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ドラゴン・パークをつくろう!  作者: 伊栄寿 大好
21/81

ブルー(★)


 緑色の胡散臭そうなモジャモジャ髪。


 俺がそいつに抱いた第一印象はそれだった。


 緑色と言っても、若葉のように鮮やかなグリーンではない。(たと)えるなら日光浴が足りてないグリーンイグアナみたいな、パッとしないくすんだ緑色。


 天然パーマの髪をマッシュルームカットにしたらこうなるだろうな、というのを見事に体現したモジャモジャの前髪は、目もとを完全に覆っていて人相が分からない。……あれって本人も前が見えてないんじゃないか?


 けれど、まあ、うん。驚いたことに、そいつはどこからどう見ても、()、だ。


 髪型からして陰気そうなやつだが、上背(うわぜい)はそこそこある。

 身長だけならフリーダと並んでも遜色ないだろう。

 見た目のゴツさで言えば、間違いなくフリーダの方が数段上だけど。


「……どちらさまですか?」


 と、そのモジャモジャ髪が、扉を開けるなり目の前のギゼルを見て首を傾げた。

 なんとものんきな口ぶりだが……待て。

 二〇三号室に宿泊してるのは〝エル〟って名前の()()()じゃなかったのか?


 されどモジャモジャの口から発せられた声は間違いなく声変わりした成人男性のそれだった。ってことはまさか、さっきの従業員に(はか)られた?


 いや、あるいはギゼルが部屋を間違えたとか……?


 だとしたら顔面格差を見せつけられてばかりの日頃の鬱憤をここぞとばかりに晴らしてやりたいところだが、そこで俺ははたと気づいた。気づいてしまった。


 おい。よくよく見たらあのモジャモジャも、腰に剣を提げてるじゃねえか──


「……!」


 瞬間、モジャモジャの方も何かに気づいた。目もとが隠れているせいで目線が分かりにくいが、たぶん、ギゼルの胸もとに刺繍された皇属竜狩猟団インペリアル・ニムロダムの紋章に気がついたのだろう。途端に事態が動いた。目を見張り、息を飲んだ俺たちの眼前で、ギゼルとモジャモジャがほとんど同時に剣を抜いた。


 その段になって俺もようやく思い出す。さっきギゼルが言ってたはずだ。


 クリソプルは()()()()()()()()()()()と……!


「──ラドニアさん、逃げろ! 狩猟団(ニムロダム)だ!」


 俺の平和ボケした脳ミソが数秒遅れで状況を理解した刹那、モジャモジャが部屋の奥を振り向いて叫んだ。もちろん俺たちは聞き逃さない。


 〝ラドニア〟。今、モジャモジャは確かにそう呼んだ。


 ってことはやっぱりこの部屋にクリソプルがいる!


 が、そう確信した俺が身を乗り出しかけたのと、鼓膜を引き裂くような鉄の音が響くのが同時だった。ぎょっとして目をやれば、モジャモジャの意識が部屋の中へ向いた一瞬の隙を衝き、ギゼルがすかさず斬りかかっている。


 モジャモジャはすんでのところでそれを防いだ。ふたりの剣が交差し、互いに力で押し合っている。……なんだこれ。マジで池田屋事件かよ?


 あまりに現実感の薄い目の前の殺し合いに、俺は慄然(りつぜん)と立ち竦み、声を上げることすらできなかった。けれども直後、耳朶(じだ)を打ったギゼルの声が、嫌でもこれは現実だと訴えかけてくる。


「リュージ、いたぞ! クリソプルだ!」


 鋭い声に頬を叩かれ、はっとして目をやった先に人影が見えた。こちらも人相は分からない。俺たちに背を向けていたし、(すそ)の擦り切れたマントのフードを目深(まぶか)に被っていたから。しかし状況からして十中八九、あれがクリソプルなのだろう。


 人影は一瞬だけこちらを──ギゼルを食い止めるモジャモジャの背中を振り向くと、雨戸が開け放たれた窓に迷わず足をかけた。まずい。逃げられる!


 いや、けどそういやここって、宿の二階じゃなかったか?


