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『元日の地味な没個性とその周辺』(14)






 ひょんなことから許婚のみなさんとキスすることになった室井くん。


 許婚なんだからキスぐらい不自然じゃないと思いつつも、よくよく考えるといろいろおかしな経緯を辿った結果である。


 あ~、はいはい。羨ましい。羨ましい。(←超棒読み)


 そんなわけで、まずは藤原さんと人目に付かないところにいった室井くんは、積もる話もあるだろうし、しばらくは帰ってこないだろう。


 雛森さんは露骨にワクワクしてるし、白鳳院さんのなんとなくレベルで読み取れるようになった微表情から察するに、以下同文。


 若いっていいですね~。(←わりと棒読み)


「室井くんも大変だねぇ……」


 僕はテーブルを移動して、ちょっとわざとらしいくらい難しい顔でなにやら話し込んでいる滝沢くんと日下部くんに話しかけた。


「羨ましいと遠い目をしながら呟いておけば、関わり合いにならなくて済む」


 高価(タカ)そうな銀縁眼鏡をかけた貴族風の顔立ちをしたクラスメート――滝沢くんが、素っ気なく言う。


 モデルのようにスラリとしている中肉中背で長身という恵まれた体躯の持ち主。


 つーか、今の格好と椅子に座っている姿は、普通に雑誌の表紙を飾ってもいいレベルで完成されている。


 ここまでイケメンだと嫉妬云々以前に、感心しちゃう。


 おまけに、天城財閥麾下十二企業の一角である『滝沢グループ』を束ねる一族の直系の血筋という申し分のない家柄。


 頭脳も明晰で、運動神経も優れている。


 あと、白石くんたちの幼なじみで、氷上さんとは許婚だったりする。


 天から様々なギフトを与えられた勝ち組の輝ける象徴みたいな感じなんだけど、最近はいろいろと実家絡みで大変らしい。よく知らないけど。


「いや、まぁ、そうなんだけどね」


 なんとなく、放っておけないというかなんというか。


 ……まあ、今回の発端を作っちゃったのは、僕なんだけどね。


 お詫びはしようと思ってます。


 結果だけを見たら、する必要があるのかどうかは甚だ疑問だけども。


「痴情の(もつ)れに深入りするとロクなことにはならない」


 日下部くんはグラスに注がれた琥珀色の液体――烏龍茶♡――に口を付けながら、しみじみと呟く。


 彼は『神の手(ゴツド・ハンド)』という二つ名を持つ医者である。


 幼い頃から天賦の才を発揮したという正真正銘の天才。


 央都を本拠地とする大規模な医療法人を経営している日下部家の四男。


 医者にあるまじき長い髪に、怜悧な瞳の持ち主。常に白衣を着込んでおり、どこからともなくメスを取り出したりもするけれど、基本的には理性的。怪我人には博愛の精神で治療にあたる名前の通り〝仁〟の心に溢れた人物だ。


 今日も今日とて、高価なスーツの上に白衣を着て、なんかいろいろと台無しにしている。


「あれは痴情の縺れと言ってもいいのかなぁ……」


「どちらでも構わない。傍観するだけならともかく、巻き込まれたくはないという意味では同義だ」


 疲れたように吐息を漏らす日下部くん。


「それは同感だね」


「余裕で虎の尾を踏みに行ったような気もするが?」


「我ながら迂闊だったとは思ってるよ。今度はもう少し話題を考えてから口を開く所存であります」


「そうしてくれ。途中で何度か胆が冷える思いをした」


 滝沢くんが苦笑しながら言う。


 誠に申し訳ありませんでした。


「それにしても、なかなか珍しい組み合わせだね」


「別に示し合わせたわけでもないのだがね」


 日下部くんは、持っているグラスをなんとなくといった風に揺らす。


「避難するにしても、個人でいるよりも知り合い同士で固まっていた方が、余計な虫を追い払えるのでな」


「虫って……」


 このパーティー会場にいる人たちって、いろんな意味で世界を動かしている逸材なはずなんだけど……。


「余計な肩書きが付いていると、そこら辺が面倒でね。普通ではなかなか見られない組み合わせで群れていた方が、案外と小賢しい連中は寄ってこないものさ」


「そういうものなんだ……」


 いまいち滝沢くんの言うことは、要領が得られないものだったけど。


 改めて、この場にいる面子を考えると納得に近いものは得られた。


 皇くんと姫野さんと滝沢くんと室井くんは、天城財閥とその麾下十二企業の関係者。


 藤原さんと白鳳院さんと日下部くんは、かなり(・・・)有名所の名家の出身。


 普通に考えると(・・・・・・・)仲良く同じ空間にいるはずもない組み合わせのところに、下心丸出しの部外者が足を踏み入れられるかというと躊躇してしまうだろう。


 確かに、虫除けには丁度よさげな塩梅だ。


 う~ん。クラスメート(トモダチ)顔を知っている人たち(・・・・・・・・・・)ばかりだから、普通にお邪魔させてもらっているけれど、よくよく考えるまでもなく凄い面子なんだよなぁ……。


 皆喜さんも全国区な知名度だし、烏丸先輩だって立派な有名人だし、甘粕先輩や緋衣先輩だって、わりとタダモノじゃない。


 雛森さんもいまや室井くんの許婚という肩書きを持っている。


 ………………やっぱり、地味な没個性が居ていいところじゃなくない?


