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室井八雲は憂鬱のため息を吐く―③






 刃や海棠さんと一緒に教室に戻ると――


「前世の頃から愛していました―――――――――っ♡」


「「「愛していました―――――――――っ♡」」」


 別の中学だったのに、数々の逸話とともに『伝説級の馬鹿』と知れ渡っている坂道浩太――坂道くんが愛の告白を行っていた。


 白鳳院さんに。


 中学の頃から『嫉妬団』と呼ばれている組織の総帥でもある坂道くんは、古参幹部である『三駄犬士』と呼ばれる三人の男子生徒を背後に率い、どこから調達したのか薔薇の花束を持っていた。


 格好も何故かスーツ姿なんだけど、戦慄を覚えるほどに似合っていなかった。


「………………………。」


 当然のように白鳳院さんは無反応。


 遠巻きにしている他のクラスメートのみなさんも、白けた空気で傍観している。


「なんだ、これ?」


「考えるだけ時間の無駄だと思うぞ」


 醒めた眼差しの刃はにべもなかった。


「そうだけどさ」


 見たまんまだとは思うけれど、どうしてあんな蛮勇を奮い起こせるのか。


 ――――というか、並外れた美少女揃いのウチのクラスで、その悉くに突撃をして、その大半からお断りの言葉を貰っている(←穏便な表現)のに、どうして諦めずに立ち向かっていけるのだろうか?


 自分たちがどのように周囲に認識されているのかわかっていないのか、それとも、わかった上で不屈の精神で微かな可能性に縋り付いているのか。


 ある意味では、その心の強さが羨ましいと思わないでもない。


 同時に、あんな人間にはなりたくないとも思うけれども。


「ああいう告白も素敵ですわね♡」


 刃の片手を確保したままの海棠さんが意味ありげな横目で言う。


 そんな海棠さんも昨日、彼らに告白された一人なのだけれど、上品に包まれた『一昨日きやがれ』的な鋭すぎるカウンターで迎撃していた――という余談はさておこう。


「それはまた夢見がちなことで……」


 刃は耳に小指を入れつつ、よそ見を敢行していた。


 わざとらしい吐息のおまけ付きだ。


 なにはともあれ、坂道くんたちの奇行をボケッと見ていても仕方がない。


「ただいま」


 遠巻きにしているクラスメートの間を縫って、藤原さんたちの元に戻る。


「あ。おかえり」


 真っ先に反応したのは明日香だ。


「どんな感じ?」


「こんな感じ」


 薔薇の花束を差し出したまま、完全に固まっている坂道くんとその配下を指差す明日香。


 返事待ちというには、あまりに悲しい姿だった。


 あれ? なんでだろう。涙が………………………………浮いてきたりはしないけれども。


「それは見ればわかる」


「なら、聞かないでよ」


「それじゃあ、なにか進展は?」


「藤原さんが呼びかけようとした段階で、あの人たちが乱入してきたからなんにも。一分毎に思い出したように雄叫びを上げるから、なんだか話しかけるに話しかけられなくて。白鳳院さんは白鳳院さんで完全無視モードだし……」


