帰るべき場所
「あー、うん、なるほど……? つまりおまえは俺があのとき助けたチビ助で、上司の天王竜からジュンコの護衛を命じられて? ついでに異世界から来た俺がアゴログンドにどんな影響を及ぼすか分かんないから、とりあえず傍で見張っとけと? そう言われて来たわけなんだな?」
「キュキュゥ~! そうなの~、正解なのっ! というわけで、これからはずっといっしょだよ、リュージ~!」
と、俺が頭痛と疲労を堪えつつここまで聞いた話を要約すると、勝手にはしゃぎ始めた銀髪巨乳美女こと星竜のティアが正面からいきなり抱きついてきた。
その勢いと胸もとの肉の圧に押し倒され、俺は「おうふっ……」と呻きながら椅子ごと背後へ倒れ込む。
おかげでしたたかに後頭部を打ちつけたが、やはり痛がる気力もない程度には疲れ切っており、俺は仰向けに倒れたまま、喉を鳴らして頬擦りしてくるティアにしばし好きにさせていた。ああ、うん……こんなところをフリーダやギゼルに見られたらまた懲罰房送りにされるんだろうが、もういいや。どうにでもなれ……。
俺が空から降ってきた謎の美女に公然猥褻を行ったという無実の罪で、懲罰房にぶち込まれてから三日目の朝。
ようやくフリーダの怒りが治まり、独房から解放された俺は何とかアルコル宮へ戻ってきたわけだが、敷き布団すらない石の牢屋でふた晩を過ごし、また食事も一日一食しか与えられなかった体は鉛のように重くへとへとだった。とにかく節々という節々が悲鳴を上げているし、腹は空きすぎて無我の境地へと至りつつあるし、そもそも向こうじゃろくに眠れなかったしでまともに動けそうもない。
というか、あんなところに俺の倍以上の期間閉じ込められておきながら、平気な顔して朝礼に出席してたアスバルは何者だよ。タフすぎるにもほどがあるだろ。まあ、へばってる姿を俺やシエルに見られたくないって意地がそうさせたのかもしれないが、だとしたらやっぱりあの日はあいつらに休みをやって正解だったな……。
「あぁっ、ティア、ずるい! イヴもリュージにすりすりしたい!」
「これ、おんしら。竜司は懲罰房から戻ったばかりで疲労困憊しておるのじゃ。これ以上負担をかけるでない」
「キュゥゥ~……」
「はあ……いやしかし、飛んでる竜に捕まって運ばれてる最中に落っこちたなんて話、フリーダたちがよく信じたな……人を掴んで飛べるほどデカい竜が皇宮の上を飛んでたら、さすがに誰か気づくだろってツッコミはなかったのか?」
「う、うむ……そこはもう何というかアレじゃ、仕方がないのでわしの言霊でそのように思い込ませた。さすがに粗がありすぎて、一度つっこまれ出したら収拾がつかなくなるのは目に見えておったからの」
「んじゃあ、ティアは俺が記憶を失くす前に、どっかの町で暴漢から助けた相手らしいって話も?」
「うむ。今のところは皆、そう信じておるはずじゃ」
「そうか……じゃあ、ひとまずはそういう設定でいくとして……しかしなんでよりにもよって、ティアはそんな破廉恥な巨乳美女に化けてきたの……?」
「キュウッ……!? だ、だってどうせ人間のふりをするなら、みんなに好かれる見た目の方があやしまれないでしょ? だからどういう姿になれば人間に好きになってもらえるかなぁって、ここに来る前、いろんな姿になって町でためしてみたら、この姿のときがいちばん人間が寄ってきたから……」
「へえ、そうか……ちなみにそいつら、なんか暗くてひっそりした場所におまえを連れ込もうとしたり、金を見せびらかしてきたりしなかったか?」
