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それからというもの、ミレイ(見える幽霊でミレイ、勝手に名付けたが我ながらいいセンスだと思う)は何かと俺に世話を焼くようになった。
「松春さん、冷蔵庫なんにも入ってないじゃないですか!」
「どうやって開けたんだよ。」
「透けてるんで、こんな風に頭を突っ込んで、」
そう言ってミレイが冷蔵庫に頭を突っ込むと、首から下が冷蔵庫から生えているように見える。なかなかシュールな光景だが、あまり見ていたくもない。
「やめろ気持ち悪ぃ!」
「乙女に向かって失礼な。それよりほら、体力付けも兼ねて今日は少し離れたスーパーへ歩いて行きましょう!私も憑いていきますから。」
「テメェは浮いてるだけじゃねぇか。つーかなんか漢字が違う気がする。行くなら付いていく、だ!」
そう言って、ある日ミレイは俺を外へ連れ出そうとした。あまりにもしつこいので、しぶしぶ家から少し離れたスーパーへ歩いて出かけて買い物をすると、
「松春さんそれダメです、高すぎます。買うならあっちのほうがいいと思います。」
「奥の商品から取って下さいよ?賞味期限が長いものを見てから、」
「そんくらい知ってるっての。」
「あーあー、そんなお酒ばっかりいらないですよ!牛乳買いなさい!」
「テメェは俺のおかんか!」
こうなった。
ミレイは他の人には見えないらしい。俺はミレイと話しているのだが、周りからみれば俺一人で買い物をしているようにしか見えない。だからあまりにも横からワーワー言うので思わず突っ込んでしまった時、当然、近くにいたおばさんが不審な目で俺を見てきたので、その場をそそくさと立ち去った。その帰り道も散々で。
「今日はカレーにしましょうね。」
「俺が作るんだろーが。」
「でも好きでしょう?カレー。それに明日はそのカレーをパンにつけて食べましょう。」
「なんで知ってる!しかもオメーは食えねぇだろうが!つか勝手に決めんな!」
「せっかく野菜も買ったんですから、ちゃんとサラダも作りましょうね。」
「…テメェ、いい加減に…、」
河原路を歩く俺の隣にミレイは並んでふわふわ浮いている。俺にはそれが見えるけど、通りすがりの親子にはそれが見えない。
「ママ、あの人誰とお話してるの?」
「まーくん、こんな時は見てみぬフリをするの。世の中には色んな人がいるから…。」
…今度こいつと外で話す時はスマホを耳にあてとこう…と、俺はそっと心に決めた。
その日の晩飯はカレーとなり、ミレイと食材の切り方やら隠し味はチョコだのめんつゆだのともめにもめ、少し凝ったサラダまでテーブルに並び、俺は久しぶりに食事らしい食事をとった。
料理をするのも台所に立ったのも何年ぶりだろうか。出来上がったカレーを一口食べると、自画自賛じゃないけれどものすごくうまかった。(ちなみに作る手順などはミレイが横から口をはさんでくれた。)無言でそれを食べる俺に対して、ミレイはテーブルの上にひじをつきながら、
「うん、松春さん手先器用だから料理は大丈夫ですね。これからはちゃんと自炊して下さいね。」
と、にこにこと満足げに笑っていた。
それからまた数日後のことだ。
「松春さん、いつまでも寝てたらだめですよ!まだ若いんですから働かないと!」
「テメェも若けぇだろうが!」
「いいですか、今はお金があってもいずれはなくなるんですよ?その時困るのは松春さんなんですから!ほら、まずはパソコン開いてください。」
「ハァ?なんで?」
「ジョブサイト、〝ヤッホーワーク″に登録するためです。」
「何?」
「こんなだらけた生活、そろそろやめなきゃだめですよ。さ、ほら開いて開いて。」
今度は働けと言ってきた。しかも痛いところをグサグサとえぐりながら。またイラっとしてきたので、窓をあけて煙草に火をつける。勢いよく吸い込んだ煙をフー、と外へ吐き出した。
確かに、今の生活をずっと続けていくのは無理だ。だから働かなければいけないとは自分自身も結構前から考えていた。でも、「明日でいい」「次にしよう」「寒いから温かくなってから」とあれこれ言い訳している内にどんどん無職期間が延びていき、今に至る。誰かが言ったように「働いたら負けだ」という所まではまだ落ちていないけど、尻が鉛のごとく重たくて上がらない。
「パソコン~開け~」とせがむミレイにしぶしぶパソコンを起動させ、ヤッホーワークを検索する。〝中途採用はこちら″をクリックして一覧を眺めてみると、、結構な数の募集がきてるんだな、と少しだけ興味がわいてきた。ミレイも同じように「ほうほう」と頷きながら隣で画面を凝視している。
