりが止まった……は言い過ぎですね。鈍化した、といった方がいいでしょうか」
それを聞いて、まさかと私は思った。
広がりを抑えるために、何か手を打たれているのか?
だがあの二人はまだ、赤ん坊のはずなのだが……危機に反応して能力を使ったのだろうか?
そう私は考えているとそこでフィフスが、
「それでは場所は、町はずれ。そこの窓から見えるあの大きな木のしたではいかがでしょう」
「分かりました。それで」
「では明日、またお会いしましょう。それまでにさらに情報を集めてみます」
「ええ、私の方も、お菓子などを買うふりをして、話を聞いてきます。……取りこぼした情報がもしかしたならあるかもしれませんから」
といった話をして私達は別れたのだった。
それから私達は、フィフス達と別れて、話を聞くことに。
ヤード魔王様がさりげなく連れて行かれそうになり悲鳴を上げていたものの何とか逃げたのはいいとして。
そして、町を見て回る。
話を聞いても白い霧が怖いねといった話ばかり。
「あの白い霧は、隔絶させる効果があった気がする。なのに入ることはできる」
「でも出られないんですよね。変な形に魔法が変質してしまっているのですから」
「そうなのよね、でも貴方なら逃げ出せるんじゃない?」
「……ええ、僕なら大丈夫です」
その答えを聞いて、切り札になると私は確信したのはいいとして。
やがてとある子供のお菓子を売る店のおばあちゃんに、なんとなく聞いてみた。
購入したのはチョコレート。
一口で食べられるもの、ではあったのだけれど、中にはいろいろなナッツが入っていて、どれが当たるか分からないという物だった。
なかなかおいしいチョコレートだなと思ってもう一つ購入した時に聞いたのだ。
「あの白い霧について何かご存じではありませんか?」
特に期待はしていなかった。
けれどそこでおばあさんが、
「そういえばあの白い霧の中に、巨大な怪物の影を見たと聞いたね」
そう、私が知らないゲームの情報を口にしたのだった。
白い霧の中の巨大な怪物。
子供を怖がらせるための、ちょっと趣味の悪いツk理bなしの可能性も無きにしも非ず、と私は思ったけれど、その考えはすぐに否定された。
別のお店で飲み物を数本購入した時にその噂を聞いいた、といった話が得られたのだ。
「“ブロッケン現象”というものかしら。でもあれは自分の影だったりとかそういったものだったような気も。大きくただ単に見えただけだし……本当に巨大生物がいるのかしら」
この世界に転生そて六年ほどになるが、巨大な怪物等ドラゴンくらいしか思い当たらない。
何かを見間違えたのか、それとも。
「ユーグ、他に何か思い当る物ってある?」
「話を聞いた範囲で大きい、となると、ドラゴンくらいしか思いつきません。後は巨大な木や、それに準ずるものを見間違えた、といった所でしょうか」
「見間違え、見間違えなら楽でいいけれど、そう簡単に出てこれない場所だもの。妙な怪物がいると考えて警戒だけしておくわ」
「……もしくは世界の崩壊の関係で、何かが変質してしまったといった可能性も」
「ゲーム内ではそんな描写なかったけれど、ありうるの?」
「……色々と僕が変えてしまいましたから。ある意味で望む方向に」
「そうよね、私は女の子だし」
そう。
私は勇者、それも男になるはずだったのだ。
それを女に個にしたユーグは何というかちょっと……な気もする。
しかも特殊能力持ちの悪役令嬢ってどんな展開だって気がする。
だから私はそれが何か変に作用しているんじゃないのかなと思ったのだけれど、そこでユーグが、
「……だって、ルナが男になるのが嫌だったし」
「? そうなの? でも今の話だと私、ユーグに私が悪役令嬢になる前に会っているみたいだけれど」
「……さあ、どうでしょうね」
そこで、少し困ったようにユーグが微笑む。
そんな風な表情をされてしまうと私もそれ以上聞けなくなってしまう。
