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ドラゴン・パークをつくろう!  作者: 伊栄寿 大好
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フェザー・ドラゴンの拒食


 クリソプルが泊まっていた宿に戻ると、緑髪のモジャモジャが倒れていた。


 部屋の真ん中で力なく大の字になり、動かなくなったモジャモジャの傍には剣を握ったままのギゼルと、座り込んで顔を覆ったアリスター博士がいる。


 室内の状況を把握した俺たちは、ドアの前で愕然と立ち尽くした。


 するとこちらに気づいたギゼルが涼しい顔で声をかけてくる。


「ああ……戻ったか、リュージ」

「ぎ……ギゼル、おまえ、なんてことを……殺しはするなってあれほどキツく言っといただろ!? なのになんで……!」

「いや、私は殺してない。というか何もしていない」

「へ?」

「わ……わたしの……全部わたしのせいなんですぅ……!」


 と、そのときギゼルに代わって叫んだのは、うなだれて肩を震わせたアリスター博士だった。聞けば、何でも博士はギゼルとモジャモジャの戦いが熾烈(しれつ)を極めていくのを見て、ふたりを止めなければという使命感に駆られたらしい。


 ところがなけなしの勇気を振り絞り、いざふたりの間に割って入ろうとしたら、いきみすぎた博士は勢い余って転倒しモジャモジャを巻き込んだ。


 結果、博士の不意討ちを食らって倒れたモジャモジャは床に後頭部を強打し、動かなくなってしまったらしい。ことの顛末(てんまつ)を知った俺たちは何とも言えない表情のまま、羞恥と絶望に震える博士に同情の眼差しを注ぐしかなかった。


 隣にしゃがみ込んだイヴにまたしてもぽんぽんと肩を叩かれた博士は、顔を覆ったまま全力で謝り倒していたが。


「……大丈夫。軽い脳震盪(のうしんとう)よ。命に別状はないわ」


 ほどなくモジャモジャの容態を診察したクリソプルはそう言って、大人ふたりが泊まるにはいささか狭い客室のベッドに寝かせておくよう指示を出した。


 極力頭を動かさないようにしながら、俺とギゼルのふたりがかりでモジャモジャをベッドに運ぶ。というかこのモジャモジャは名をヘスペルというらしく、やはりクリソプルが雇った傭兵なのだとか。


 護衛にしては、転んだ博士に巻き込まれて気絶だなんていささか間抜けすぎる気がするが……まあ、博士の挙動があまりにも予想外すぎたということだろう。


 ドジッ子、恐るべし。


「で? ようやく観念したようだな、ラドニア・クリソプル」


 とりあえずヘスペルの安静を確保し、ようやく落ち着いた俺たちは部屋の隅に置かれた古い円卓の周りに集合した。


 被告人席のように置かれた椅子の上で、クリソプルは羽毛竜(フェザー・ドラゴン)のブルーを抱いている。顔を隠していたマントを脱ぎ捨てた今、そこにいるのは生成(きな)りのハイネックブラウスに腰丈のジャケットを羽織った三十二、三歳くらいの女だ。


 いかにも〝デキる女〟といった印象の、ワンレンのショートヘアは奇しくもヘスペルと同じ緑色。と言ってもヘスペルのようににぶくくすんだ色ではなく、真夏の草木を思わせる瑞々(みずみず)しい常磐色(ときわいろ)だ。顔の左半分を覆うように流れた前髪の下には、博士のものとはまた趣の違う眼鏡をかけている。


 うーん、これで首に聴診器をかけて白衣を着ていれば、まさしく〝女医〟という言葉がぴったりのクールビューティーだな。


 目つきが若干鋭いのは気になるが、それは気性の表れというより、長年に渡る逃亡生活によって(つちか)われた警戒心によるものだろう。


「今まで散々追い回してくれたわね、皇属竜狩猟団インペリアル・ニムロダムの皆さん。だけどお生憎様、私はあなたたちに降伏したわけじゃないわ」

「ほう。というと?」

「そこにいる彼が……リュージが礼を尽くして協力を求めてきたから応じたの。見返りに彼も私の要求を飲むと約束してくれたしね」

「……おい、リュージ。貴君はまた何か勝手な真似を──」

「あーっ、まあ詳しい経緯は追々話すとして!」


 と、ギゼルの説教タイムの幕開けを予感した俺は即座に話を遮ると、すぐに博士へ視線を移した。さっきまでベソをかいていたせいでほんのり目もとが腫れたアリスター博士は、今も部屋の隅で肩身が狭そうに縮こまっている。


