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ドラゴン・パークをつくろう!  作者: 伊栄寿 大好
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狐や狸じゃあるまいし


 気づけば俺とイヴは揃って母大樹(ぼだいじゅ)の前に正座していた。


 いや、正座していたというか、正座させられたというか。


 そうして黙りこくっているしかない俺たちの目の前で、前世の姿からは想像もつかない見た目にトランスフォームしたジュンコががつがつと肉を食らっている。


 愛らしかったチュウゴクワニトカゲの面影はどこへやら。


 今のジュンコはどこからどう見ても〝ドラゴン〟で、柴犬並みの大きさもさることながら、とても生まれたてとは思えない風格を漂わせていた。


 以前、この森で出会った白竜も嬰竜(ドラガニトゥ)──つまり竜の子どもだったわけだが、今のジュンコの体格はあのチビ助の二倍はある。卵から出た直後はしわしわだった翼も、帆船の帆のようにピンと立てられているうちに少しずつシワが伸びてきた。


 真紅の(うろこ)で覆われた首は、(さぎ)のようにひょろ長かった白竜のそれに比べると幾分か短く、骨太さを感じさせる。


 ただ頭に生えた二本の角だけはいかにも生え始めといった感じで、先端もまるっこく、成長と共にまっすぐ伸びていくのだろうと思われた。


「イヴのおにく……」


 ところがそんなジュンコの食事風景を見守っていたイヴが、どんどんなくなっていく干し肉を見てしゅん……と肩を落としている。実はたった今ジュンコがかぶりついている肉の塊は、俺とイヴの昼メシとして持ってきていたものなのだ。


 (おり)から出た直後のイヴは生肉しか食べたがらなかったが、さすがにそれでは食費がかかりすぎるという理由で、ひと月かけて干し肉も食べるよう慣らしてきた。


 で、加工した肉なら人間(おれたち)の食糧にもなるし、森での調査中に腹が減ったら食えるようにといくらかの肉を持参していたわけだ。ところが卵から(かえ)ったばかりのジュンコは腹ペコで、俺の顔を見るなりまず食糧を要求した。


 ゆえに手持ちの肉を差し出したはいいものの、俺とイヴの一食分ずつしか持ち合わせがなかったこともあり、ジュンコはあっという間にたいらげてしまう。


 さすがは竜王(キングドラゴン)の系譜というべきか、その食いっぷりは見事なもので、生まれながらに生え揃った牙で肉を引き裂き、最後のひと切れもバクンと豪快に飲み込んでしまった。おかげで俺とイヴの昼メシはキャンプに戻るまでお預けだ。


 まあ、俺はさっきまで走り回っていたせいで疲れ果て、食事どころではないからいいものの。イヴは人の食事を見ていたら自分も腹が減ってきたのか、ぎゅぅるるるるる……と腹を鳴らして泣き出しそうな顔をしている。


 そ、そんな顔しなくても、キャンプに戻ればおまえの肉もあるから……な?


「ふうっ、食った食った! 生の肉に比べると何とも硬くまずい肉じゃったが、おかげでひとまず腹は満ちた。礼を言うぞえ、竜司(りゅうじ)

「お、おう……で、そろそろ何がどうなってんのか説明してもらえるんだよな?」

「どうなってるも何も見てのとおりじゃが。予定よりいささか遅れたものの、わしも前世(くぎやま)での生を終えたがゆえに、またこうして故郷へ戻ってきたのじゃ。まあ、本当はおんしがこちらで目覚める頃にわしも生まれ直すつもりじゃったんじゃがの。おんしの魂を完全な状態のまま運ぶのに力を使いすぎて、復活に時間がかかってしもうた。さすがに自分以外の魂を連れて螺生門(セラオーム)を通るのは初めての試みじゃったからのう」


 満足げにげぷっと息を吐き出しながら、ジュンコは至極当然と言いたげな口ぶりでこの状況を説明してみせた。が、あっけらかんとしているジュンコとは裏腹に、生粋の地球人である俺には刺激が強すぎてまったく理解が追いつかない。