どうして私なのか、何を隠しているのか。
聞きたい言葉を飲み込む。と、
「それで、それならどうして私は女にされたんだ?」
ユーグにヤード魔王様が怒ったように詰め寄っている。
それに対してはユーグが一言。
「ハーレム作っているイケメンが気に入らなかっただけです」
「……やはり俺はお前が気に入らない! 綺麗なお姉さん達に囲まれているのが私は大好きなんだ! 男ならわかるだろう!?」
「綺麗な女性だからと言って、中身も清らかかどうかは別です。自分好みの女性に出会えなければ僕にとっても意味はないですから、そういったものには興味がありません」
「ぐ……だ、だが、綺麗な女性は魅力的だと思ったりしないのか!?」
「綺麗だなとしか思いませんよ。それ以上の感情はありません」
「……やはり邪神だから人間や魔族など、単なるそういった存在としか見ないのか? わからん、この生物の感覚が……」
そう言って襲い掛かることなく真剣に悩みだしてしまったヤード魔王様。
そういえば綺麗なお姉さんに弄ばれるだけのハーレムだったような気がしたのですが、
「その中に、恋愛感情というか独占したいとか、そういった“好き”という感情に陥った方はいなかったのですか?」
「……いや、ちやほやしてくれるのが嬉しかっただけだが、それがどうかしたのか?」
「そうですか……そのうち本当の恋愛をして好きな相手が出来るといいですね」
「? そうだな」
といった話をしつつ私は、ヤード魔王様は恐ろしく初心ではないのかという疑惑を持った。
だが本人の前ではそれは言えないので黙り、とりあえず一通り情報を集め、必要そうなものも買いそろえたので宿に戻る。
そして、次の日の朝早く、宿をこっそり出発したのだった。
集合場所にはすでに、フィフス含めて三人来ていました。
「お待たせして申し訳ありません」
「いえいえ、先ほど来たばかりですから」
といった会話をしつつすぐに出発となる。
道は一本道で、けれど段々に細くはなっているように感じる。
周りはうっそうと茂った森が広がっていて、今の所まだ白い霧は見えない。
なので、これからどの方面に向かうのかといった確認をしたり、昨日きいた、多分見間違えだと思えるような話をする。
するとフィフスが、
「巨大生物、ですか。ふむ。ソルトは一時期一人でドラゴンと遊び半分で戦っていましたね。どうでしたか?」
「なかなか楽しかったな。あいつら知能もあるから、変な技も使ったりするしな。最高だ」
「霧の中で巨大な影が見えればそれがドラゴンか判別できそうでしうか?」
「もちろんだ。あんな特徴的な形は霧の中だろうと見間違えないね」
自信たっぷりに言い切ったソルトに、その時はお願いしますといったフィフスだが、そこで、
「ソルト、いや、メルトもそうだが……前々から思っていたが、フィフスにはどうして大人しく従うんだ? 私には、随分と反抗的というか何でこんなやつ、みたいな扱いだったのに」
「書類の処理が遅くて大変でしたからね」
「……メルトの理由は分かった。だったらソルトはどうして私にそう反抗的なのだ」
「俺より強いから」
「……フィフスは?」
「フィフス様はなんか許せるからな」
そう言われて、ヤードは酷いと小さく呟いた。
それにソルトがそっぽを向いて、
「ま、まあ今は、少しくらいは聞いてやってもいい」
「……別な意味で体を要求されそうな気がして警戒心が。だが、私に触ったら、男に戻るからな」
「く……」
ソルトがそこで悔しそうに呻く。
だがその話を聞いたフィフスが、
「ソルトが触ると男に戻ると」
「メルトが触ってもそうなる」
ソルトが機嫌悪そうに答えるのを見ながらフィフスは何やら頷き、
「どちらでも構いませんが、本当に男に戻るのか見せてもらってもいいですか」
「あー、じゃあ俺がやる」
そう言って何かを警戒するようなヤード魔王様の手首を掴む。
ヤード様が元の男の姿に!
