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ドラゴン・パークをつくろう!  作者: 伊栄寿 大好
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24/81

ライフ・ファインズ・ア・ウェイ(★)


 鳥類、爬虫類(はちゅうるい)、両生類。地球ではこれらの生き物の中に単為生殖(たんいせいしょく)を行うものがいる。単為生殖とは読んで字のごとく、単体で生殖を為すことだ。


 つまり繁殖にオスを必要としないメスがいる。


 この現象は特定の環境下──特に単為生殖可能なメスの生活圏内に、交尾相手となるオスが存在しない場合に起こり得る。


 地球で言えばコモドオオトカゲの例が有名だが、彼らはオスがいない環境でも子孫を残すべく自らの染色体を操作し、いわゆる処女懐胎を実現するのだ。


 そしてまったく同じ条件下で、単為生殖を実現する生き物がアゴログンドにもいる。アリスター博士の話ではやはり卵生の生物にのみ見られる現象らしく、オスのいない環境に成熟したメスを長期間隔離すると、(まれ)に単為生殖が発生するそうだ。


 もちろん、竜が単為生殖可能な生き物なのかどうかはここにいる誰にも分からない。二十代の頃から竜の研究を続けているというクリソプルも竜の飼育を試みたのは今回が初めてで、まったく前例のない事態だと言っていた。


 しかしかの恐竜映画『ジュラシック・パーク』の第一作で、人間による管理の網を()()け繁殖を成し遂げた恐竜たちを前に、数学者のイアン・マルコム博士はこんな台詞(せりふ)を残している。「生命は必(Life)ず道を見(finds)つけ出す(a way)」──と。


 そもそも俺が今回、竜が単為生殖する可能性に思い至ったのもあの映画のおかげだし──何しろ後継作の『ジュラシック・ワールド』三作目では、ヴェロキラプトルのブルーも単為生殖している──何より長年、生き物の不思議と向き合ってきた者として俺もまた断言できる。この世のあらゆる生き物は、人間の常識(ものさし)なんかじゃ到底計り切れない力と可能性を秘めている、と。


「やはり卵塞症(らんそくしょう)ですね。透射光図(とうしゃこうず)を見る限り、ブルーは体内で抱卵しています。妊娠の詳しい経緯は不明ですが、クリソプルさんのおっしゃるとおり、他の竜と接触する機会はなかったというのが事実なら単為生殖の可能性が濃厚です。ですが問題はブルーがどうやって妊娠したかよりも、卵塞症によって彼女の生命が危険に晒されているということ。これを解消するためには、卵管で詰まってしまっている卵をどうにかして取り除く必要があります」


 とアリスター博士が深刻な面持ちで説明してくれたのは、アリスター魔獣研究所の研究室でのこと。書類が山をなしている執務机とは別に、部屋の中央をでんと陣取っている研究机の上で撮れたての透射光図を広げて、博士は白い紙にぼんやり浮かび上がったブルーの影を指し示した。


 この透射光図なるものは、地球でいうところのX線によく似た仕組みを使って、対象の体内を写し取るアゴログンド版レントゲンだ。


 何でも木素(もくそ)闇素(あんそ)を吸着させて作った〝写光紙(しゃこうし)〟なる黒い紙に特定の光素(こうそ)を照射すると、闇素と光素が打ち消し合って無素(むそ)になる。