「アリスター博士。研究所に届いたあの手紙は、やはりクリソプルが送ったもので間違いないそうです。んで、手紙にあった〝ある竜〟というのが、他でもないこの羽毛竜(ブルー)なんですが……」


 先刻の路地での邂逅(かいこう)からおよそ三十分。クリソプルを守るために力を使い果たしたブルーはぐったりとして、浅い呼吸を繰り返していた。


 羽毛竜(フェザー・ドラゴン)。野生では標高三〇〇〇メートル以上の高地を生息域とする竜で、竜格(ランク)は二級。肉食性で低級竜術(ウィークマジック)も使えるが、そもそも下界に降りてくること自体が稀なため、有翼類(ゆうよくるい)でありながら人類に対する危険度は低い。


 そういう理由で特級~五級まで存在する竜格の、真ん中よりやや上くらいの位置に格づけされている竜だとクリソプルは話してくれた。


 ちなみにブルーは推定年齢六歳程度の成竜らしい。母大樹(ぼだいじゅ)の森で出会った白竜とサイズが変わらないから、てっきりこいつも嬰竜(ドラガニトゥ)とか呼ばれる子竜かと思ったのだが、羽毛竜は成体になっても体長一メートルに満たない小型の竜なのだそうだ。


 性別は恐らくメス。


 竜は一部の鳥類や爬虫類(はちゅうるい)に似て、見た目で雌雄を判別するのが難しい。


 中にはニワトリやクジャクのようにオスとメスで姿が異なる種もいるそうだが、少なくとも羽毛竜の雌雄に目立った違いは見られないとクリソプルは話していた。


「……ブルーは今から三年くらい前に、南部のカリーナ山脈の麓で出会ったの。餌を求めて山から迷い出てきたのか、ひとりで森をさまよってた。だけどその森は人間の出入りもある森で……いくら有翼類とは言え、小型竜が一匹でいるのは危険すぎると思ったのよ。だからどうにか山へ帰そうと思ったのだけど……」


 空腹のあまりよほど弱っていたのだろうか。


 ブルーは初めこそ人間を警戒する素振りを見せたものの、やがて害がないことを知ると逆にクリソプルになついてしまった。餌を使って山へ帰そうとしたのが仇となり「食べ物をくれる相手だ」と思われてしまったのだ。


 クリソプル(いわ)く、ブルーは恐らく竜族狩り(ドラゴンズフォール)終結後に生まれた個体。しかも生まれたときから人の寄りつかぬ高地で育ち、人間を知らずに暮らしてきた。


 ゆえに人に対する警戒心が薄く、簡単になついてしまったのだろうというのが彼女の見解だ。ブルーはクリソプルが何度野生へ帰そうとしても結局戻ってきてしまう。竜族の優れた嗅覚と、上空からの視野を活かしてクリソプルの居場所を突き止め、まるでかくれんぼを楽しむように無邪気に追いかけてくるという。


 そんな小竜にすっかり(ほだ)されてしまったクリソプルは、それが自分とブルー、どちらの命も危険に晒す選択だと知りながら、この子を旅の道連れとすることを決めた。ブルーを野生から遠ざけてしまった責任を取って、最後まで面倒を見ようと決意したわけだ。


 ところがそのブルーが一ヶ月ほど前から、突然餌を食べなくなった。


 口にするのはわずかな水のみで、あとは何を与えても食べようとしない。


 これはおかしいと判じたクリソプルは医者としての知識と経験を総動員し、異変の原因を突き止めようとした。そう、やはり俺たちの読みどおり、クリソプルは人間だけでなく竜の怪我や病も研究し、独自の治療法を編み出していたのだ。