「うん、やはり男の姿の方が落ち着くな」
「ふむ、やはり男性の姿もヤードは可愛いですね」
「……」
フィフスの言葉に、青くなるヤード魔王様。
さて、これからどのような展開にと私が思っていた所で……風の匂いが変わった。
凍るようなよどんだような、冷たい匂い。
気持ちの悪い感覚だと私が思っているとそこで、うっすらと白い粉のようなものが漂っているのが見える。
これが、“霧”なのだろう。
今は境界の部分にいるから簡単に逃げられそうだが、この張り付くような感じはあまり好きではない。
そう思いながらも私はその先の白く濃い霧を見上げる。
と、そこで丁度その白い霧の中を何かがうごめくのを見た。
それは巨大生物といった風ではなく、そして、
「あれはドラゴンじゃねえな」
「あれに近い形のものが何か、ソルトさんは分かりますか?」
「……見た感じ、巨大な触手のような物に見えるな」
「触手……」
それを聞いて私は、少し考えてから、
「別のイベントで、確か世界樹の根が変質して動いてしまうイベントがあった気がする」
そう私は呟いたのだった。
世界の根幹をなす太古の木の根が変質してしまうイベント。
確か後半の方であったイベントで、根っこが襲ってきて大変なことになった。
しかもその根の部分は、どんどん変質化が進み……けれどここにいる赤ん坊の仲間がいたおかげでどうにかなったのだ。
けれど今その二人の仲間はここにいない。
「あのイベントだとするとどうしようかな。次から次へと増殖して攻撃が酷くなるばかりであの二人の能力がないと結構きつかった気が。でも、きりが現れてどれくらいだったかな」
私は少し考える。
物語の中では、そこそこ時間がたってからの状態で遭遇したようだが、これはまだ初期の段階だ。
早くにこの現象が起きてしまったといっても、あの時ほどひどくはない。
それならばそこまであの根の変質してしまったものは増殖しないだろう。
だからその推測を他の人達に話して、ようやく私達は霧の中に入り込んだのだった。
霧の中で次々と根っこのようなものに襲われる。
「時間停止と併用して魔法を使うのも結構大変ねっと。“炎の輪”」
そう言って私は炎系の魔法で根っこの部分を断ち切る。
本体との接続を切ると、まるでしわがれたようにくしゃくしゃに根っこの部分がなり、襲ってこなくなるのだ。
そうやって倒しつつ現在は私達は先ほどの道をまっすぐに進んでいる。
この先に村があり、その村には私のこれからの“仲間”がいたりする。
もっともこの辺りにある村はそこくらいの物だったりするのだが。
そこで背後から根っこが襲ってくるも、そこでユーグが断ち切ってくれる。
わずかに反応が遅れてしまったので助かった、と私は思う。
つい考え込んでしまった、お礼を言わないとと考えていると、
「ルナ、もう少し周りを見ましょう。白い霧が濃くなっているとはいえ、あの程度はルナでもどうにでもなるでしょう」
「うん、ユーグがいるから安心しているのかな?」
冗談半分にそう言うと、ユーグは黙ってしまった。
怒っているのかと思っていると、
「……そう言われると、ルナに良い所を見せたくなるじゃないですか」
「え、本当? よし、お願いしよう」
「……いうんじゃなかった」
といったように嘆くユーグに、私は頑張ってもらうことにした。
そしてそういえばヤード魔王様はさっきまで喜々として根っこの駆除をしていたような……と思って様子を見ると、
「や、止めろ、この程度の傷は大丈夫だ」
「いえいえ、小さな傷が大変なことになりかねませんから」
「フィ、フィフス、なんだか顔が近い気が……」
「いえ、気のせいでしょう」
「というか、ソルトもメルトもなんで私にくっついてくるんだ!」
「これは、ヤード魔王様を守るためです」
「けがを治療している所で襲われたら大変だからな」