「…警備員、商品の運搬…、バイク買い取りの査定員、か。ふ~ん、結構面白そうだな。」
「松春さん、空手やってましたもんね!それに、バイクも好きでしたし。」
「…なんでそんなこと知ってるんだ?」
聞き返すと、ミレイは明らかにしまった、という顔をした。
確かに俺は中・高・大と空手部に所属していたし、車やバイクなんかも好きだ。でも、そんな話、ミレイにした覚えがない。なのに、なんでこいつは俺の事を知っている?知り合いじゃないと言っていたが、あれは嘘か?今になって、ミレイに少し不信感を抱いた。
そんな俺の様子を察したのか、ミレイはあはは…と笑ってごまかした。
「あの、本当に怪しいものじゃないんで。」
「いや、テメェは最初っから俺になんか隠してる感じだっただろ。…もしかして、」
実は一つ思い当たることがあった。ミレイが俺を知っていて、俺がミレイのことを知らないというについて。
俺は、大学卒業前に大きな事故にあったことがある。よっぱらいが運転する車が横断歩道に突っ込んできて、俺は意識不明の重体にまで陥ったらしい。その時のことはあまり覚えていないが、その事故の影響でどうやら俺は記憶の一部を失っているらしかった。俺が生死の境を彷徨ったのち奇跡的に目覚めたとき、
「お前、なんで事故にあったのか覚えてへんの?」
と、友人が茫然として聞いてきたことがあった。覚えていないと言えば、他にもあれこれ聞かれた。意識が戻ったばかりで正直何を聞かれたか曖昧だが、何かの質問に「知らない」と答えたら、その友人と母親と、その場にいた他の誰かの顔色が変わった。
医者は、事故で頭を強く打ったときの後遺症だろうと言った。何を忘れたのかは分からない。でもそのせいで困ることはなかった。なにせ、小さい時の記憶も学生時代の記憶も全部あったから。…そういえば、母親が変わったのはこの時からだった気がする。簡単に言えばヒステリックになった。大学の友人と絶対に連絡を取るな、と思いつめたような顔して言われた。それから俺は大学を中退させられ、こっちに引っ越してきたのだ。
もし、その失った記憶の中にミレイがいるとしたら、今の状況に納得できる。
「やっぱお前、俺の知り合いなんだろ。」
「えっ?」
「俺一回死にかけたことがあんだよ。あんまそん時のこと覚えてねぇんだけどよ。」
短くなった煙草を灰皿にぐりぐりと押し当て、そのまま続ける。
「事故のせいで、俺は何か記憶をなくしたらしんだけどよ、もしかしてお前のことか?」
そうだ、それなら色々と説明が付く。ミレイが俺のことを知っていたこともそうだし、ミレイが俺の所に来たのも俺の知り合いだったから。となるとどういう仲だったんだって話だが…。
(まさか、俺の女とかじゃねぇよな。いやいやないないありえねぇ。だってどう見たって高校生くらいにしか見えねぇし。俺はロリコン趣味じゃねぇ。…そうか、待てよ。俺が大学生の時の話だから…。)
「お前、年いくつなんだよ。」
「私ですか?えーと、死んだときが二十歳なんで、きちんと計算すると…、生きていたら二十五ですね。」
「ハァァァァッ!?にゅうじゅうご!?俺と一つしか変わんねぇじゃねえか!」
思ってもみなかった年齢に思わず声がでかくなってしまった。
「いやまぁ、ほら、今の外見は死んだときのものなんで。本当だったらきっともっと絶世の美女のはずですから。」
「それはねぇだろ。」
世界新記録並みの早さのツッコミにミレイは不満げな顔をしたが、それよりもと話を元に戻した。
「それと、松春さんの知り合いなんかじゃないですから。いや、認めませんから。」
認めないだと?意味が分からない。それだけ聞くとなんだかミレイは俺を嫌っているようにも聞こえるのだが、でもそれじゃミレイのおせっかい焼きはなんなんだって話だ。今のミレイに嘘をついているような様子はないし、恐らく本当のことを言っているのだろうが、でもだとしたらますますわけが分からない。なんでこいつは俺の事を知っている?
「そうやって話をすり替えて、仕事探さないつもりじゃないでしょうね。ほら、いいから探してくださいよ。」
「すり替えてねぇしむしろ重要な話だろうが!つーかエラそうに俺に命令してんじゃねぇよ!」
結局、ミレイは今から五年前に死んだということ以外、他のことはうやむやにされ、俺は新たに煙草に火をつけてパソコンの画面に目を戻した。
だから、その時ミレイがどんな顔していたか俺は分からなかった。