 だが長年の研究成果をもってしても、ブルーの拒食の原因はついに分からなかった。そうこうするうち、ブルーは衰弱してほとんど身動きが取れなくなり、クリソプルは手段を選んでいられなくなった。


 面識のないアリスター博士を頼ったのもそのためで、彼女なら魔獣学の見地から異変の原因を突き止めるヒントをくれるのではないかと期待したのだという。


「様々な病気や寄生虫を疑って、思い当たる治療法はすべて試した。けれど何をしても一向に状態がよくならないの。このままじゃブルーは……」

「うーん……わ、わたしは竜は専門外なので、あまり自信はないのですけど……見たところブルーは確かに痩せ細ってしまっていますが、おなかだけが妙に膨らんでいますよね。これの原因は分かりますか?」

「ええ。恐らくは栄養失調が原因で腹水が溜まっているのだと思うわ。私が目を離した隙に消化できない何かを誤飲した可能性も考えたけれど、おなかが膨れ出したのは餌を食べなくなって数日が経過した頃からなの。様子がおかしいと分かってからはつきっきりで看護してるから、変なものを食べようとしていればすぐに気づけるはずだし……」

「では妊娠の可能性は?」

「えっ?」

「ブルーは恐らくメスなんですよね? 加えて年齢的にも、既に性成熟を迎えていると見ていいと思います。とすればクリソプルさんの知らないところで、他の竜と交尾した可能性も否定はできないかと……」

「いえ……まったくありえない話ではないけれど、現実的に不可能だわ。私の知る限り竜はかなり狭義の眷交類(けんこうるい)で、羽毛竜は羽毛竜としか交尾しない。でも、私はブルー以外の羽毛竜を知らないし、羽毛竜が山を下りて人前に現れたなんて話も聞いたことがないから、ブルーが交尾相手を見つけられる確率は限りなくゼロに近い。おまけに竜は魔獣の托娩(たくべん)対象にされることもないし……」

「だがここにいる半竜人の例があるだろう。貴様の言うとおり、竜が狭義の意味での眷交類なら、竜と人が交わって生まれた此奴(こやつ)の存在は何とする?」

「彼女は異例中の異例よ。私は過去に竜使い(ドラゴンテイマー)神竜教会オーダー・オブ・ロードとも接触して、竜にまつわる多くの情報を手に入れた。だけど竜を信仰対象にしていた神竜教会の司教ですら、人間と竜の間に子が生まれるなんてお伽噺(とぎばなし)を口にすることはなかったわ。もしもそんなことが可能なら、彼らは大喜びで()()()を生んで祭り上げ、教会の旗頭にしていたはずよ。あなたたち反逆者(メアレスト人)を糾弾するためにね」


 ギゼルの意見にそう反論したクリソプルは、イヴを映す菫色(すみれいろ)の瞳に微かな困惑を乗せていた。まあ、フーヴェルオの話では、イヴは人間に化けられるほどの力を持つ特級クラスの竜の子だろうという話だったから、この子は本当に奇跡的な確率で生まれたイレギュラーということなのだろう。


 しかしそうなると、ますますブルーの異変の原因が分からない。


 博士の言い分にも確かに一理あるものの、クリソプルの話を聞く限り、ブルーが生息域外で交尾相手を見つけるのはかなり難しそうだ。


 地球の動物園では同種の交尾相手を見つけられなかった動物が、混合飼育されていた近縁の動物と交わって子を生んだなんて事例もあるが、アゴログンドの竜はそもそも絶滅危惧種。交尾対象を竜族全体に広げて考えたとしても、都合よく交尾できる相手が見つかる可能性は──


「……あ」


 ところが刹那、あるひとつの推論に辿(たど)()いた俺は思わず声を漏らした。


 それに気づいた皆の視線が一斉に皮膚に突き刺さる。


「ど、どうかされましたか、リュージさん?」

「……単為生殖(たんいせいしょく)

「え?」

「ブルーが長年交尾相手を見つけられずに、単為生殖した可能性は? もしそうならブルーのこの症状は──卵詰まりかもしれない」


 俺が前世の記憶から導き出した答えを口にすれば、博士とクリソプルがほとんど同時に顔色を変えた。話が見えていないギゼルは眉をひそめ、そもそも言葉が通じていないイヴに至ってはきょとんと首を傾げているが、俺の推測が当たっていれば事態は恐らく一刻を争う。詳しく説明している時間はない。


