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ドラゴン・パークをつくろう!  作者: 伊栄寿 大好
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タマなし野郎(★)


 ああ、〝嫌な気を感じる〟ってそういうことかよ、と思いながら、俺はげんなりした気持ちで物陰に身を潜めた。


 これはたぶん、いわゆるアレだな。端的に言うと〝いじめ〟というやつ。


 俺がそう確信したのは、手習い塾の教室になっている大部屋から、複数の人間がどっと笑う声が聞こえたときだ。その哄笑は単に愉快で笑っているのではなく、目の前にいる弱者をいたぶり悦に入っている者特有の不愉快な響きを帯びていた。


 まるでサル社会のマウンティングポーズに似た、品のないアレだ。


「しっかしずいぶんうまく取り入ったもんだよな。あのリュージとかいう皇帝のお気に入りに直接擦り寄るんじゃなくて、側近の方に媚び売ってまんまと取り次いでもらうなんてさ」

「ほんと、顔も性格も女みてえなヤツだと思っちゃいたが、世渡りのやり方まで女じみた野郎だ。おまえ、やっぱりココに()()()()()んじゃねえか? なあ?」


 と柄の悪い声が嘲るように言った直後、教室の中からは「うっ……」と小さく呻く声がした。次いで今にも消え入りそうに、


「や、やめて下さい……」


 と(ささや)いたのは他でもないシエルの声だ。くそっ、今朝の朝礼でのビミョーな空気はそういうことかよ。つーかそもそも誰がフーヴェルオのお気に入りだって?


 こちとらあいつの狂暴な番犬フリーダ・ゴンデシャルに見張られて、おまえらには見えないとこで毎日生きるか死ぬかの駆け引きを繰り広げてんだっつーの。


「ハハッ、おい、聞いたか? 〝やめて下さい〟だとよ。こいつ、ちょっと上にコネができた途端にコレだぜ。おまえがオレらに口答えできる立場か? ああ?」

「わ、私は、ただ……昔から、絵を描くのが好きで……それがリュージさんたちのお役に立つなら、と引き受けただけで……べ、別に自分が偉くなったとか、そんなことは、少しも……」

「ほー。じゃあおまえは今後もちゃんとオレらの言いなりになって、てめえの()()()()ってこったな? だったらオレらのことを上にチクッたり、無視したりなんかしねえよな? なあ?」

「……」

「おい、返事は──」

「──残念だがシエルがチクるまでもなく筒抜けだぞ、おまえら。いい歳した男どもが揃いも揃って何やってんだ。精神年齢小学生かよ」


 ところがこれ以上は黙って聞いてる理由もなさそうだと判断した俺は、内心めんどくせえとため息をつきつつも、わずか隙間の開いていた教室の扉を押し開けて現場へと踏み込んだ。途端にぎょっとした顔の男が数人、捕食者に気づいたガゼルみたいに振り向いてくる。


 中でもひと際ガタイのいい男が、教室の隅に追い詰められたシエルの胸ぐらを掴み、マジでぶん殴る五秒前の体勢を取っているのを見て取って俺はますます「あーあ」と思った。おかげで見過ごしたくても見過ごせなくなっちまったじゃねえか。


 大人のいじめなんて関わるとろくなことにならねえから、できればなるべく丸く収めたかったんだが、暴力まで持ち出されたとあっちゃあ、園の責任者として厳正な対処が必要だわな。


「あっ……り、リュージさん……!」

「よう、シエル。おまえに今日の成果を()きにきたんだが、なんか間が悪かったみたいだな。しかしおまえ以外の飼育員は、竜たちの晩メシの支度を始める時間だってのに、こんなところで何やってんだ?」

「……」

「なるほど、答えられないほどやましいことをしてたわけか。正直に答えたらやばいって自覚があんなら最初からそんなくだらないことに時間と労力を費やすんじゃねえよ。サボりと規律違反の罰として、フリーダから直々に折檻(せっかん)されたいってんなら話は別だがな。分かったら、アスバル。さっさとシエルから手を放せ」


