君に決めた
聞いたところによると、竜の園で働く奴隷の衣服のほとんどは、エレノアを始めとする女中たちのお手製らしい。
彼女らは上から投げ渡されるボロ布を継ぎ接ぎしたり、古着を直したりして、何とか衣類として着られるものを俺たちに提供してくれている。
掃除に洗濯、飯炊きに加えて裁縫まで。竜の世話と力仕事が中心の男たちに比べて、女たちの仕事は実に細々としていて忙しない。朝、日が昇る前から日没まで、ひたすらに滑車を回すハムスターのごとく休みなく動き回っている印象だ。
そうした日々の仕事の合間を縫ってエレノアが仕上げてくれたというドラゴン・パークのユニフォームは、ちょっと感動するほど様になっていた。
もちろんまだ試作品の段階だが、倉庫にある生地や古着の中からなるべく質のいいものを見繕って、一着作ってみてくれたらしい。
特に目を引くのが、背中に大きく刺繍されたドラゴン・パークのロゴとシンボルだ。飼育員同士の結束と帰属意識を高めるためにもやはりユニフォームは必要だと口癖のように言いながら、しかし俺が今日まで製作を後回しにしていたのは、これを考えるのに時間がかかっていたせいだった。
そもそも俺はあくまで飼育員で、こういうデザインや設計を考えるのは本来専門外だ。九木山時代に飼育計画やイベントの企画を立案する過程で、ちょっとばかしパースの描き方などを囓りはしたものの、実際にロゴやらチラシやらのデザインを考えるのは広報関係の係の仕事──というか、何なら業者への外注が基本だった。
ゆえにそうぽんぽんとアイディアが生まれるわけもなく、他にも取り組まなければならない課題が山のようにあるのを言い訳に、俺はユニフォームの件を一旦保留にしていたのだ。そもそも気合いを入れてユニフォームを作ったところで、パークの計画を元老院に棄却されたりしたらせっかくの苦労が水の泡だしな。
「なるほど。じゃあ、このロゴのデザインはお前が考えたんだな、シエル? で、そいつの下絵を見ながらエレノアが、試しに刺繍で色を乗せてみたと」
「は、はい。他にも案はいくつかあったんですけど、へスペルさんが、これが一番いいと言ってくれて……アルファベットの字体は、修道士様が手習いの講義中に見せて下さった彩飾写本を参考に……」
「ほう……これは上に無理を言って字を教えた甲斐があったというものじゃのう。早速かような成果が上がるとは」
「ああ。しかもまさかシエルにこんな才能があったとはな。お前、ひょっとして絵描きが得意だったりするのか?」
「は……はい、得意というほどのものではないですけど……絵を描くこと自体は、その……わりと、好きかもしれないです」
と、少し照れ臭そうに頬を掻いてみせたのは、夜明け前の空の色をそっくり写し取ったような髪を持つ青年だった。こいつの名前はシエル・メシム。
言わずもがな、竜の園で働く飼育員のひとりだ。
と言っても、へスペルのように担当竜を持たないこいつらはまだ飼育員見習いだけど。アゴログンドへ来て四ヶ月ともなると、さすがの俺も毎日共に働く飼育員の顔と名前は全員一致するようになって、今はひとりひとりの性格や適正を見定めているところだった。が、まさかシエルに絵描きの才能があったとは驚きだ。
年齢は確か十九歳。力仕事が多いこともあり、男はガタイのいいやつばかりが揃う竜の園では珍しく、線が細くてどこか中性的なにおいのする人物だった。
花畑みたいなアゴログンド人の髪の色にもそろそろ慣れてきた俺でさえ、どうすればそんな色が出るんだと思わず尋ねたくなる毛髪は、毛先の方へいくにつれて色が淡くなっている。つまり綺麗なグラデーションで、頭頂に近い方が夜、毛先の方は明け方だ。そいつを肩にかかるかかからないかの長さまで伸ばして、いつも後ろでひとつに結っているあたりもまた、シエルの中性的な印象を助長していた。
ちなみに性格も大人しく、髪はこんなだが決して目立つ方ではない。
俺の独断と偏見で相性診断を下すなら、動物園ではウサギとかモルモットとかプレーリードッグとか、あの辺の小動物の担当が合ってるだろうな。
「いや、でもあれは〝わりと好き〟なんてものじゃないだろ? 君、教室でも暇さえあればずっと絵を描いてるじゃないか。手習い帳の隅とかにさ」
「うっ……へ、へスペルさん、それは言わない約束じゃ……!」
「あー、そうか。ひょっとしてへスペルはそいつを見て、シエルにロゴをデザインさせてみたのか?」
「ああ。僕、教室では彼の隣の席だからさ。ノートの隅に描かれた修道士の似顔絵とか、鳥や植物の絵を見てたら、つい頼んでみたくなっちゃって」
「い、いや、でも、私の絵は基本的にただの模写なので……つ、つまり、目の前に存在するものを真似て描いているだけというか……」
