第28話:10:00、来客
10:00
「平坂先輩、えっと、なんか、来客? みたいな感じで女の人が正門前にいますけど……」
え、なにそれ。
朝食と状況説明のあと、拠点である要市立第一中学校周辺のパトロールと魔物掃討を今日は中止にして拠点内でそれぞれやれることをやろうと決めた。
で、おれが単独で出歩かないように、監視というか一緒にいる相手として名乗り出た御剣三樹と思井佳奈美の3人でくつろいでいたところに、中学生女子が駆け込んできて戸惑った様子で語った内容に首をひねった。
いや、ここを《要塞化》したことで見えなくなってるはずなのに来客とかどういうことだ? と、おれが戸惑っていると、
「行きましょう先輩」
中学3年で生徒会長の三樹がおれの手をぐいぐい引っ張って歩き出す。
「その人はどんな印象? 危険はなさそう?」
同副会長の佳奈美は報告に来た女子に着いてくるように言った上で、おれの隣を歩き相手の様子を聞き出している。
「えーっと、一華お姉さんくらいの年齢の、おっとりとした印象のきれいな女性でしたよ」
大学生の御剣一華さんと同じくらいというのなら、20代前半くらいかな。
パッと見でおっとりとしている雰囲気を出せるってのは、それだけ余裕があるか演技力があるかのどちらかではないだろうか?
現状は少なくとも、無防備な人がそこらを歩いて無事でいられるほどまともな状況ではないんだが。
「……それは、どういうことなんでしょう? 少なくとも、ゴブリンなどの魔物を歯牙にもかけないレベルで強くないと、普通なら疲れたりおびえていたり必死な表情だったりすると思いますけど……」
「対応は私がします。先輩は少し離れた位置で隠れて様子を見ていてください」
「嫌だが? おれが直接対応する」
思考を巡らす佳奈美の脇で、安全策を取りたいのかおれに隠れるよう進言する三樹をバッサリと断る。
「ここの最高戦力はおれだ。最終的な意思決定権を持つのもおれだ。おれが直接対応するのが一番効率的だよ」
「…………市役所の代表が出てきたときには、警戒がどうのとか言ったくせに……」
バッサリやってしまったせいか、三樹がちょっと拗ねてしまった。
頬をぷくーと膨らませてかわいい。いや違う。かわいいから違わないけど。
いや、うん。それはそう。ごめんな。でもさ、
「でもな、それはな、お前たちに傷ついてほしくないからだよ。年下の女子を前に立たせて陰から様子見とか、そんなダセえ男はやりたくないしさ」
「…………うみゅ……」
ほんとの本音を示して恥ずかしくはある。
そんな恥ずかしさをごまかすように三樹の頭をなでれば、なでられた本人は変な鳴き声をもらしてうつむいてしまう。かわいい。
「いいなー」
ちょっとからかうような口ぶりの佳奈美を見て、佳奈美の頭もなでようと手を伸ばせば、ぴょんと可愛らしくはねて離れてしまう。
「私のことはまたあとで。来客を待たせていますので、行きましょう」
それはそう。三樹の頭をなでてる場合ではなかった。
でもしおらしくおとなしい三樹は可愛いので、もう一度頭をなでて手を引き歩く。
すでに魔改造済みの市立要第一中学校の面影を残す昇降口から外へ出て、正門となる校門へ。
そこまで行くと、あちらの様子も見えてくる。
長い髪を一つにまとめて左から垂らしている女性と、ペット用の水皿に注がれた水をがっぷがっぷ元気に飲んでいる黒の豆柴と、静かに水を飲む尾が2本に分かれている黒猫。
その様子を観察し始めた段階で、豆柴と黒猫はこちらに気づいたらしく、不意に顔を上げて見上げてくる。
完全に目が合ってしまった。
おとなしくおすわりしてしっぽふりふりしている黒豆柴と、女性の側に寄り中間に立つ黒猫。