「で、でもこれ小さい切り傷……」
といった話を皆様でしていて楽しそうだったので、私は放っておくことに。
ただ、今の感じからすると、
「メルトとソルトが触っても男性化しない?」
「……面倒くさいので解いてしまいました」
「そうなんだ……声の感じからすると、そこまでヤード魔王様も嫌がっていないようだし放置しましょう」
という事で放置して更に根っこを切り裂いたりしながら白い霧の中を進んでいくと、やがて霧が薄くなってくる。
村に近づけば近づくほどその傾向があるようだった。
やがて、村と森を隔てる柵のようなものが見える。
そこに沿って少し歩くと唐突に霧が晴れた。
「この村だけ白い霧を防ぐ結界のようなものが張られている?」
そう私が呟くと同時に、近くの家から誰かが出てきたのだった。
近くの家から出てきたのはひとりの女性だった。
だがそのグラ……ではなく、姿はどこかで見たことがある。
確かこの村の村長の妻で、私の仲間になるはずのレイとライの双子の母親だ。
どうやら彼女は近くの井戸から水を汲もうとしているらしい。
手には木の桶が握られている。
何処と無くやつれているように見えるのはこのような環境だからだろうか……と思っていると、彼女と私達は目が合った。
そしてすぐに輝くばかりの笑顔になり、
「ようやく、ようやく救助の方がこられたと!」
「あ、えっと、様子を見に来て、元をどうにかしようと単身で乗り込んできただけです」
「……」
「でも多分何とかなると思いますので」
「……子供を連れているけれど、そちらの方たちは魔族のようなので戦闘に関し手は心強いかな」
などと村長の奥さんは言って、そこで前に出たフィフスが、
「この霧を何とかしようと思い来ました。お話をお聞かせ願えますか?」
「は、はい」
村長の奥さんは、フィフスには素直だった気がして、早く大人になりたいわと思ったのだった。
こうして村長さん宅でお茶を頂く事に。
そしてすぐそばでは揺りかごの中で眠る赤ん坊二人、なのだが。
「この子達、赤ん坊なのにすでに魔法を使ってる」
「そのようですね」
私の言葉にフィフスが頷くと、驚いたように先ほどの奥さんが、
「この子たちが魔法を?」
「ええ。ここが白い霧でおおわれても大丈夫なのはこの子たちの影響でしょう。貴方方を守りたいと、赤ん坊ながら願ったのかもしれません。これは素晴らしい才能ですよ」
といった話をしているのを見ながら私は、赤ん坊を覗き込む。
そこで赤ん坊の一人が目を覚ました。
のぞきこんだ私とユーグをちらりと見てから頷き、
「神様、よろしくお願いします」
そう赤子らしくない言葉を話し、再び目を閉じる。
これは、赤ん坊なのに赤ん坊らしからぬ知能を持っているという物だろうかと私は気づく。
そういえばゲーム内ではこの赤ん坊たちはとても、年齢の割には大人びていたような気がする。
もしや私のような転生者設定が隠れてあったのだろうか、と思うがそれ以上聞けそうになったので私は諦める。
そうしているうちに、気づけば村長さんもやってきて、話に加わっていた。
内容は、この村から西の方から白い霧が出ていて、それも湖の周辺から湧き出ているらしい、といった話。
それを聞いたフィフスは頷き、
「やはりその場所ですか」
「! どういうことですか!」
「実はそこにいる彼女が、これから起こることを……予測する能力がありまして、彼女が示した場所がまさにこの場所だったのです」
「まあ!」
驚いたように私を見る村長さんとその奥さん。
そしてフィフスは、現状ではこの村に入った人は出ることが出来ない事や、この村に向かう途中霧に飲まれた人が何人もこの村に滞在していること等を聞く。
食料の備蓄もまだあるが、この状況が続くのは精神衛生上もあまりよろしくないらしい。
