表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴン・パークをつくろう!  作者: 伊栄寿 大好
PR
62/81

一歩ずつ(★)


 翌日からヘスペルの飼育員生活は再開した。朝、朝礼を終えてカールのための餌を用意し、(おり)へと向かう。三週間ぶりの再会だった。


 カールはいつもの時間に俺が現れると、待ってましたと言わんばかりにそわそわし出し、ギャッギャッとメシを催促する。が、そんなカールの動きがほどなくぴたりと止まった。やつは俺の後ろについてきたヘスペルの姿を見つけるなり明らかに警戒した様子で、じっとこちらを注視している。


 ということはやはり低級竜(ラペット・ドラゴン)にも人間の見分けはついていて、三週間程度会わなくともしっかり顔を覚えていられる知能はあるということだ。


 俺はカールの様子を後目に檻の手前で足を止めた。


 そうして目だけでヘスペルを促し、先へ行かせる。緊張した面持ちのヘスペルは俺と目が合うとぎこちなく頷いて、餌入りバケツを手にいよいよ檻へ近づいた。


「カール」


 ところがヘスペルが鉄格子へ近づいた瞬間、シャーッと響き渡る威嚇音。檻の中のカールはヘスペルの呼びかけに答える代わりに、眼状紋(がんじょうもん)つきの襟巻(えりま)きを全開にして拒絶の意思を表明した。途端にヘスペルのデカい背中がびくりと震える。


 けれども怯んだのは一瞬だった。


 カールに威嚇されるなり立ち止まったヘスペルは、そこからどうにかもう一歩踏み出して、恐る恐るといった様子で鉄格子の前に(ひざまず)く。


「おはよう、カール。……久しぶり」


 呼びかけるヘスペルの声は、なおも牙を剥くカールの声に消されそうだった。

 しかしヘスペルはもうめげない。

 しっかりカールと目線を合わせ、まっすぐに見つめて、辛抱強く言葉をかける。


「この前はごめん。……おまえが怒るのも無理ないよ。あれは僕が悪かった。八つ当たりだったんだ。おまえは何も悪くないのに、勝手に悪者に仕立て上げて……僕の人生がうまくいかないことの憂さ晴らしをしようとしてた。だけどもう、あんなことはしないから。ちゃんと償うよ。だ……だから許してほしい、とは言わないけど……これからの僕を、おまえに見ていてほしい」


 果たしてそんなヘスペルの想いが通じたのかどうか、(とどろ)(わた)っていたカールの声がほどなく徐々に(しぼ)(はじ)めた。同時に目一杯広げられていた襟巻きの荒々しい震えも止んで、半分閉じかけたようになる。そうしながらカールは頭を下げて、いつか俺にもしたように上目遣いでヘスペルを見つめた。


 その様子を見たアリスター博士が嬉しそうに手を合わせ「まあ」と弾んだ声を上げる。一緒に見守っていたイヴも、とっさに俺の腕を掴むや蒼い瞳をきらきらさせて、犬みたいに尻尾を振った。


 まあ、もちろんあの仕草を見る限り、カールはまだヘスペルに心を許したわけではない。ただ自分へ注がれる敵意が消えたのを感じ取っただけだろう。


 けれどこれから相棒になるひとりと一匹にとっては大きな一歩だ。


 ジュンコのために宮に残ったラドニアにも見せてやりたかったな。そう思いながら俺はヘスペルへ歩み寄り、微か震えている背中をバシッと思い切り叩いてやる。


「よっしゃ。そんじゃ今日も業務を始めるぞ。きびきび働いてくれよ、竜学者見習いクン」



              *   *   *



 かくして竜の園ドラゴン・メナジェリーにヘスペルが戻り、ドラゴン・パーク計画はいよいよ軌道に乗り始めた。


 カールの飼育計画や屋外飼育施設については、視察に来ていたアリスター博士から直接助言をもらい、監修してもらった完成予想図(パース)帝立竜術研究所インペリアル・マジカルアカデミーへ。


 以降、施設の具体的な設計作業はロレンソン博士を始めとする技術者チームに一任し、完成を待つ間、俺たちは中途半端になっていた人工飼料(ペレット)の開発を再開することにした。この人工の固形飼料は、野生動物を飼育管理する上では欠かせないマストアイテムだ。何しろ動物というのは本来、広大な縄張りを歩き回って必要な栄養が取れる餌を探し回るもの。されど飼育下で用意できる餌には限りがある。


