獣医を求めて(★)
俺の解釈が正しければ、竜術師とはすなわち科学者だ。
アゴログンドには〝源素〟と呼ばれる、すべてのモノの源となる物質が存在する。地球で元素とか原子とか呼ばれるものと、恐らく似て非なるものだ。
事前に受けたギゼルの説明によれば、源素には九つの属性がある。
火。水。風。木。地。金。光。闇。そして、無だ。
これらの源素のうち、五感で知覚できるすべてのものは無属性以外の八つの源素からできている。無属性の源素はいくつつなげても知覚不能だが、それ以外の源素はつなげて大きくすることで、見たり触れたりできるようになるらしい。
つまり火属性の源素が集まれば火がともり、水属性の源素が集まれば水滴になるといった具合だ。でもってアゴログンドには古くから、この源素を操って無から有を生み出す〝竜術〟なる技術が存在した。
「竜術とはその名のとおり、高位の竜が操る奇術のことだ。彼らは古の時代から竜術によって人類を脅かしてきた。風をまとって空を飛び、火を噴き、地割れや洪水さえも意のままに操る竜族に、人類は為す術なく蹂躙される他なかったのだ。しかしそんな状況を打破すべく立ち上がり、人の身でありながら竜術を使う方法を見つけ出した人々がいた。それこそが〝竜術師〟──竜術のタネを明かし、源素を発見した偉大な先人たちだ」
以来竜術師は人類の間にも竜術を広め、火や水や風を操って襲い来る竜族に対抗する術を与えた。同時に竜術を使って人々の暮らしをより豊かにすることはできないかと考え、竜族の脅威が薄れた今も様々な研究を続けているそうだ。
よって〝竜術〟という言葉には今やふたつの意味がある。竜族が操る魔法と、人間が竜術を応用するための科学。ゆえに竜術師とは魔法使いであり科学者なのだ。
竜術師の研究はとにかく多岐に渡る。
たとえば竜術のもととなる源素の性質を解き明かそうとする化学者や、源素が引き起こす様々な事象を数式によって証明しようとする数学者。
竜術を農業に活用する術を模索する農学者。
同じく竜術によって新たな技術や発明を生み出そうとする工学者などなど。
中でも俺たちがこれから会いに行くテリサ・アリスターは、生物学を専門にしている。アゴログンドでは彼女の研究分野を〝魔獣学〟と呼ぶらしく、魔獣とは人間と竜と植物以外の生物全般を指す言葉なのだそうだ。
より厳密には虫や魚も魔獣という言葉の定義からははずれるらしいが、魔獣学者はそれらも含めて研究の対象としている。彼らの研究目的はアゴログンドの生物の身体的構造や能力を調査し、様々な分野への応用を試みること。
こういう言い方をすると、一見竜術とは関わりの薄い学問のように思えるが、アゴログンド生物の生態には源素が大いに関わってくる。
たとえば俺がアゴログンドに来て初めて目にした魔獣ことバイコーンは、肉体を形作る源素の中でも、特に木属性と風属性の源素が大きな割合を占めるらしい。
ところがバイコーンとはもともと雑食性の凶暴な魔獣で、肉を食らうために自分より小さな生き物を襲うことがあった。頭部に生えた二本の角でときに獲物を突き殺し、鋭く発達した牙で肉を食らっていたというのだ。
……にわかには信じられない話だが、そうした雑食性のバイコーンは、源素組成──体を構成する源素の内訳──が火属性と風属性に偏っていた。
けれどもこのバイコーンを家畜化し、肉を与える量を減らして穀類や牧草を多く与えたところ、次第に凶暴性が薄れ、子孫の源素組成も変化したという。
これは植物性のエサを中心に与えるようになったことで、植物が多量に有する木属性の源素が体内で濃縮された結果だと考えられている。そして代を重ねるごとに食の嗜好性も変わり、バイコーンはやがて完全な草食動物となった。
