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君と過ごした五ヶ月間  作者: スプーン
2/8

一、

 俺の家に数日前から幽霊が居座っている。

 いや待て、話が飛びすぎたのでざっと説明しておこう。

 一年前、母親が死んだ。病死だった。母親は色々と保険をかけていたらしく、俺は結構な額の保険金を手に入れた。それから毎日、自堕落な生活を送っている。二六歳にもなって働きもせず、一日中家にこもってパソコンやスマホを見て、食べて、寝る。その合間には煙草を吸いまくっている。

 ずいぶんと前に、生まれ育った町から遠く離れたここに引っ越してきた。そのおかげで俺の周りには親しい奴もおらず、かといって母親に半ば強引に大学を中退させられたので、向こうの友人に連絡を取る気にもならない。こっちに来て向こうから連絡がきたこともない。

所詮、その程度の人付き合いだった、ということだ。

 そんな腐ったプ―の俺の元に、それは突然やって来た。

 「こんにちは~松春まつはるさん、あ、う~ん、初めまして、の方がいいのかなぁ。」

 いつもと同じように昼前に目覚め、適当に朝飯兼昼飯を済ませ、ぼんやりとテレビニュースを眺めていたら、突然テレビの後ろの壁からス―と白っぽい人の手らしいものがはえてきた。俺はまだ夢の中か?と疑いながら、目を凝らしてそれをよく見てみると、それは徐々にずずずと出てきて、それはやがて完全に女の姿として現れたのだ。

 淡いグリーンのワンピースを着た、髪の短い…いわゆるボブヘアの若い女。俺より多分年下だろう、童顔だ。でもまぁ、かわいい部類に入るとは思う。恐らく、見た限り背の低い女なんだろうが、いかんせん女の足が地についていないので定かではない。女はまるで風船のようにふわふわと浮いており、「私のこと、見えてますか?おーい。」と言いながら俺の周りをふよふよまわっている。ちなみに髪の質もふわっふわしてそうだ。

 「…お前、なに?」

 その時の俺は、そいつに対して恐怖は全く感じていなかった。なんというか、なぜかそいつの周りに漂う雰囲気が、温かく、ひどく懐かしいものに感じたからだ。

 こいつは俺に害を与えるものじゃない。そう直感で思った。だから冷静に、一体何が起きているのか現状を把握しようとだけしていた。

 そいつは自分が見えていることがよほど嬉しかったのか、目を潤ませ二コリと笑いながらこう言い放った。

 「松春さん、私は幽霊です。」

 この日から、俺とそいつの二人暮らしが始まった。


 「松春さーん、ちょっと煙草吸い過ぎですから。灰皿、山になってますから。せめて窓を開けて空気の入れ替えをして下さいよ。」

 「うっせぇよ。つーかテメェ何当たり前のような顔してそこに居座ってんだよ。」

 そこ、というのは部屋のぽつんと置いてあるテーブル…の横に在る赤色のビーズクッションのことだ。昔買ったものだが、どうしてそんなものを買ったのか今では覚えていない。

 「ここは私の特等席なんですー。今はまだ誰にも譲りませーん。」

 「いや待てっつーかそれ以前に、なんでテメェ今日もいるんだよ。さっさと成仏でも何でもいいから、どっか行けよ。」

 「窓開けてくれたら考えまーす。」

 内心イラっとしつつも、しぶしぶ部屋の窓を開けた。すると、4月前期にも関わらず少し冷たい風が部屋の中へ入り込んできた。外の空気がうまい。あいつに言われるまで気にしていなかったが、どうやら俺は相当悪い環境の中にいたらしい。

 「オイ、開けてやったぞ。」

 「あー、これ〝笑ってええとも!〟だ!松春さん、ボリューム上げて、上げて!」

 「おいこらテメェ話がちげぇじゃねーか!」

 「ほらほら、ダモリさんが面白いこと言ってますよ!」

(そもそも俺は〝ええとも″じゃなくて〝ワッコにおまかせ″派なんだよ!)

 ボリュームを上げるように見せかけて、いいところでチャンネルを変えてやると、当然ながら非難の声が飛んできた。「鬼!」「ドS!」「いじめっこ!」「たたってやる!」等等。

 最後のはシャレにならないが、その反応がひどく面白くて顔には出さないように笑った。

 母親が死んでから、必要なものを買いに外へ出る以外はずっと家に引きこもっていた。

だからずっと一人で、家は静かだった。でも別に何とも思っていなかった。元々あまりべらべらしゃべる方ではなかったし、別に母親とも…こっちに引っ越してきてからそんなに会話がなかったし。

(こういうの…なんか久しぶりな気がする。…というか、ん?)

 さっきのテレビチャンネル争い、前にも同じようなことを誰かとした気がする。誰だったかは思い出せない。

 ちらっとあいつを見てみると、あいつもこっちをちらりと見て、困ったように笑った。

その笑い方は、なぜか寂しそうにも見えた。

 「…おいテメェ、」

 「なんですか、松春さん。」

 「いや、やっぱいい。…そういやぁ、なんでお前俺の名前知ってんだよ。…まさか、知り合いじゃねぇよな?」

 そうだ、そもそもなんでこいつは俺の所に突然現れたんだろうか。向こうは初対面から俺の名前を呼んでいたけど、俺はこいつのことを知らない。記憶を遡っても、知り合いにこんな奴はいなかった。確かに少し懐かしさを感じたけど、でもやっぱり俺はこいつに見覚えがない。

 するとあいつは何とも言えない複雑な顔をしてしばらくの間思案したのち、

 「知り合い、じゃあないですね。」

と答えた。じゃあなんで俺の名前を知っているのか、なんでここに来たんだと重ねて問えば、「さぁ、なんででしょう?」と返ってくる。全く持って話にならない。

 はぁぁぁ…と深い溜息をつき、新しい煙草に火を付けた。煙を肺いっぱいに満たせば、多少イライラする気持ちも落ち着いた。

 「…つーかお前さ、ほんとに幽霊?」

 「あっ、はい。私の体半透明でしょう?それにほら、松春さんにも、なんにも触れられないんです。」

 煙草を吸う俺の腕にあいつの手が伸びてくるが、何の感触もなくそのまま俺の腕を通り抜ける。気持ち悪いのでしっしとやると、あいつは少し悲しそうな顔して元いたビーズクッションに飛んで戻った。

 「つーことは何、お前死んでるんだよな?」

 「はい。そうですね。」

 「…俺、まじで病院行ったほうがいいか…?。あぁ、もしくは霊媒師?」

 「そそそそそれだけはご勘弁を!別に私、松春さんに何もしませんから!」

 「何もしないでずっとそこにいられるのが気持ち悪りぃんだよ余計に。」

 「えっ、じゃあふよふよしてきましょうか?」

「余計に気持ち悪りぃわッ!」


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