「だけどこれは違うでしょ? 再生のシンボルである太陽と、永遠性を意味するウロボロスの姿を真似た竜、ふたつをうまく組み合わせた構図がとても素敵だわ。何よりデザインに込められたメッセージ性も、リュージが掲げるドラゴン・パーク計画の主旨にぴったりだし」
「ですよね、ラドニアさん!? だから僕もこのデザインを一番に推したんですよ! 竜の後ろで太陽が輝いてるおかげで、何となく明るい雰囲気だし──」
「まるで貴君の手柄かのように言うのだな。だが貴君はメシムとエウィスに製作を依頼しただけだろう?」
「そ、そうだけど、別に僕の手柄だなんてこれっぽっちも思ってないし!? で、でも僕だって一応デザインの案を出したり、一緒に色を選んだりしたんだからな!」
と、相変わらず冷めた顔つきで突っかかってくるギゼルにムキになって返しながら、へスペルは耳まで真っ赤にしていた。
が、ふたりのそんなやりとりはもはや日常茶飯事と化しているので気にせず、俺は食堂のテーブルに広げられたユニフォームの試作品を改めて手に取ってみる。
うーむ……欲を言えば生地はもっと丈夫な方がいいが、ジャケットとしての出来は悪くない。こいつにポケットを多めにつければ、作業着としては完璧だ。何よりラドニアも褒めていたように、シエルの考案したロゴマークがとてもいい。
自らの尾を噛んで丸くなった竜と太陽が重なるシンボルは綺麗な円を描いてまとまっているし、トライバルタトゥーにありそうな竜のデザインも、単純に男心をくすぐってくる。
ちなみにこのデザインの元になったウロボロスなる生き物は、アゴログンドに実在する蛇の一種であるらしく、何でも飢餓状態に陥ると自らの尾を噛んで引き千切り、飲み込んでしまう習性があるんだとか。ところがこいつにはメキシコサラマンダー──またの名をウーパールーパー──並みの驚異的な再生能力があり、食べた尾は時間と共にまた生えてきて、また元通りになるのだという。
ゆえに昔のアゴログンド人はウロボロスに不死性を見出だし、永遠という概念を表すシンボルとして多用してきた。シエルはそこからヒントを得て、絶滅寸前の竜族が再び復活し永久に繁栄するように、との願いをロゴに込めたわけだ。
まったくこいつはケチのつけようがない。
俺が作りたいと思っていた理想のロゴそのものだ。
燦然と輝く黄色の太陽と、豊かな自然を想起させる緑鱗の竜。
まるで手縫いとは思えない、丁寧かつ繊細な技術で縫い上げられたそいつに思わず触れて、俺はニッと口角を持ち上げた──決まりだな、これは。
「シエル」
「はっ、はい!」
「でかした。元老院に出すドラゴン・パーク計画の資料にはこいつも載せよう。ラドニアの言うとおり、パークの存在意義がひと目で分かるいいロゴだ。計画にゴーサインが出たら、こいつを使って旗とか看板とか、ユニフォームの他にも色々作りたいな」
「ほ……本当ですか……!?」
「ああ。何なら缶バッジとかキーホルダーみたいなグッズにして売り出してもいいくらいだよ。このデザインならマグカップとかハンカチにも使えそうだし……」
「グッズ……ですか?」
「おう。グッズってのは平たく言や、安価で手軽に買える土産というか、記念品というか、そんな感じの商品だ。パークを収益化するって案が通ったら、ゆくゆくはそういうのも作って売りに出したいんだよ。さすがに入場料だけで黒字になるほどの収益を挙げるのは難しいし」
「なるほど……パークを訪れた人が来訪の記念に買えるような、ちょっとした品を用意するのね。すごいわ、リュージ。まさかパークの経営について、もうそこまで考えてるなんて」
「い、いや、俺が考えたというよりは、動物園経営の基本なんだが……と、とにかくこのロゴデザインは俺もかなり気に入った。というわけで即採用だ。ちなみにシエル、おまえ、普段は色んなもんを模写して描いてるって話だったよな?」
「え? あ、は、はい……! 絵描きの腕を上げたいならまずは模写だと、昔、そう聞いたことがあるので……」
「なるほど。じゃ、竜の姿を模写してくれと言ったらできるか?」
「竜の姿を……ですか?」
「ああ。実は俺、ずっと欲しいと思ってたんだよ。絵描きが得意な人材がな」
そう言って俺が思わずにんまりすれば、シエルは何か怪しげな気配を感じ取ったのか、たじろぐような表情を見せた。
なぁに、そう怯えることはない。別に取って食おうってんじゃないんだから。
しかし今回、シエルのこの才能を見出だせたのは僥倖だ。
こいつを見つけてきてくれたへスペルにはマジで感謝したい。
何せ、そう──アゴログンドにはまだカメラが存在しないからだ。
カメラ。それは飼育員七つ道具のひとつと言ってもいい、動物園におけるマストアイテム。飼育動物の記録から広報まで、幅広い活躍を見せる文明の利器。だけどそいつが存在しないと言うのなら、そこはもう人力で代用するしかないよな?
というわけでシエル・メシム、君に決めた。
こいつは今日から園の記録係にして、広報担当だ。




