働き方改革、始めました(★)
動物界におけるいじめは大半が種の存続のために行われるが、実はそうではない生き物もいる。地球における水族館の人気者、イルカがその好例だ。
いつもにっこり微笑んでいるような顔つきから優しそうなイメージを持たれやすいイルカだが、多いときには五百頭もの群で暮らす彼らには独自の社会がある。
でもって自然界でも屈指の知能を誇るイルカの社会はわりと複雑だ。
彼らは怪我をした個体を群の仲間が連携プレイで海面まで運び上げ、呼吸ができるように下から支えて泳ぎを助ける、なんて高度な行動が確認されている一方で、あるときには快楽のために〝薬物〟を使い、トリップすることでも知られている。
この場合の薬物というのは、猛毒を持つことで有名なフグの毒だ。
イルカたちは退屈すると、フグに悪戯をして毒を放出するよう促す。
当然、命の危機を感じたフグは毒を出す。
が、フグ毒は海中に放出されると海水で希釈され、致死性が薄まるのだ。
するとイルカたちは喜んで毒を吸い込み、ハイになる。要は人間がドラッグをキメるのと同じで、フグ毒はイルカたちにとって手っ取り早く気持ちよくなれる麻薬というわけだ。これだけでもイルカが単にチャーミングなだけの生き物ではないと分かってもらえるだろうが、さらにイルカ社会のいじめは結構凄惨だったりする。
というのも彼らは〝群を守る〟という目的だけでなく、単なる気まぐれでいじめをするのだ。そしてひどいときには相手が死ぬまで追い詰めたり、一頭のメスに群がってレイプまでしたりする。
水族館で華麗なイルカショーを披露してくれるイルカたちも、一見トレーナーの言うことをよく聞くお利口さんのように見えるが、実は新人や気弱な飼育員がやってくると集団で嫌がらせする──たとえばショーの練習中は従順なふりをしておいて、本番になった途端トレーナーの指示をガン無視し、観客の前で恥をかかせるとか──なんて事例もよく聞くしな。
イルカたちがこういった不合理な行動を取る理由については諸説あるものの、有力なのはやはりストレスや不満が蓄積した際にいじめが発生するという説だ。
つまりイルカもストレス解消のために弱い個体を殺したり犯したりして、キモチよくなろうとすることがある。これは言うまでもなく人間社会のいじめにも通じることで、高い知能を持つ生物にとっては逃れ得ぬ宿業なのかもしれない。
だが仮に脳の仕組み上、他者をいたぶることでキモチよくなってしまうのは仕方がないとしても、だからと言ってやってもいい理由にはならないはずだ。
何故なら少なくとも人間には理性があって、全人類のうちの大半はきちんと自制することができているのだから。
ならばどうして普通の人間ならば当たり前にできるはずの〝自制〟ができない問題児が現れるかと言えば、やはりストレスという理由が考えられる。
要は心に怒りや悲しみといった負荷がかかり続けると、それを相殺するための喜びや快楽を手に入れたい、という欲求が働くわけだ。実際、自分の生活にある程度満足していて、大きな不満もなく暮らしている人々は、わざわざ社会的制裁を受ける危険を冒してまで他人をいじめたりしないだろう。
そうまでして打ち消したい怒りや悲しみなんてものがまず存在しないのだから。
「──というわけで、今週から竜の園の勤務体制はシフト制にする。これまで奴隷には休日が認められなかったが、今後は完全週休二日制、つまり週に二回は絶対に休みがもらえることになった。でもって休みの日に暇を潰せるように、園に娯楽室も作ってもらえるそうだ。こっちは導入までちょいと時間がかかるかもしれないが、トランプとかチェスみたいなボードゲームの他に、聖書なんかの書物も数冊置いてもらえるとさ。せっかく字の読み書きを勉強してるんだから、学んだことをさらに活かせるようにって陛下のご厚意だ。総員、有り難く拝受するように」
かくして迎えたトマスの月三十五日、風曜日。
俺が一週間前と同じように朝礼の席で連絡事項を周知すると、今回ばかりは飼育員たちからどよめきが上がった。傍らで朝礼の様子を窺うギゼルは見るからに不満顔だが、フーヴェルオが「許す」と言ったのだから構うまい。