お供の犬と猫が興味と警戒を分かりやすく示したことで、女性の方もこちらに気がついたようだ。
「こんにちは」
・烏丸翔子 レベル9 タイプ:人
クラス:テイマー
動物好きな20歳の大学生。サイズはD。
好奇心旺盛で元気な黒豆柴のポチと思慮深くおとなしい黒猫のタマを飼っていたが、世界改変の際に2匹のペットが魔物に変異。以後は頼もしい戦力として守られてきた。
2匹へのたしかな信頼はあっても、状況の変化に対応しきれず不眠気味になっている。
安心できる場所を求めて自宅から離れ、2匹に導かれてきた。
好感度はD。(知らない人)
素質:水・土・闇・木・雷
適性:ブリーダー、僧侶、付与術師、召喚師、薬師
「……あ、はい。……こ、こんにちは」
その女性は、近所の知り合いにでも会ったかのような朗らかな表情で気安くあいさつしてきた。
いきなり姿を現したように見えたはずの、初対面のおれに。
「……えっと」
「あ、私は烏丸翔子といいます。よろしくね」
「……は、い。……その、よろしく?」
「なんでキョドってんですか?」
初対面の知らない人からいきなり普通にあいさつされてキョドってるうちに自己紹介までされてさらに固まるおれを見て呆れる三樹という構図。
ヤバい。根暗なおれより後輩の方が頼りになりそうだぞこれ。しっかりしよう。先輩として。
「……んんっ、で、その、烏丸さん。なんでここに? ……ん?」
咳払い一つして、意識して真剣に問いかける。……と、黒の豆柴がしっぽふりふりしながら近寄ってきて、じーっと見つめているのに気がついた。
目が合う。黒豆柴と。
「なんだか、世界が大変なことになったわね。バケモノが現れて、たくさん人が死んで。私の住んでるところもだんだん怖くなってきたから、この子たちに安全な場所まで案内してもらって、ここに着いたの」
ご主人様の方にも耳を向けながら、おれのことをじーっと見つめてる豆柴。
おれは基本的に動物には威嚇されるのだが、この豆柴様は《意思疎通》スキルなどを使わなくても興味津々に寄ってきてくれている。
「好奇心旺盛な黒柴がポチで、こっちの黒猫はタマ。ポチは構ってくれる人が大好きなの。よかったら、なでてあげて?」
えっ!? いいの!?
ご主人様の方から許可も下りたことで、ゆっくりしゃがんで黒柴様の方にそっと手を差し伸べると、ふんふんと指のにおいをかいでから顔をこすりつけてくる。
そして、頭でおれの手を押し上げるようにしてきたので、ゆっくりもみ込むようになでると背中を向けてきた。
そうか、そこがかゆいのか。
委細承知とばかりに黒柴の背中を指でかりかりかいてやると、ころんところがりおなかを見せてくる。
え、おなかなでていいんですか?
くりくりの目は期待に満ちているようで、そーっとおなかをなでてやると気持ちよさそうに目を細めていた。
「うちの子になってくれませんか?」
「ごめんね。ポチは私の子だから。優しくなでてくれてありがとうね。ポチも気持ちいいみたいよ。なでるの上手なのね」
やべ、声に出てたみたいだ。
「うわー……。わんこにデレデレの先輩」
「珍しいの見れたわね」
後輩2人にニヨニヨされて、めっちゃ恥ずかしい。
そんな2人を見てみれば、佳奈美が抱っこしている黒猫を触ろうとしている三樹が、黒猫のしっぽにぺしぺしとあしらわれていた。
二又のしっぽが自在に動いて、三樹の手を拒否るようにぺしぺしとはたくので、若干涙目な三樹。
あちらはあちらで仲良くなっているようだ。
黒猫の方は、ちょっと気むずかしいのかもしれないが。
でも、初対面の佳奈美に抱っこされてるのだから、人好きではあるのだろう。たぶん。




