表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死ぬ予定なので、後悔しないようにします。  作者: 千羊
第4章 一年生~呪いと約束編~
65/65

47 まじないと呪い

 生徒会に入ったはいいものの、その後活動はほとんどなかった。

 主な仕事であるお茶会と狩りはペアを作り、そのペア同士で企画実行するそうだ。ティファニアはクリストハルトとペアになったが、担当するお茶会は夏休み明けに行われるので今はやることがない。週に一度の集まりも生徒たちの要望について話し、そして紅茶を飲んでのんびり過ごして終わる。シャルルは次のお茶会をイザークとペアで企画するのでそのことについて話しているが、ティファニアは暇で仕方がなかった。早々に図書館に切り上げようとお疲れさまと言って席を立つ。だが、開けようとした扉からノックの音がして手を止めた。生徒会メンバーは生徒会室に全員そろっている。誰だろうと思いながら扉を開いた。


「お疲れ様です」


 わぁんと音が耳の奥で反響する。ティファニアの視界は一気に黒い靄で埋め尽くされた。突然の光景に息を呑んでしまった。―――そこにいたのはウルリヒだったのだ。


「バルツァー先生、もう会議は終わっちゃいましたよ!」


 イザークが遅いよと怒ったふりをしながらウルリヒを責める。もう何度か行われている会議にウルリヒは一度も参加していない。それが当たり前のように進められていたのだから、今回も進行に問題はなかった。それを知っているのでウルリヒの返事も軽いものだった。


「今日もいつも通りで何より。……おや、ウルタリアさん、どうかしましたか?」


 ウルリヒの姿を見て、咄嗟に扉の後ろに身を隠したティファニアにウルリヒが尋ねる。恐らく靄の形からしてひょっこりと覗き込んできているのだろうが、その表情も服装も何もかもが黒に塗りつぶされていて分からない。ティファニアは苦笑することしかできなかった。


「いえ、突然先生がいらしたので驚いてしまって」

「そうでしたか。生徒会顧問と言っても肩書だけですからね。基本は生徒の自主性に任せています」

「先生、前に面倒だからって言ってたじゃないですか!」

「イザーク君、せっかく新しい生徒会員にいい顔をしようと思ったのに、そういうことは黙っておくものですよ」


 ふふふ、と穏やかに笑う声がした。きっとウルリヒの表情も笑っているのだろう。それを隠す黒い靄は相変わらず気味が悪い。

 ティファニアはそっとウルリヒと距離を取ってその様子を眺めた。出来れは一刻も早くこの場所を離れたかったが、ジュリアンが立ち上がってウルリヒにティファニアたちを紹介し始める。


「バルツァー先生、こちらがルイビシス君とウルタリアさんです。二人とも優秀で飲み込みが早いので助かっています」

「お二人ともお噂はかねがね。先生方の間でも話題になっていました」

「一年生は今年の話題の的ですからね」


 ええ、とウルリヒが相槌を打った。

 確かに今年の一年生はすでにいろいろと噂になることが多い。しかし、それについて言及する人はこの場所にはいなかった。ティファニアたちも噂になってはいるが、それ以上にユリウスとエドウィージュのほうが話題に上がるからだ。ユリウスは授業にほとんど参加していないことについて、エドウィージュはもちろん謹慎についてだ。だが二人ともジュリアンの関係者である。この生徒会ではそのせいか二人の話題を出す人はいなかった。


「あの、図書館に行くので今日はお暇させていただきます。お疲れ様でした!」


 しーんと生徒会室が少し静かになったところを見計らって、ティファニアは颯爽とその場から逃げた。廊下を歩きながら小さく溜息をつく。

 生徒会になったが、ティファニアが生徒会室に行くことは会議の日を除けば一度もない。苦手なイザークとわいわい騒ぐ他の三年生、そしてクリストハルトとともにそのメンバーをスルーして作業に没頭するジュリアンとあまり居心地がいいと思えないからだ。ジルヴェスターが生徒会は楽しいと言っていたのに、それはジルヴェスターがいるからだろう。

 生徒のいない階段を下りながらまたため息が零れる。学園生活は上手くいっているはずなのに、なぜか心が彷徨っているように落ち着かない。その原因の一つはなんといっても―――


「ねぇ、ツクヨミ、」


 呼びかけると彼はすぐに出てきてくれた。最近は部屋以外の場所ではユフィシアが近寄ってきたときしか姿を現してくれない。けれど近くにはいてくれたようだ。


「わたしに何かした?」


 もちろん原因の一つとはウルリヒのことである。あの靄と、そして話しているときに起きた不可解なこと。ティファニアがウルリヒの前にいて体調が悪くならないなんて初めてだった。

 ツクヨミはんー、と何か悩むようだった。しかしそれが答えでもあった。


「あれって、『まじない』でしょ? こんな風に使っていいの?」

「いーの。ティアは俺の愛し子だから」

「へぇ、そういうものなんだ……」


 ティファニアが『まじない』について知っていることは限られた本に書かれていた基本的なことだけだ。

 契約者と契約を結んだ者だけが使え、人や物に施すときには紋様を媒介とすること。『まじない』は契約者によって得手不得手があり、それによって対価が変わること。対価は魔力と呼ばれる身体に流れるエネルギーらしいが、ほかのもので代替することもできること。そして稀に『契約者の愛し子』と呼ばれる存在が現れ、彼らは総じて対価なく『まじない』を使えること。

 ティファニアが『契約者の愛し子』としてわかったのは、かけられた『まじない』が目視できるようになったということくらいだろう。それ以外はほとんど知っていることはない。