 特に肉食の竜たちには、今は正肉のみを餌として与えているわけだが、実を言うとこれだけではまったく栄養が足りなかった。分かりやすく人間で(たと)えるなら、ひたすらに白米だけを食わせている状態だ。それだと腹は膨れるが、蛋白質(たんぱくしつ)やら鉄分やら、様々な栄養が不足することは火を見るよりも明らかだろう。


 だからこそ俺たちは米だけじゃなく肉や野菜、果物といった幅広い食べ物を必要とする。竜の食事も同じ理屈で、もっとバランスよく栄養が取れるよう工夫をこらさなければならなかった。何故なら肉しか食わない生き物にも、ビタミンやミネラルといった植物性の栄養は必須だからだ。


 こいつがなければたちまち体調を崩し、最悪病気にかかってしまう。


 野生下の竜たちはこういった栄養を、狩った草食獣(えもの)の内臓を食らうことで補っているのだろう。地球でもライオンやオオカミといった肉食獣は、植物を消化できる器官を持たない代わりに、草食獣が消化した植物を内臓ごと食らって取り込むという方法で栄養を補ってたからな。


 だが、飼育下で竜の健康を維持するために必要な内臓を毎日用意するってのは現実的じゃない。コスト的な問題はもちろんのこと、生の内臓には寄生虫やウイルスといった危険が潜んでいる可能性もあるためだ。


 よって必要となってくるのが、生肉だけでは補えない栄養をたっぷり含んだ人工飼料。言うなればこいつは動物たちにとってのサプリメントだ。


 こいつを肉の中に埋め込んだり、粉末状にして餌に振りかけることで、竜に経口摂取させる。が、そのためには十全な栄養調整と、竜たちが口に入れることを嫌がらないにおいや味の両立が不可欠だった。


 さらにアゴログンドでは竜ごとに必要な源素(エレメント)も変わってくる。


 つまり火竜用、木竜用、風竜用……といった具合に、源素調整まで施した数種類のペレットを開発する必要があるわけだ。


 とは言えアゴログンドにはまだ栄養素という概念は存在せず、せっかくペレットを作っても正確な栄養分析はできない。こればかりは開発したものを竜たちにしばらく食わせて、経過を観察するしかないというのが現状だった。


 ただ、似たような食性を持つ魔獣が普段何を食ってるかとか、野生の竜の糞に含まれる内容物からある程度のヒントを得ることはできる。


 襟巻竜(ラペット・ドラゴン)を例に挙げるなら、フィリポの月に行われた母大樹(ぼだいじゅ)の森での調査で運よく野生個体の糞を採取できた。アリスター博士にこいつの解析を依頼したところ、魔獣ならばまず襲わない〝プーカ〟なる生き物の骨と体毛が含まれていたという。


「プーカは樹上性で植物食の小魔獣なのですが、血液に毒があるため、ほとんどの魔獣は彼らを襲いません。血中の毒は森でプーカだけが口にするデムラの実、という木の実が持つ毒と同じもので、彼らは食性が近い生き物同士の生存競争を生き残るため、他の魔獣が手をつけないデムラの実の毒への耐性を獲得したと考えられています。結果体内に毒が蓄積し、天敵から狙われにくくなるというおまけもついてきたわけですが、今回行った糞の内容物調査により、襟巻竜はこのプーカを獲物として捕食している可能性が浮上しました」


 そう言ってアリスター博士が見せてくれたのは、ハイイロリスのそれを思わせるサイズの肋骨と、五センチ弱はありそうな黒い毛の塊だった。博士が持参してくれた図鑑の中の姿絵も、リスとウサギを合体させたような見た目をしていて、プーカとは恐らくあの辺の齧歯類(げっしるい)に近い魔獣なのだろうと推測できる。


 しかし他の生き物との餌場争いを嫌って毒のある植物を食べるようになった、という進化の過程は、リスというよりむしろコアラだ。


 今やオーストラリアの代名詞となっているかの動物も、まったく同じ理由で他の生き物が手をつけない毒草(ユーカリ)を食べられる体に進化した。その代償としてエネルギーのほとんどをユーカリの解毒に当てねばならず、生物の体で最もエネルギーを必要とする器官──すなわち脳を極小サイズまで退化させ、さらに食事と繁殖の時間以外はほとんど眠って過ごすという、究極の省エネ生物と化したわけだが。