「卵詰まり……確かに、その線が一番濃厚かもしれません! ブルーの症状は卵生の魔獣が卵塞(らんそく)を起こしたときとよく似ていますし、交尾相手を見つけられなかった個体が単為生殖によって子孫を増やすという事例も、一部の魔獣の間で報告されていますから……!」

「竜が単為生殖するなんて話は聞いたことがないけれど……もし可能なのだとしたら盲点だったわ。他竜(なかま)と接触する機会のないブルーが妊娠している可能性なんて、考えもしなかった……だけどもし卵塞症だとしたら……!」

「ああ。ブルーが絶食を始めた時期から考えて、もうあまり猶予(ゆうよ)はない。急いで処置をしてやらないと……けど今から産卵を促して間に合うか? 最悪腹を開いて卵を取り出すしかないが、今のブルーの体力で手術を乗り切れるかどうか……」

「で、でしたらまずはわたしの研究所へ戻りましょう! うちには魔獣用の透射(とうしゃ)(こう)()があるので、あれを使えばブルーの詳しい容態が分かるはずです!」

「透射光器……? それってもしかしてレントゲンみたいな──?」


 と、博士が発した謎の単語について、俺がそう尋ねようとしたときだった。


 突然部屋の隅から「うわあ!」と素っ頓狂な悲鳴が上がり、何か大きなものが床へと転げ落ちる。何事かと目をやれば、そこでは直前まで気を失っていたモジャモジャことヘスペルがベッドから落ちてもがいていた。どうやら狩猟団(おれたち)が部屋にいるのを見て動転し、跳ね起きようとした拍子に体勢を崩したようだ。


「お、お、お、おまえら! ラドニアさんから離れろ……!」

「ヘスペル。そのくだりはもういいから」

「へっ……?」


 ほどなく壁に立てかけられた剣を掴み、よろよろと立ち上がろうとしたヘスペルの威勢を、クリソプルが容赦なく一蹴した。


 雇い主のために奮起しようとしていたヘスペルはしかし、まるで事態が呑み込めていない様子で疑問符を飛ばしまくっている。


 何とも間が悪いというか、格好がつかないというか。アリスター博士とはまた別の意味で見ていてかわいそうになるタイプの男だな……。


「アリスター博士。それではお言葉に甘えて、研究所の設備をお借りしても?」

「は、はい! 他にも解剖用ではありますが、手術道具も一式揃っていますので、ブルーの容態次第ですぐさま処置に移れるかと……!」

「よし、そうと決まれば善は急げだ。ギゼル、あんたの部下が乗ってきたペガサスを借りてもいいよな!? 一秒でも早く研究所に戻らなきゃならないんだ!」

「待て。たかが小竜一匹のために、私の部下を町に置いていけと……?」

「わ、わたしからもお願いします、ブルグント卿! 助けられる命なら助けたいですし、陛下の竜をお世話する上で、今回の一件がのちのちの参考になるかもしれませんから……!」

「はあ……博士がそこまでおっしゃるのであれば仕方ありませんね。罪人に手を貸すのは不本意ですが、今回は特別に協力しましょう。ただし罪人のためではなく、あくまで陛下のご命令を遵守(じゅんしゅ)するために、ですが」

「ギゼル、おまえ……もしかして女に弱いのか?」

「誤解を招く言い方はやめろ。私はただ紳士としての務めをまっとうしているだけだ。行く先々で痴態を晒す貴君とは違ってな」


 額に青筋を立てたギゼルから特大の皮肉をもらう羽目にはなったが、とにもかくにも話はついた。俺たちはブルーを救うべくすぐさま行動を開始する。


 ただひとり、未だ状況を理解できていないヘスペルだけがへっぴり腰で剣を抱いたまま、ぽかんとして俺たちを見ていた。そんな哀れな傭兵の背中を、イヴが悟り切った表情でぽんぽんと叩いてやっている。


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