第5話 骸骨騎士の剣
「ここからは、私に任せろ」
師匠はアランを背に庇い、目の前のゴブリンソルジャーと対峙した。
ゴブリンソルジャーは、突然現れた骸骨騎士を睨みつける。
その手に握られた大型の武器が、ゆっくりと持ち上がった。
「師匠……」
アランは地面に倒れたまま、師匠の背中を見つめていた。
何度も修行で見てきた背中だ。
けれど、今はいつもと違う。
自分を守るために、師匠があの恐ろしい魔物と向き合っている。
「下がっていろ、アラン」
「で、でも……!」
「大丈夫だ」
短く告げると、師匠はゴブリンソルジャーから目を離さなかった。
次の瞬間、ゴブリンソルジャーが雄叫びを上げた。
「グオオオオッ!!」
地面を蹴り、巨体からは想像できないほどの勢いで迫ってくる。
大型の武器が、師匠目掛けて振り下ろされた。
しかし――
師匠は、わずかに横へ踏み出しただけだった。
轟音とともに武器が地面を砕く。
その一撃を、まるで最初から分かっていたかのように避けていた。
ゴブリンソルジャーはすぐさま武器を引き戻し、横薙ぎに振るう。
それも届かない。
師匠は上体をわずかに傾け、紙一重で攻撃をかわした。
続けざまに繰り出される攻撃。
振り下ろし、横薙ぎ、突き。
そのどれもが、師匠に触れることすらなかった。
「……すごい」
アランは思わず呟いた。
自分が何度も吹き飛ばされた相手だ。
一撃を受け止めることすらできなかった。
それなのに、師匠は一歩も退いていない。
いや、正確には違う。
必要な分だけ動き、必要のない動きは一切していないのだ。
まるで、ゴブリンソルジャーの攻撃が全て見えているかのようだった。
ゴブリンソルジャーは苛立ったように唸り、さらに攻撃を繰り返す。
それでも、結果は変わらない。
一撃も当たらない。
そして、何度目かの攻撃を大きく空振った瞬間。
師匠の手が、腰に佩いた装飾騎士剣へと伸びた。
「……終わりにしよう」
静かな声とともに、剣が鞘から抜き放たれる。
陽の光を受け、刀身が鈍く輝いた。
アランは息を呑んだ。
師匠があの剣を抜く姿を見るのは初めてだった。
いつもの修行では木剣しか使わない。
どれだけ攻めても、師匠が本物の剣を抜くことはなかった。
その剣を、今、師匠は手にしている。
ゴブリンソルジャーは構わず突進してきた。
雄叫びを上げ、大型の武器を振りかぶる。
師匠は静かに剣を構えた。
無駄な動きはない。
力みもない。
ただ、相手の動きを見据えている。
そして――
「一閃」
一瞬、風が走った。
次の瞬間、ゴブリンソルジャーの巨体が左右に分かれた。
振り下ろされるはずだった武器が、地面に落ちる。
遅れて、二つに分かれた身体が崩れ落ちた。
あまりにも一瞬の出来事だった。
アランは、目の前で起きたことを理解できずにいた。
「……え?」
師匠が使った技。
それは、間違いなく自分が先ほど使ったものと同じだった。
自分の一閃は、相手を一瞬怯ませることしかできなかった。
それでも、今の自分にできる精一杯だった。
なのに、師匠は。
同じ技で、あの巨体を一刀両断してみせた。
「師匠も……今の技……」
「ああ。一閃だ」
師匠は剣を軽く振り、刀身についた汚れを払った。
「同じ技でも、扱う者によって結果は変わる」
そう言って、静かに剣を鞘へ納める。
アランは返す言葉を見つけられなかった。
自分が目指している強さ。
その遥か先に、師匠は立っている。
その事実を、改めて思い知らされた。
***
「アラン、怪我を見せろ」
師匠がこちらへ歩いてくる。
アランは慌てて身体を起こそうとしたが、脇腹に痛みが走り、顔をしかめた。
「無理をするな」
師匠はアランの身体を支え、怪我の具合を確かめる。
腕や脚には擦り傷があり、身体のあちこちに打撲もあった。
「これくらい、大丈夫だよ」
「大丈夫かどうかを決めるのは、怪我をした本人ではない」
師匠はそう言うと、アランの身体に手をかざした。
淡い光が広がり、傷の痛みが少しずつ和らいでいく。
「……師匠、ありがとう」
「礼はいい。それより、なぜ一人で森の奥へ入った?」
その問いに、アランは俯いた。
「……自分の力を試してみたかったんだ」
「それで、あの魔物と戦ったのか」
「最初はゴブリンだけだったんだ。何体か倒せたから、これならもっと奥へ行けると思って……」
そこまで話して、アランは口を閉じた。
自分がどれだけ浅はかだったのか。
今なら分かる。
「師匠に守られてばかりじゃ嫌だったんだ。もっと強くなって、いつか師匠の隣に立ちたいって……」
「そうか」
師匠はしばらく黙っていた。
やがて、アランの頭にそっと手を置く。
「強くなりたいと思うことは悪くない」
アランは顔を上げた。
「だが、自分の力量を見誤るな。自分に何ができて、何ができないのか。それを知ることも強さの一つだ」
「……うん」
「お前はまだ成長の途中だ。焦る必要はない」
その言葉に、アランは唇を噛んだ。
悔しかった。
もっと強くなりたい。
師匠のようになりたい。
けれど、今の自分には何もできなかった。
「……俺、もっと強くなるよ」
「ああ。楽しみにしていよう」
そのとき、茂みの向こうから小さな鳴き声が聞こえた。
「キュウ」
二人がそちらを見ると、黒と白が混ざったような灰色の毛並みをした、狐のような魔物が姿を現した。
額には、小さな模様がある。
「お前か」
師匠がそう声をかけると、狐は小さく鳴いた。
「キュウ」
「知らせてくれたのか。助かった」
狐は尻尾を揺らしながら、師匠の足元へ近づいていく。
「えっ……もしかして、こいつが師匠を呼んできてくれたの?」
「ああ。お前が危険な目に遭っていると知らせてくれた」
アランは灰色狐を見つめた。
森へ入ったときにも、少し離れた場所からこちらを見つめていた狐だ。まさか、自分を助けるために師匠を連れてきてくれたとは思わなかった。
「そっか……ありがとうな」
アランが手を伸ばすと、灰色狐は一度だけ鼻先を近づけた。
それから、満足したように小さく鳴いた。
「キュウ」
「ふふっ。なんだか、お礼を言われた気がするな」
師匠はそんな二人の様子を静かに見守っていた。
「さあ、帰るぞ。これ以上ここにいる必要はない」
「うん」
アランは師匠の手を借りて立ち上がった。
まだ身体は痛む。
それでも、先ほどまでの恐怖とは違う感情が胸の中にあった。
悔しさ。
そして、もっと強くなりたいという気持ち。
アランは歩き出した師匠の背中を見つめる。
いつか、あの背中に追いつきたい。
いつか、隣に並んで歩きたい。
その思いを胸に刻みながら、アランは師匠の後を追った。