何しろ竜の園にとって、労働環境の改善は竜の保護活動にも並ぶ急務なのだ。
今まで〝奴隷だから〟という理由で休みも与えられず、その上娯楽も、満足な食事も取り上げられてきた飼育員たちは、日本のブラック企業も真っ青な労働条件の下、ひたすらに忍耐を強いられてきた。
が、当然ながらそんな状況下では誰もが強いストレスを受ける。
メアレスト人はどうやら知らないようだが、実を言うと奴隷も人間だからだ。
少なくとも〝奴隷〟という名の、竜でも人間でもない第三の種族ではない。
だから非常に抑圧された環境に置かれながらストレスの捌け口を持たない奴隷たちは、同じ苦しみを背負っているはずの仲間の中から生け贄を選び出し、いじめという方法で日頃の鬱憤を晴らすようになった。
ならばいわゆる〝働き方改革〟によって可能な限り飼育員のストレスを軽減し、いじめの発生原因を根本から断とうというのが今回の作戦だ。
もちろん、例によってフリーダからは、
「貴様は寝台に〝休みがほしい〟と言われたら、素直に聞き入れて床で寝るのか? 奴隷とは主人のために忠実に働く道具だ。道具が金や休みを要求するなんてふざけた話は、古今東西聞いたこともない」
と猛反対されたが、俺は一旦そいつを無視し、早急な改革が必要な理由を並べ立てた。まず第一に、奴隷の健康上の問題。現在竜の園で働く奴隷たちは先述のとおり、ソ連のシベリア抑留もかくやというレベルの劣悪な環境で働かされている。
が、その結果当時のシベリアでも数万人の戦争捕虜がバタバタと死んでいったように、今のままでは遠からず園の奴隷からも同様の犠牲者が出るはずだ。
何しろ日頃の労働量に対して食事はごくわずかだし、毎日の献立も「どうぞ過労死して下さい」と言わんばかりの栄養価の低いものばかり。
加えてろくに休暇も与えられないとなれば、本当に過労死する者が現れてもおかしくない。というか現に俺が園に来る前には竜に襲われる以外にも、過労や栄養失調で何人もの奴隷が命を落としていたらしい。
だがこの状況はどう考えても園にとってマイナスだ。
何故なら長い時間とコストをかけて育てた飼育員が次々と脱落してしまったら、皇家はまた新たな奴隷を買い、イチから教育を始めなければならない。
そんなことを延々繰り返していたのではいつまで経っても人材が揃わず、園の運営などできたものでないことは火を見るよりも明らかだろう。
さらに言えば充分な食事や休息というものは、人間の肉体面だけでなく精神面にも作用する。現在園にいる奴隷たちはそもそも竜の世話などしたくもないのに、皇家に首輪をつけられて無理矢理働かされている状態だ。
だというのに「皇家に忠誠を尽くせ」だの「帝国の未来のために竜を守れ」だのと言われたところで、モチベーションが上がるわけがない。
必死に働いたところで自分たちには何の見返りもないどころか、奴隷の多くはメアレスト人に対して恨みや敵愾心しか持っていないのだから。
しかし竜の園の運営を軌道に乗せるためには、飼育員たちに園への帰属意識と仕事への責任感を持ってもらわなければならない。帝国に尽くす義理などないからとテキトーにやられては、竜たちの管理に問題が出るに決まっているからだ。
だから飼育員にも何らかの形で労働のモチベーションとなるものを与えてやらなければならない。
が、最も労働意欲を掻き立てるであろう〝給与を出す〟案はフリーダに秒で却下されたので、俺は仕方なく次善の策である完全週休二日制の導入と娯楽室の設置を持ちかけた。日本のサラリーマンだって「あと○日頑張れば休みだ」とか「次の休みには○○をしよう!」とかいう楽しみに支えられて日夜働けているわけだし、単に休日が導入されるだけでも飼育員たちの心持ちは大きく変わるだろう。
ついでに食事も今後はもう少し健康面に配慮したものにしてもらえるよう頼んだから、食うことが好きなやつは毎日の食事だってモチベになるはずだ。
さらに毎週光曜日には食事に酒や菓子がつくという案も出してあるから、こいつが通ればますます園内の士気は上がるに違いない。とにかくすべては奴隷のやる気を駆り立てて、円滑かつ持続可能な園の運営を実現し、一日も早くフーヴェルオ三世陛下の理想を叶えるために必要なことだ──と俺が熱意を込めて滔々と演説してやれば、それをフリーダやギゼル経由で聞いたフーヴェルオからは、