「バイコーンは托娩する魔獣の中でも特に多淫で知られているしな。畜獣化されたことで、共に飼われる草食獣と交わるようになったことも組成変異が早まった一因だろう。野生のバイコーンは同じ雑食のシシュヴァーシュやベヒモスと交わることが多いというから……」
「……は? 牛や羊と交雑……? そんなことしても繁殖なんて不可能じゃ……」
「だからバイコーンは托娩類なのだ。同一種内でしか繁殖できない眷交類とは違って、異なる魔獣と交尾し子孫を産ませる。よってバイコーンにはオスしかいない。他にもペリュトンやカルコタウロイなどが托娩する魔獣として有名だが……」
「いや……いや、待て、そもそもだな? 仮に異世界では異種間交配が可能なんだとしても、たった数代で食性までまるきり変わるってのはおかしいだろ。普通生物の進化ってのは、数千年から数万年かかるものであって……」
「進化ではない、組成変異だ。まったく異なる生物へ変貌を遂げるわけではなく、源素組成が変わることで姿や生態に変化が表れることはさして珍しくもない。我々人間だって、地素を第一源素とする者が金素を多量に取り込めば、髪や目が金色になるなどの外見的変化が表れるだろう?」
「い、いえ……初耳ですけど……」
「……とにかくそういうわけで、家畜化されたバイコーンは草食となったのだ。これにより牙は退化し、体毛も赤褐色から深緑に変化した。生物の身体的構造や生態は、このように源素組成によって大きく変化することが明らかになっている。ゆえに源素が生物に与える影響を調査し、竜術を始めとする様々な分野への応用を考えるのが魔獣学だ。アリスター博士はその魔獣学の第一人者であらせられる。よって彼女の協力を得たくば、先のような無礼はくれぐれも慎むように」
──というギゼルの講義を経て、俺は現在、博士のいるバナトという町を目指している。バナトは帝都メアレストから東へ二六〇キロほど行った先にある山麓の町で、博士はそこから少し離れた山中に研究所を構えているらしかった。
だが二六〇キロと言えばバイコーンに乗って行ったとしても片道数日はかかる距離だ。飼育員時代、来園者向けの乗馬体験を開催するために俺も乗馬は多少囓ったものの、さすがに戦国武将のごとく何時間も馬の背に揺られるのは無理があった。
だからどんなに頑張っても早くて五日。つまり往復で十日もかかる計算になる。
しかし当然と言うべきか、奴隷の身分に過ぎない俺が何日も主人の下を離れることをフリーダが許すはずもなかった。
あいつは俺が皇宮を出た途端逃げ出すつもりなのではないかと疑っているのだ。
というわけで、
「──アアアアアアアアッ、落ちッ……落ちるッ! 落ちるって! なあギゼル! もうちょいゆっくり飛んで……!」
「馬鹿を言うな。これ以上速度を落とせば、フリーダ様にお約束した期日に間に合わん。だいたい命綱をつけているのだから、いかに馬術が拙かろうと簡単に落ちはしない。分かったらいちいち喚くな」
「ひぃぃぃ……! だっ、だったらせめてもう少し低空飛行とかできないのかよ!? なんでわざわざこんなに高く飛ぶんだよ!?」
「貴君には眼下のあの森が見えていないのか? 森の木々を避けて飛ぼうと思ったら高度を上げるしかないだろう」
「なら平地の上を飛べばいいだろ!? わざわざあんな馬鹿デカい木が生えまくってる森の上じゃなくて!」
「森を抜けた方が近道なのだ、つべこべ言うな」
と、先導するギゼルに冷たく吐き捨てられ、俺は今、前世で余命宣告を受けたときよりも遥かに強烈な生命の危機を感じていた。
何故ならここは空の上。より正確には天翔けるペガサスの上だからだ。
ペガサス。またの名をペガスス、ペーガソス、天馬ともいう。
登場するのは確か聖書だったかギリシャ神話だったか……とにかく地球では神話上の生物とされていた空飛ぶ白馬だ。馬のくせに天使の羽に似た一対の翼を持っていて、俺は現在、その背に乗せられた鞍の上で必死にペガサスの首を抱いていた。