「俺が見た限り、無視とは少し違うな」


 顎に手を添えて、考える人みたいになっている刃が言う。


 片手は海棠さんに確保されたままだが。


「外界を完全に切り離し、内界に入り込んでいるんだ。極限の集中力で、完全に本の世界に入り込んでいるというのが正確だな」


 なんて無駄に凄い集中力なんだ。


 個性的な(←控えめな表現)坂道くんたちの存在までも完全に無視してしまえるぐらいなのだから、よっぽどだと認めざるを得ない。


「そっか。こっちは進展ないのか」


「すみません」


 藤原さんが申し訳なさそうに頭を下げる。


「あぁ、気にしないでいいから。こんな騒ぎになったら、白鳳院さんのバリアーの硬度が強くなっても仕方がないよ」


 お淑やかな藤原さんが、坂道くんたちを無視して話しかけられるとも思えないし。


「好き。」


 僕が「白鳳院さん」と口にすると間髪いれずに、無を宿した声で愛の告白が返ってきた。


「………………。」


「凄いな。反応するべき時は、ちゃんと反応するようになってる」


 繰り返すけど、なんて無駄に凄い集中力なんだ。


「どういう状況なのですか?」


 海棠さんが首を傾げている。


「え~と、彼女は今日から僕らと同じクラスになった転校生の白鳳院芙蓉さん」


「好き。」


 どうやら僕が呼ぶと自動的に愛の告白をするらしい。


 とりあえず、それは気にせずに海棠さんへの説明を続ける。


「なんか『上』の方でいろいろと諸事情があったみたいで、狂から僕の新しい許婚になったみたいなんだけど、こんな感じで細かい話が聞けなくて困ってるんだ」


「昨日の今日で転校生というのも珍しい話ですね。急な話だったのでしょうか? それに『白鳳院』ということは………あぁ、そういうことですか」


 海棠さんはちらりと藤原さんを見やってから、誰かの愚かさを嘆くように緩々と吐息を漏らした。


「先ほどのお話は、そういう事情から始まったのですね」


「……まあ、そういうことになるね」


 遠回りして、脱線して、的外れなところに不時着した気しかしないけども。


「そういうことでしたら、やはり室井さんはハーレムを選んだ方がいいと思いますわ」


「その話はもう終わってるから……」


「ハーレム?」


 明日香が不思議そうな視線を向けてくる。


「気にしなくていいから」


 これ以上、話をややこしくされたらたまらない。


「さて、どうしたものかな?」


「あの……」


 首を捻って頭を悩ませていると、困った顔の藤原さんに袖を引かれた。


「なんだい?」


「私は芙蓉さんに話しかけてもいいのでしょうか?」


「いいよいいよ。どうせ、このまま放っておいても両者の時間は止まったままだから……」


「わかりました」


 藤原さんはうなずいて、白鳳院さんに向き直った。


芙蓉ちゃん(・・・・・)