「わたしって、『まじない』が見えるんだよね?」


 確認するように問いかけた。ティファニアが『契約者の愛し子』だといっても、『まじない』はほとんど使ったことがない。そのため、詳しく聞いたことはなかったのだ。


「うん。俺と同調しているところがあるからね。ティアならある程度のものは見える」


 同調という部分はもっと詳しく聞いてみたい気もするが、今はそれよりも、


「―――じゃあ、ウルリヒ様のも『まじない』?」


 と問いかけると同時にツクヨミを見上げた。その質問がされることが分かっていたのかすぐにそうだよ、と返事が返ってきた。


「でもあれは、ティアたちが言う『まじない』とは少し違うんだよね」

「そうなの?」

「うん。ティアたちが『まじない』っていうのは基本的には魔法のことだよ。でもあいつのは魔法じゃなくてその亜種。あれは、『呪い』だよ」


 呪い。その単語が脳に響くようだった。

 あの黒い靄。ねっとり纏わりつくそれは周りの空気を重くし、触れるだけで肌を冷たく刺すような感覚を覚えさせる。『呪い』というのに相応しいものだ。『契約者の愛し子』でなければ感じ取れないものだとしても、それを四六時中纏っているだなんて。


「ウルリヒ様は、呪われてるの?」

「ああ、恐らく『呪い』のせいで何か不利を被っている」

「そう、なんだ」


 心なしか自分の声が震えている気がした。怖いのだ。そんな得体のしれないものがあることが。背筋が凍るように寒かった。

 ツクヨミはそんなティファニアにすぐに気づき、安心させるように頭を撫でた。きっと部屋にいたら抱き締めてくれてただろう。その手のひらの優しさで心の中が温かくなる。

 ティファニアは一度息を吐きだし、心を落ち着ける。もう大丈夫な気がした。


「『呪い』って、そう簡単にかけられるものなの?」

「いいや。俺たちの中でも使える奴は限られている。俺も使えるけど得意じゃないな」

「ツクヨミも?」

「ああ、だが、発動条件が厳しいからユエのやつにかけることもできない」


 未だにユエに恨みを持っているらしいツクヨミはあいつめ、と声を低くして怒っていた。ティファニア自身はユエに対してそういった怒りはないのだが、どうやら呪うほど嫌いなようだ。その行動原理はティファニアを想ってのことなので、物騒だが少し嬉しい。つい相変わらずだなあ、とクスリと笑ってしまった。

 すると、勝手に怒っていたツクヨミが思い出すように顔を上げた。


「そういえば、」


 それだけで言葉を切ってしまったのでティファニアは首を傾げた。ツクヨミは基本的に言いたくないことは言葉の端さえ零さないのだ。一度言いかけたということは別に言っても構わないということだろう。

 なあに? と問うと、彼の中で吹っ切れたようだ。


「俺たちの中で一番呪術をうまく使えたやつがいるんだ」

「それは、契約者の中でってこと?」

「うん。そいつはね、今は―――バルツァーって呼ばれているよ」


 バルツァー。

 エルフィリス王国四公爵家の序列四位。そしてそれはウルリヒの家でもある。

 契約者の力は基本的には契約者と契約している者、つまりはその時の当主しか使えない。ということは、そうなのだろうか。

 ウルリヒは当主に、自分の父親に、『呪い』をかけられたのだ。


「な、なんで、そんなことするの? だって、自分の息子でしょ?」

「息子だからじゃない?」


 へ? と間の抜けた声が出た。ティファニアにとっての父親というのはラティス、そしてシャルルの父親であるアルベルトやヴァルデマールたちの父親であるエトヴィン、ユリウスの父親であるイェレミアスである。彼らはみな接し方こそ違うが息子を愛している。息子に呪いをかけるなんて―――……


「だって、その方が都合がいいでしょ? 自分の自由に出来るんだから」

「そんな……、人をモノみたいに……」

「実際そいつにとってはそうなんじゃない?」


 ピシャリと冷水に打たれた気分だった。

 そんな風に考える人がいるということを―――忘れていた。あの場所では、スラムではそうだったじゃないか。ティファニアも、モノ、だったのだ。

 ティファニアをおもちゃのように遊び、壊していた。あいつらと血縁があったわけでもはないから子供のように扱ってもらう必要はない。けれど、ヒトとしてさえ扱われなかったのだ。それはどれだけ心を蝕むか、ティファニアは誰よりも知っていた。

 胸が痛くなった。咄嗟にお腹の前で組まれているツクヨミの手をぎゅっと掴む。

 なにか、自分にできることはないだろうか。


「ティア、人の家のことは俺たちには手が出しようないよ」


 その言葉に、はっと顔を上げた。ツクヨミの言葉はまるでティファニアの言いたいことが分かっていたかのようだった。

 しかし、そうなのかもしれない。ティファニアは後悔したくないがためにつかめるものは全てつかみ取りたいと思ってきた。けれどアドリエンヌの時のように上手くいかないことも、この小さな手のひらに抱えきれないことももちろんあるだろう。


「そっか。そう、だよね」


 言い聞かせるように、そう、答えるしかなかった。

 気がつけばいつの間にか図書館の前にいた。夕日が図書館の煉瓦造りを益々赤く染めている。まだ日がそう長くないのでもう少し時間が経てば辺りは暗くなってしまうだろう。アリッサに心配をかけるわけには行けない。本を借りてから寮に戻ろうとティファニアは図書館の中に入っていった。

 春のまだ肌寒い風が吹いて若葉を撫ぜる。


「人の家のことは、だけどね」


 その声は誰にも届くことなく、風と共に散っていった。

お盆までかなり忙しいので次の更新は8月8日(水)になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー画像
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