 すると光の当たった部分が白くなり、逆に光が当たらなかった場所は黒いまま残るので、影を写し取ることができるという仕組みだ。


 そして透射光器と呼ばれる装置は、X線によく似た性質を持つ光素を放出する。


 レントゲンを撮影すると肉が透け、骨だけの画像を撮ることができるのは、骨がX線を透過しにくいという性質を持つからだ。


 同じように光素も高密度の物質を通り抜けることは難しく、透射光器はその仕組みを利用してアゴログンド版レントゲン写真を作り出す。


 竜術(ドラコマジック)の源となる物質を研究し、こんなものまで生み出してしまう竜術師(マジカリスト)というのはまったくたまげた魔法使いだ。


 しかし今はのんきに感心している場合じゃない。俺は博士が広げた透射光図を見下ろして、ブルーの体内にぼんやりと浮かび上がった黒い塊を凝視した。


 大きさはニワトリの卵よりひとまわり大きいくらいか。こいつが体内の卵管と呼ばれる場所に詰まってブルーの内臓を圧迫し、苦しめている。


 何故卵が詰まってしまったのかは分からないが、鳥や爬虫類の場合はカルシウム不足だったり、安心して産卵できる場所が確保できなかったり……という理由で卵塞を引き起こすことが多いと聞いた。ましてやブルーは初産で、単為生殖の可能性が高く、おまけに本来の生息環境とはまったく異なる状況で妊娠したのだ。


 これでは異常を来すのも当然で、生めないと分かっているのにあらゆる手を尽くして子孫を残そうとする生命の本能の貪欲さを、俺は改めて痛感した。


「……こいつを見ると、卵はかなり奥の方で詰まってるな。竜の卵ってのは鳥の卵みたいな石灰質(せっかいしつ)の卵なのか? それともヘビやトカゲみたいな軟性の卵?」

「形状も卵殻も、どちらかと言えば鳥の卵に近いわね。だけど鳥類とは違って、竜の卵は体内で卵殻が形成されるまでに時間がかかる。通常は交尾のあと二週間から三週間ほどかけて卵が形成され、総排出腔(そうはいしゅつこう)から産卵するのだけど……その間ほとんどのメスは絶食するの。狩りのために激しく動き回れば、体内の卵が割れてしまう恐れがあるからでしょうね」

「なるほど……つまり卵は鳥類に似てるが、産卵までのプロセスは爬虫類に近いってことだな。とすれば拒食が始まったのも妊娠したせいか。だがブルーが餌を食べなくなってから、もう四週間以上経過してるんだよな?」

「ええ。正直……かなり危険な状態だと思う。私がもっと早く妊娠の可能性に気づいてあげられていれば……」


 そう言ってうなだれたクリソプルの腕の中には毛布にくるまれ、弱々しい呼吸を繰り返すブルーの姿があった。しきりにブルーを()(さす)ってやっているのは、少しでも体温を上げて自力での産卵を促すためだろう。


 しかし産卵時期をとうに過ぎている上に適切な産室もないこの状況では、ブルーが自力で卵を産むのは恐らく難しい。となると、腹を開いて卵を取り出す以外にブルーを救う方法はないということになる。


 問題はその手術に耐え得るだけの体力がブルーに残っているのかということ。


 そして場合によっては卵管ごと卵を摘出する必要があり、そうなればブルーは今後二度と卵を産めなくなるということだ。


 手術自体は竜の解剖経験があるというクリソプルなら可能という話だが……たった一匹で卵をつくり、懸命に子孫を残そうとしているブルーから未来を奪う選択はあまりにつらく残酷だった。だからこそクリソプルは自責の念に苦しんでいる。


 ブルーと出会った三年前、何が何でも彼女を山に帰していれば、こんな苦しみを味わわせることも母になる喜びを奪うこともなかったのに、と。


「ピィ……」


 ところが刹那、クリソプルの腕の中でうっすらと()を開けたブルーが頭をもたげた。そうしてひくひくと鼻先を動かし、微かに鳴いてクリソプルの顔を見つめる。


 クリソプルがそんなブルーを抱き締め、そっと頭を撫でやると、ブルーも彼女の指を舐め返した。まるで〝自分を責めないで〟とでも言うように。


「……クリソプル。つらい決断だと思うが、ブルーの命を救うためにはやるしかない。放っておけばどのみちブルーは死んじまう。なら今は、たとえわずかでも命をつなぐ可能性に賭けて執刀するべきだと……俺は思う」