 さん、ではなく、ちゃんになっていた。


 それで変化が生じるものだろうかと二人を眺めていると、ピクッと白鳳院さんの顔が動く。


 ようやく引き出せた新たな反応に、周囲から「おおぉぉっ」と驚きの声が上がる。

パチクリと瞬きをした白鳳院さんは、藤原さんに顔を向けると、ほんのわずかな変化ながらも驚いたように目を丸くした。


「………………ことり?」


 気づいたら目の前に知り合いがいたような呟き。


 まるで、ではなく、本当の本当に今の今まで、周囲をまるで認識していなかったのが確定した瞬間であった。


 とんでもない『A・Tフィールド』の持ち主だった。


「そうですよ、芙蓉ちゃん」


 ほんのちょっとだけ眉を下げた藤原さんが、それでもすぐに微笑を浮かべる。


「久しぶり」


「そうですね」


「また逢えて、うれしい」


「私もですよ」


「小鳥、大きくなった」


「芙蓉ちゃんもですよ」


「胸も立派に育ってる」


「ふ、芙蓉ちゃんも、ですね」


「………………………………。」


「どうかした、明日香?」


 急に自分の胸元を見下ろして、どんよりとした空気を背負う明日香。


「な、なんでもない」


「そう?」


 ――などとギャラリー化してる僕たちが小声で話している間も、藤原さんと白鳳院さんの会話は続いている。


 弾んでいるというには、白鳳院さんの物言いは淡々としすぎているが。


「それなら小鳥がずっと想い焦がれてきた許婚も余裕で落とせる」


「え、え~っと……」


 ちらっと胸元に手を添えながら藤原さんがこっちを見るけれど、僕としては目を逸らす以外の選択肢は選べない。


「自信を持っていい」


「あ、その……はい」


「むしろ、小鳥を振るような奴は吹っ飛ばす」


「………………。」


「大丈夫。わたしは強くなった。物理的な意味で」


「なんか凄い会話だな」


「そうだね、刃」


「わたくし、お二人の間にとても大きな齟齬を感じるのですが、気のせいでしょうか?」


「海棠さんもそう思うってことは、わたしの気のせいじゃないのね」


 明日香が眉間を揉み解している。


 同じ疑問を抱いていそうなクラスメートもざわざわしている。


「その、えっと………………芙蓉ちゃん?」


「なに?」


「私の許婚の人の名前、知ってる……よね?」


 やや強引に話題を変えた藤原さんの問いに、白鳳院さんはうなずく。


「うん。天城八雲。いま世界で一番の有名人。さすがは小鳥」


 よくやったと言わんばかりに、白鳳院さんはぐっと親指を立てる。


「芙蓉ちゃんが許婚になった人の名前を教えてくれる、かな?」


「室井八雲。

 ――はっ。下の名前が同じ。凄い偶然。」


「………………………………………えっとね。天城八雲さんが、『天城』になる前の姓は知らないの、かな?」


「知らない。小鳥はいつも『八雲』としか言ってなかった」


「あのね。室井っていうんですよ」


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」


 ピタッと白鳳院さんが、動きを止めた。


「それはつまり、室井八雲と天城八雲は同じ?」


「はい」


「………………………………………………。」


 白鳳院さんは何度か瞬きしてから、軽く俯いた。


「困った」


 やがて、ポツリと呟く。


 まったく困ったようには聞こえないが、本気で困っているような気がする。


「え~っと、芙蓉ちゃんからいろいろと詳しい話を聞きたかったんだけど、その様子だと必要最低限しか教えられていない……のかな?」


「ん。」


 白鳳院さんが小さくうなずく。


「あの人に許婚(・・)の写真と簡単な資料を渡されて、この学園に行くように言われた。話は通してあるから、仲睦まじく振る舞って、要約するとなるべく早くに押し倒されてくるようにと言われた」


 なんつーアバウトな。


 さっさと既成事実を作れと言ってるようにしか聞こえない。


「………………………あの人たちは………っ」


 額に手を当てた藤原さんが、なんとも言えない表情になる。


 珍しくと言えるほどに、まだ付き合いが長いわけじゃないけれど、そのまま小声でブツブツ言いながら藤原さんは考え込んだ。


「困った」


 白鳳院さんも繰り返してから、パタンと本を閉じた。


 閉じた本を両手で挟み、本の頭の部分に額をコツンと触れさせる。


 ………考える時の癖なのかもしれない。


「どゆこと?」


 明日香が首を傾げている。


「あ~、それはなぁ」


 実父さんから聞いた話で概ねを把握しているけれど、なんとも薄暗いものを含んでいるので安易に話すのは躊躇われた。


「白鳳院さんの許婚の名前は『室井八雲』で、藤原さんの許婚の名前は『天城八雲』というのが白鳳院さんの認識で、別人だと思っていたようですね。ですが、先ほどのお二人の会話で同一人物だという事実が発覚したのです」


 丁寧に説明してくれる海棠さん。


 相変わらず刃の腕を取ったままで、自分の胸を押し付けるようにしながら。


 刃は鬱陶しそうに押しのけようとしているけれど、傍から見る分にはイチャイチャしているようにしか見えない。


 その結果として――


 完全放置プレイをされている『嫉妬団』の面々が告白ポーズのまま固まっていながらも、爛々と嫉妬の炎を燃やして刃をロックオンしているというサイドストーリが描かれていた。


 誰も気にしていないけどね。


 どうでもいいような余談はさておき、海棠さんの話に耳を傾ける。


「藤原さんと白鳳院さんは友人であり、白鳳院さんは藤原さんを応援している。となれば、今の白鳳院さんの立場は三角関係の形成になり、藤原さんの邪魔になってしまう。それは白鳳院さんの望むところではないのでしょう」


