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室井八雲は憂鬱のため息を吐く―④






 波乱に満ちた休み時間は、新たな問題を山積みにしたまま終わった。


 しっかりじっくりと話し合うためには十分程度の休み時間では到底足りないので、たっぷりと時間のある昼休みに話をすることにした。


 いろいろと考える時間が必要だったし、冷静になるにも時間が必要だった。


 たかだか十分程度で二人の女の子とキスしたとか、簡単に受け入れられるはずもないし、他にもいろいろと聳え立つ山の如しだ。


 とにかく時間が欲しい。


 無理だとわかっているけど、一週間ぐらい欲しい。


 ともあれ。


 話し合いに参加するのは、僕、刃、明日香、藤原さん、白鳳院さん、海棠さんの六人だ。


 ………なんか、三人多いけれども。


 刃と明日香は僕の幼なじみ枠で参加してもらった。


 謎すぎるけれど、まだ藤原さんと白鳳院さんたちと普通に話せる自信がないのだから、気心が知れている上にあんまり物怖じしない二人にいてもらえると心強いのだ。


 情けないと言いたければ、言えばいい。


 自覚してるから、ちょっとしか胸は痛まない。


 で。


 海棠さんは刃に付いてきた。


 刃は非常に迷惑そうにしていたけれど、口に出しては何も言わなかった。


 僕としても別に反対ではない。


 むしろ、いて欲しい。


 名家繋がりなのか、海棠さんもなんかいろいろと知っているみたいだから、話し合いがいろいろとスムーズに進むかもしれないという思惑もある。


 そんなわけで。


 昼休みの食堂である。


 この学園は食堂でさえも大小無数にあるのだが、今日のところは無難に一年校舎にある食堂を選んだ。


 二つの四人掛けのテーブルを寄せて、みんなで座る。


「まずは簡単に話をまとめておこうと思うんだけど……」


 適当に注文したものを食べ終わってから、僕が口火を切った。


「え~っと、」


 明日香が胸元からメモ帳を取り出し、ペラペラと捲る。


 ずっと頭を抱えていた僕の代わりに、藤原さんや白鳳院さんから二限目と三限目の休み時間に簡単に話を聞いて、纏めてくれていたのだ。


 素直に頭が下がる。


「まずは人間関係からいくけど、八雲は『天城財閥』の隠れ御曹司で中心人物。」


「うん」


「小鳥ちゃんは生まれた時から親同士の間で決まっていた八雲の許婚で、今まで隠されてきた八雲の存在が解禁されたから、やっと傍にいられるようになった」


「はい」


「白鳳院さんは――」


「芙蓉でいい」


「それじゃあ、遠慮なく。芙蓉ちゃんは家の偉い人の『命令』で、八雲の許婚となり、平たく言うと押し倒されるために転校してきた」


「そう」


「……いや、平たく言いすぎだ」


「まーまー」


 刃の突っ込みを軽く流して、明日香は続ける。


「でも、芙蓉ちゃんは許婚として紹介された『室井八雲』が、小鳥ちゃんの許婚として知られている『天城八雲』と同一人物とは知らなかった」


「そう」


「芙蓉ちゃんは小鳥ちゃんと親しい友だちで、その想いの強さも知っているから邪魔はしたくない。だから、家の『命令』を無視して身を引こうとしている」


「そう」


「でも、小鳥ちゃんは芙蓉ちゃんが身を引くのはダメだと言ってる」


「はい」


「そして、八雲に芙蓉ちゃんも許婚として、傍に置いて欲しいとお願いをした」


「はい」


「これが現状ね。なかなかにややこしい三角関係になったわね」


 明日香はため息を吐いた。


「しかも、八雲は芙蓉ちゃんを押し倒して唇を奪い、その直後に小鳥ちゃんともキスをしているときた。あらあら。わたしの幼なじみはいつの間にクズに身を落としたのかしらね?」