すぐ後ろでは同じ鞍に跨がったイヴが俺にひっつき、吹きつける風圧に耐えている。檻から出したこの子をひとりでアルコル宮に残してくるわけにもいかなかったから、アリスター博士に引き合わせるという名目で連れてきたのだ。
にしても一体全体、どうして羽が生えただけの馬が空中を走れるというのか。
イヴの件にしろバイコーンの件にしろ、異種間同士でも子が生せるという時点で察してはいたものの、アゴログンドの物理法則はまったくもって滅茶苦茶だった。
少なくとも地球の物理法則では、いくら翼が生えたところで馬が空を飛ぶことは不可能だ。体重、食性、生物的形状。どれを取っても飛べる要素がない。
馬よりもデカいのに空を飛べた生き物と言えば、白亜紀末期の翼竜ケツァルコアトルスが思い浮かぶが、キリン並の体高を誇るあの生き物が飛べたのだって、最適化された翼と巨体からは想像もつかない軽さを進化の過程で手にしたためだった。
ケツァルコアトルスは体高五メートル、翼開長十メートル超という化け物でありながら、骨を空洞にして軽量化を図ることで飛行を可能としたのだ。
そんなケツァルコアトルスの体重は、なんと二〇〇キロ前後しかなかったと言われている。体高で並ぶキリンの体重は軽くても八〇〇キロ。
馬はキリンよりは軽いとは言え、競争馬の平均体重は五〇〇キロだ。
この時点でもはや飛べるわけがないことは火を見るよりも明らか。
それでもどうにか馬を馬のまま飛ばそうと思ったら、翼開長五〇メートル程度の巨大な翼が必要だろう……片翼だけでメスのシロナガスクジラに匹敵するサイズの翼など、重すぎて結局飛べない気もするが。
「ペガサスが何故飛べるのか……だと? そんなもの、風の魔獣だからに決まっているだろう。ペガサスの源素組成は五割が風素だと言われている。その風素を翼にまとわせ、風を操り飛んでいるのだ。もっとも飛行は源素消費が激しいため、飛んだあとは失われた風素の補充が必要だが……筋肉? 脂肪? 一体何の話をしているのだ、貴君は。とにかく飛べるものは飛べるのだ。つべこべ言わず私に続け」
と、まったく要領を得ない説明で無理矢理納得させられ、帝都メアレストを飛び立ってから早六時間。途中地上に降りて休憩なども挟んだものの、朝八時に出発して昼過ぎには目的地へ到着できたということは、俺たちは時速五〇~六〇キロで空を飛んできたということだろう。
おかげで長時間風に晒され続けた俺は既にふらふらだ。正直博士に会って話を聞くどころではない。叶うことなら倒れたい。しかしフリーダから下された外出期限は五日間。それを過ぎても戻らない場合は追っ手を放って必ず息の根を止めると脅されているから、少しでも情報を得るためには休んでいる暇などないのだった。
はあ……せめてアゴログンドの一日が四十八時間あったらな。
異世界に来ても結局一日は二十四時間だなんて、何だか損な気分じゃないか?
ま、二十四時間未満でないだけマシだと考えることもできるけどな……。
「──ごめんください、テリサ・アリスター博士。先日面会のお約束をさせていただきました、皇属竜狩猟団のギゼル・ブルグントと申します」
かくして俺たちが訪れたのは、これまた中世ヨーロッパの田舎町といった雰囲気の、古さびた町バナトを見下ろす山の中だった。
ここの山は母大樹の森と違って、ちゃんと草木が緑色をしている。
ギゼルの話によれば、アゴログンドの植物は木素を中心とする源素組成で成り立っており、木素が多ければ多いほど動植物は緑色の発色を見せるらしかった。
とすればやはりあの森が異様だっただけで、本来の自然のありようはアゴログンドでもやはりこうなのだ。けれどそれなら母大樹の森は、どうしてあんな奇天烈な色彩を呈していたのだろうか。木々のつける葉が軒並み赤かったということは、アゴログンドの法則に基づいて考えるなら木素よりも火素の影響を強く受ける森だった、ってことになるのかな……?