 けどそう言われてみれば、前にギゼルが竜王──またの名を古代竜エンシェント・ドラゴン──と呼ばれる特級クラスの竜には死の概念がなく、肉体が滅びても時間をかけてまた復活すると言っていた。とすると火竜の王であるジュンコもまた、前世での生を終えて再びアゴログンドに生まれ直すのはごく自然な流れというわけだ。ギゼルから古代竜の転生の話を聞いたときに、その可能性にも気づいておくべきだったな……。


「むう……しかし竜司よ、これはどういう状況かと尋ねたいのはむしろわしの方なのじゃが?」

「へ?」

「先程から気になっておったのじゃが、おんし、ずいぶんと面妖なものを連れておるではないか。()()は一体何者じゃ?」

「〝それ〟って……」


 見た目はまるきり竜でありながら、明らかに不審顔をしていると分かる眼差しでジュンコが睨んだのは言わずもがなイヴだった。


 当のイヴは自分の干し肉がなくなったことが未だにショックなようで、瞳を潤ませたままきゅっと唇を結んでいる。あの様子じゃたぶん、自分が竜の王に怪しまれてるなんて夢にも思ってないんだろうな……。


「ああ……そういや気が動転してて紹介がまだだったな。こいつはイヴ。メアレスト帝国現皇帝の話によると、人間と竜の間に生まれた合いの子だそうだ」

「人間と竜の合いの子……じゃと?」

「ああ。俺も話を聞いたときは、にわかには信じられなかったんだけどな。何でも俺が皇属竜狩猟団インペリアル・ニムロダムに拾われる数ヶ月前に、同じくこの森で倒れてたところを発見されたらしい。んで世にも珍しい半人半竜のイキモノってことで、現皇帝のフーヴェルオが竜の園(ドラゴンメナジェリー)で保護してたんだ。まあ、ぶっちゃけ保護というよりは監禁に近い状態だったけどな……」


 と俺はイヴの紹介がてら、アゴログンドに転生してからの出来事を掻い摘まんでジュンコに説明した。ジュンコが前世の前世──すなわち竜族狩り(ドラゴンズフォール)のさなかに命を落としてから既に二十年が経過している。そしてその間にメアレスト帝国の情勢も様変わりしたらしいことを、まず真っ先に伝えなければならないと思ったからだ。


 俺がアゴログンドで過ごした一ヶ月──こっちの暦ではひと月は四十日だけどな──間の出来事について順を追って説明すると、ジュンコはそれを神妙な顔で聞いていた。話の間もピンと張られていた翼はシワが伸び、ついにドラゴンらしい飛膜状の翼が完成する。するとジュンコは広げていた翼を確かめるようにぱたぱたと動かしてから、やがて丁寧に折りたたみ、ふむ……と考え込む仕草を見せた。


「なるほどの。竜の園……あの〝竜殺し(ディメルテイヴ)〟の(せがれ)がさようなものを作らんとしておるとは晴天の霹靂(へきれき)じゃ。わしが地球でアゴログンドを救う術を模索しておる間に、ここまで状況が変わるとはな……」

竜殺し(ディメルテイヴ)?」

「ああ……〝竜殺し〟というのは竜族(わしら)の間での先帝の通称でな。人間どもは確かゲオウェクス二世とか呼んでおったか。しかしやつが既に死んだというだけでもアゴログンドにとっては朗報じゃ。やつはどう見ても正気ではなかったからのう」

「正気じゃないって……つまり狂ってたってことか? まあ、確かに俺も話を聞いて、まともな皇帝じゃなかったんだろうなとは思ったが……」

「あの狂態が()()()()()()などという生易しい言葉に収まるものか。やつは竜を殺し尽くすだけでは飽きたらず、自らの機嫌を損ねた者はたとえ従順な臣下であっても首を()ねた。ときには見世物と称して無抵抗の人間を惨殺し、悲鳴や断末魔を(さかな)に笑って酒を飲んでおったほどじゃからの」

