ドラゴン・パーク計画、始動!(★)
「うわあ……」
と、姿見の前に立った途端、思わずドン引きした声が漏れた。とりあえず渡されたものを着る以外の選択肢がなかったから着てみたが、我ながらこれはない。
絹やら何やら、とにかく高そうな生地がふんだんに使われた衣装だということは理解できるものの、現在鏡の中に佇んでいる自分はただの痛いコスプレ親父だ。
皇属竜狩猟団団長ことフリーダ・ゴンデシャルの屋敷に招かれ、入浴を済ませたあとのこと。俺が湯船に浸かって慣れない旅の疲れを癒やし、気が済んだところで脱衣所へ出ると、そこには先代ゴンデシャル侯爵──つまりフリーダの父親──が生前着用していたという貴族服が置かれていた。
衣装の内訳としては、肌着と薄手の立ち襟シャツ。
その上に錦織りのド派手なベストを着て、さらに柳色のロングコート的なものを羽織っている。が、コートにもまた金色の糸でところどころアラベスクっぽい模様の刺繍が入っていたりして、とにかく見た目がケバケバしい。
おまけに下はピッチリとした白ズボンに、これまた派手な刺繍入りのブーツ。
たぶん、品のよさそうな顔立ちをしたハリウッド俳優なんかが着ればしっくりくるのだろうが、中肉中背の日本男児が身にまとうとこんなにも似合わないものなのかと口角が引き攣った。果たして俺は一体何の罰ゲームをさせられてるんだ?
せめてこの絶望感と羞恥心が少しでもやわらぐようにと、もうちょっと地味な服はないのか尋ねたら、ゴンデシャル家の執事は至極真面目な顔つきで「畏れながら先代のお召し物の中で最も地味なものがそちらです」とか即答しやがるし。
「来たか、リュージ。ふむ……ずいぶん地味な装いだが、まあ、貴族でもない貴様にはその程度がお似合いか。そちらも準備は済んだようだから、早速出発するぞ。セント・ソフィア宮殿にて陛下がお待ちだ」
ほどなく恥辱に打ち震えながらの軽食を終え、再び屋敷の玄関ホールへ案内されると、そこには同じく着替えを済ませたフリーダの姿があった。
俺は開口一番「いやこれのどこが地味なんだよ」と全力で突っ込みたかったが、しかしフリーダの装いを目の当たりにして、何も言えなくなってしまう。
何故なら真っ赤な上着に真っ赤な靴を履き、さらに白い鳥の羽根で飾られた帽子を被ったフリーダの格好は、控えめに言って俺の衣装より数段派手だった。
しかもそれがちゃんとさまになっているのが憎々しい。波打つ金髪をきりりと結い上げたフリーダは、猟師の格好をしていたときの印象から一転、ファンタジー映画か何かに女騎士として登場しても何ら違和感のないものへと早変わりしていた。
ただ胸がデカすぎて、上着のボタンが今にもはち切れそうになってるのだけが気になるが……俺の借りた衣装がダボダボなのを見るに、こいつの諸々のデカさはたぶん、父親譲りなんだろうな。
「うわ、またこの馬か……」
かくして屋敷を出た俺を待ち受けていたのは、奇妙な生き物の後ろにつながれた一台の馬車だった。フリーダたちが〝馬〟と呼ぶその生き物は、どこからどう見ても地球の馬とは別の生物だ。実を言うと母大樹の森から帝都までの道のりもこいつに跨がってきたのだが、より正確には〝バイコーン〟と呼ばれる生き物らしい。
確かに骨格や大きさは地球の馬にそっくりだ。が、体毛はまさかのクロコダイルグリーン。おまけに頭部には後ろに向かって湾曲した二本の角が生えていて、鬣や尻尾は青空を限りなく薄めたような色をしていた。
角の形状は、地球の生き物で譬えるならばローンアンテロープに似ている。
だから最初はかなり大型のレイヨウかと思ったのだが、蹄を見てみると割れ目はなく、まぎれもない奇蹄類であることが判明した。