「〝カネ〟って、あのまるくてうすっぺらい金属のこと? それならたしかにみんな見せてくれたよ~! 金色のとか銀色のとか、いろいろあってキレイだった! でもティアには必要ないから〝いらないよ〟って言って帰ってきたけど……」
「ジュンコ……ほんとにこいつにおまえの警固を任せて大丈夫なんだよな?」
「う、うむ……確かにティアは人間について無知すぎるが、氣の強さは既に成竜顔負けじゃ。ゆえにほれ、こやつも術枷をつけられたところで人化が解けておらんじゃろ?」
「はあ……まあ、さすがに俺とヘスペルだけでおまえの身辺を固めるってのは無理があったしな。頼もしい助っ人が来たと思って、ひとまず感謝しておくか……」
と、自分でも悲しくなるほど覇気のない声色で言ってから、俺はついによろよろと体を起こした。椅子ごとひっくり返って打ちつけた頭と背中はなおもズキズキと痛んだが、まあ今は体中どこもかしこも痛いのでさほど気にならない。
幸い寝室の床には厚手の絨毯が敷かれてあるから、石の上に直接寝転ぶのに比べればだいぶマシだしな。
「あー、けどそれはそれとして、問題はむしろフーヴェルオの方だな。まさかあいつにそんな秘密があったとは……そもそも半分ずつとはいえ、魂を他人と入れ替えるなんて芸当が本当にできるのか?」
「うむ……方法まではティアも詳しくは知らぬようじゃが、実際フーヴェルオの肉体に天神竜の魂がある以上、可能なのじゃろう。前にラドニアが〝フーヴェルオに子がないのは種なしだからだ〟とか〝実は男色なのでは?〟とかいう噂が広まっておると話しておったが、あれもフーヴェルオの魂が半分欠けていることの証左と思えば腑に落ちる。魂に欠損のある者は子孫を残せぬのが世の理じゃからのう」
「リュージ。だんしょく、ってなぁに?」
「うん、そいつはおまえらが知るには早すぎるから、しばらく耳を塞いでなさい」
と、俺が床にあぐらをかいたまま真顔でそう答えれば、イヴとティアはきょとんとしながらも、とりあえず言われたとおり自らの手で耳を塞いだ。いい子だ。
ううむ……だがジュンコたちの話が事実だとすると、フーヴェルオが天王竜に魂の半分を取られたのは今から十七年前、先帝が起こした『竜族狩り』の最中に連れ去られたときってことだよな?
だとすると以前ギゼルから聞かされた皇属竜狩猟団の皇太子救出譚は、果たしてどこまでが真実でどこからが嘘だったのか。いや、そもそもギゼルやフリーダは、フーヴェルオが竜に呪われたことを知ってるのか?
あるいはあのふたりもフーヴェルオに騙されている可能性は否定できない。
しかしだからと言って帝国の存亡に関わる国家機密について、大っぴらに「知ってるか?」なんて尋ねるわけにもいかないしな……。
「うーん……だけど天王竜は〝竜と人類が共存する世界を実現すれば呪いは解いてやる〟ってフーヴェルオと約束したんだよな? ってことはフーヴェルオの本音がどうあれ、メアレスト帝国存続のためには約束の履行が絶対条件のはずだ。とすればあいつが帝国全土に呼びかけてる竜族保護政策が、天王竜を欺くためのポーズってことはないだろう。要するに、俺たちとフーヴェルオの利害は一致してる。そいつが確信できただけでも、状況的には一歩前進だな」
「……」
「あとは前にジュンコを襲った犯人と動機が分かれば、ひとまずは安心できるんだが……ああ、いや、けど、それとはまた別の問題も浮上しちまったか……」
と、思わず独白のように呟いてから、俺はまだ律儀に耳を塞いでいるイヴをちらりと見やった。先程ジュンコたちから聞いた話が本当なら、どうやらこいつは実の親である天王竜に捨てられてしまったらしい。ティアの証言によると、イヴはかつて天王竜への生け贄として捧げられた人間を母として生まれたそうだ。
