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ドラゴン・パークをつくろう!  作者: 伊栄寿 大好
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竜の墓場(★)


 ──そう期待していただけに、いざ竜の園(ドラゴンメナジェリー)を前にして俺が受けた衝撃は、筆舌に尽くし難かった。


「……なんだこれ」


 立ち竦んだまま、自分の口から零れた正直な感想を他人事のように聞く。


 〝個人動物園(メナジェリー)〟? いいや、こいつはそんなかわいいもんじゃない。


 ここは牢獄だ。あるいは竜の墓場と言い換えてもいいだろう。


「言っただろう、人の手が足りていないと」


 俺のその呟きを果たしてどう解釈したのか。


 広間での謁見を終え、俺とフリーダを従えたメアレスト皇帝ことフーヴェルオ三世は、さも当然と言いたげな顔つきで淡々と答えた。


「おかげで檻内(かんない)の清掃やエサやりもままならん。結果このありさまだ。何人奴隷を買って世話役に()てても、すぐに噛まれたり食われたりで話にならない。ゆえに探していたのだ。せめて竜毒(ドラコヴェノム)だけでも無効化できる人材はいないかとな」


 俺は〝竜の園〟と呼ばれる小さな宮殿の廊下をふらふらと歩く。


 その廊下の左右には鉄格子の下りた檻がずらりと並んでいて、中には見たことも聞いたこともないような生き物が入れられていた。……あれが竜?


 森で見かけた白竜とは似ても似つかぬ姿のものばかりだが、例えばひと口に〝恐竜〟と言っても様々な見た目のものがいるように、竜と呼ばれる生き物にも多様な種の違いがあるらしかった。試しにひとつの檻の前まで行き中を覗き込んでみる。


 が、そこでは羽毛恐竜に似た小さな生き物が身を横たえ、ぴくりとも動かない。


 隣の檻も。さらに奥の檻も。中にいるのは傷つき、弱り、怯えきった竜らしき生き物ばかり。おまけに屋内を満たすこのすさまじい異臭は、まったく清掃されていない檻内の環境だけが理由じゃない。


 これは死臭だ。鉄格子の向こうでは、とっくの昔に息絶えたと(おぼ)しい竜の亡骸まで放置されている。肉が腐り、(うじ)が湧き、骨まで見える状態で。


「リュージ。そなたには今日からここで、世話役となっている奴隷どもを束ねてもらう。やつらを使って一匹でも多く竜を保護する手立てを講じよ。捕らえた端から次々と死なれては、皇家の顔が立たんのでな。私の掲げる竜と人類の共存は可能だと、()()()()()()世が来るよう励め。それが叶えられた(あかつき)には、そなたを自由にすると約束しよう」


 離宮のエントランスと廊下を隔てる扉を潜ろうともしないで、フーヴェルオは平然とそんなことを言う。瞬間、俺の中の何かが音を立てて切れた。


 ゆえに俺は声もなくフーヴェルオを振り返り、氷でできているのかと思うほど冷たい鉄格子を握り締めたまま、告げる。


「……〝共存〟? これのどこが〝共存〟だって?」


 たとえ一瞬でも、この世界の人間に期待した俺が馬鹿だった。


 ああ、そうだ。こいつらが竜と人間の共存を(うた)いながら、凶器を()(かざ)して竜を()()()()としている時点で気づくべきだったんだ。


 こいつらが軽々しく口にする〝共存〟という言葉の概念は、俺の知るそれとは違うと。傷だらけのまま糞尿にまみれ、震えている竜の姿など見なくとも。


「おい、あんた。どうやら俺とあんたの間には、マリアナ海溝よりも深い認識の隔たりがあるようだから言っておく。あんたが今、頭に思い浮かべてるそいつは竜と人が共存する未来じゃない。()()()()()()()()()()だ」

「……! おい、リュージ! 貴様、陛下に向かって何という口を……!」

「森で感じた違和感の正体がようやく分かった。あんた、本気で竜と共存しようなんて考えてねえだろ? じゃなきゃ皇属竜狩猟団インペリアル・ニムロダムなんてご立派な名前はとっくにドブに捨ててるはずだし、竜の捕獲方法にしたって、もっと安全で確実なやり方を考えるだろうしな」