「待て、クリソプル! 早まるな……!」


 と俺が慌てて呼び止めるよりも半瞬早く、クリソプルは軽やかに窓枠を蹴り、まるで背中に羽が生えているみたいにふわりと窓辺から飛び立った。


 いや、正確には()()()()()のだが。


 しかしその仕草があまりに優雅なものだから、俺は呆気に取られてしまった。


 さすがは何年もギゼルたちの追跡を(かわ)(つづ)けているというだけはある。


 手慣れているというか、肝が据わっているというか。いくら逃げ慣れてるからって、あんな風に躊躇(ちゅうちょ)なく二階から飛び降りられるか、普通?


「リュージ! 何をぼやっとしている、やつを追え!」


 ところがクリソプルの鮮やかな逃げっぷりにうっかり感心していたら、すかさずギゼルの叱声が飛んできた。はっと我に返ってみれば、やつはまだモジャモジャと斬り結んでいる。ガキの頃に憧れた時代劇の殺陣がお遊戯に見えるレベルの命の取り合い。ギゼルは本気であの傭兵を斬り伏せようとしていた。


 つーかあいつ、優男のくせにめちゃくちゃ強い。素人の俺が見てもモジャモジャの方が圧倒されているのが分かる。皇帝(フーヴェルオ)と初めて会ったときにも思ったが、アゴログンドの神は人に二物を与えすぎだ。自重しろ!


「ギゼル、俺たちはクリソプルを捕まえにきたんじゃない。だから殺しはよせ!」

「そんなことを言っている場合か!? いいから早くクリソプルを追え!」

「分かってる! けど絶対殺すな! あとお前も死ぬな!」

「おい……貴君は私を誰だと思って──」


 と、ギゼルがさらに何か言おうとしている気配があったが、これ以上モタモタしてはいられなかった。俺は窓から逃げたクリソプルを追うべく身を(ひるがえ)し、今にも段板が抜けそうなボロ宿の階段を駆け下りる。


 そうして外へ飛び出すとけたたましい吠え声が耳を(つんざ)いた。見れば竜狩人(ドラゴンハンター)にリードを握られたシリウスが殺気立った様子で牙を剥き、激しく吠え立てている。


 彼がリードを振り切らんばかりの勢いで吠える先には、着古しのマントを(なび)かせ通りの向こうへ駆けていく──クリソプルの後ろ姿。


「おい、リードを放せ!」


 瞬間、俺がとっさにそう叫ぶと、困惑した様子の竜狩人がリードを手放した。

 突然〝放せ〟と言われて、反射的に従ってしまったのだろう。

 本来なら奴隷(おれ)の指図など聞く必要はないはずなのに。


 だがおかげでシリウスが解き放たれた。アゴログンドで最も優秀な猟犬は、逃げた女がさっきまで自分の追っていたにおいの主だと気づいている。


 ゆえに捕食者(ハンター)の本能に火がついた。自由を得たシリウスは矢のごとく走り出し、クリソプルの背中を一直線に追っていく。


「よし……! クリソプルの居場所はシリウスが教えてくれる、追うぞ!」


 俺は待機していた竜狩人ふたりを引き連れて、シリウスのあとを追いかけた。

 気づけばアリスター博士の姿はなく、イヴだけがぴたりと俺についてきている。

 ……しまったな。

 逃げるクリソプルに気を取られて、博士の身の安全にまで気が回らなかった。


 けど、少なくとも宿の二階へ突入するまでは傍にいた……よな?

 なら博士のことはギゼルに任せておけば大丈夫のはずだ。

 とにかく今はクリソプルを追うことに専念しないと!

 俺たちはどよめく人々の視線を浴びながらバナトの町を疾駆した。


 先行するクリソプルとシリウスの姿はとうに見えなくなっているが、シリウスが吠え続けているおかげでどうにか方向は把握できる。


 俺は走りながら耳を澄まし、シリウスの鳴き声を追いかけて、かなり狭い路地に入った。薄暗く人気のないその道は、明らかに人が通り抜けることが想定されていない。無計画に建物を並べた結果、偶然できた隙間といった感じだ。


 おかげであちこち行き止まりだったり荷物で塞がれていたりして、路地はさながら迷宮の様相を呈していた。おまけに建物と建物の間が狭いから、シリウスの鳴き声が反響して方角を掴みづらい。


 声の大きさからしてそう遠くはなさそうだが──くそっ、どこだ!? 早く見つけてやらないと、追い詰められたクリソプルがシリウスに手を上げる可能性が……!