 俺が胸糞の悪さを怒声に乗せて叩きつけたいのを(こら)えつつ、努めて冷静に命じれば、今にも拳を振り下ろす寸前だった男が舌打ちしながらシエルを解放した。


 やつの名はアスバル・ルイバ。


 粗末な飯ばかり食わされている奴隷のわりには体格に恵まれたやつで、(そで)のない奴隷服からは二の腕をガッチリ覆う引き締まった筋肉が露出している。


 短く刈り込まれた坊主頭は、柄の悪そうな印象を助長する赤錆色(あかさびいろ)


 顔つきは最初に会ったとき、一時期日本で名の売れた元プロボクサーの亀田(かめだ)興毅(こうき)が、もう少し面長で西洋人の鼻をしてたらこんなだろうと思ったのを覚えている。


 しかし俺の前では比較的従順で無口なやつだと思ってたアスバルが、まさか裏でサル山のボスを張ってたとはな……まあ、とはいえこいつがふとした瞬間にひどく反抗的な目をすることには気づいてたから、もっと自制心のあるやつだと買い被っていただけで、意外性はなかったが。


「んで? おまえら、いつからこんなことやってんだ?」

「……〝いつから〟?」

「さっきのやりとりを聞く限り、今日になって突然〝そうだ、シエルを殴ろう〟なんて京都に行くノリで思い立ったわけじゃねえだろ。言っとくが俺もおまえらも、皇宮(ここ)じゃどこまでいってもただの奴隷だ。そんでもってアゴログンドじゃ、奴隷の命は羽毛竜(フェザー・ドラゴン)の羽毛より軽いのは知ってるよな?」

「……」

「奴隷の職務専念義務放棄と違乱抑止義務違反は重いぞ。特に皇宮奴隷は皇帝の財産だ。そいつに手を上げるってのは、皇家に刃向かうのと同じだからな」

「……さすが、陛下のお気に入りは言うことが違えや」

「だから、俺はフーヴェルオのお気に入りでも何でもねえっての。おまえら、この黒髪が目に入らねえのか? 俺みたいな黒髪人(ダークヘアー)がそう簡単に皇帝に取り入れるわけねえだろ。本当に気に入られてるなら俺はまず真っ先に、フリーダをどっか遠くの町にでも左遷してくれって頼んでるしな」


 と、自分で言ってるうちに何やら悲しくなってきたが、俺はそんな虚しさを誤魔化すためにがしがしと頭を掻いてため息をついた。


 次いでその手を軽く挙げ、シエルに向かってちょいちょいと手招きをする。


 俺のジェスチャーを見たシエルは最初戸惑いの表情を浮かべていたが、俺が「いいから」と呼びかけると、一大決心でもするようにぎゅっと目を閉じてアスバルたちの間から飛び出した。そうしながら、まるで宝物のように大事に胸に抱えているのは……もしかして俺が仕事(スケッチ)用にと与えたクロッキー帳か?


 シエルはそいつを守るように俺の傍までやってくると、怯え切った小鹿みたいに身を竦めて見上げてきた。そういう顔をされると確かに、ますます気弱で中性的な印象が助長されるな……。


 だが俺は性の多様性が広く認知された、二十一世紀の地球からやってきた男だ。


 人を見た目や言動で「男らしくない」とか「女のくせに」とか、差別して嘲笑うつもりは当然ながら毛頭ない。


 というか、メスにも立派なイチモツがあるブチハイエナとか、外気温の影響で性転換するフトアゴヒゲトカゲなんかを長年世話してると、人間のオスがどうとかメスがどうとかいう話もわりとどうでもよくなるんだよな……。


 ゆえに俺はぽんとシエルの肩を叩き、頷いて安心させると、背にかばう形でアスバルたちから隠してやった。そうして改めてやつらへと向き直り、園長として──いや、同じホモ・サピエンスとして言うべきことは言っておくことにする。