つまりウシ科の偶蹄類であるレイヨウでは有り得ない。
口の中を覗き込めば上顎にも歯があるし、耳も頭の上に垂直に立っているから、どちらかと言えばやはり馬に近い生き物なのだろう。
毛足が短いことに目を瞑れば、かの有名なアニメ映画『もののけ姫』に登場するヤックルに似ていると言えなくもない。が、ヤックルは左右水平についた耳に偶蹄という特徴を持ちながら、実は上下の顎に歯を持つ馬とレイヨウの合成獣だ。
一方、バイコーンと呼ばれるアゴログンドの馬は、角を持つ以外の特徴はすべて地球の馬と合致している。角を持つ奇蹄類なんて地球にはサイしか存在しなかったから、何度見ても奇妙な印象しか受けないが。
「見えてきたぞ。あれがセント・ソフィア宮殿だ」
その馬車にフリーダと俺、そしてフリーダの側近だという若い竜狩人の三人で乗り込み、待つことおよそ三十分。ついに宮殿の偉容が拝めると聞き、窓に額を寄せてみると、そこには想像を絶するデカさの建物があった。
デカいと言っても高層ビルのようなデカさではなく、横にデカい。
荘厳な装飾が目を引く左右対称の建物は、フランスのヴェルサイユ宮殿も顔負けの美しさだった。というか俺たちを乗せた馬車が走っているのも、よくよく見れば道ではなく宮殿の庭園のど真ん中。つまり前庭だけを取っても、馬車で突っ切るのに三十分近い時間を要する広さだということだ。
なんというか……ますますとんでもないことになってきた。
ここに来てようやくことの重大さを悟り、青ざめていく俺の視線の先で、塔の天辺に掲げられた紺地の旗が揺れていた。十の星が描く円の真ん中に、祈る少女の横顔が象られた船首を戴く帆船の紋章。広げられた帆布は星条旗を思わせる赤と白のボーダーで塗られている。恐らくはあれがメアレスト帝国の国旗なのだろう。
「皇属竜狩猟団団長、フリーダ・ゴンデシャル侯爵のご到着です」
やばい。やばいぞ。なんか猛烈に胃が痛くなってきた。叶うことなら今すぐにでも逃げ出したい──なんて思っている間にも、あれよあれよとことは運び。
気づけば俺は謁見の順番を待つ控え室に通され、そこから十分と待つことなく広間へ招き入れられた。それこそファンタジー映画に登場しそうな鎧姿の衛兵が声を張り上げ、国旗と同じ少女の横顔が彫り込まれた大扉が開いてゆく。
「帝国を導く天極の星、フーヴェルオ三世陛下に謹んでご挨拶申し上げます」
扉の先に伸びるのは、本物のセレブしか歩くことを許されなさそうなレッドカーペット。距離にして十メートルほども伸びたその赤い道の先には数段高いお立ち台のような場所があり、最上段に置かれた金縁の椅子の上に、ひとりの男が腰を下ろしているのが見えた。
あれがメアレスト帝国の国主、フーヴェルオ・ブリッグズ・メアレスト三世。
気怠げに玉座に頬杖をつき、跪いた俺たちを見下ろす皇帝の若さに、俺は図らずも絶句した。転生して二十歳くらいの肉体に戻った俺よりは年上だろうが、しかし予想よりめちゃくちゃ若い。たぶん三十には届いてないんじゃなかろうか。
一国の皇帝と言うからには、威厳たっぷりのヒゲを生やしたダンディなオッサンと対面するものだとばかり思っていたのに。
フリーダが恭しく頭を下げた先に座る男は火をともしたような赤い髪に、どこか爬虫類を思わせる金色の眼をした、ジュード・ロウ顔負けのイケメンだった。
「よくぞ戻った、ゴンデシャル侯爵。報告は既に聞いているぞ」
おまけに声まで人気声優にアテレコされたようなイケボときてやがる。
何なんだこいつは。アゴログンドが生んだ完璧超人か?
