戦闘狂にチートはやらん
皆に簡単な指示を出し終えて間もなく、俺達はワイバーンのダイブ攻撃を、散会して躱す。
丁度、近くにいたイリスにノルンを預けた俺は、収納から黒鋼の太刀を取り出す。
この黒鋼の太刀だが、全長が2.5メートルほどで、刃長が1.8メートルほどもある長物で、重量は30キロを軽く超える浪漫武器だ。
黒鋼の武器は、通常の鋼の倍近い重さが有る代わりに、硬く切れ味も良い。勿論その重さが使い手を選ぶわけだが、俺くらいのパラメータがあれば、その重さは邪魔になる事は無く、破壊力の一助となるのだ。
今までは、障害物の多い森の中と言うことも有り、収納の片隅に眠っていたわけだが、相手が大物となれば話は別だ。上空が開けた岩場に出たことだし、晴れてこいつの出番と言うわけだ。
ワイバーンの体長は4メートルほどであろうか、その内1メートルと少しは尻尾の長さだ。横幅は翼を広げると8メートルほどで、想定していたよりは大きくは無い。それでも自分よりは巨大な生物であり、かなりの迫力があった。
皆の様子を見ると、マシロとアンズは矢を射かけており、ノルンは『サンダーアロー』の魔法で攻撃している。
雷魔法Lv1の『サンダーアロー』は、威力は低いが射程が長く、命中性能もそこそこだ。雷魔法Lv3の『サンダーボルト』の方が威力は高いのだが、距離が離れると途端に命中性も悪くなるし、威力も減衰してしまう。雷魔法は全体的に、速度と威力に優れるが、射程と命中性能には難ありなのだ。
そんな中、俺はスズの元に行き、ある魔法を掛けてもらう。無属性魔法Lv4の『グラビティ』だ、この魔法は重力を制御でき、現在のスズの魔力だと、重くするなら3倍に、軽くするなら3分の1にすることができる。今回の場合、当然、軽くしてもらう方だ。
魔法が掛かると、フワフワして何か落ち着かない感じだ。これなら軽くジャンプするだけでも、10メートルくらいは飛べるんじゃないだろうか。
長大な太刀を上段に構えた俺は、我が物顔で空を飛ぶ巨大なトカゲを見据える。
ワイバーンは、マシロ達の遠距離攻撃に辟易したのか、鎌首をもたげて口を大きく開けていた。
「全員、ブレスに注意しろ!」
皆、俺が警告するまでも無く、ワイバーンの行動に警戒を強めており、スズやマシロはいつでも回避できるよう体勢をフラットな状態にしているし、イリスは自身とノルンを守るように、大盾を構えている。
直ぐに火炎放射のようなブレスが来たので、軽く躱して敵を見ると、ダイブの体勢に入っており、追撃を掛けるつもりのようだった。
ここがチャンスだ、俺は攻撃のタイミングを計るのに、集中を高めていく。
ワイバーンは翼を後方に広げて滑空し、地面すれすれに降りてくる。
「今だ!!」
俺は自らの足で空高く飛び上がり、肉迫するワイバーンに向けて太刀を振りかぶる。
が、ちょっと跳び過ぎた……20メートルくらい跳んだかもしれない、このままだとワイバーンは俺の下を素通りしていきそうだ。「今だ!!」とか恥ずかしすぎである。
「『ウィンドプレス』!」
俺は咄嗟に、自分の後方に風の塊を打ち出し、急降下を行う。ワイバーンと交錯した瞬間、太刀を振り下ろし、その長大な左翼を切裂いた。
無理矢理な機動をした所為で、狙い通りとは行かなかったが、充分な成果だろう。
「後は任せた! ぐぺっ」
着地の事を失念していたよ、あぁ首が痛い……。
俺の上下反転した視界には、満足に上昇もできないワイバーンが、マシロやノルンの攻撃の良い的になっている光景が映っている。翼だけで空を飛んでいるわけではない為か、片翼を失ったからと言って、直ぐに墜落するというわけでも無さそうだが、攻撃を満足に回避できないようだ。直ぐにでも堕ちてくることだろう。