「ぐっ」


 事故と拒否権のない命令の結果とはいえども、僕には反論する権利は与えられていない。


 むしろ、反論すれば余計に悪者になるのがわかっているので、黙って耐え忍ぶ。


「――とまあ、嫌味のひとつも言ってやったわけだけど」


「まあまあ」


 眉を吊り上げている明日香を、藤原さんがなだめに入る。


 その優しさが胸に染みます。


「本題はここからね。まず解き明かすべき問題は、小鳥ちゃんがどうして、芙蓉ちゃんを受け入れようとするかなんだけど……?」


「それは……」


 言葉に詰まる藤原さん。


 代わりのように手を上げたのは、海棠さんだった。


「差し出がましいようですが、わたくしからお話させていただいてもよろしいですか?」


「えっと――」


「わたくしも名家と呼ばれている家の出です。お二人が口にし辛い事情にも少なからず通じておりますので、客観的な視点で意見が言えますよ?」


 海棠さんは茶目っ気を含んだ微笑を浮かべながら、藤原さんと白鳳院さんに許可を求めるように視線を向ける。


「海棠さんにお願いします」


「ん。」


 藤原さんが頭を下げて、白鳳院さんもこっくりとうなずく。


「謹んでお受けします。不愉快なことも含まれていますが、どうぞお耳を傾けて頂きますよう願います」


 海棠さんは小さくうなずいてから、指を一本立てた。


「まず、先ほどお話したように、藤原家と白鳳院家はとても険悪な仲です」


 続いて指をもう一本。


「そして、小鳥さんと芙蓉さんは家の問題など無関係の友人同士です。それを白鳳院の方々は知らないが故の人選でもあったのでしょう」


 確認を取るように海棠さんは、白鳳院さんに視線を向ける。


「そう」


 白鳳院さんがうなずく。


「……多分、わたしたち以外で知ってる人はいない。少なくても、わたしは他の『家族』には教えていない」


 基本が淡々とした口調の白鳳院さんだけど、『家族』と口にした時にわずかな感情が含まれたのに気づいた。


 ある種の忌避と寂しさの混ざった陰鬱なもの。


 あんまり考えたくない想像ばかりが捗ってしまう。


「実質的にお逢いしたのは、片手の指の数ほどですので……」


 頬に手を当てた藤原さんが言う。


 海棠さんは小さくうなずいてから続けた。


「その上で、細かい事情を伏せて言ってしまいますと、芙蓉さんは白鳳院家での立場がよろしくないのです。ですので、このまま何の成果も得ずにお帰りになれば、むざむざ藤原家に敗北(・・)した責任を取らせるという名目で、厳しい『罰』を受けることになるでしょう」


「えぇっ?」


 驚いた明日香が変な声を出す。


「………………っ」


 やっぱり、そういう面白くもない展開なのか。


「家の関係など歯牙にもかけない友情を結んでいる小鳥さんは、それを望んでいません」


 自分のために泥を被ろうとしてくれる友だちなのだから、心優しい藤原さんは絶対に認められないだろう。なんの迷いも見せずに藤原さんのために身を引く決断をした白鳳院さんが、そのせいで酷い目に遭うなど看過できるはずがない。


 僕だって、同じ気持ちになる。


「………ちっ。そういう話かよ」


 刃も面白くなさそうに、舌打ちをしていた。


「だからこそ、藤原さんは白鳳院の方々が望む状況を作り上げようとしているのです」


 コホンと咳払いをして、海棠さんが続ける。


「つまり?」


「これはあくまでも私見ですが」


 前置きをした海棠さんは一呼吸の間を置いてから、口を開いた。


「白鳳院の方々の思惑は、芙蓉さんを送り込むことで室井さんと小鳥さんの仲に亀裂を生じさせることです。突然に新たな許婚が現れれば、小鳥さんも穏やかではいられないでしょう。動揺の隙を付いて室井さんを篭絡できればよし。篭絡できずとも、新たな策を講じる時間が稼げます。最低でも、室井さんが二人の許婚の間を右往左往する状況を作れたら、彼らはそれでよいのです」


「嫌な考えね。それじゃあ、まるで捨て駒みたいじゃない」


 明日香が吐き捨てるように呟く。


「否定は出来ない」


 なんでもないように白鳳院さんはそれを認めた。


 そんな扱いをあっさりと受け入れてしまうぐらいに『何か』を諦めきってしまった無感情な呟きだった。


 ズキッと胸が痛み、同時に白鳳院さんをそんな風にしてしまった連中に対する怒りが湧いてくる。


「ですが、向こうがそれを望んでいるのですから、室井さんが表向きは(・・・・)小鳥さんと芙蓉さんを二人同時に許婚にして、どっちも選べずに右往左往している優柔不断な男性を演じればよいとも言えます」


