第1話 骸骨騎士との朝
「起きろ。朝だぞ、アラン」
聞き慣れた低い声が、静かな部屋に響いた。
「……あと五分」
「昨日も同じことを言っていたな」
「じゃあ、今日は十分!」
「増えているではないか」
呆れたような声が返ってくる。
布団の中で丸まっていた少年――アランは、頭まで毛布を引き上げた。
しかし、次の瞬間。
「起きないのなら、朝食は私がすべて食べてしまうぞ」
「それは駄目だ!」
アランは勢いよく飛び起きた。
目の前に立っていたのは、全身を鎧で包んだ骸骨の騎士だった。
頭部には肉も皮膚もなく、空洞となった眼窩の奥には、青白い光が揺れている。
腰には、装飾の施された立派な騎士の剣が一本。
その姿だけを見れば、誰もが恐ろしい怪物だと思うだろう。
だが、アランにとっては違う。
「おはよう、師匠!」
「うむ。ようやく目が覚めたようだな」
骸骨騎士――レオンハルトは、いつものように静かに頷いた。
それが、アランにとって当たり前の朝だった。
◆
朝食の時間。
小さな木造の家に、焼きたてのパンの香ばしい匂いが広がっていた。
「いただきます!」
アランは勢いよくパンにかぶりつく。
向かい側では、レオンハルトが椅子に腰掛けていた。
彼は食事を必要としない。味を感じることもできない。
それでも、アランが食事をするときには必ずこうして向かいに座る。
「師匠は食べないの?」
「私は必要ないからな」
「でも、いつも座ってるじゃん」
「お前が一人で食べるよりは、誰かがいた方がよかろう」
「……ふーん」
アランは少しだけ口元を緩めた。
「じゃあ、今日も一緒に食べような!」
「そうだな」
レオンハルトは静かに答えた。
その言葉に、アランは満足そうにパンを頬張る。
食卓には、二人分の椅子がある。
それは、この家ではずっと変わらない光景だった。
◆
「さて、食べ終わったのなら鍛錬だ」
「よっしゃ!」
食事を終えたアランは、家の外へ飛び出した。
家の周囲には深い森が広がっている。
人里から離れたこの場所は、静かで、鳥のさえずりと風の音だけが聞こえていた。
アランは庭に置いてあった木剣を手に取る。
「今日こそ一本取ってやるからな、師匠!」
「ほう。昨日も同じことを言っていたな」
「今日は違う!」
「その意気だ。来い」
レオンハルトは腰の剣には手をかけず、ゆっくりと構えた。
アランは地面を蹴る。
「やああっ!」
木剣を振り下ろす。
レオンハルトはわずかに体をずらし、軽々とそれを避けた。
「遅い」
「まだまだ!」
アランは続けて横薙ぎに剣を振るう。
しかし、それも届かない。
何度挑んでも、レオンハルトの体に傷ひとつつけられなかった。
「くそっ! なんで当たらないんだよ!」
「力任せに振るうだけでは駄目だ。相手の動きを見ろ」
「見てるよ!」
「ならば、なぜ同じ攻撃を繰り返す?」
「うっ……」
アランは悔しそうに唇を尖らせた。
「もう一回!」
「よかろう」
それから何度も、何度も挑んだ。
やがてアランの息は上がり、腕も重くなっていく。
それでも彼は木剣を手放さなかった。
そして最後の一撃。
アランの木剣が、レオンハルトの鎧にほんのわずかに触れた。
カン、と小さな音が鳴る。
「……当たった!」
アランは目を輝かせた。
「師匠! 今の見たか!?」
「もちろん見ていた」
「やった! ついに当たったぞ!」
「ああ。よく頑張ったな」
レオンハルトはそう言って、アランの頭に手を置いた。
大きな骨の手だった。
アランは少し照れくさそうにしながらも、嬉しそうに笑った。
「へへっ。明日はもっと当ててやるからな!」
「楽しみにしている」
その声を聞きながら、レオンハルトは少年の姿を見つめていた。
昨日よりも少しだけ伸びた背丈。
少しずつ逞しくなっていく腕。
何より、諦めずに何度でも立ち向かうその姿。
「……大きくなったな」
ぽつりと、レオンハルトが呟いた。
「ん? 何か言った?」
「いや。何でもない」
レオンハルトは、いつものように静かに頷いた。
その眼窩の奥の青い光が、ほんの少しだけ揺れていた。
◆
夜。
鍛錬を終え、夕食を済ませたアランは、自分の寝床に横になっていた。
窓の外では、月が森を淡く照らしている。
「なあ、師匠」
「どうした?」
「僕のお父さんとお母さんって、どんな人だったんだ?」
レオンハルトの動きが止まった。
ほんの一瞬。
だが、アランは気づかなかった。
「……どうして、そんなことを聞く?」
「いや、なんとなく。僕には父さんも母さんもいないだろ?」
アランは天井を見つめながら続けた。
「二人とも、どんな人だったのかなって思ってさ」
しばらくの沈黙。
やがてレオンハルトは、静かに答えた。
「いつか話してやる」
「またそれかよ!」
アランは不満そうに頬を膨らませた。
「前にもそう言ったじゃん!」
「すまんな」
「約束だからな! 絶対に話してくれよ!」
「ああ。約束しよう」
レオンハルトは、少年の頭を優しく撫でた。
「だから今は、ゆっくり眠れ」
「……うん。おやすみ、師匠」
「ああ。おやすみ、アラン」
やがて、アランの寝息が聞こえ始める。
レオンハルトはしばらく、その寝顔を見つめていた。
そして、窓の外に広がる月明かりの森へと視線を向ける。
静かな夜だった。
この穏やかな時間が、いつまでも続けばいい。
そんな願いを胸に秘めながら、骸骨の騎士はただ静かに佇んでいた。