「なるほど」


「ですが、意外ではありますね」


「何がだ?」


 ぐいぐいと胸を押し付けている海棠さんを、刃は鬱陶しそうに押しのけようとしながら問いかける。


 なかなか器用なやり取りをしている二人だと思う。


「藤原家と白鳳院家は険悪な関係で知られていますので、小鳥さんと芙蓉さんが友人であるのは少し不思議な関係と言えなくもありません」


「ほ~ぉ……」


 刃はどうでもよさそうだった。


「実父さんもそれっぽいことを言っていたけれど、海棠さんからしてもそんな風に思うのかい?」


「ええ。有名な話ではありますので。風鳥院と綾媛のような数百年越しの因縁で対立関係を持つ九敵同士というほどではありませんが……」


 海棠さんが空いている方の手の人差し指を頬に触れさせる。


「元々は一方的にライバル視をしている白鳳院家が、小賢しい嫌がらせをしている程度だったのです。ですが、どうも近年になってから有力なバックを得るかしたようでして、嫌がらせが悪質化してしまったのですよ。大事にならないように受け流していた藤原家も、黙っていられなくなるほどで、ここ数年で関係が加速度的に悪化しています」


 実父さんから聞いた話よりも詳しかったけれど、それはつまり、海棠さんでもそれぐらいなら暗記しているレベルで、世間的に有名な話となってしまう。


 なかなかに根は深そうだ。


「面倒くさそうな話だな、おい」


 同じ感想に至ったっぽい刃が、顔を顰めていた。


 無意識にため息を吐きながら、視線を藤原さんたちに戻すと――


「……むぅ。仕方がない。わたしは実家に帰る」


 何らかの結論を出したらしい白鳳院さんが、すっくと立ち上がった。


「ちょっと待ってくださいっ!」


 藤原さんがバッと袖を掴む。


「それでいいんですかっ!?」


「いいも悪いもない。わたしは小鳥が『天城八雲』をどれだけ想っているかを知っている。だから、邪魔はできない」


「でもっ! それでは芙蓉ちゃんは――」


「たくさん怒られる。でも、わたしが我慢すればいいだけ。小鳥が気にする必要はない」


「そんなわけにはいきませんっ!!」


 藤原さんの表情に浮かんでいるのは明確な焦燥で、このまま白鳳院さんを行かせてしまうのがよくないのは、鈍感な僕にも伝わってくる。


「芙蓉さんっ! ちょっと待ってください」


「待たない」


 藤原さんの制止を振り切るように、白鳳院さんは動き出す。


 ともすれば、そのまま本当に帰ってしまいそうな勢いだったので、思わずといったように僕は白鳳院さんの前に立ち塞がるように動いていた。


「ちょっと待って」


「え?」


 白鳳院さんは肩越しに後ろの藤原さんを見ていて、前を見ていなかった。


 僕もまさか立ち止まってくれないとは思っていなかったので、結果として互いに反応が出来なかったのが不幸の始まりだった。


「わぁっ!?」


「ん、ぁっ!」


 ちょっとしたタックルみたいな形で白鳳院さんの突撃を受けた僕は、半ば反射的に衝撃を受け流そうと身体を動かしていた。


 だけど、運動がそんなに得意じゃない僕には、白鳳院さんを受け止めて、体勢を立て直すような離れ業など叶うはずもなかった。受け止めるどころか、不自然に足をもつれさせて修正不可能なぐらいに体勢を崩してしまう。


 結果として――


 普通なら互いがよろめく程度ですんでいたであろう事故は、大惨事になっていた。


「わぁぁぁっ!?」


「八雲さんっ! 芙蓉ちゃんっ!?」


 なんだかよくわからない感じに倒れこんだ僕を迎えたのは、冷たくて硬い通路の感触ではなかった。


 ――ん?


 唇と手が柔らかいものに触れている。


 温かみのあるこの不思議な感触は……なんだろう?