それらの話を聞きつつ、その白い霧の元となる場所への生き方を聞くフィフス。
またその周辺で、木の根のような怪物が沢山見かけたといった話も聞く。
やはり変質した太古の木の影響があるらしい。
こうして私達はその場所へと至る道と状況を、彼らから聞いたのだった。
こうして、私達は原因の場所へと向かって行く事に。
道は細いですが枝分かれしなかったのは幸運だったようです。
そこを歩きつつ、根っこの部分の攻撃が延々と続いたわけですが。
「こうしてっと」
目の前に現れた根っこが切り取られます。
ユーグがやけに頑張っているような気がします。
そしてヤード魔王様はというと、
「そろそろ私にも戦わせろ!」
「……やはり我々もいい所を、ほら、ユーグ様がルナちゃんに見せているのと同じように見せたいですし?」
フィフスがそんなことを言っている。
そしてさらにメルトとソルトが、
「大体さっき怪我をしていたでしょう」
「男の時はその程度避けれたのに何で駄目になっているんだ?」
「それは……まさかあの邪神が女にしたせいで私の能力が……」
などと衝撃の事実に気付いたかのようなことを言うがそこでユーグが一言。
「能力はそのままです。封じて欲しいなら封じますよ」
「この……」
「異変に飲まれかかっているのかもしれません。魔王はこういった異常に“飲まれ”やすい所がありますからね。それでも能力があるから連れてきましたし……こう見えて精神力が強いですからね」
さりげなくユーグが褒めているようなことを言う。
それに気づいてヤードが小さくふんと笑う。
そんなこんなでさらに進んでいくとその先で、私達は奇妙なものを発見したのだった。
湖周辺が発生原因と聞いていた。
そしてゲーム内では、黒く濁った物体が湖を満たしていたが、ここでは半分程度が紫色に輝いている。
キラキラと輝いている所は宝石を光に当てたようで美しく見えるかもしれない。
だが、そこに触れた根のようなも途端に太くなってそこら中を闊歩し始めている。
しかも霧が噴出している所とは少し場所がずれていて、どうやらこの紫色の範囲はそこそこ広く、その白い霧を使って変化しているようだった。
おかげで視界はやや良好な物の、そこら中で木の根がうごめいていて、亀裂に近づけない。
この根っこを事前に抑えないとどうにもならなそうだ。
さて、どうしようかと思って最近の新技とそして、魔王ヤード様達がいると気付く。
この際、手段は選んでいられない。
だから私は、ヤード様たちに事情を話してお願いすることに。
全員が……フィフスまでもが笑顔なのに引きつっているという嫌な顔になっていたが、お願いを聞いてくれた。
ユーグがポツリと、ルナってやっぱり時々鬼畜だ、と言っていたけれどこれはしかたがなかったのだ。
というわけで幾つもの種を周辺にばら撒いてから、
「ヤード魔王様方、これから魔法を発動させますのでよろしく! 捕まったらたすけますので、全力で逃げてください!」
と掛け声をかけてから私は魔法を使った。
にゅるんと生えてきた触手が、大人な皆様を追いかけまわしていくごとに、根に張り付いていきます。
この触手自体もお互いくっついているので、結構強い力だったりします。
後は動かなくなったねを伝って亀裂の所に行き、修正を施せばいいだけですが……。
「うわぁああああ」
ヤード魔王様が捕まりました。
ヤード魔王様はやけに、触手に捕まりやすい気がします。
でも約束なのですぐに助けに向かった私ですがそこで、
「危ない!」
ユーグがそう、私の背を押した所で、細い木の根がユーグを貫くのをみたのでした。
目の前でユーグが木の根に貫かれて、倒れていくのがゆっくりと見えました。
まるで時間が凍ったように感じます。
乾いた唇でユーグの名前を呼ぶも、ユーグは笑っている。