「……」

「あんたひとりが全部の責任を負う必要はない。あんたと共に生きることを選んだのはブルーの意思でもあるんだ。その証拠に、ブルーは俺たちから命懸けであんたを守ろうとした。あれはブルーがこれからもあんたと一緒に生きたいと……あんたと一緒にいられることが幸せだと思ってる、何よりの証拠じゃないか?」


 だから、たとえ子孫を残せなくなったとしてもブルーは決して不幸じゃない。


 クリソプルと共にいられれば、きっと幸せで満たされた竜生(りゅうせい)を送れるはずだ。


 ……なんて、そんなのは人間(おれたち)が自分の行いを正当化するための都合のいい考え方かもしれないが、少なくとも俺はそう信じたい。


 人間にとって幸せの形が千差万別であるように、動物たちの幸せもまた、子を生み育てることだけではないはずだと。


「それに、な。もし今後ブルーが繁殖できなくなるとしても、この卵が正常に形成されていれば、摘出したあとに孵化(ふか)する可能性はまだ残ってる。たった一匹でもブルーの子を残せる希望があるんなら、やって損はないだろう?」

「……卵塞を起こした卵が孵化? そんなことありえるの?」

「卵詰まりの原因が卵じゃなく、環境や卵管にあるなら希望はある。実際、沖縄では死んだウミガメの体内から取り出された卵が無事に(かえ)った例もあったし……」

「……オキナワ?」

「アッ……い、いや、とにかく、卵が無事なら可能性はあるってことだよ! 透射光図を見る限り、ブルーの卵は割れたりしてなさそうだし、形もしっかりしてる。もし割れて中身が漏れ出してるなら、卵管が炎症を起こしてもっとひどいありさまになってるはずだしな」

「そうですね……わたしもリュージさんと同意見です。卵の摘出手術の事例はあまり聞いたことがないのですが、無事に取り出せれば孵化する可能性はゼロではないと思います。問題はブルーが手術に耐えられるかどうかですけど──」

「──だいじょぶ」


 そのとき博士の言葉を遮ったのは、俺でもクリソプルでもギゼルでも、ましてやヘスペルでもなかった。


 全員が驚きの視線を注ぐ先には、いつの間にかブルーに寄り添ったイヴがいる。

 まるで聞こえざる言葉を交わすように、ふたりはしばし互いに見つめ合った。

 かと思えばイヴがそっと手を伸ばし、毛布越しにブルーの背を撫でてやる。


 イヴに触れられるとブルーは安心したように眼を細めた。数時間前、町で初めて出会ったときには、あんなに激しく威嚇し合った仲だというのに。


「ブルー、だいじょぶ。だいじょぶ」

「い……イヴ、おまえ、言葉……」

「ブルー、ラドニア、だいすき。だから、だいじょぶ。──なかないで」


 果たしてそれは、ブルーから託された言葉だったのだろうか。

 イヴはそう言ってブルーに触れながら、じっとクリソプルを見つめた。

 途端にクリソプルの瞳から涙が溢れて頬を伝う。

 その泣き顔を隠すように、クリソプルはもう一度ブルーを抱き締めた。


「ありがとう、ブルー……必ずあなたを助けるわ」


 クリソプルの頬に額を擦り寄せたブルーが、弱々しいながらも嬉しそうにピィと鳴いた。そんなひとりと一匹の姿にもらい泣きしそうになった俺は、ばつが悪いのを誤魔化そうと慌ててふたりから目を逸らす。ところがそうして見やった明後日の方角では、ヘスペルが誰の目を(はばか)ることもなく号泣していた。


 それはもう「おまえほんとに傭兵か?」と言いたくなるほどの勢いで、モジャモジャの前髪(かみ)の下から滂沱(ぼうだ)たる涙を垂れ流し、ぐずぐずと(はな)をすすっている。