「でも、滝沢くんは半ば強制的に出席させられてるって、小耳に挟んだよ?」


 ちょっと帰りたい気分になりつつ、なんともなしの雑談を続ける。


「このパーティーに出席する有力者とコンタクトを取りたかっただけだよ。限られた機会を逃さずに人脈を拡げておきたくてね」


「へぇ……」


「目当ての相手とは会えたし、今後に繋がる有益な時間を過ごせた」


「……ふぅん。用事が済んだら、さっさと白石くんたちと合流しそうなのにね?」


「その衝動に身を委ねたいのを我慢しているのだから、あまり誘惑するのは止めてくれないか?」


 滝沢くんが片手で顔を覆った。


 背もたれに体重を預け、組んだ足をブラブラ揺らす。


 そんなちょっとだらしない仕種でさえ、女の子のため息を誘いそうな気品を溢れさせているのだから、イケメンは羨ましい。


 ちなみに、ここにいる女の子のみなさんは見向きもしてませんけどね。


「私が用意させた着物の中で壱世が何を選んだのか気になっているし、彼女たちがどのように仕上げたのかについては期待の一言だ。なによりも和也と壱世が喜んでくれているかどうか、今を楽しめているかどうかには、一喜一憂で少なくない不安を抱いている。あぁ、今すぐにでも混ざりたいさ。一緒に遊びたいとも。だが、私の立場では簡単に抜け出すわけにはいかないのだよ。嫌でも面会してやらねばならない相手がいるし、他に参加を義務付けられているも同然のパーティーがまだ三つもある。今は時間を潰している段階だが、決して遊んでいるわけではないんだ」


 お金持ち特有の『お付き合い』に縛られている滝沢くんが、負のオーラを撒き散らしながら愚痴を零し始める。


 どうも僕はまたしても余計な口を滑らせてしまったらしい。


 困ったな。


 氷上さんがそうであるように、滝沢くんも白石くんと天宮さんが大好きなわけで、お正月を楽しんでもらうために権力を使って手を尽くしていながら、自分が傍にいられないのに不満を溜め込みまくっていたらしい。


 ………当然か。


「え~と、実は神社に初詣に来た白石くんたちをパシャリしてるんだけど、見る?」


「お願いします。見せてください」


 苦し紛れの提案に、目の色を変えた滝沢くんがいろんなものをかなぐり捨てて土下座した。


 ほんの一瞬の刹那で、床に正座し、手を付き、頭を下げる。


 文字にすればそれだけの出来事が、何故かとても美しかった。


 意味がわからないと思うけれど、滝沢くんの土下座はキラキラとした輝きを纏うほどに美しかった。


 どんだけやねん。


 呆れ混じりの微笑ましさを感じながら、滝沢くんに携帯電話を渡す。


「………夕凪くんは、まだ携帯電話……なのか?」


「なんで、哀れむような口調になるのかな?」


「スマートフォンの方が、写真を綺麗に撮れるぞ?」


「不満があるなら返してよね」


「不満などとんでもない。私は厚顔無恥ではないつもりだ。

 だが、この先の流れを鑑みるに、早めに乗り換えておいた方がいい」


「もう少しいろいろと安くなったら、考えるよ」


「いや、なんなら君の善意への返礼として、私が用意しても構わない。初期費用はこちらで負担しよう」


「………いや、そんな熱心に画像を欲しがらなくても、峰倉さんが高価そうなカメラで撮りまくってたから、そっちから入手した方が早いと思うよ」


「足元を見られてしまいそうなのが不安要素だが、貴重な情報提供に感謝する。

 だが、それはそれとして、この携帯電話に収められている画像データも欲しいのだ。手っ取り早く丸ごとっ!」


 うわぁ……。


 白石くんと天宮さんが絡むと、軽く狂ってしまうのが滝沢くんの数少ない致命傷レベルの欠点なんだけど、これはさすがにちょっとどうかと思ってしまった。


 どうせ、氷上さんとは別に護衛みたいな人たちを付けて、撮影とかもさせているだろうに、僕の携帯電話まで欲するとは、コレクターとかいう次元をちょっと斜め下に超越しているような気がしてならない。