私が無事で嬉しいかのように。
なんでそんな、と思うと同時に、私の中でふつりと言葉がこみ上げてくる。
この世界の異常はユーグの負担にもなる。
だから、私が。
「異世界のゲームってものがあるんだって。それを見ていたらこの世界によく似ていたから……私、やってくる」
「でも……」
「だって、大好きなユーグが苦しんでいるのをもう見るのは嫌だもの。それに他人事じゃなくて、私にだってこれから影響してくるはずだし、私が行けばいいのよ」
「……一時的な転生は、記憶も力も封じられてしまうよ。今の全力は使えないよ?」
「大丈夫、この世界と同じ乙女ゲームの知識があればなんとかなるよ」
「……なるのかな?」
「どのみちもう、手を施さないとどうにもならないもの、やるしかないわ。大丈夫、ユーグはゆっくりしていればいいよ。無理しているんだから」
「……それで、どのキャラになるのかのお手伝いくらいはさせて欲しいな」
「えっとね、男の勇者が一番最適だと思うの! そして悪役令嬢の子はちょっと……」
会話はいぜんしたもの。
今の私になる前の私がした話と、約束。
私にとってユーグは、とても大切な人だった。
我儘でこうなったとはいえ、こうしてこの世界に降りてまでユーグは……。
そして記憶と共に、力があふれてくる。
神様の時は世界は広すぎるから大雑把にしか分からなかったけれど、今ならば何がおかしいのかがよく見える、そう思って私はそっと倒れたユーグを受け止めて、小さく呟く。
ユーグの体が癒されて、閉じられた瞼が開く。
「もう大丈夫そうだね」
「……ルナ?」
「無茶したら駄目だよ。ユーグは大分弱っているんだから」
「! ルナ、まさか……」
「きっかけになって魔力が溢れている。でも、丁度ここに歪みがある。だからその亀裂をなすのにこの魔力を放出すれば……この悪役令嬢のルナは、壊れることはない」
「そう、か」
「でも私の前に出てけがはこれからしないでね。何も考えられなくなってしまった」
「それだけ僕の事が大事だって事かな」
ユーグがそう、いう。だから私は頷いて、
「大事だよ。だからもう、怪我はしないでね」
そう告げるとユーグは目を瞬かせて、次に頷いて微笑む。
そして私はこの力をどう使えばいいのかと思って、駆け出し、まずはヤード魔王様を捕らえていた触手を切り落とす。と、
「ルナ、なんだかいつもと違くないか?」
「これが私の本性です。では、根を止めるのをありがとうございました」
そう言って、後はフィフス達にヤード魔王様はお任せして、私は走ってそのまま、紫色に輝く湖に飛び込む。
パシャンと水の跳ねるような音がして、周りには紫色の景色が広がる。
ここではない。
もっと暗い場所。
そう思って探すと、更に小さな場所に黒い線のようなものが見える。
そこから白い泡のようなものが噴出しているのも見える。
その暗い場所では無数の蔓のようなものが見える。
これが全ての原因。
「後はこのルナの力を使うだけ」
特殊能力の時間操作。
それを私の本来の力、女神の力で発動させる。
目の前の黒い亀裂が、どんどん白い光に飲み込まれていく。
どれくらいたっただろう。
トンと小さな音が聞こえて、四角いガラスの破片が現れる。
ゲーム内では異界から落ちてきた悪夢の一つである、“無の欠片”。
ふと思い出してそれを手に取り、魔力で球状の玉を作り封じる。
後でこれをみんなに見せよう、そう思いながら気づけば周りが普通の透明な水になっている。
そして結構冷たい。
早く戻ろうと思って泳いで地上に出ると、根っこの部分がしわしわになって転がっているのが見て取れる。
どうやらこれでこの世界の異常は上手く解決できたように思えた。
のだが、岸に上がって私は気づいた。
「あれ、これで世界の崩壊のイベント、解決しているんじゃ……」