「うげぇ……な、何だよそのネロや紂王(ちゅうおう)も真っ青の狂人エピソード……」


 地球人類の歴史にも暴君と呼ばれた人間は数多くいるものの、現代に伝わるエピソードの大半は後世の創作や脚色が加えられたものだと思っていた。


 前政権の失態をあげつらい、現政権の努力や実績を褒め讃える印象操作(プロパガンダ)というのは人類の歴史上、どこの国でも行われてきたことであって、それによって誇張されて伝わった部分もあるのだろうと考えるのが自然だからだ。


 けれどもメアレスト帝国の先帝……すなわちフーヴェルオの父親はほんの数年前まで確かに生きていた人物で、しかも凶行の生き証人が何人もいる。


 とすると地球で暴君と呼ばれていた歴史上の人物の中にも、一切の脚色なしで大暴れしてたサイコパスが実在したのかもな……お、おっかねえ……。


「しかしそんな竜殺しの倅が竜族の庇護を(うた)()すとは、悪いが到底信じられん。そこの娘を捕らえて檻に閉じ込めておったというのならなおさらじゃ」

「え……どういう意味だ? そりゃ確かに日本にも〝(かえる)の子は(かえる)〟なんて(ことわざ)があったけどさ……」

「ときに、竜司。率直に言って、おんしはそのフーヴェルオとかいう人間の王を信じておるのかえ?」

「ま……まあ、たぶん人並みには。だってあいつの協力がなきゃ、ドラゴン・パーク計画の実現は不可能なんだぜ? なら嫌でも信じるしかないっていうか、懸けてみるしかないっていうか……あ、けど、そういや……」

「……? なんじゃ?」

「い、いや……すまん、何でもない……」


 と、とっさに誤魔化してしまったものの、瞬間俺の脳裏をよぎったのは、今も腰のポーチに収まっている一冊の手帳のことだった。こいつは俺がドラゴン・パーク計画の進捗や、現在園にいる竜の飼育記録などを書き留めている運営日誌的なもので、今回も森での調査記録を書き残そうと持参したのだ。


 だが思い起こせば数日前、この日誌に関して不可解な出来事があった。


 俺が園でレクスを看取った日、業務を追えてアルコル宮に帰ってみると、なんと日誌のページが一部破られ、何者かに持ち去られていたのだ。


 もちろん最初は俺が目を離した隙に、イヴかブルーがイタズラしたのではないかという可能性を疑った。しかしよくよく思い返してみると、午前中にアリスター博士との通信内容を記録したときにはどのページも無事だったはずだ。


 しかも博士との定期連絡を取り終えたあと、イヴは俺と一緒に宮を離れ、ブルーもラドニアの部屋のケージに戻した。唯一部屋に残したフレディも、飼育瓶の蓋をしっかり閉めた記憶があるから外には出られなかったはず。


 つまりこいつらにイタズラをする隙などなかったということだ。


 俺たちが帰るまでの間は、宮内は完全に無人だったはずだしな。


 だがそうなると日誌が破り取られていたことの説明がつかない。あれは結局誰が何の目的で持ち去ったんだ? まさかそこにフーヴェルオも関係している……?


 いや、けど仮にあれが何らかの陰謀を(はら)んだものだったとして、盗られたのはブルーの術後の経過を書いたページだ。そんな重要でも何でもない……というか、もはや個人の日記以外の何ものでもないページをわざわざ奪っていった理由は何だ?