地位もあり、権力もあり、富もあり顔がよく声までいいとか、もはや羨ましいを通り越して乾いた笑いが込み上げてくる。おまけにフリーダの話が事実なら、先帝の過ちを償うために方々手を尽くしている賢君ということになるし。
「そちらにいるのが報告にあった罪人か?」
……が、〝賢君〟と形容するにはいささかその態度が気にかかる。
玉座の上で退屈そうな目をした若き皇帝は、フリーダの隣で膝をついた俺に見下すような一瞥をくれた。喋り方にも何となく張りがないし、さっさと部屋に戻って昼寝がしたいとでも言いたげな言葉つきだ。
童話に出てくる〝お城の舞踏会〟が開けそうなくらい広々とした広間にはフリーダや側近の竜狩人以外にも、家来と思しい連中が集まっているというのに。
「はっ、ご賢察にございます。この者、名をヤマタ・リュージと申し、禁足地である母大樹の森にて、皇領侵犯の咎人として身柄を拘束致しました。が、先の報告でも申述致しましたとおり、この者は森に姿を現した有翼類の幼体に噛まれながらも身体に異常なく、もしや竜毒に抗体を持つ竜使いの末裔ではと愚考し御前へお連れした次第にございます。ただし本人は母大樹の森で目覚める以前の記憶がないと申しており、正確な素性については追って調査が必要かと存じます」
俺がそんな皇帝の様子に眉をひそめている間にも、隣ではフリーダが、いかにも家来らしい畏まった口調でこれまでの経緯を説明していた。すると報告を聞いた他の家来たちからすかさずどよめきが上がっている。あの反応を見る限り、やはりハネつきに噛まれて何ともない人間というのは、ここでは珍獣扱いのようだ。
が、事前に詳しい報告を受けていたらしい皇帝だけは眉ひとつ動かさず、なおも傲然と俺を見下ろすと、やがて金眼を細めながら、ふん、と小さく鼻を鳴らした。
「なるほど。黒髪黒眼に黄色の強い肌……どうやら一風変わった源素組成を持つ男のようだ。だがかつて大陸に呪いを振りまいた黒髪人どもも、竜毒を無効化する力は持たなかったという。であればそなたの言うとおり、竜使いの血を継ぐ者である可能性は否定できんな」
「はっ。なればこそ、この者の血が陛下の悲願成就に貢献するのではと愚案し、ここに竜の園の管理を任せてみてはどうかと進言するものにございます」
……エレメンツ? ドラゴンメナジェリー? またしてもわけの分からない単語が出てきたなと俺が混乱していると、周囲の家来たちが再びどよめき出した。
耳を澄ませば聞こえてくるのは「馬鹿な、黒の会の残党かもしれん男を……」とか「しかし竜術さえ封じてしまえば……」とかいうヒソヒソ話だ。
うん。やっぱり何を言ってんのかひとつも分からん。
けれども俺の脳内本棚に収められているうすっぺらい英単語帳を繙いたとき、唯一発見できたのが〝メナジェリー〟という単語だった。
メナジェリーとはかつてヨーロッパの王侯貴族が、世界中から集めた珍しい動物を飼育していた見世物小屋。そこに集められた動物たちは、持ち主の富や権力を示すためのコレクションでしかなかったが、十八世紀のオーストリアで創られたメナジェリーが、のちに一般公開されたことが動物園の起源だと言われていた。
ということはたった今フリーダが口にした〝竜の園〟とは、ひょっとして読んで字のごとく、竜を展示するメナジェリーってことか?
それはつまり、皇帝の手により私設された竜専門の個人動物園。俺の解釈が正しければ、フリーダはその〝竜の園〟の管理を俺に任せてみてはどうかと提案した。
……おい、マジか。
ってことはもしかして、俺、異世界でも飼育員になれちゃったりする──!?
「しかし、侯爵。いかに陛下が先帝のご政道を正されたとは言え、竜使いの一族が黒の会同様、帝国に反旗を翻した逆賊であることをお忘れではございませんか。何よりその者が記憶を喪失しているという話も、どこまで信用できたものか……」
「ご懸念はごもっともです、宰相閣下。なれどこの者が虚言を弄し、我々を謀ろうとしているならば、目論見が露見した時点で斬り捨てればよいだけのこと。もとより皇領侵犯の罪を犯し、狩猟団の勅命遂行をも妨害した咎人です。どのみち裁きを受ける身と思えば、使い捨ての駒として試用してみるのも一興かと」
──と興奮したのも束の間、俺はフリーダが吐き捨てたひと言で現実に引き戻された。〝使い捨ての駒〟っておまえ……人のことをそんな風に思ってたのかよ!?
いや、思えばこいつは最初から猥褻物を陳列した罪で俺を殺そうとしていたような気もするが、だからってそりゃないだろ!? 人の命を何だと思ってんだ!?