「リュージ! 分を(わきま)えろ!」


 フーヴェルオの背後に控えたフリーダが、血相を変えて何事か喚いていた。

 けれどそんなことはどうでもいい。

 今、俺を支配しているのはアゴログンド人に対するマグマのような怒りと。

 俺がまだ二十代の若造だった頃に遭遇した、忌まわしい事件の記憶だ。


「……おい。なんか臭わないか?」


 あれは俺が九木山(くぎやま)動物園に配属されて、まだ三年と経たない頃のこと。

 当時俺はベテランの先輩飼育員に連れられて、某県の里山を調査していた。

 調査目的は、害獣化したアライグマが山に及ぼす影響の把握。


 日本では一九七〇年頃から、外来種であるアライグマの野生化が問題視されており、駆け出しの飼育員だった俺は捕獲されたアライグマの引き取りついでに、特定外来生物問題を現地で学んでこいと園長から仰せつかったのだった。


 アライグマは世界名作劇場でおなじみの『あらいぐまラスカル』をきっかけに、人気に火がつき北米から大量輸入された雑食性の哺乳類(ほにゅうるい)だ。


 愛くるしいラスカルに魅了された当時の日本人は、自分もスターリングの気分を味わおうとこぞってアライグマを飼い始め、しかしアニメとはまったく異なるその凶暴性に手を焼いて、飼育不可能になった個体を無責任に放り出した。


 結果、野生化し繁殖したアライグマは日本の在来生物や植物を食い荒らし、果ては人が育てた農作物にまで害を及ぼすようになったわけだ。


 日本の山野にはアライグマの天敵となる生き物がいないから、個体数は増え続け農家への被害は増すばかり。


 おまけに稀少な固有在来種であるニホンザリガニやエゾサンショウウオなどもやつらに食われて数を減らし、生態系にも深刻な影響を与えていた。


 そうなると当然ながら、かつての愛玩(あいがん)動物も害獣と見なされ駆除される。


 人間の勝手で異国の地に連れてこられ、野に放たれたアライグマたちが、これまた人間の勝手で次々と殺されていくわけだ。


 俺はそんな現実の無情さにやるせなさを感じつつも、人々が同じ過ちを繰り返すことのないよう啓蒙する立場の人間として里山へ分け入った。


 当時、九木山動物園では害獣指定された動物を引き取り飼育することで、それらが本来殺処分のために捕らえられた生き物である事実を示し、外来生物問題や生物多様性の大切さを来園者に知ってもらう取り組みを進めていたのだ。


 ところがアライグマの痕跡を求めて里山を徘徊(はいかい)していると、あるとき先輩が怪訝(けげん)な顔をして足を止め、きょろきょろとあたりを見渡し始めた。


 理由は異臭。いや、より正確には生き物の死骸が放つ死臭だ。


 その正体にいち早く気がついた俺たちは、付近に何らかの動物の死骸があるに違いないと確信し、原因を探し始めた。アライグマはザリガニやカエルといった水生生物以外にも、ノネズミなどの小型哺乳類を補食することがあるため、調べれば何か手がかりが掴めるかもしれないと考えたのだ。


 ところが臭いを辿(たど)っていくと、現れたのは廃墟の山荘。


 肝試しの舞台にはうってつけの、小さな宿泊施設の跡地だった。


 既に人が去って久しいことを裏づける、(つた)だらけの外壁にあちこち割れた窓ガラス。もしあそこに辿り着いたのが日没後だったなら、俺はたとえ先輩の命令であっても断固拒否して逃げ出していたことだろう。


 けれども幸い、俺たちが廃墟を発見したのは真昼のこと。しかも耳を澄ませばどういうわけか、建物の中から犬の声らしきものが微かに聞こえる。


 ゆえに俺と先輩は顔を見合わせ、思い切って廃墟の内部へ踏み込んだ。


 そして悲鳴を上げ、現実を呪い、嘔吐(おうと)した。


 何故ならそこではケージに入れられたままの何十頭という犬たちが、糞尿にまみれ、痩せ衰え、あるいは腐り果てていたから。


「破産して夜逃げした地元のペットブリーダーがな。売れ残った()()の扱いに困って、あの廃墟に運び込んだんだろうって話だ。全部で四十八頭。うち、生き残った何頭かは里親が見つかって引き取られたそうだが……次の飼い主は、ペットが死ぬまで責任を持ってくれる善人だといいな。まったく……動物園の園長なんぞやってると、人間以外の生き物の命がいかに軽いか思い知るばかりで、辟易(へきえき)するよ」


 園長の口から現地警察の捜査結果を聞いたのは、九木山へ戻ってひと月が過ぎた頃のこと。事件を起こした元ブリーダーは特定されたものの行方が分からず、結局犯人は捕まらなかった。動物を取り巻く現実なんてそんなものだ。


 特に日本は二十一世紀に入ってもまだ動物は()()であると法で定義され、一九七〇年代には既に動物愛護のための法整備が始まっていた西欧諸国と比べると、笑えるほど時代に取り残されていた。