「それって、僕が普通に最低最悪な奴になってない」


「………………。」


 海棠さんは、そっと視線を逸らしてから、何事もなかったように続ける。


「あるいは、小鳥さんと芙蓉さんの両方を手元に置いておきたい女好きでハーレム志向の男性でも構いませんが?」


「余計に悪くなったっ!?」


「なるほど」


 叫ぶ僕とは裏腹に、白鳳院さんは顎に手を添えて考える素振りを見せた。


「小鳥を本妻に据えて、わたしが犯り捨ての売女という扱いにすれば、当面は問題が起こらない。最低限の寵愛を得ていると実家も納得する。しばらく帰らなくても問題ない。演技なのだから小鳥も安心。わたしは読書三昧の日々……うん。いい。」


「飲み込みが早いですね、芙蓉さん。その通りです」


 海棠さんは出来のいい生徒を褒めるように微笑んだ。


「………ですが、お言葉はもう少し選びましょう。そこは妾や愛人でいいんですよ」


 あんまりな白鳳院さんの言葉に訂正を入れてはいたけれど。


「それもどうかと思うんだけど……」


 明日香は苦笑していた。


「ちょっと待ってよぅ……」


 僕の(表向きとはいえ)最低人間への道筋が着々と固められているのに危惧を覚え、無意味に手を伸ばしていたら、柔らかくも暖かな感触に包み込まれた。


 それは藤原さんの両手だった。


「八雲さんには無理なお願いをしているとわかっているのですが、どうか芙蓉ちゃんを傍にいさせていただけませんか?」


 瞳を潤ませながら、申し訳なさそうにしながらも僕に頭を下げる。


「………………………。」


 胸の内にわだかまる気持ちをため息にして吐き出してしまいたかったけれど、今それをすれば別の意味で受け止められてしまうので、ぐっと堪えた。


 その上で少しの間を置いてから、僕は藤原さんにうなずいた。


「わかったよ。白鳳院さんを僕の許婚の一人として認める」


「本当ですかっ」


「あんな話を聞いて追い返せるほど、鬼じゃないよ」


 いろいろと罪悪感もあるし。


 元から追い返すつもりとかはなかったし。


 穏便な形で白鳳院さんが傍にいても問題ない状況が考え付いていなかっただけなのだから、海棠さんには感謝するべきなんだろう。


 ………………………予想すら及ばないレベルで僕の扱いが悪かったけれど。


 でも、仕方がない。


 今の僕はあの休み時間の一件で、名実ともにクズでダメな男になっている。


「あ、ありが――」


 喜色を浮かべた藤原さんが感謝の言葉を言い切るよりも先に、背中に衝撃が走った。


「よく言った。この最低のハーレム男♪」


 平手でバシンッと叩いてきたのは明日香だ。


「よしよし。これは立派な前進だ。お前の将来が楽しみになってきたぜ」


 次いで、刃もかなり遠慮なく僕の背中を叩く。


「お前ら絶対に面白がってるだけだろっ! それに悪名を定着させようとするな」


「いやでも、許婚の美少女を二人も侍らせて、優柔不断に右往左往する男ってゴミ以外になんて言えばいいのよ?」


「表向きはそう見えるように振る舞うってだけで、僕はまだ誰にも手を出すつもりはないんだけどっ!」


「唇は出したのにか?」


「ぐはぁっ!?」


 気分的に吐血した。


「や、八雲さんっ!?」


 瞬時に顔を真っ赤にした藤原さんが心配そうな声で、椅子から腰を浮かせる。


「いや、しかし、ちょっと待て」


「なによ、刃?」


「たった二人では信憑性が薄く受け止められる可能性はないか」


 人がダメージを受けて身悶えしている隙に、刃が妙なことを口走り始めた。


「そう?」


「化かし合いを常日頃からしているような大人の猜疑心を甘く見るのはよくない。迂闊な判断は足元を掬われかねない。だから、もう一人ぐらい八雲のハーレム要員として、名を連ねさせておくべきじゃないかと思うんだが、どうだろうか?」


「まあ、いいんじゃないの? わざわざハーレム入りをするような物好きがいるならだけど」


「よし。なら、三人目は任せたぞ、雛森」


「はぁぁ~っ!? ちょっ、まっ、なんでわたしなのよっ!?」


「八雲のためだ」


「知るかぁっ!!」


 光の速さで拒否られた。


「だが、同時に藤原と白鳳院のためでもある。

 むしろ、その二人のためのハーレム構想と言っても過言ではない」


「うぐっ!」


「藤原は立場が安定しているからまだしも、白鳳院の足元は不安定に揺れている。隙や油断が致命傷になりかねないんだ。お前が少し恥を忍んで、プライドを捨てれば、白鳳院の安寧が守られるんだぞっ!」