俺が体勢を立て直し、視界が元に戻るころには、地に堕ちたワイバーンをスズ達が仕留め終えていた。
皆の元に近づいていくと、ノルンとイリスの話声が聴こえてくる。
「アスラ殿は随分と、人並み外れた動きをされるのでござるな」
「いつもは後方に控えてて下さるのですが、強敵の場合は、ああいった変態的な動きを見せてくれるのです」
変態的て……褒め言葉と取っておこう、深く考えちゃ駄目だ。
俺達は、ナオにワイバーンを回収してもらい、各自の軽い火傷や擦り傷の治療が済むのを待って、移動を再開する。
歩き始めてから程無くして、迷宮跡地に着くと、今夜は迷宮の外で野営をすることに決めた。
相変わらずのドレッドベアの肉を使った食事が済み、夜番は昨日と同じ順番で休息を取る。丁度、1番目がスズ・ノルン・イリスの担当であったため、俺もそのまま起きたままで居て、他のメンツが寝静まったころを見計らって、話を切り出した。
「さてイリス、俺達の仲間になる覚悟は出来たかな?」
「拙者で良ければ、お願いするでござる」
一応、俺の方も仲間にする方向で考えてはいるが、これだけは確認したいという事を聞いておく。
「そうか、最後に1つだけ聞かせてくれ、キミは戦いは好きか?」
「……好きでも嫌いでもござらん。戦わねば生きていけぬ故、戦うだけでござる。勿論、好きになれというのであれば努力は致すが……」
「いや今の答えで充分だ、戦いなど好きになる必要は無いよ」
ノルンの方を見ると、彼女が頷いてくれたので、イリスの答えは嘘では無いのだろう。
もし、イリスが戦いが好きだと答えた場合、俺は彼女をコテツ達と同様、一時的な仲間として扱うつもりだった。その場合は当然、俺のスキルについても教えないし、加護も付与しない。
何故なら、戦いが好きな者にとって、戦闘が有利になる加護なんてものは、邪魔にしかならないと思うからだ。俺の加護なんてチートが有った状態では、対等の戦いなど望めないし、満足の行く戦いが出来たり、勝利を掴んだとしても、加護で圧倒的に有利だと言うだけで、嬉しさも半減だろう。
もし、チート有での戦いも楽しめるという者が居たとしても、むしろ、そんなんでイイ気になるような人とは、お近づきになりたくは無いのだ。
ともかく今回のイリスの回答は、俺を決心させるのに充分な物であった。
「ノルン、例の魔法について教えてあげてくれないか?」
「はい、少々お待ちくださいませ」
俺が頼むと直ぐに、ノルンがイリスに『デボーション』の詠唱や、作法について教えてくれている。
俺達の場合、異世界人セットや俺の加護に記憶保持スキルが含まれている為、取得した魔法スキルの詠唱方法を覚えているのだが、普通の人はスキル習得時の出来事は忘れてしまう。詠唱方法を覚えている人も居るらしいが、そういった人は少数派だ。
そのため通常は、魔法スキルを取得しただけでは、魔法の行使はおぼつかず、他者から詠唱方法を教えてもらう必要があるのだ。
魔法のレクチャーが終わったのか、ノルンとイリスが連れ立ってやって来る。ちなみにスズは、1人で周囲の警戒に当たってくれていた。
「準備は宜しいですか?」
「ああ、いつでも始めてくれ」
「はっ! ……あの、少し後ろを向いていて下さらぬか」
「あっと、済まない」
イリスに言われ、ノルンのジト目に押されるように後ろを向いてしばし待つ。
そう言えば、忠誠の証となる紋様が胸元に浮かび上がる為、服を肌蹴させる必要が有ったんだった。
「もういいでござるよ」