「アリスター博士? ……妙だな。応答がないぞ」
ところがその山の中腹に建つ一軒の洋館を前に、困り果てた様子のギゼルが眉をひそめていた。木造の外壁のあちこちを蔦が這い、瀟洒な壁面緑化が美しい──というよりは明らかに〝魔女の家〟と形容した方が適切なこの建物こそが、天才魔獣学者テリサ・アリスターの研究所……らしい。
「……おい、ギゼル。本当にここなのか? 実は場所を間違ってるとかじゃ?」
見るからにおどろおどろしい雰囲気の研究所にはまったく人の気配がなく、遠い昔に打ち捨てられた廃墟だと言われた方がまだ納得できた。すぐそこの木々からはギャアッ、ギャアッといかにもな鳥の鳴き声も聞こえたりするし、心なしかあたりは薄暗い。まだ日もかなり高いというのに、不気味すぎて寒気がするほどだ。
「いや、間違いない。文字が掠れて見えづらいが、表札にはちゃんと〝アリスター魔獣研究所〟と書いてある。我々が今日、この時間に訪ねることは事前に伝えてあるはずなのだが──」
「──きゃああああああああッ!?」
ところが刹那、訝しげな顔をしたギゼルの言葉を遮って女の悲鳴が響き渡った。
突然のことに驚きながらも、俺たちは何事かと顔を見合わせ、あたりに視線を走らせる。
「今の悲鳴は、まさか……アリスター博士!?」
「建物の裏から聞こえたぞ! 行ってみよう!」
あんな盛大な悲鳴が上がるということは、恐らく只事ではない。
俺は状況が飲み込めず目を白黒させているイヴの手を取ると、研究所の裏手を目指して一目散に駆け出した。今回の訪問には俺とイヴとギゼルの他、護衛兼監視役の竜狩人が二人ついてきているのだが、全員が俺の背中を追ってくる。
かくして俺たちが息せき切らせ、駆けつけた先には、
「あ、あ、あ……! ダメぇ! 待ってえぇ……!」
まず真っ先に見えたのは、柵。簡素な造りの木組みの柵だ。
その柵がいきなり、駆けつけた俺たちの眼前でぶち破られた。舞い上がる木片のシャワーを浴びながら飛び出してきたのは、一頭の巨大な──イノシシ?だ。
イノシシのわりには何かこう、オスのライオンに似た鬣が首の周りに生えていて、おまけに背中には棘が並んでいるように見えるが……。
しかし天に向かって牙を突き上げ、絶叫する声はまさにイノシシのそれ。
子どもが二~三人跨がれそうなデカさを誇るシロイノシシは、大声で鳴き喚きながら大地を疾駆し、俺たちの眼前を駆け抜けた。あたかも白き風のごとく。
でもって先陣を切った一頭に続いて、次から次へと同じ特徴を持つイノシシの群が柵の向こうから飛び出してくる。連中は呆気に取られる俺たちには見向きもせずに、猪突猛進という言葉の体現者として森へと……消えた。
「あ……あぁ……き……貴重な白毛期のヘンウェンがぁぁぁ……!」
破られた柵の向こうには力なく座り込み、天を仰いで泣き出したひとりの女。
俺は一体なんと言葉をかけたものか分からないまま、とりあえず自分の目を信じたくない一心で口を開いた。
「あ……えっと……アリスター、博士……?」
が、そんな俺の呼びかけを無視してわんわん泣いているのは。
ギゼルのものより淡い色調の茶髪をおさげにし、明らかにサイズの合っていない大きな丸眼鏡をかけた、十五、六歳くらいの少女だった。
▼ケツァルコアトルス
白亜紀末の大量絶滅期の直前の時代を生きていた翼竜。体高5m、翼開長12m。
現在知られている限り史上最大級の翼竜であり、同時に史上最大級の飛翔動物。
アステカ神話に登場する翼を持つ蛇神ケツァルコアトルにちなんで命名された。
ちなみにケツァルコアトルスやプテラノドンといった翼竜は、プレシオサウルスやモササウルスなどの海竜と同じく、恐竜と同じ時代に生きていた古代生物ではあるものの恐竜ではない。
参考・画像引用元:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%84%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%82%A2%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%B9
https://www.youtube.com/watch?v=ec8Lk-UTAu8