「ぐ、くぅ……っ。で、でも、いくらなんでも、わたしじゃあ………」


「安心しろ、雛森。お前が八雲の幼なじみというのはもう知れ渡っている。ゲス男の八雲が手を出す理由は十分にある」


「確かに、そうかもしれないけれど………」


 明日香がなんかグラグラ揺れ始めた。


 理路整然としている(ように聞こえる)刃の勢いに押されているのだ。


 ざっくりと心を抉られたダメージから立ち直れない僕がピクピクと痙攣している横で、幼なじみの悪ふざけ(だと思いたい)がなんか怖ろしい勢いでエラいことになっていた。


 止めなきゃヤバいとわかっていながらも、ふと視界の片隅に見えたものに意識を奪われた。


「なんか面白い」


 凍りついたような無表情だった白鳳院さんが、ほんの少しだけ――でも、確かに唇を緩めて笑っていた。


「今日から芙蓉さんも、この輪の中に入るんですよ」


 僕の背中を撫でて介抱している藤原さんが、慈しみに満ちた笑顔で白鳳院さんを見ていた。


「ちょっとだけ楽しみかも」


 だから――


 僕は観念せざるをえなかった。


 如何にも安いと思われるかもしれないけれど、ずっと無表情だった白鳳院さんのささやかで淡やかな微笑みに目を奪われてしまったのだから。


 あぁ――


 藤原さんが守りたがっているのは、白鳳院さんのこんなささやかな笑顔なのだろう。


 曰く、あんな家(・・・・)に帰ってしまえば、白鳳院さんはこんな笑顔でさえも浮かべたりはしないのだろう。


 そう悟ってしまったら、もう白鳳院さんが実家に帰るなんてのは、完全に論外になった。


 まだまだたくさん話し合わなければいけないけれど、それは受け入れた。


「やれやれ……」


 なんて呟きながら、僕はため息を吐いた。


 もうこうなったら『毒を食らわば皿まで』と思うしかない。


 そこでワイワイやってる幼なじみたちも好きにしてくれ。 



 ● ● ●



「ところで、芙蓉ちゃんはどこに住むのですか?」


 一段落したとは言えないけれども、なんかいろいろと疲れたので温くなったジュースを飲みながら一休憩していると、藤原さんと白鳳院さんの会話が聞こえてきた。


「学園の寮。夢にまで見た一人暮らし。」


 よっぽど、実家での生活に嫌気が差していたのだろう。


 無表情ながらも、白鳳院さんの瞳はなんかキラキラしていた。


 でも。


「………家事は出来るのですか」


 僕と似たような危惧を抱いたらしい藤原さんが、おそるおそる問いかけていた。


 対人能力に問題があり、読書に夢中になると外界をシャットアウトする白鳳院さんに一人暮らしが出来るのだろうか?


 掃除や洗濯、料理といったスキルを習得しているのだろうか?


 そもそもやる気があるのだろうか?


 偏見かも知れないけれども、汚部屋で不審死という未来しか想像できない。


 僕自身もそのほとんどを親に頼りきりなのを棚上げしてるけども。


 疑念は違わずに。


「無理。」


 ピタッと動きを止めた白鳳院さんは、やがて首を左右にプルプルと振った。


「………………ですよね」


 藤原さんが両手で顔を覆った。


「………。わかりました。芙蓉ちゃんは私と一緒に暮らしてもらいます」


「いいの?」


 いろんな意味を含んでいそうな白鳳院さんの問いに、


「構いません」


 藤原さんもある種の決意を宿した顔でうなずく。


「ん。」


 白鳳院さんはこっくりとうなずく


「私は室井さんの実家に近いマンションに住んでいます。最上階のフロアを丸ごと改装してもらっているので、広くて部屋もありますし、久城さんもいるので問題ないでしょう」


「久城?」


「八雲さんのお世話をするメイドさん……なのですが、八雲さんが身の回りのお世話を拒否されたので、今は私と一緒に生活をしているんです」


「ん。」


「共同生活になるので、芙蓉ちゃんにもある程度の家事を覚えてもらいますよ」


 花嫁修業の一環で家事能力も高い藤原さんは、実家では使用人の人たちから仕事を奪って泣かせていたらしい。


 そんな藤原さんとちょっと『メイド』という職種を勘違いしている久城さんのコンビと一緒に生活するとなると、さすがの白鳳院さんもいろいろと個性を改めさせられそうな気がしないでもない。


