類友ではない
「──やぁだー! ティアもモジのおべんきょーするのー! リュージのおてつだいするのー! そしたらいっぱいなでなでしてもらうのーーー!」
と豊満なあれやこれやを激しく揺らしながら、じたばたと子どものように駄々をこねるティアを前にして、ギゼルが額を押さえていた。
今のティアは見た目こそ人間の成人女性だが、中身はまだ生後一年程度の仔竜だというから、一度こうなると宥めるのは至難の技だ。
シエルとアスバルが花竜の担当飼育員に就任した日の夕方のこと。
今日も一日の業務が終わり、もう間もなくエレノアが夕食の支度ができたと呼びに来るであろう頃、アルコル宮の談話室に集まった俺たちはティアのわがままに困り果てていた。というのも昼間、独学で人間の文字を覚えて褒められるジュンコの姿を見たティアが、自分も読み書きを習いたいと言い出したのだ。
しかし現状、竜の園付きの奴隷で文字を習うことを許されているのは飼育員としての業務を遂行する奴隷──すなわち男のみだ。
エレノアのような女奴隷は基本的に園で働く男たちの世話──要は炊事や洗濯、掃除などだ──にしか携わらないから、読み書きを覚える必要はないだろうということで、手習いを受けることを許可されていなかった。
というのも帝国の奴隷法は原則として奴隷に読み書きを教えることを禁じているから、特例で手習いを許されたとはいえ、塾生の数は必要最低限に絞るようにという厳格なお達しが上からあったのだ。
ゆえに女であるティアは手習いを受けられない、と、ギゼルはいつもの調子で冷淡にそう宣告したのだが、その結果がコレというわけだった。
絨毯の上で仰向けになったティアは、受講の許可が下りるまでは梃子でも動かないといった構えでびえええええと泣き喚いている。おまけにじたばたと暴れ回るから、園の奴隷となることが決まったときに与えたボロ着に着替えさせていなかったら、今頃きっと大変なことになっていただろう……主にモザイク処理的な意味で。
「……おい、リュージ。貴君は何故こうも厄介者ばかり呼び寄せるのだ? これが俗に言う〝類は友を呼ぶ〟というやつなのか?」
「い、いやいやいや、そいつはいくら何でも言いがかりだろ。つーか遠回しに人を厄介者呼ばわりするな! 俺は至って真面目に園の管理責任者としての務めを果たしてるだけだ」
「ならば晴れて園付きの奴隷となったこの女のことも、貴君が責任を持って何とかしろ。そもそもこいつにはエウィスの助手として、宮内の家事全般を補助するよう命じたはずだぞ。それすらまともにできない奴隷に、手習いの許可など下りるわけが……」
「だけど本人にここまでやる気があるんなら、読み書きくらい教えてあげたらいいじゃないか。ティアちゃんは字を覚えてリュージの仕事の手伝いがしたいって言ってるんだろ? エレノアさんの仕事はイヴちゃんやジュンコちゃんが時々手伝ってるわけだし、だったらひとりくらいリュージの手伝いに回したって……」
「だがたとえ読み書きを習得したところで、こいつにまともな手伝いができると思うか? 見た目のわりに知能も精神年齢も低すぎて話にならんだろう」
「ちがうもん! ティアもちゃんと役に立つもん! でもリュージのおてつだいがしたいんだもん! びえええええ!」
うーむ……ダメだこりゃ。俺が言ってもギゼルが言ってもこの調子じゃ、あとは炎王竜たるジュンコにひと肌脱いでもらうしかないが、そのジュンコも俺の目配せに気づくと〝お手上げだ〟とでも言いたげに肩を竦めてみせる。
まあ、そもそも大人の言うことを何ひとつ聞きやしないティアが、見た目の上ではずっと年下であるはずのジュンコの言うことだけは聞く、という構図はいささか不自然だし、この手をあまり乱用するわけにもいかないだろう。とするとかくなる上は……と蟀谷を押さえて熟考した俺は、ギゼルに向かって苦肉の策を提示した。
「なあ、ギゼル。ヘスペルの言うことにも一理ある。ティアも本人が希望する業務でなら、意外な才能を発揮してくれるかもしれないだろ? だからまずは一週間だけお試しで手習いを受けさせてみるってのはどうだ? で、本人が途中で音を上げたり、適性がないと判明したら今度こそエレノアの手伝いをさせればいい」
「……なるほど。自分には頭脳労働の適性がないと自覚すれば、さすがに諦めもつくだろうということか」
「うむ。まあ、子どもの自主性を伸ばすってのも大事なことだからな。大人の事情で一方的に可能性の芽を摘むんじゃなく、ある程度は本人に選ばせてやらないと」
「子ども……? 貴君にはこれが子どもに見えるのか?」
「え? あっ、いや、その、さっきおまえも言ってたように精神年齢的な意味で、な!? そ、そもそもティアは孤児で正確な歳が分からないって話だったし、ひょっとしたら体の発育がよすぎるだけで、実は見た目よりずっと幼い可能性だってあるだろ!? ほら、欧米人はアジア人に比べて老けるの早いって言うし!」
「オーベー人だのアジア人だの、そんな人種は聞いたことがないが……まあ、そういうことならフリーダ様に掛け合ってみないこともない。この調子で連日喚かれては敵わんからな……だが、ひとつだけ先に言っておく。結果どうなろうとも、私は責任を取らんからな」
「ん……? まあ、そこはな? 一度挑戦してみてダメだったら、それはもうしょうがないだろ。そんときはティアも聞き分けてくれるだろうし」
「……貴君は竜や魔獣のこと以外となると、本当におめでたいのだな」
「え? そりゃどういう意味──」
「──皆様、お食事のご用意ができました」
ところがそのとき、聞き返した俺の言葉を遮って談話室の扉がノックされた。
どうやら夕飯の支度を終えたエレノアが呼びにきてくれたようだ。するとギゼルは何事もなかったかのように踵を返し、真っ先に部屋を出ていった。何だよ、あいつ……まあ、ギゼルは食事の席を見張るだけで宮じゃメシを食わないから、さっさと今日の仕事を終わらせて帰りたがる気持ちは分からんでもないけどな。
ともあれそんな経緯があって、ティアは晴れて手習い塾に参加できることとなった。ただ飼育員が授業を受けている間は俺も俺の仕事があるから、ティアの傍についていてやれない。
代わりに既に独学で読み書きを覚えてしまったからという理由で、ジュンコも一緒に手習いを受けさせてやってくれないかと打診してみたものの、こちらは案の定却下された。となるとティアは実質ひとりで授業を受けなければならず、俺としてはそれが激しく不安だ。一緒に授業に出る塾生の中にはヘスペルやシエルもいるから、ある程度のことはあいつらがフォローしてくれるだろうとは思う。
が、問題はティアがあまりにも人間界の常識を知らなすぎること。
一応、無知で幼い言動を繰り返す点については、今のところそういうキャラとして受け入れられつつあるものの、時折ぽろっと自分の正体を自白するような失言をしでかすのが恐ろしい。ゆえに俺は、
「字を習いたいなら絶対に自分の正体を隠し通すこと。そいつを約束できなければ手習いは受けさせない」
と念押しした。するとティアは何度も頷いて、
「だいじょーぶ! ティア、約束、まもる!」
と目を輝かせたわけだが……本当に大丈夫だろうな?
ヘスペルにもシエルにもティアを頼むと声をかけたから、大きな問題は起きないはずだと思いたい。そして願わくはあの星竜が「やっぱり無理だった」と一週間で音を上げてくれますように。
ところがそんな俺の祈りも虚しく、当然のように事件は起きるのだった……。