「そいつはつまり、襟巻竜も他の肉食生物との競合を嫌って、敢えて毒のある生き物を食うようになった可能性があるってことですよね。でもって恐らく、襟巻竜もプーカと同じデムラの実の毒に対する耐性を持っている」

「はい、私もそう思います。そもそも他に天敵を持たないプーカは、襟巻竜がいなければ個体数が増え続ける。とすると生態系のバランスから考えても、野生の襟巻竜は数いる獲物の中で特にプーカを主食としているはずです。実際、竜族(ドラゴンズ)狩り(フォール)以降は人里でのプーカの目撃情報が急増しているので……」

「そ、それって竜がいなくなったから、プーカが増えすぎて人里まで餌を探しにくるようになった……ってことですか?」

「ご明察です、ヘスペルさん。ですがその事実は言い替えれば、やはり襟巻竜が彼らを主食とすることで個体数を抑えていた可能性を示唆していると思うのですよ。とすれば襟巻竜用のペレットは、プーカの食性をヒントにすればよいはずです。野生のプーカがよく食べているものをペレットの材料として採用すれば、襟巻竜が彼らを経由して摂取している栄養を直接取り込むことができますから」


 というアリスター博士の提案と協力の下、試行錯誤を繰り返してようやく完成したのが襟巻竜用ペレット第二十六号──通称『LAP26』だ。ペレット製造器という文明の利器なしで挑んだ新規飼料の開発は俺の想像以上に困難を極め、二十五回もの失敗と開発期間約二ヶ月という膨大な時間を費やしてしまった。


 が、おかげでカールの食いつきはもちろんのこと、やわらかすぎず硬すぎず、割れも少なく保存がきいて、なおかつ安価で安定した供給が見込める材料で必要な栄養を補える──という条件をすべて満たしたペレットをついに作り上げることができたわけだ。試作品の段階ではほとんど見向きもしなかったカールが、ガツガツと二十六号(LAP26)入りの肉に食いついたのを見たときは、思わずガッツポーズが出た。


 あとはしばらくこいつをカールに与え続けて、健康上の問題が見られなければ、今度は大量生産の方法を検討していくことになるだろう。


「他の木竜には二十六号からデムラの実を抜いたものを与えてみたが、こっちも思いのほか食いつきがいい。今後の経過次第で個別の調整が必要になるとしても、木竜用ペレットの基本はこいつでよさそうだ」

「ふむ……さようか。であれば残る問題は、以前からおんしが気にしておる生肉(にく)の保存方法じゃの。今は冷凍保存の術がないゆえ、やむなく家畜を毎日屠殺(とさつ)して餌を用意しておるが、これでは手間がかかりすぎる。おまけにいざというときの蓄えもままならぬし……」

「そうなんだよな。いきなり冷凍庫は無理でも、せめて冷蔵庫が造れればなあ……一応ロレンソン博士からは、竜術(ドラコマジック)で地下室の壁を氷で覆って氷室(ひょうしつ)を造ったらどうだって提案はもらってるんだけど」

「ほう。悪くない案ではあるが、地球の冷蔵庫と比べるとさすがに原始的すぎるのう。いくら地下に(こしら)えたとて、氷が溶けぬわけではなかろうし」

「ああ……それだといちいち管理が大変だし、室温を一定に保てないとなれば衛生上の問題もある。とは言えアゴログンドにはまだ電気がないからな……最低限の性能を持った冷蔵庫を造るとしたら、まずエジソンを探すところから始めなきゃなんないんだよなあ」


 と俺がぼやきながらぼりぼりと頭を掻けば、顎に手を当てたジュンコは「ふむ」と考え込み、イヴも真似して〝考える人のポーズ〟を取った。


 そこはアルコル宮の地下一階、以前ジュンコが狙われたあの厨房だ。


 皇宮を騒がせたジュンコ暗殺未遂から一ヶ月、結局あれから犯人は見つからず、事件は次第に人々の記憶から忘れ去られつつあった。


 と言ってももちろん当事者である俺たちは一日たりとも忘れたことはないわけだが、既に捜査は打ち切られ、犯人も動機もうやむやのまま。結局のところ、皇宮に曲者の侵入を許したことは由々しき問題ではあるものの、狙われたのはあくまで奴隷の子どもであり、であればそこまで大騒ぎする必要もなかろうというのがフリーダたちの言い分で、いくら抗議してもそれ以上捜査が進展することはなかった。