「リュージ!」


 ところが刹那、焦る俺の左手をにわかに掴み、イヴが「こっち!」とでも言うように駆け出した。(おり)を出てから数日、新鮮なお肉をたらふく食べて、気力体力筋力を取り戻しつつあるイヴの力は思ったよりも数段強い。


 おかげで俺は半ばイヴに引きずられるような形で、狭い路地を直角に曲がった。


 この反応──ひょっとしてイヴにはシリウスの居場所が分かるのか?


 そう言えばイヴもイヌ科の生き物のように、俺の感情を嗅覚で読み取っているかのような行動を何度か見せた。


 ということは、もしやこいつも()でシリウスを追えるのか。


 言葉は通じていないはずなのに、イヴは俺たちの目的をちゃんと理解し、助けようとしていた。やっぱりこの子はフーヴェルオたちが思う以上に賢く人に近い。


 というか、何なら人間の知能が竜の能力によって補強され、さらなる進化を遂げた知的生命体と呼べ得る可能性すら秘めているのでは──?


「いたぞ、あそこだ!」


 俺がそんな予感を覚え、イヴの背中に見入っていると、突然後ろから声が上がった。振り向けば俺たちについてきた竜狩人が前方を指差している。


 その先にシリウスはいた。


 細い路地が交差する辻で立ち止まり、左に向かって吠えている。俺は急制動する足が地面を滑るのを感じながら、シリウスの背後にぴたりとついた。


「……ラドニア・クリソプルだな?」


 ああ、気づけば全身汗だくだ。俺は暑くて鬱陶しくてたまらない外套(がいとう)のフードを引き剥がし、息が整うのも待たずに言った。


 シリウスが低くうなる先には、行き止まりに追い詰められたひとりの女。


 いや、顔や体型が隠れているせいで本当に女かどうか定かではないものの、()()()を見るなり逃げ出したという事実がマントの下の正体を如実に物語っている。ゆえに俺は威嚇を続けるシリウスを軽く宥めると、行き止まりへ一歩踏み込んだ。


 何かを隠すように体を半分後ろへ向けたクリソプルが、途端に肩を震わせる。


「来ないで!」


 鋭く響き渡った声はやはり女のものだった。女にしては低音なフリーダと、五十七歳とは思えぬ初々しさを(たた)えたアリスター博士のちょうど中間みたいな声だ。


「あなた……黒髪人(ダークヘアー)ね?」


 声だけ聞いた印象では二十代か三十代か。ただし口調に荒っぽさや擦れた感じはない。闇医者なんて肩書きから勝手にフリーダ顔負けの男勝りな女を想像していたのだが、どうやら俺の予想ははずれたようだ。


 まあ、いつの間にか俺の脳ミソに宿った自動翻訳能力が、声から受ける印象にどの程度影響を及ぼしているのかという問題はあるものの──


「──シャーッ!!」


 ところが俺が、まずはクリソプルの警戒を解こうと口を開きかけたときだった。

 クリソプルの腕の中から突然、青白い何かが飛び出してきて俺たちに牙を剥く。

 四つ足をつき、羽毛に覆われた翼を広げて威嚇しているあれは……まさか、竜?

 いや、竜にしては(うろこ)がなく、全身にパウダーブルーの毛皮をまとっているが──


「なっ……羽毛竜(フェザー・ドラゴン)だと……!?」


 そのとき俺たちの眼前でうなる小さな生き物を見て、竜狩人がどよめいた。


 〝羽毛竜(フェザー・ドラゴン)〟──ってことはやっぱり竜なのか!