 最終的に、彼がどこに行きつくのか不安になってしまう。


「とにかく、ちゃんと携帯電話は返してよね」


「――ちっ!」


 露骨に舌打ちする滝沢くん。


 白石くんたちが傍にいないのに、彼がこんな風に感情を剥き出しにするのは貴重だ。


 結局は、白石くんたち絡みだけど。


「……じっくりと友人の晴れ姿を見たいので、少し席を外させてもらうよ」


 コホンとわざとらしい咳払いをした滝沢くんは、一瞬で笑顔になった。


 仮面のように嘘くさい笑顔だった。


「………………あ、うん。ごゆっくり」


 背筋がヒヤッとしたので、突っ込みは控えました。


 目に渦巻き状の狂気が宿ってるんだもん。


「すまないね。すぐに戻る」


 パチンと指を鳴らして、黒服の男女を召喚した滝沢くんが歩き去っていく。


「行かせていいのか? 完璧な複製品を用意して、携帯電話をすり替えるつもりかも知れないが………」


 苦笑というには、かなり引いてしまっている顔の日下部くんの問いかけに、僕は首を左右に振った。


「今までと変わりなく使えるのなら、もうどうでもいいかな」


「そうか」


「あの執念みたいなのとは、戦う気も起きないよ」


「そうだな」


「それに………」


「?」


「ちょっと行き過ぎな気もするけれど、白石くんと天宮さんが大好きだっていう気持ちには、少なからず共感できるところはあるからね」


 実害がないのならという前提条件を付けるけれど、ある程度までなら好きにしてくれてもいい。うん。マジで実害がないのならね(・・・・・・・・・)


「そうだな。当たり前のように幸せになってもらいたい二人だ」


 穏やかな顔で日下部くんがうなずく。


 彼の言葉に含まれた『当たり前のように幸せに』というフレーズが、なんかストンと胸中に落ち着くのを感じた。


 白石くんと天宮さんには、幸せになってもらいたい。


 地味な没個性な僕でも、無条件にそう思う。


 何がどうというわけではなく、ただただ彼らの在り方には憧れにも似た尊さを感じるのだ。


 当たり前のようにお互いを想っているのがわかって。


 その気持ちが綺麗で。


 だからこそ、誰にも、何にも邪魔されずに、幸せになって欲しいと願う。



 ――それはきっと、本当にささやかな〝みんなの〟願い。



 でも。


 なんでだろう?


 願えば、願うほどに。


 淡い不安が胸中を蝕むような嫌な感覚が生じる時がある。


 まるで。


 考えたくもないぐらい嫌な仮定だけど、まるで(・・・)、ささやかな願いが叶わないとわかっているからこそ、今の幸せそうな二人を尊く思っているような………。


 暗雲が立ち込めるような不安の棘が、どこかに刺さって抜けない気がして、少し嫌な気分になってしまうのだ。


「………………。」


「どうした?」


「いや、なんでもないよ」


 軽く頭を振る。


 下らない妄想だと振り切るように。


 万に一つ以下の可能性で、不安が現実になろうとしても、そんな未来は僕が(・・)否定する。


 運命とかいう戯言であったとしても徹底的に邪魔をしてやる。


 他力本願が本領とか言われている地味な没個性の全力というものを、世界に見せ付けてやろうじゃないか。ふはははははははっ!


「何か妙なことを考えてはいないか? 暴走気味な連中と似たような空気を感じるんだが………」


「世界への宣戦布告かな」


「いきなりどうしたっ!?」


 日下部くんが目を剥いて驚いているけれど、なんでだろう?


「白石くんと天宮さんの幸せの邪魔をするモノがいたら、たとえ神様であってもいろんな人をけしかけて戦い続けることを誓っただけだよ」


「壮大な決意をしているわりに、手段がせこいな」


「人によって、得手不得手があるんだから仕方がない」


「………………。なんかよくわからんが、がんばれよ」


「うん」


「――やぁ、すまない。遅くなってしまった」


 妙なテンションになったまま日下部くんと話していると、滝沢くんが満面の嘘くさい笑顔で戻ってきた。


 思ってたよりも早かった。


「壱世の晴れ姿を堪能させてもらったよ。和也たちの楽しそうにしているところもね。ありがとう。携帯電話を返すよ。少し新品のように綺麗になっていたり、月々の通話料金が格安になっていたりするかもしれないが、それは気のせいだと言っておこう。気のせいなのだから、詮索などする必要はない。わかったね?」


「ウン。ワカッタヨ」


 損したわけじゃないから、素直にうなずいておこうと思イマシタ。


「脅迫じゃねぇか」


 日下部くんが半目になって、小声で呟いていた。


 滝沢くんの嘘くさい笑顔は小揺るぎもしなかった。素晴ラシイ(ワンダフル)デスネ。


「「やれやれ……」」


 僕と日下部くんは同時にため息を吐いて、飲み物の注がれたコップを傾けた。


 烏龍茶でも飲まなきゃやってられない時はあるのだ。







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