「まあ、やってみろ」
という有り難いお言葉を頂戴した。
そんなわけで現在、俺の手の中には昨晩夜なべして作った園のシフト表がある。
そいつの見方を説明しながら、何日は誰と誰が休みで、場合によっては他の誰かと休日の交換も可能で……と詳しい内容を伝えると、本当に休みがもらえるのだと理解したらしい飼育員たちの目が明らかに輝き出した。まあ、異世界じゃ奴隷は何の報酬も休みもなく死ぬまで働かされるのが常識なわけだから、当の奴隷たちにしてみればイエスの復活にも匹敵する奇跡みたいなものだろう。
だがこうやって少しずつストレスを緩和していけば、いじめ問題もいずれは解決に向かうはず。無論奴隷という立場上、すべての抑圧から解放されることは難しいが、それでもこいつらが少しでもやりがいや幸せを感じてくれたら……。
そうすりゃいくらか余裕ができて、その余裕を竜たちに向けてくれるやつだって現れるかもしれないし。真の共生ってのはどちらか一方が犠牲や忍耐を強いられるもんじゃなく、人も竜も平等に幸せを享受するってことだからな。
そんな未来のための第一歩を踏み出せたことに満足しながら、俺は改めて朝礼に集った飼育員たちを見回した。そうしてまだシフトを伝えていない連中に目をやって、順番に名前を呼んでやる。
「アスバル、マグノ、ライアン、ケニー」
途端に名前を呼ばれた連中の肩やら眉やらがぴくりと跳ねた。そう、俺が呼びかけたのは他でもない、シエルのいじめに関わっていた四人組だ。
アスバルを筆頭とするやつらはつい昨日まで懲罰房に入れられていて、今朝ようやく園に復帰したばかり。
さすがに普段よりもさらに食事を減らされて、石の床と壁以外何もなく、寝返りを打つだけで精一杯の広さだという独房に数日もぶち込まれれば、少しは反省の色も見えるか──と思いきや、名前を呼ばれたアスバルは燃えるような怒りの眼差しでぎろりと俺を睨んできた。おーおー、相も変わらず血気盛んなこって。
そんなに威嚇しなくとも、俺はお前らと違ってちゃちな正義感で酔っ払えるほど単純な性格じゃねーから安心しろっての。ここでこいつらを吊し上げて死体蹴りなんぞしようもんなら、俺も同じ穴の狢になっちまうからな。
「お前らは今朝懲罰房から戻ってきたばっかで疲れてるだろ。つーわけで記念すべき初休暇は今日だ。四人とも一日ゆっくり休んで、明日からの業務に備えとけ」
「……あァ? そいつは有り難いお言葉だが、要は体のいい理由をつけて、オレらをのけ者にしたいってだけの話じゃねえのか?」
「ほう。もしや今までずっと他人をいたぶる側だったから、今度は自分たちが迫害される側の気持ちを想像してみようって発想か? そいつは殊勝な心がけだな」
「あンだと?」
「だが残念ながら、お前らの休みを今日にしたのは単なる善意だよ。ただしお前らが揃いも揃って規律違反に手を染めたのは事実だからな。無論タダで休みをやるってわけにはいかん」
「ハッ。じゃあ何か? 今日一日休みをやる代わりに、明日からは今までの数倍働けとでも?」
「いや。幸い今のところは、お前らにそこまで頑張ってもらわにゃならんほど人手には困ってない。ただお前らが一度に四人も抜けたせいでこの数日、他の飼育員が迷惑を被った。中にはお前らの業務を肩代わりして、それこそいつもの数倍働く羽目になったやつもいる。だからお前らが迷惑をかけた仲間と、ついでに今まで憂さ晴らしに付き合わされたシエルへの謝罪──そいつをここできちんとできたら、今日は一日休みってことにしてやるよ」
「……はあ?」
と聞き返すや否や額に青筋を立て、アスバルは威嚇するマンドリルみたいな顔になった。フッ、だがその程度で俺がビビると思うなよ。マンドリルは確かにド派手な顔の威圧感が半端ないが、とはいえ所詮は人間と同じ霊長類だ。
対して俺はつい昨日まで、カナダオオヤマネコとペルシャヒョウのキメラみたいな猛獣と、お前らの健全な労働環境を勝ち取るためにタイマン張ってたんだぜ?