彼女の名は、レナ・アムッド。レナは天王竜を鎮めるために差し出された人柱であったにもかかわらず、まったくもって竜を恐れず、むしろ神竜の末裔に食べられるのなら本望だと喜んでみせるような、風変わりな女性だったという。
ところがのちに彼女は竜を裏切り、食わずに命を助けた恩を仇で返された天王竜は、レナとの子であるイヴをも憎んで天竜の頂から叩き落とした。イヴの角が片方だけ折れてしまったのは、恐らくそのときではないかとティアは言う。
ただ、レナがどうして天王竜を裏切ったのかまでは、ティアは話してくれなかった。何でもティアたちの暮らす天竜の頂ではレナの名は禁句とされており、ゆえに天王竜の許可なく話すことはできないのだそうだ。
されどいかなる理由があろうとも、峻厳な山の頂から我が子を叩き落とすなんて暴挙が果たして許されるだろうか。俺はいずれイヴの出自を解明し、親となった竜か人間がまだ生きているのなら、何とか親もとへ帰してやりたいと思っていた。
しかし天王竜は既にイヴを我が子とは認めないと宣言しており、母親に至ってはとっくに他界しているそうだ。つまりイヴには帰るべき場所がない。そう思うと俺はやりきれず、天王竜に直接会って問い詰めてやりたい衝動に駆られた。
男女の間に価値観の相違や痴情のもつれなんてもんがつきものなのは重々承知しているが──何せ俺も前世はそれで婚期を逃したクチだ──だからと言って子どもに罪はないはずだろ?
ましてやイヴは、地球じゃありえないことだらけのアゴログンドで〝ありえない〟と言われていた、人間と竜の子という奇跡の存在だってのに。
なのに、どうして……。
「……リュージ、どうした? かなしい?」
ところが俺がやり場のない感情を持て余していると、何か感じ取ったらしいイヴがついに耳から手を離し、ぱっと俺の前へ膝をついた。そうして心配そうに覗き込んでくる瞳の透徹さに、俺は何も言えなくなる。こんなに無邪気で優しい子が親からも世界からも愛されないなんて、そんなのはあんまりだ。
ゆえに俺は黙って手を伸ばし、イヴのやわらかな金髪をくしゃりと撫でやった。
「……なあ、イヴ」
「なぁに?」
「おまえ、この場所が……竜の園が好きか?」
「うん、すき! だってここ、リュージ、いる。ジュンコも、ラドニアも、ブルーも、ヘスペルもいる!」
「……そうか。じゃ、ここがおまえの帰る家だな」
「……? かえるいえ?」
「ああ。要するに、困ったことや悲しいことがあったらいつでも俺たちを頼れってことだ。少なくとも俺は何があっても、ずっとおまえの味方だからな」
果たして俺の贈った言葉は、どこまでイヴに届いただろうか。
本人はやはりきょとんと首を傾げていたが、ほどなく、
「わかった」
とだけ答えると、あとは嬉しそうに喉を鳴らして撫でられていた。
……ったく、本当に〝わかった〟んだろうな?
なんて思いながらも、俺も笑っていつもより多めに撫でてやる。
うむ、よし。なんかちょっとだけHPが回復した気がするぞ。
そんじゃ、懲罰房にいる間に溜まった業務をいっちょ片づけますか──と、俺が気合いを入れて立ち上がった、刹那、
「リュージ!」
とにわかに寝室の扉がけたたましく叩かれ、俺たちは揃いも揃ってびくりと飛び上がった。あの声は……ひょっとしてラドニアか? いつも冷静沈着なあいつがあんな取り乱した声を上げるなんて、恐らく只事じゃない。俺はイヴたちと束の間顔を見合わせると急いで扉まで飛んでいき、内側から鍵を開けた。
「どうした、ラドニア?」
「ああ、リュージ、宮に戻ってきたばかりなのにごめんなさい。だけど、ブルーが──ブルーの卵が……!」