「そ、それは横暴」


「横暴ではありません」


「うぅ~。わかった。善処する」


 嫌そうな顔で目を泳がせながらも、じっと強い目力を発揮しながら両手を腰に当てている藤原さんの圧力に屈する白鳳院さんだった。


 そんな二人の影になる位置で、海棠さんは峰倉さんと話をしている。


 天城学園を震撼させる特大のスクープになる情報を提供する代わりに、こちらに都合のいい情報操作をしてもらうため――とか言っていた。


 いつの間にか普通に僕らの輪の中に入ってるけれど、海棠さんの立ち位置は参謀とか軍師とかそんな感じに落ち着きそうな気がしないでもない。


 僕が休憩している間も刃と顔を寄せ合ってヒソヒソしていたし、入れ替わり立ち代わりで何人かのクラスメートや知らない人ともヒソヒソしていたのが不穏だ。


 そして――


「では――今後の行動を伝える」


 満を持して、刃が途轍もなく楽しそうな顔で軽い咳払いをする。


「とりあえず、八雲は藤原と白鳳院と明日香の三人と仲睦まじくしろ。教室に戻った時にはこの一言を忘れるな。『この三人は僕のモンだから手を出すな』だ。両手に花の絵面になるように藤原と白鳳院の肩を抱いていけ。明日香は後ろから抱き付くんだ。わかったな?」


「わかるか、ボケェッ!!」


 さっき好きにしてくれとか思ったけれど、即座に前言撤回させてもらう。


「さすがにそれはちょっと、いきなり気が狂いすぎてるわよ」


「それぐらいのインパクトは必要だ」


 ふっと冷笑しながら、腕組みした刃がキラリと片目を光らせる。


「インパクトがあればイイってもんじゃないと思うんだけど……」


「気にするな。正統派大和撫子系美少女の藤原に、クールビューティーの白鳳院、野に咲く一輪の花のように質素な雛森を侍らせて、正気でいられる男などそうはいない。気が狂ってるぐらいで丁度いい」


「丁度いいわけあるかっ!」


 確かに、軽く気が狂いそうなラインナップではあるけどもっ!


「まあ、聞け」


 刃はかつてないほどに真剣な顔だ。


 頭脳明晰そうな海棠さんともヒソヒソしていたのだから、僕の頭程度では理解できない深謀遠慮があるのやも知れぬと、姿勢を正した。


「まだほんの数日とさえ言えないが、それでもお前の存在は注目を集めている。理由は言わずもがなだが、だからこそ、上辺だけの情報に踊らされてロクに『室井八雲』という一人の人間を見ていないとも言える。お前の悪評を刷り込むには最適な時期だ」


「悪評を刷り込まなくてはいけない理由を聞いてるんだよ、僕はっ!?」


 白鳳院さんを許婚の一人として受け入れる。


 あくまでも『表向きは』という注釈が付いてしまうが、それが前提条件であるからには、その意思を表明するだけでいい。


 生まれた時から許婚で有名になっている藤原さんがいながら、ぽっと出の白鳳院さんも許婚として受け入れるのは、優柔不断で決断力に欠けたクソ野郎になってしまうが、それは仕方がない。甘んじて受け入れよう。


 でも、そこにわざわざ明日香まで追加して、ハーレム思考の女好きにまで貶められるのは、さすがに受け入れられない。


 あの『嫉妬団』の総帥に古参幹部がクラスメートというのもさることながら、この学園にはいろいろと規格外の美少女親衛隊やら非公認ファンクラブなども存在しているらしい。


 わざわざ油を塗りたくって、火の中に飛び込むつもりはない。


「必要なことだ。納得しろ」


「できんから、理由を聞いとるんだっ!?」


「さっき言っただろう。他人を疑うしか能のないような大人の猜疑心を甘くみるな。白鳳院の足場を固めるには、お前が泥を被る程度ではまだ足りない。泥沼に飛び込んでもらうぐらいはしないとダメなんだ」


「だから、なんでだっ!?」


「お前が『天城八雲』だからだ」


「――――ぐっ!?」


「どうも、まだ自覚が足りないようだが、こんなことは今後も続くぞ。お前がどんな風に考えていたとしても、周囲は〝お前が存在している〟という事実だけで、好き勝手な妄想を思い描き、表裏を問わずに手練手管を用いてお前を篭絡しようとする」