という驚愕の事実に気付いたのだった。
こうして世界崩壊に関するイベントを一つクリアしてしまった私だが、
「まとう、世界崩壊の危機のイベントはまだまだたくさんあったはず、ゲーム内で」
私はそう真剣に自分を慰めてみた。
だってもうすでに仲間になる子達には話してしまったし、と私が思っているとユーグが、
「多分今ので終わりだと思う。初期の段階で崩壊が止められてよかった」
「わ、私あの子達に何て説明すればいいのだろう」
「今後もそういったものが起こるかもしれないし、様子見でいいのでは?」
「な、なるほど。これが飛んでくるかもしれないしね」
そう言って見せたのは異世界から飛んでくる悪意について。
これが私達の世界の木の根っこに刺さって、世界が崩壊しかけたらしい。
いつだれがそれをしたのかが分からないけれど、世界と世界の間で漂う悪意と認識されているものだ。
それが原因でこうなり、そして、
「私、この世界の女神だった」
「完全に全部忘れているあたりが、そういう物だとはいえ……はあ。でも元に戻ったのならどうする? これからもルナとして生きていく?」
「もちろん、老衰するまでいるわ。両親を悲しませたくないし」
「……相変わらずルナはこの世界が大好きですね、妬けてしまいます」
「でもこれからはこの世界でユーグと一緒だよ。そうでないと私の魔力でこの体も爆発するし」
「……僕が好きだから、一緒に居て欲しい、ではないのですか」
「うーん、好きじゃないと一緒にはいないよ」
そう答えた私に、苦笑するユーグ。
本当にルナは……と呟いている。
そこで、私は後ろから抱きつかれた。
「た、助けてくれ、彼らが私を城に連れ戻そうとするんだ!」
「ヤード魔王様……そういえば世界崩壊関係はどうにかなりましたが、これからも私の家に?」
「もちろんだ! 誰があんな奴らの魔の手がそこら中に伸びている場所に居られるものか!」
「では、この先もずっと?」
そう問いかけられてヤード魔王様は呻いた。
だがすぐにユーグを見て、
「そうだ、もういいだろう、早く私を男に戻せ」
「……実は大変いいにくい事なのですが、男性に戻すとこの世界に歪みが生じるので無理です」
「なんだと?」
「本当は貴方は、女の子として生まれる予定だったのですが、ゲームだとこうだよねというルナの能力のせいで、男になっていただけなんです」
「」
ヤード魔王様が絶望したように何も言わなくなった。
しかもそこでフィフスが、
「それで魔王が一月以上不在の場合はその魔王としての地位がはく奪されて前魔王の物になるのですがよろしいですか?」
「……確かそういった決まりもあったような」
「ええ、そうなると私が魔王に返り咲き、全魔族の総力を挙げて貴方を捕まえに行きますが」
「……ちなみに捕まえたらどうなるのだろう、私は」
「そうですね。監禁……とまではいきませんが、4Pはいかがでしょう。大切にしますよ?」
「……一度魔王の城に戻ってから、ルナの家に厄介になる」
魔王ヤード様は裏技を覚えたようだ。
そんなこんなで私たちはそれぞれ家に帰り、私は親に怒られたり村から感謝状が届いたりといった日々が数日。
それからはまたいつものような日々が続いていく。
時々ヤード魔王様が私の家に逃げてくるが、最近はちょっと様子が変わってきた気もする。
そして私はというとユーグを連れまわして子供の用に遊んだり勉強したり。
それはそれで楽しい日々なのだけれど。
「世界崩壊関係の仲間の件はどうしよう、皆何だか待ち望んでいる気もするし。それにヤード魔王様関係……」
「放っておきましょう」
等と薄情な事を言う。
どうしようかと考えていた私達が、その後新たな危機に遭遇して、仲間集めも含めた件が大変になるので結果としては嘘にならなかったことのは……また、別の話である。