 それになんだか、息苦し――


「ん、んんんっ!?」


 四つん這いになっていた僕の腕の下に、白鳳院さんが倒れこんでいた。


 それだけならまだしも………いや、それだけでも重大事件ではあるのだけど。


 僕の唇は、白鳳院さんの唇と触れ合っていて。


 僕の手は、押し倒す形になっている彼女の胸元を鷲掴みにしていて。


 傍から見ると、若い欲望を我慢できなくなった男子が、女子を押し倒した――という有罪確定の構図が出来上がっていた。


「「「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~っ!!」」」


「「「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~っ♡」」」


 男子の絶叫と、女子の黄色い悲鳴で教室が埋め尽くされる。


「おい」


「大胆ね」


「や、八雲さん……」


 幼なじみ二人の声は氷のように冷たく、藤原さんの声はなんか気が遠くなってる人みたいな感じになっていたけれど、悠長に状況を分析している余裕なんか僕にあるはずもなく、頭の中は混乱しまくっていた。


「ん………んむ……っ」


 目撃者多数なのでいろんな意味で手遅れかつ有罪確定なのは疑う余地がないけれど、せめて白鳳院さんが気絶でもしてくれていたら………などと我ながら最低なことを考えていると、現状の重大さに白鳳院さんも気づいてしまったようだ。


「んぅ……んむぅ………ひゃ、めっ!」


 呻く白鳳院さんの唇が動いて、僕の唇との結合を微かに深めた。


 ほんの数ミリしか動いていないのに、そんな動きでさえもはっきりと感じ取れてしまう。


 触れ合う濡れた唇。口内で混ざり合う白鳳院さんの甘やかな吐息は、香りまで甘いかのようで、脳を痺れさせる………………って、無意識に堪能してる場合じゃないっ!!


「―――――っ、ぷ、はぁっ!? ご、ごめんっ!」


 全速力で慌てて身体を起こす。


 柔らかな感触が儚い夢のように遠ざかってしまった――とか、反射的に名残惜しんでいる場合でもない。


 全身に嫌な汗を浮かばせながら、空回りする頭をフル回転させる。空回りしたまんまじゃねーか、とか突っ込んでいる場合じゃないって言ってるだろ、僕ぁっ!?


 どうするどうするどうするどうするどうするどうする――――――っ!?