と、全力で抗議したい衝動を、俺はぷるぷる震えながらどうにかこうにか嚥下した。何しろここでは罪人の発言権などないに等しい。
だから余計なことは言わず、黙ってなりゆきを見守るが吉だと、日本人としての忖度力がそう囁くのだ。こと皇帝の御前ともなれば、失言ひとつで首が飛ぶ可能性だってあるわけだしな……もちろん物理的な意味で。
「諸卿の言い分は分かった」
ゆえに俺が黙って屈辱に耐えていると、侃々諤々の議論を静聴していた皇帝が、ついに頬杖を解いて顔を上げた。
途端に一同ははっと口を噤み、緊張した面持ちで玉座の上の皇帝を見やる。なるほど、これが世に聞く〝鶴のひと声〟ってやつか。どうやらフーヴェルオ三世は若いながらも絶対的な主君として君臨し、家来を完璧にしつけているようだった。
「ときに、罪人。名をリュージと言ったか。ゴンデシャル侯爵はかように申しているが、そなたは我が下僕となって、私の竜の世話をするつもりはあるか?」
「へ……陛下の竜、ですか?」
「いかにも。侯爵からも既に説明があったと思うが、私は滅亡しかけている竜族の保護を目的に竜の園と呼ばれる離宮で竜を飼っている。なれど竜は人になつかず、おしなべて凶暴ゆえに、世話人が次々と命を落としていてな。おかげで人材も枯渇し、メナジェリーの管理に難儀している。ゆえにあれらの世話を引き受け、竜の飼育にひと役買うと言うのなら、そなたの衣食住についてはメアレスト皇家が保障しよう。どうだ。この話、受ける気はあるか?」
さっきまでは反対意見も散々飛び交っていたというのに、皇帝がフリーダの提案を改めて俺に持ちかけると、広間はしんと静まり返った。
やっぱり皇帝の言うことには誰も逆らえないってか。
そしてそれは、帝国の家来でも何でもない俺だって同じだ。どのみち俺に選択権なんてないことは、さっきのフリーダの発言が物語っていた。ここで皇帝の恩情を拒めば、俺は皇領侵犯及びその他諸々の罪で裁かれ、殺されるのだろう。
だが一見脅されているようにしか見えないこの状況が、俺にとっては渡りに船だということをこいつらは知らない。皇帝の下僕になって竜の飼育を担当しろって?
そんなのふたつ返事で受けるに決まってる!
話を聞く限り、竜の飼育に関しては課題が山積みのようではあるものの、そこをうまく乗り切れば最終的には繁殖だって望めるかもしれない。人工繁殖に成功すれば、絶滅の危機にある竜の個体数を増やし、野に放すことだってできるはずだ。
そうすれば前世でジュンコと交わした約束が守れる。何より、来世でもまた飼育員をやるという俺の野望だって叶う。そう思ったら俄然闘志が湧いてきた。
いいぜ。やってやろうじゃねえか。そしていつか俺の手で、今は個人動物園でしかない竜の園を、人と竜の共存を叶える足がかりにしてみせる。
ジュラシック・パークならぬ〝ドラゴン・パーク〟として!
「分かりました、陛下。俺でよければその話、受けます」
そうと決まれば、もう何も迷う必要はなかった。俺は玉座の上の若き皇帝をまっすぐ見つめ、きっぱりとそう宣言する。広間に再びどよめきが起こった。
が、隣にいるフリーダだけは、何も言わずに俺を見ている。まるで最初からこうなることは分かっていたとでも言いたげに、満足げな笑みを浮かべて。
「いいだろう。では本日をもって、そなたを竜の園の管理責任者に任ずる」
皇帝のそのひと言が決定打だった。先刻、真っ先に異を唱えた白髪の男──確か宰相閣下とか呼ばれていた──が何か言いたげに口を開きかけたが、皇帝に鋭い一瞥を投げかけられるや否や畏縮したように引き下がっている。宰相の方が皇帝よりもずいぶん年上に見えるのに、やはりここでは皇帝の決定が絶対のようだ。
「ゴンデシャル侯爵」
「はっ」
「そなたの人選を信じるぞ。早速其奴に竜の園を見せてやろう。連れて参れ」
「御意に」
レッドカーペットに片膝をついたままのフリーダが一段低く頭を下げて、俺もそれに従った。これで俺も今日から皇帝の家来ってわけだ。アゴログンドの礼儀作法はまだサッパリだが、社会人として相応の誠意は見せておいた方がいいだろう。
ほどなく皇帝が席を立ち、玉座の真後ろに飾られた赤い幕の向こうへ消えた。
ああ、くそ。年甲斐もなくわくわくしてきたぜ。
ここからいよいよ、第二の飼育員人生が始まる──!
▼ローンアンテロープ
サハラ砂漠以南のアフリカに生息する大型のレイヨウ。体長1.9〜2.1m。
レイヨウの中ではヤックルのモデルになったエランドに次いで体が大きい。
現在のところ絶滅危惧種には指定されていないが、分布域の大部分から姿を消していると言われていて、一部の生息地では既に絶滅しているとされている。
日本国内ではアドベンチャーワールド(和歌山県白浜町)、姫路セントラルパーク(兵庫県姫路市)、九州自然動物公園(大分県宇佐市)にて飼育展示中。
参考・画像引用元:
https://pz-garden.stardust31.com/guutei-moku/usi-ka/roan-antelope.html