「うっ、うぅっ……そうだよな、ブルー……! ブルーは僕には全然なついてくれないけど、ラドニアさんのことは間違いなく大好きだもんな……!」

「……ちょっと、ヘスペル。あなたがそこまで泣くことないでしょ?」

「す、すみません……だけど僕もずっとふたりを見守ってきたから、なんか感動しちゃって……ブルーは絶対助かりますよ、ラドニアさん……! だって今までたくさんの竜を救ってきたラドニアさんが手術をするんですから……!」

「……ありがと。その信頼にも応えられるよう善処するわ。それじゃ、博士」

「ええ。早速解剖室へご案内します。わたしも隣でお手伝いしますから、ブルーと一緒にがんばりましょうね、クリソプルさん!」

「いや……ぶっちゃけ博士が手伝う方が不安なんじゃ──おふっ……!?」


 ときに浮かんだ感想を素直に口にしかけたら、ギゼルに無言で殴られた。


 いや、確かに今のは俺が無神経すぎたけど、だからって殴ることないだろ……!?


 が、俺が抗議の眼差しでギゼルを睨んでいる間にも、クリソプルと博士はブルーを連れて研究室をあとにした。


 残ったのは医療の面ではまったく役に立たない野郎三人とイヴの四人だけ。


 中でもイヴはクリソプルに抱かれたまま研究室を出ていくブルーを最後までじっと見送っていた。あいつにはこれからブルーの身に起こることが分かっているのだろうか。ていうかさっき、明らかに人間の言葉を喋ってたよな?


「おい、イヴ。おまえ……いつの間に話せるようになったんだ?」


 ゆえに俺はそう尋ねた。少なくとも俺はこの数日間、まずは最低限のしつけを施すのが最優先と考えていたから、イヴに言葉を教えたりはしていない。そっちはイヴが(おり)の外の環境に慣れてから、追々教えていけばいいと思ったのだ。


 第一、俺たちの会話を聞いて自然に意味を理解したのだとしても「大好き」とか「泣かないで」なんて言葉は、一度もイヴの前で使ってない。


 俺がアゴログンドに来てから、そんな言葉を使う場面は一度もなかったからな。


「……?」


 ところが名前を呼ばれて振り向いたイヴは、やはり無垢という言葉がメイド服を着て突っ立っているかのような顔で首を傾げた。


 質問を聞き取れなかったのかと思いもう一度、今度はゆっくりと同じ問いを投げかけてみるも、当人はきょとんとした顔で瞬きをするばかり。


 ……おいおい。これが自分の無邪気さを武器にした演技だったら、俺は今度こそ女性不信になるぞ。こいつはほんとに謎が多すぎる。俺がもっと竜という生き物について知っていけば、いつかイヴのすべてを理解してやれる日が来るのだろうか?


▼コモドオオトカゲ

挿絵(By みてみん)


 インドネシアに生息する世界最大のオオトカゲ。通称コモドドラゴン。

 全長200~300cm。近年歯の間に毒管を持つことが判明した。このため噛まれると血液の凝固が阻害され、最終的には失血により死に至る。この毒を利用して一度獲物に噛みついたのち、対象が力尽きるまで執拗に追跡を続けるという狩りのスタイルを取る。なお2021年9月、国際自然保護連合(IUCN)が発表した最新のレッドリストにおいて「絶滅危急種」から「絶滅危惧種」へと更新された。

 日本国内では1995~2008年まで上野動物園(東京都台東区)、2008~2011年まで円山動物園(北海道札幌市)で展示されていたが、2021年現在飼育を行う動物園は存在しない。ただし東山動物園(愛知県名古屋市)と体感型動物園iZoo(静岡県河津町)が誘致を行っており、近年中に公開される可能性が高まっている。


参考・画像引用元:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%A2%E3%83%89%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%83%88%E3%82%AB%E3%82%B2

https://oyakudachi2525.com/2018/08/29/komodo-dragon/

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