アレに比べりゃマンドリルなんてハグしたいくらいカワイイっつーの。
いや、しないけど。実物にもアスバルにも。
「おいてめえ、ふざけんなよ。迷惑かけた他の連中に謝るのはいいとしても、何でオレらがエル・ライ人なんかに頭を下げなきゃならねえんだ?」
「そりゃ、シエルは確かにエル・ライ人だが、エル・ライ教国がお前らの故郷を裏切ったのはシエルのせいじゃないからだ。仮にシエルが教国の首脳を唆してノースランド同盟を裏切るように仕向けたんなら、確かにこいつにも責任はある。が、どう考えてもそんなわけないことは、お前らも人間なら分かるよな?」
「り、リュージさん、私は……!」
と、俺がアスバルたちと真っ向から対立するのを見たシエルが、顔面蒼白になりながら止めようと手を伸ばしてきた。されど俺がそいつを制すよりも早く、後ろからシエルの肩を引いた人影がある。相変わらず前髪がモジャモジャで見えないが、何となくいつもより真剣な顔をしているのだろうと分かるヘスペルだ。
「っざけんな! 仮にそいつが教国の裏切りに直接関係ないとしても、同盟がメアレスト人どもに蹂躙されるのを助けもせず、安全な場所からのうのうと眺めてたんだから同罪だろ!」
「ほー。けどその理屈で言うなら、当時まだお隣でピンピンしてたにもかかわらず援軍も寄越さなかったケフェウス都市同盟領出身のヘスペルもボコらないと不公平じゃないか?」
「ちょっとリュージ!? なんで僕にまで飛び火させるのさ!?」
「いやー、だって実際そうだろ? 俺もあれから色々調べてみたんだが、当時都市同盟はノースランド同盟から再三救援要請を受けておきながら、結局最後まで無視を決め込んだって話じゃねえか。なのにアスバルたちがお前のことは責めずにシエルだけを責めるってのは、やっぱり自分より立場が弱くて反撃してこなさそうなやつを狙っただけって事実の証左だよなと──」
「──リューーージーーーっ!!!!!」
ところが俺の発言にヘスペルが血相を変えて食いついてきた、そのときだった。
竜の園の入り口前、そこに集まって朝礼のために円陣を組んだ俺たちの頭上から突如甲高い呼び声が降ってくる。そう、頭上からだ。
当然ながらまったく予期していなかった事態に、俺たちは何事かと驚いて空を見上げた。そして同時に言葉を失う。何故なら夏の到来を告げる清々しい青空から、太陽を背にして真っ逆さまに落ちてくる謎の人影が視界に飛び込んできたからだ。
「は……はあっ!? お、親方、空から女の子が──ゴフゥッ!?」
人生で一度は言ってみたかった──されどたとえ来世があっても口にする機会など来ないだろうと思っていた『天空の城ラピュタ』の名台詞をとっさに口走った直後、空から降ってきた人影はまるで運命に約束されたかのような軌道を描き、無事俺に直撃した。
無論飛行石による減速効果など皆無の、どこまでも物理法則に忠実な勢いで。
おかげで俺は断末魔の叫びと共に倒れ込み、第二の人生の終わりを予期した。
ああ、すまん、ジュンコ。どうやら俺の冒険はここまでのようだ……と、わりと本気で遺言を残しかけたのだが、
「キュキュ~! キュキュキュ、キュキュキュキュゥ~!」
と、ほどなく聞こえた奇声と感触によって俺の走馬灯は消し飛んだ。
何故なら辛うじて頭を持ち上げ見やった先、そこでは仰向けに倒れた俺に覆い被さった銀髪美女が、非常にふくよかなナニかを俺の胸もとに押し当てながら、嬉しそうに頬擦りしていたから。
▼マンドリル
アフリカ西部の熱帯雨林に生息するサルの仲間。体長はオスが80~90cm、メスは55~65cm程度。オスだけが持つ真っ赤な鼻筋と、その脇の青い隆起が特徴的。
またオスは顔だけでなく尻も青や紫色をしている。このド派手な色彩の理由は未だ解明されていないものの、草木が生い茂り視界の悪い熱帯雨林で群の仲間を認識するのに役立っているという説が有力。野生では生息環境の破壊や狩猟により個体数を減らし、現在では絶滅危惧種としてレッドリスト入りしている。
日本では円山動物園(北海道札幌市)、東武動物公園(埼玉県宮代町)、日本平動物園(静岡県静岡市)、京都市動物園(京都府京都市)などで展示飼育中。
参考・画像引用元:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%AB
https://pz-garden.stardust31.com/reichou-moku/onagazaru-ka/mandoriru.html