「………………。」


「だから、今だっ! 今しかないんだっ!! お前に容易に手を出そうと思わなくなるぐらいのインパクトを周囲にばら撒き、足場を固める時間を作らなくてはいけないんだ。白鳳院のためでもあるが、これはお前のためでもあるんだぞっ!」


 ダンッとテーブルを力強く叩く刃。


「そう、なのかな……?」


 そこまでする必要はないと思っていた確信が、ぐらりと揺らぐのを感じた。


 実父さんの権力が絶対でないのは、白鳳院さんの一件が証明している。それでもいざとなれば強権行使が可能ではあるけれど、その際に生じるであろういろんな被害がどんなものになるかは想像さえしたくない。


 刃が言うように、今後も似たような事が続かないという保証もない。


 当然の話だけど、根っからの庶民気質である僕にはそうした諸々に対処するようなスキルを持ち合わせてなどいない。つい先日まで普通の人生を送っていたのだから当然だ。


 なら、刃の案を受け入れ、自衛の手段を手に入れておくべきなのかも知れない。


 ………………………………僕を最低男にして、万遍なく周囲に悪評をばら撒くのが、どんな風に自衛に繋がるのかは、この時点でも意味不明ではあったけれども。


 後に。


 本当に随分と後になってから、地味な没個性で有名というなんか矛盾しているクラスメートと話をした時に言われた。『うん。まあ、水城くんの言い分もわからないでもないんだけど、そこまで室井くんがぶっ壊れる必要はなかったよね。やっぱりさ』――と苦笑しながら。


 しかし、この時の僕は迷いながらも、刃の言葉に正しさらしきものを見出しており、ぎこちない笑みを浮かべながらうなずいてしまっていた。


 共謀していた刃と海棠さんとその他数名の『真意』に気づくこともなく。


 翌日から始まる波乱に満ちた日々を知る由もなく。



 そんなこんなで。



 昼休み終了間際。


「それじゃあ、いこうか」


 教室のドアの前で僕は言う。


 顔が引きつっているのが、自分でもよくわかる。


「は、はい」


「ん。」


 両サイドに立つ顔を赤くしている藤原さんと無表情な白鳳院さんの肩に手を回し、無駄に尊大に胸を張り、ニヤニヤ笑う峰倉さんの演技指導を受けて完成した『誰が見てもイラッとしそうな優越感に満ちた笑み』を顔に貼り付ける。


「なんか、わたし、すごい間抜けみたいなんだけど……」


 そんな僕の背後から首に両手を回して抱きついている明日香が、なんともいえない気持ちを吐き出すように吐息を漏らしている。


「い、いいぞ、八雲。その、調子……だっ」


 廊下の片隅で、顔を真っ赤にして口を両手で覆っている刃が気になって仕方がない。


 プフッとか、ブフフッとか、隙間から漏れてる音は笑いを堪えているからとかいうオチじゃないだろうな?


 熱弁してこの状況を作っておきながら、必死に笑いを堪えてたりしてやがったら、さすがにぶっ飛ばしたくなるんだけど。


 ………………………言うまでもないんだけど、僕はこの時点で冷静という言葉を那由他の彼方ぐらいに置き去りにしていた。


 藤原さんはなんか流されてしまっていたし、白鳳院さんに至っては面白がっていたような気がしないでもない。


「素晴らしいですよ、室井さん。誰がどこからどう見ても、正真正銘純度百%最低最悪の調子に乗った色情狂の人でなしにしか見えません」


「褒め言葉には聞こえないですよ、海棠さん」


「最高の褒め言葉ですよ♡」


 なにがツボに嵌っているのか、海棠さんは目をキラキラさせていた。


 どうも本気で言っているらしい。


「さぁ、水城さん。主賓に花を添えるために、わたくしたちも仲睦まじくいきましょう♡」


「今回だけだぞ」


 嫌そうに舌打ちしながらも、海棠さんへ丁寧に手を差し出す刃。


 その手を宝物のように受け入れ、幸せそうな顔で腕を組む海棠さん。


 普通に健全なカップルにしか見えない。



 そして――



 教室のドアは開き。


 わずか数秒で、本日最大の激震が学園を駆け巡るのだけど、後にも先にも人生最大の黒歴史の詳細に関しては伏せさせていただきます。


 ご容赦ください。


 ホント、お願いだから。


 ………………………………………あぁ、ため息が止まらない。 





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