「んじゃ、この件は上に報告させてもらうが、おまえら、何か釈明はあるか?」

「……釈明?」

「おう。たとえばシエルに手を上げたのは自分の縄張りに侵入されたからだとか、弱い個体を追い出して群の生存率を上げるためだとか、やむにやまれぬ事情があったなら聞いてやる。その内容如何(いかん)によっては、お上もある程度情状酌量してくれるかもしれんしな。まあ、特にそういった正当性や合理性もなく、単にこいつが気に食わないとか、日頃のストレス解消のためにシバいてたってんなら、おまえらの知能は畜生以下ってことになるが──」

「理由ならあるさ。何せそいつはエル・ライ人だからな」

「……エル・ライ人?」


 と唐突に繰り出された聞き覚えのない単語に、首を傾げた俺は気づかなかった。


 なおも大切そうにクロッキー帳を抱えたシエルがそれを聞いた途端、びくりと肩を震わせたことに。だがアスバルにははっきりと見えていたのだろう。


 やつは悪事を暴かれた側だというのに、何故か勝ち誇ったように口角を吊り上げると、(たくま)しい腕を組んで顎をしゃくった。


「ああ、そうさ。そいつは同盟の裏切り者、エル・ライ教国の生き残りだ。でもってオレたちは全員、そいつらのせいで滅んだノースランド同盟の遺民なんだよ」

「……おい、ジュンコ。ノースランド同盟って?」

「知らん。が、恐らくは文脈的に──かつてメアレスト帝国に滅ぼされた勢力のひとつ、といったところであろうの」


 と、人間の事情にはさして興味がないと言いたげにジュンコが吐き出した推論はしかし、なるほど、と俺を納得させた。


 そういやアゴログンドではほんの七十年ほど前にメアレスト帝国が天下統一を成し遂げて、大陸全土を掌握したばかりだとか言ってたっけ。つまり歴史的に見ればつい最近まで、帝国は大陸のあちこちで派手にドンパチやっていたということだ。


 そしてそのとき生まれた遺恨が、どうやら今回の件と深く関わっているらしい。


 ……ああ、こりゃますますめんどくさい予感がするぞ。


「ま、知らないならあのブルグントとかいう貴族の坊ちゃんか、そこの腰抜けにでも聞いてみればいいさ。だがオレたちが今、奴隷なんかに落ちぶれて家畜同然の生活を強いられてるのは、全部エル・ライ人のせいだ。だから償わせてたんだよ。エル・ライ人の犯した罪を、エル・ライ人にな」

「……なるほど。おまえはそんなガバガバの理屈に正当性があると思ってんのか」

「フン。余所者(よそもん)の上級奴隷サマには分からねえだろうよ。オレらがエル・ライ人のせいで受けた屈辱はな」


 依然として顎を上げたままそう吐き捨てると、アスバルは取り巻きに「おい、行こうぜ」と声をかけ、堂々と歩き出した。


 まるで自分に非があるとは1ミリも思っていないらしい顔色で、肩で風を切って歩きながら、教室の唯一の出入り口を塞ぐ俺の真横を通り抜けていく。


 かと思えば直後、明らかに故意としか思われない足取りでシエルへと近づき、アスバルは思い切り肩をぶつけていった。


 やつと並ぶと本当に虎の前の小鹿に見えるシエルは衝撃で大きくよろめき、危うく倒れそうになったところをイヴに支えられている。


「おい、アスバル!」


 当然俺は怒気を含んだ声で呼び止めたが、ついに本性を見せたアスバルは聞く耳を持たなかった。そうして取り巻きどもを引き連れ、振り向きもせずに立ち去っていくやつを見やり、俺は再びため息をつく。


「おい、シエル」

「は……はい……」

「詳しい事情は分からんが、あいつらの言うことは気にすんな。おまえは何も悪くない」

「で……でも……」

「デモもストライキもねえよ。仮にアスバルの言い分に一理あるとしても、あいつらが本当に憎むべきは直接祖国(くに)を滅ぼしたメアレスト人のはずだ。なのに連中には歯が立たねえからって、代わりに自分より弱い相手を狙って八つ当たりしてるだけの()()()()の言うことなんざ、まともに聞くだけ馬鹿を見るぜ」