 英語の読み書きができない俺は日誌も全部日本語で書いているから、持っていったところでアゴログンド人には解読できないはずだしな……。


「ふむ……まあよい。そういうことならわしが直接この目で見定めてやろうではないか。そのフーヴェルオとかいう小僧の本性をの」

「……え? 直接見定める、って?」

「そやつは表向きには竜族を庇護し、共存する必要性を訴えておるのじゃろ? ならば火神竜(エドゥ・ファルグム)たるわしが訪ねてゆけばむしろ喜ぶはずじゃ。これにて竜と人類の融和がまた一歩近づいた、との」

「え……えええぇ!?」


 ところがほどなく俺の思考を遮ってジュンコがとんでもないことを言い出した。


 竜族の王が直接人間の皇帝に会いに行く、だって……!? 確かにそうするのが一番手っ取り早い方法だと言われればそうなのだが、しかしいくら何でも突拍子がなさすぎる。生まれ直して早々思い切りがいいにもほどがあるぞ……!


「い、いや、そうは言ってもおまえ、仮にも竜の王が軽々しく人前に出ていいのかよ!? だ、だいたい帝都には、フーヴェルオの政策をよく思ってない連中もいるんだぞ? そんなとこに自分から飛び込んでいくなんて……」

「ほう。ならばひと目では火神竜と分からぬ姿に変身しておけば問題なかろ。たとえば、そうじゃのう──こんな感じかえ?」


 と、ジュンコは束の間思案顔をしたかと思えば、突如ぐんっと鼻をもたげた。

 すると短い二本の角がにわかに光を帯び始める。

 それは次第にまばゆさを増し、俺たちの視界を白く塗り潰した。


 あまりのまぶしさに怯んだ俺は「うわっ……!」と思わず手を(かざ)す。一体何が起きたのか、次に俺が目を開けたとき、そこにジュンコの姿はなかった。


 そう、()()()()()姿()()()()()()()


「は……」


 と、代わりに飛び込んできた光景に、図らずも間抜けな声が出る。


 そこにいたのは人間の少女だった。いや、歳は恐らく五、六歳くらいと(おぼ)しいから、少女というより幼女と形容すべきだろうか。


 燃えるように赤い瞳に、赤い髪。キリリとした目尻はどこか歳のわりに大人びていて、利発そうな印象を見る者に与える。


 ああ、うん、見れば見るほどまごうことなき()()だ。イヴのように肌の一部が鱗に覆われたりもしてないし、角も尻尾も見当たらない。


 けれどたぶん、いや、十中八九、状況から考えて、


「おっ……おおおおおまえっ……!? ま、まさか、ジュンコ、なのか……!?」

「ふふん、他に誰がおるというのじゃ? 神竜(グルガオンド)の末裔の手にかかれば、この程度の変化(へんげ)なぞ朝飯前よ。これなら人間どももそう簡単にわしの正体を見抜けまい。さあ、それでは連れてゆけ、竜司。おんしに竜族の救済を命じたという、新たな人の王のもとへの」


 燃え上がる炎に似た癖毛を(せな)まで垂らし、腰に手を当てたジュンコは自分の能力(ちから)(てら)うようにえへんと胸を張ってみせた。ま、まさか本当に人間の姿にまでなれてしまうとは……こいつも竜術(ドラコマジック)の応用だってのか?


 狐や狸じゃあるまいし、竜が人間に化けるだなんてお伽噺(とぎばなし)もいいとこだと、正直俺はフーヴェルオたちの話を信じていなかった。


 だけど今、現にこうして人間の幼女へとメタモルフォーゼしたジュンコを目の当たりにしてしまうと、驚きのあまり声も出ない。


 こいつらは一体どういう原理でまったく別の生き物の体になれちまうんだよ?

 いや、そもそもそれ以前にもっと大きな問題がある。

 というのも、ジュンコの変身は確かに完璧なのだが──全裸だ。全裸なのだ。


 まあ、うん。変身前のジュンコは孵化(ふか)したばかりで、文字どおり生まれたままの姿だったわけだからそこは仕方ない。古代竜の力をもってしても、無から衣服を生み出すなんて芸当はさすがに不可能ということだろう。


 けど、俺さ。


 今からこいつを連れて、フリーダたちのところに戻らないといけないんだよな?


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