 (ドラゴン)と言えば恐竜に翼が生えたような姿のイキモノ、という印象が強すぎて、俺の目には羽毛竜が毛むくじゃらの小動物に見えた。


 が、言われてみれば頭には子ヤギみたいな小さな角が生えてるし、顔つきも竜に似ている。ペガサスに似た翼は先端にいくほど青みを増して、アオカケスの羽を思わせる美しいグラデーションを呈していた。


 しかし翼を持ってるってことは()()()()ってことだよな。

 そりゃ歴戦の竜狩人も及び腰になるわけだ。

 有翼類(ゆうよくるい)に属する竜の牙には毒がある。

 つまりあいつに噛まれれば、普通の人間はひとたまりもないわけだが──


「ブルー……!」


 瞬間、全身の毛を逆立てたチビ助を見つめて、クリソプルが悲鳴じみた声を上げた。ブルー。それがあの竜の名前か。奇しくも映画『ジュラシック・ワールド』に登場するヴェロキラプトルと同じ名前じゃないか。最高のネーミングだな。


 けど、竜についてはまだまだ無知な俺でも分かる。


 ブルーは明らかに様子がおかしい。


 少しでも体を大きく見せるべく突っ張った四肢は震えているし、ずっとクリソプルに抱かれていたはずなのに息が荒い。単に怯えているだけかとも思ったが、腹部がぽっこりと膨れているわりに、四肢や尾が異様に細いのも気にかかる。


 もともとそういう姿の生き物なのかどうか、俺には判別できないが──たぶんあれは体に何らかの異常を(きた)している。それでもブルーは小さな体をいっぱいに使って俺たちを威嚇し、一歩も退く素振りを見せなかった。ゆえに俺は確信する。


 恐らくはあの竜もまた、クリソプルを守ろうとしているのだと。


▼グリーンイグアナ

挿絵(By みてみん)


 中南米及び西インド諸島の熱帯雨林に生息する大型のトカゲ。

 全長90~130cm。水辺を好み、普段は樹上で生活していることが多い。体温が低いときの体色は黒っぽいが、日光浴によって体が温まると鮮やかな緑色となる。

 2021年現在はまだ絶滅の危険はないと考えられているが、地域によっては食料して狩猟対象となっており、個体数が減少している。

 日本国内では大森山動物園(秋田県秋田市)、上野動物園(東京都台東区)、神戸どうぶつ王国(兵庫県神戸市)などで飼育展示されている。 


参考・画像引用元:

https://pz-garden.stardust31.com/hacyuurui/tokage/iguana/green-iguana.html

https://cocreco.kodansha.co.jp/move/news/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E5%B9%B3%E5%9D%82%E5%AF%9B%E3%81%AE%20%E3%81%B3%E3%81%A3%E3%81%8F%E3%82%8A%EF%BC%81%20%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%82%E3%81%AE%E7%83%88%E4%BC%9D/series_list_1_41


▼ヴェロキラプトル

挿絵(By みてみん)


 白亜紀後期、ロシア、モンゴル、中国等のアジア地域に生息していたと推測される小型肉食恐竜。体長は1.5~2m。

 鳥の祖先である獣脚類の一種で、スティーヴン・スピルバーグ監督の大ヒット恐竜映画『ジュラシック・パーク』シリーズに登場したことで一躍有名となった。

 が、映画に登場するヴェロキラプトルは実はヴェロキラプトルではなく、白亜紀前期、北米大陸に生息していたデイノニクスをモデルとしたもの。

 これは『ジュラシック・パーク』制作当時、ヴェロキラプトルとデイノニクスは同一種であるとする学説が広まっていたためで、実際のヴェロキラプトルはデイノニクスよりもひと回り小さく、群で狩りを行っていたとする証拠も存在しない。なお「ブルー」という名前のヴェロキラプトルが登場するのはシリーズ4作目以降。


参考・画像引用元:

https://en.wikipedia.org/wiki/Velociraptor

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AD%E3%82%AD%E3%83%A9%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%AB


▼アオカケス

挿絵(By みてみん)


 北アメリカ大陸の中部~東部に生息するカラスの仲間。体長25~30cm。

 森林や農耕地などに生息し、市街地でもよく見かけられるため、アメリカなどでは日本におけるスズメやカラスのように身近な鳥。

 アオカケスを日本国内で展示している動物園は存在しないが、近縁種のカケスは旭山動物園(北海道旭川市)や上野動物園(東京都台東区)、いしかわ動物園(石川県能美市)で、ルリカケスは上野動物園(東京都台東区)と平川動物公園(鹿児島県鹿児島市)で見ることができる。


参考・画像引用元:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%82%B1%E3%82%B9

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