 遠ざかっていくアスバルの背中に向かって俺がそう吐き捨てれば、シエルは深い青色の瞳をはっと揺らした。その隣ではジュンコも腕を組んでうんうんと頷き、イヴはグルルと喉を鳴らしてアスバル一行を睨みつけている。


「とにかくあとのことは俺に任せろ。それより午前の成果はどうだった?」

「り……リュージさん……」

「絵を描くのが本気で好きなやつなら、エル・ライ人だろうが黒眼人(ダークアイ)だろうが大歓迎だよ、俺は。さ、おまえの作品を見せてくれ」


 そう言って俺が手を差し出せば、シエルは胸に押し当てたクロッキー帳をさらにぎゅうっと抱き締めて唇を引き結んだ。


 かと思えば声も上げずにうつむいて、ぽろぽろと涙を流し始める。


 そんなシエルの様子を見たイヴが気遣わしげな顔をして、よしよしと夜明け色の頭を撫でた。俺たち以外、まるで人気のなくなった廊下にはしばらくの間、シエルの漏らす嗚咽ばかりが聞こえていた。


▼サルのマウンティング

挿絵(By みてみん)


 サルの社会には個体ごとの厳格な格付けがあり、上位のサルが下位のサルに自身の優位性を示す際、相手の尻に馬乗りになり、交尾のポーズを取ることがある。

 これを「マウンティング」と呼び、個体間で互いの順位を平和的に確認することで争いを避け、群の秩序を保つために行われるものと考えられている。


参考・画像引用元:

https://sci.kyoto-u.ac.jp/ja/research/kyutubebio/2909/zhe075

https://www.youtube.com/watch?v=Ej095eBdv94


▼フトアゴヒゲトカゲ

挿絵(By みてみん)


 オーストラリアに生息する中型のトカゲ。体長45~60cm。

 喉から首、体側にかけて棘状(とげじょう)(うろこ)が並んでおり、これがヒゲのように見えることから命名された。森林や草原、乾燥林や岩のある砂漠地帯など、さまざまな環境に適応する。温厚な性格で飼育しやすいため、ペットとしても人気が高い。

 なおフトアゴヒゲトカゲの性別は、孵化時の温度が22~32度の場合は染色体の組み合わせによって決まり、それ以上の温度ではオスの遺伝子を持っていても、ほぼ100%の確率でメスが生まれる。これは本来オスとして生まれるはずだった個体が孵化の直前に性転換していることを意味し、性転換後のメスはオスに近い性格や身体的特徴を備えて生まれることが分かっている。

 日本国内では八木山動物公園(宮城県仙台市)、上野動物園(東京都台東区)、日本平動物園(静岡県静岡市)、NIFREL(大阪府吹田市)など、全国各地の動物園や水族館で飼育展示されている。 


参考・画像引用元:

https://pz-garden.stardust31.com/hacyuurui/tokage/huto-agohige.html

https://www.excite.co.jp/news/article/Tocana_201606_post_10090/


▼ハイエナの擬ペニス

挿絵(By みてみん)


 ハイエナはメスにもペニスによく似た器官が備わっており、これを「擬ペニス」と呼ぶ。排泄や交尾の際に使用される他、出産時の産道にもなっているが、子を産むには細すぎるため、母親の20%は初産の際に擬ペニスが裂けて死に至る。

 また上のイラストのように産道が途中で大きく曲がっているため、出産の途中で子が圧死することも。これらが原因でハイエナの初産は実に60%が死産となる。

 何故これほど繁殖に不利でありながらこのような器官が存在しているのかは現在も不明。なおハイエナは擬ペニスのせいで雌雄の判別が難しいことでも知られており、2014年には北海道札幌市の円山動物園で、繁殖のために同居させていた2頭のハイエナが実はどちらもオスだったという珍事件も発生している。


参考・画像引用元:

https://www.quora.com/Why-are-male-hyenas-ranked-below-female-hyenas

https://withnews.jp/article/f0180413000qq000000000000000W06w10101qq000017106A

https://www.youtube.com/watch?v=PQJQZO_z_aU&t=178s

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