 けれど、だからこそ。だからこそだ。


 あの事件は間違いなく、俺の第二の原点になった。


 日本で飼育員となった俺の使命。それはいつかこの国が、世界に誇れる動物大国となれるよう人生を捧げることだ、と。


 何しろ日本は世界でも、異様な数の動物園や水族館を保有することで知られている。たとえばアメリカ()動物園水()族館協会()に加盟しているアメリカの動物園及び水族館の数が二一七であるのに対し、日本()動物園()水族館()協会()の加盟園館は一四三。


 国の面積を基準に考えれば、アメリカの動物園はおよそ四五〇〇〇㎡にひとつという割合なのに対し、日本は二六〇〇㎡にひとつということになる。


 つまり日本の動物園密度はアメリカの十七倍。


 ちなみに二六〇〇㎡と言えば、だいたい神奈川県と同じくらいの面積だ。


 とすると神奈川県内に十七もの動物園がある状態──東京でさえ十四園館しかないというのに──を想像してもらえれば、日本がいかに動物園まみれの国かということが分かるだろう。だというのにいつまでも動物福祉後進国と後ろ指をさされ、(わら)われてはいられない。俺は前世での五十六年間をそのためだけに生き抜いた。


 ゆえに今、この惨状を前にしてなお取り澄ましている若造に、どうしても言っておかなきゃならないことがある。


「いいか、お偉い皇帝陛下殿。あんたが何のために動物愛護の真似事なんざ始めたのかは知らねえが、少なくとも今、あんたがやってる()()は共存とはほど遠い。本物の共存ってのはな、お互いがお互いの命に敬意を持って初めて成立するもんだ! その意味が分かんねえなら、あんたも一遍クソまみれの狭い檻に閉じ込められて過ごしてみろ! もちろん水も食い物も持ち込みなしでな!」

「……ッ! リュージ、貴様ァッ……!」


 正面からびしりとフーヴェルオを指さし、俺がそう怒鳴り散らすのと、鬼の形相をしたフリーダが肩を怒らせたのが同時だった。かと思えばフリーダは、フーヴェルオの護衛としてついてきた鎧姿の兵士から突如得物をひったくる。


 どうやら俺の無礼千万な振る舞いに、堪忍袋の緒が切れたようだ。


「陛下に向かって何たる無礼……貴様のような()(もの)に、わずかでも情けをかけた私が愚かだった……! かくなる上は今ここで、素っ首叩き落としてくれる!」

「ハッ、奇遇だな、フリーダ。俺もここの現状を見て気が変わったところだ。おまえらに竜を保護するつもりがねえんなら、俺が協力する筋合いもねえ! 俺がこいつらの飼育を引き受けると言ったのは、おまえらが──」


 と激情に我を忘れて、俺も啖呵(たんか)を切り返そうとした、そのときだった。


 突然ぐいっと上着を引かれ、首が締まる。もちろん前からではなく背後から。


 何事かと思ったときには既に体がバランスを崩し、後ろに向かってたたらを踏んだ。ついでに「ぐえっ……!?」と間抜けな声が漏れ、それが今にも剣を振り上げようとしていたフリーダの意表をも()いたようだ。


「おっ……おい、何だ、いきなり──!?」


 怒りのあまり記憶が吹っ飛んだわけでないのなら、竜の檻が並ぶ廊下には、俺以外の人間はいないはずだった。ならば一体誰が引っ張っているのかと困惑しながら体を(ひね)る。そして俺は絶句した。


 何故ならそこにいたのは鉄格子の狭間から手を伸ばし、俺を見つめて泣いている異形の少女だったから。


▼アライグマ

挿絵(By みてみん)


 北米~中米を原産とする雑食性の哺乳類。体長41.5~60cm。日本では特定外来生物(外来生物のうち、特に人間の健康や在来種の生態系などに害を及ぼす生物のこと)に指定されており、発見時は通報・駆除対処することが求められている。

 ちなみによくタヌキと間違われるがアライグマの尻尾は縞模様(しまもよう)があるのに対し、タヌキの尻尾は短く模様もない。またアライグマが外来生物なのに対し、タヌキは近年日本の固有種である可能性も示唆されている。

 日本国内では円山動物園(北海道札幌市)、八木山動物公園(宮城県仙台市)、宇都宮動物園(栃木県宇都宮市)、神戸どうぶつ王国(兵庫県神戸市)、徳山動物園(山口県周南市)、平川動物公園(鹿児島県鹿児島市)など、多くの動物園で飼育展示されている比較的身近な動物である。


参考・画像引用元:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B0%E3%83%9E

https://biome.co.jp/biome_blog_010/

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