「手も。胸から離して」


「あ、はい」


 押し倒されたまま、わずかに赤らんだ顔を横に向けた白鳳院さんがポツリと一言。


 この学園のものではない制服越しであっても膨らみと柔らかさがわかる大きな胸に置かれたままだった手を、慌てて離す。


「………………。」


 何も言わずに、白鳳院さんはむくりと上半身を起こした。


 キスや胸を揉まれたのなんかどうでもいいように、真っ直ぐに視線を僕に――いや、その後ろに向ける。


「小鳥、ごめん」


 ギクッと全身を震わせて、ゆっくりと肩越しに後ろを振り返る。


 ふらっとよろめいたのか、藤原さんは慌てた様子の明日香に支えられていた。


 ずっと想いを寄せ続けた許婚が、目前で友人を押し倒して唇を奪ったのだから、至極真っ当な反応だと思う。


 事故だけど。


 でも、それを事故だと信じてくれる人が、どれだけいるだろうか。


 ラッキースケベだとか言ってる人もいるけれど、ここまで堂々とやらかしてしまうとその後に待ってる末路は断罪しかない。


 アンラッキーだ。


「室井八雲」


 わずかに申し訳なさそうに目を伏せた白鳳院さんが、今度は僕を見る。


 ギラッと餓えた肉食獣が獲物を見つけたような眼光だった。


 淡々とした語調でありながら、その奥底に怒りの感情が揺らめいているのがわかる。


「は、はいっ! ごめんなさい。決して、わざととか狙ったとかじゃありません。信じてください」


 水が上流から下流へ流れていくように、僕の土下座スタイルへの意向はかつてないほどに流麗且つ素早かった。


 ゴスッと音がするぐらいの勢いで、床に額を叩きつける。


「………………。」


 白鳳院さんの視線の圧力は増すばかりで、後頭部に刺さりそうなぐらいだ。


「謝っても許さない」


「ですよねっ!?」


「でも、わたしの言うことをひとつだけ何でも聞くなら許す。どう?」


「何でも聞きますっ!!」


 否応もない。


 顔面を上げて、白鳳院さんを真っ直ぐに見つめる。


 胸中に満ちる償いの意思を、少しでも感じ取ってもらえるように。


「なら、小鳥にもキスして」


「はいぃっ!?」


 屋上から『アイ・キャン・フライ』しろと言われるのも困るが、予想の斜め上の要求に裏返った声が出た。


 吃驚仰天どころの騒ぎではない。


 ただでさえ騒がしかった周囲のざわめきが、一際大きくなる。


「ふ、芙蓉ちゃんっ!」


 意識を遠のかせていた藤原さんが帰還した。


「今すぐ。でないと絶対に赦さない」


 白鳳院さんの本気を感じた。


 しなかったら、何をされるかわからないぐらいの迫力もある。


「ふ、ふふ、藤原、さん……?」


 顔から凄い勢いで血の気が引いていくのを自覚しながら、明日香に支えられている藤原さんに向き直る。


「あ、あの、八雲さん? 芙蓉ちゃんの言うことを真に受けなくても………」


「ダメ。小鳥は黙ってて。」


 白鳳院さんに容赦の二字はなさそうだった。


「あと。ちゃんと口と口ですること」


「マジでっ!?」


「芙蓉ちゃんっ!!」


「それ以外は認めない」


「………………………………ぁ、かっ」


 幼なじみに助けを求めようとしたけれど。


「がんばれよ、八雲っ!」


「生まれた時からの許婚なんだから、これぐらい普通、普通♪」


 刃と明日香も頼りになりそうにない――どころか、明日香は藤原さんの背中を押すように唆してさえいる。


 なんで、そんなに楽しそうな顔をしているんだっ!?


「………………。」


 ダメだ。


 窮地から逃れる術はなく、逃げ道は完全に絶たれている。


 そもそも、これは白鳳院さんの『お詫び』だ。


 誰が望んだわけでもないのに、大切に想っている藤原さんの目の前で、僕とキスをしてしまったことが、友だち(・・・)に少なからずのショックを与えたと理解しているのだ。


「せ、せめて、他に人目のないところで」


「………。大事なのは『事故』を上書きするほどの既成事実。目撃者は多ければ多いほどいい」


 及び腰になる僕を半目で睨む白鳳院さんは、さらに条件を上乗せしてきた。


「あ、うっ」


 僕には荷が重すぎる状況に躊躇っていると、周囲から『キース♪ キース☆』とキスコールまで起こり始める始末。


 プレッシャーはいよいよ、僕を押し潰さんばかりに迫ってきていた。


 わかってはいるのだ。


 いくら不幸な事故とはいえ、客観的な視点で見れば、一番の罪人は僕に他ならない。


 逃げてはいけない――のだけど、こんな形で藤原さんにキスをするのは激しい抵抗があるのも事実だ。


 ずっと一途に僕を想ってくれていたという藤原さんに、させられるような形で(・・・・・・・・・・)キスをするのが正しいとは思えない。余計に傷つけてしまうだけにもなりかねない。