 まったく何とも理不尽で腹立たしいことこの上ない話だ。が、ジュンコの容態が順調に回復し、ひとまず大事には至らなかったのが不幸中の幸いだろう。


 本人からも数日休めばすぐによくなるとは聞かされていたものの、実際に元気になったジュンコの姿を見るまで、俺は内心気が気じゃなかった。


 もっともジュンコの正体を知らないラドニアなどは、


「こんな小さな子どもが、マンドラゴラの毒からたった数日で立ち直るなんて信じられない……」


 と絶句していたが、そこはまあ、うん。きっとおまえの処置が迅速かつ適切だったおかげだよ、ありがとな、と褒めちぎり、どうにかこうにか誤魔化した。もしも次があったなら──いや、あんな事件は二度とごめんだが──ジュンコには体調が回復したあとも、しばらくは仮病を使わせた方がよさそうだと肝に銘じつつ。


 まあ、とは言え例の事件のあとからは、極力ジュンコがひとりになる時間を減らし、こいつの傍には常時俺かヘスペルがつくようにしているから、再び隙を()いて狙われることはない……と思いたい。ヘスペルには再会したその日に事情を話し、実は最初にカールの世話役を任せたのも、宮に残ってジュンコのボディガードをしてほしいという思惑が少なからずあったからだと打ち明けた。


 するとヘスペルは「そういうことは先に言ってほしかったよ」とぶうたれつつ、以来体が空いているときは常にジュンコの身辺に気を配ってくれている。


 傭兵としての腕前にはあまり自信がないと言いながら、それでもヘスペルなりに精一杯ジュンコを守ろうとしてくれているようだ。これにはさしものジュンコも感じるものがあったらしく、ヘスペルのことを見直したような言動をするようになった。ま、俺はちゃんと分かってたけどな? ヘスペルはやればできる男だって。


「あ、いたいた。リュージ!」


 ところがそんな物思いに(ふけ)っていると、不意に背後から声がして、厨房の入り口からヘスペルが姿を現した。噂をすればなんとやらってやつだ。地下に()もってペレットを焼いていたせいで気づかなかったが、もう手習い塾が終わる時間か。ようやくそのことに気づいた俺が「おう」と手を挙げて答えれば、フリーダにも並ぶ長身を屈めて入ってきたヘスペルはにんまりと、何やら意味深な笑みを浮かべた。


「何だよ、戻ってくるなり気味の悪い笑い方して」

「気味が悪いとは失敬な。僕は朗報を届けに来たんだよ」

「朗報?」

「そ。さっきエレノアさんから受け取ったんだけどさ──はい、これなーんだ?」


 と、依然ニヤニヤしながら言うが早いか、ヘスペルは俄然(がぜん)俺たちの目の前でくるりと後ろを向いてみせた。


 途端にジュンコが「おお」と声を上げ、イヴは目を輝かせ、俺も思わず呆気に取られる。何故ならヘスペルが羽織ったライムグリーンの上着の背中には、太陽を囲むように尾を噛み円を描いた一匹の竜の紋章──そしてその竜を囲む形で刺繍された『DRAGON PARK』の文字があったためだ。


「へ、ヘスペル、おまえ、それ……!」

「フフフ、どう? 実は僕らだけでこっそり作ってみたんだ。ずっと欲しいって言ってたろ、ドラゴン・パークのユニフォーム!」


▼ハイイロリス

挿絵(By みてみん)


 北米、特にアメリカ東部~中西部、及びカナダの一部を原産とするリスの仲間。

 頭胴長23~30cm、尾長19~25cmと、リスの中ではやや大型。

 多産で適応能力が高く、イギリスでは在来種であるキタリスを駆逐し、またブナ類、カシ類などの樹皮に食害を及ぼす特定外来生物として問題視されている。

 またアメリカでも無知な人間による餌付けの常態化が原因で人馴れが深刻化。現在では市街地にも頻繁に出没し、農作物を食い荒らしたり、ゴミをあさったり、餌を求めて人を襲ったりと様々な獣害を引き起こし、駆除の対象となっている。


参考・画像引用元:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A6%E3%83%96%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%82%B9

https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/list/L-ho-09.html

https://miwakola.com/kawaii-squirrels-1200

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