「お気持ちはわからないでもないのですが、室井さんに一つ忠告させてもらいます。抵抗すればするほどに目撃する方々が増えていきますよ?」


 なんか背中が寒くなる微笑を浮かべた海棠さんがひらりと手で示すと、騒ぎを聞きつけた好奇心丸出しの野次馬が教室に押しかけてきていた。


 さらには、峰倉さんと玖堂くんの新聞部コンビが写真撮影の準備を進めていた。


 身内(クラスメート)の方がよっぽどタチが悪い。


 明日の号外の見出しは決まったも同然だし、スマフォを構えている連中から学園中に情報が拡散するのも確定だ。


 ………………………………………僕の人生は終わった。


 このまま気絶でもしてしまえれば楽なのだが、そこまで線が細くはないらしい。


 ぎくしゃくと油の切れたロボットみたいに藤原さんの元へと歩み寄り、その両肩に両手をそっと置く。


「「「オオオオオオオオオオォォォォォォォォォ――――――――ッ!!」」」


「「「キース♪ キース☆ キース♡」」」


 盛り上がる周囲がうるさい。


「なんでこんなことに……」


 泣いてしまいたい。


 心の中で流れる血涙を、目から零してしまいたい。


 でも、悪いのは僕だから、そんな資格すらない。


「あの、八雲さん?」


「ごめん、藤原さん。罪深い僕を許してください」


「いえ、その……一つだけお聞きしてもいいですか?」


 頬を染めて藤原さんは、僕と視線を合わせないようにしながら言う。


「う、うん。なにかな……?」


 許婚を解消してくれませんか――とか言われたら、僕は悦んで飛べない鳥になろう。


 その時にはもう何を失っても怖くなくなっているはずだから。


「私と……その……キス、を、するのは、嫌ですか?」


「嫌じゃない……けど」


「けど?」


「こんな成り行きというか、強制みたいな感じでするのは……嫌なんだ」


「……ありがとうございます」


 ほっとしたように胸を撫で下ろした藤原さんが、控えめながらも花が咲いたような微笑を浮かべる。


「八雲さんは、私を一人の女として見て下さっているんですね」


「藤原さんは魅力的な人だよ」


 これは間違いなく本音だ。


 もっと違った普通の出逢い方をしていたなら、普通に一目惚れをしていただろう。


 だからこそ、こんな形でキスをするのは間違っている。


 状況を作った元凶が僕なのだとしても………………………………って、コレって物凄く屑い考え方なのではないだろうか?


 自己嫌悪がクライマックスだ。首を吊る縄が欲しくなってきた。


「でしたら――

 事故のような形でも、芙蓉ちゃんを羨ましく思う気持ちはあったので、私も八雲さんとキスが……したいです」


「え?」


 不意に藤原さんの顔が近づいてきた。


 頬に両手が添えられる。


「ん。」


「―――――っ」



 そして――



 黄色い歓声が教室を埋め尽くした。


「よし」


 相変わらずの無表情なのに、白鳳院さんがとても満足げなのがわかる。


「では、わたしはこれで」


 スチャッと手を上げて、白鳳院さんが背中を向ける。


「それとこれとは話が別です」


 その背中を後ろから、がっしと抱き締める真っ赤な顔の藤原さん。


「このまま、あなたを行かせるわけにはいきません。あんな家に(・・・・・)帰すわけにもいきません」


「小鳥、でも……」


 やっぱり、なんか事情がありそうな感じだけど、藤原さんとのキスの感触に酔っている僕には割り込む余裕がない。


 白鳳院さんとの事故も鮮烈な刺激があったけれど、突発的なものだったのであんまり覚えていないというのが正確だ。


 だけど、藤原さんのは心の準備こそなかったけれども―――――


 ダメだ。思い出したらヤバいことになる。


「いいんです」


 決意を秘めた顔の藤原さんが、白鳳院さんを後ろから抱いたまま僕に向き直る。


「お願いがあります、八雲さん」


「あ、はい。なんですか?」


「芙蓉ちゃんを許婚の一人として、正式に(・・・)受け入れてあげてくれませんか?」


 ………。


 ………………。


 ………………………。


「「「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~っ!!」」」


 藤原さんの予想外の『お願い』に、僕は――あと、この場に居合わせていた大半の人たちも驚きの叫びを上げるしかなかった。




 あと、余談を一つ。


 完全に忘れ去られた坂道くんたちは、最後まで誰にも思い出してもらえなかった。







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