振り向くと、重い鎧を脱ぎ捨て、上着の胸元を肌蹴たイリスが立っていた。その緩やかな曲線を描く、残念な胸元は鱗で覆われている。
「それでは始めるでござるよ」
「あっ、ああ、頼む」
「神聖なる光の精よ、我は此処に汝に誓う、我が忠誠を唯一人に捧ぐ、『デボーション』」
イリスが魔法詠唱を終えると、その胸元に光り輝く魔法紋が浮かぶ。
「それじゃ、触れるぞ」
俺はそう言うと、右手の指先で魔法紋を触れた。彼女の胸元は硬い鱗で覆われていたが、不思議と肌触りは悪くない。
しばらく触れていると、魔法紋の光が収まっていき、ただの紋様としてイリスの胸元に定着する。これにて主従契約は完了である。奴隷契約のような拘束力は無いが、少なくともこれで、裏切られる可能性は無いはずだ。
「これから宜しく頼むよ、イリス」
「はっ! 宜しくお願い致す、主殿」
「で、この後なんだが、イリスに加護を上げようかと思うんだが、いいかな?」
「加護でござるか? まあ、主殿に全てお任せ致すが」
魔法での契約により、一定以上の関係っていう加護を付与する条件はクリアしたところで、早速、加護を付与しようと思う。
「加護を付与するといことは、またあの行為をされるのでしょうか? どうなんですかアスラさん?」
「……いや、今回はちょっと違う方法を試してみようと思う」
いつもであればここで、ディープなのをかますところだが、今回は別の方法を試してみようと思っていた。けっして今、ノルンのプレッシャーに負けたわけでは無いのだ。
ぶっちゃけて言うと、現状、イリスと男女の関係になるつもりはこれっぽっちも無いので、キスでの加護の付与は避けたい。スズ達3人でさえ持て余しているのに、これ以上増えると身体的にも、何より精神的に耐えられそうにない。キスくらいでイリスが俺を好きになるとは思わないが、可能性の芽は少しでも潰しておくべきだろう。
さて、加護を付与するもう1つの方法だが、いざやろうと思っても、なかなか踏ん切りがつかないものだ。一応、釘を刺しとくが、ナオへの加護の付与方法とは違うので悪しからず。あの方法を人に試したら、ノルンに何て言われることやらだ。
ふー、何時まで迷ってても仕方が無い、覚悟を決めるか。
やっとのことで覚悟を決めた俺は、小剣を取り出し、左手の手のひらに傷を付ける。
「アスラさん何を!?」
「大丈夫、心配しないで。イリス、俺の血を飲め、ちょっと痛いから早めに頼むよ」
「……承知したでござる。拙者の為にここまでされるとは、まことにかたじけない」
イリスが恭しく俺の左手を取ると、流れ出る血を嘗め取り始めた。自分の血を与えることで加護を付与するってのは、儀式っぽくて良いのではなかろうか? まあ、ちょっと痛いのが玉に傷ではあるがね。
しばらくして、イリスを鑑定をすると、ギフトスキル欄に『アスラの加護(スキル習得中)』を確認できた。やはり、血液でも加護の付与が可能なようだ。あと試していないのは、鼻水とか尿とかの排泄物系なわけだが……これを試してしまうと、何かが終わってしまうような気がするので止めておこう。実験はこれまでとする。
「もういいぞイリス、これで明日には加護が付くはずだ。詳しくはノルンに聞いてくれ」
「はっ、仰せのままに!」
「そんな事より、今は手を出してください! 『ハイヒール』!」
珍しく慌てているノルンが可愛らしい、この程度の傷で『ハイヒール』はやり過ぎだと思うぞ。
「ありがとうノルン、俺はもう寝るから後は頼むよ」
「待ってください話はまだ終わってません!」
その日、どうにかノルンを丸め込んで眠りに就いた俺だが、1時間もしないうちに夜番の担当時間となり、起きる羽目になる。血を失った所為か、いつもより寒く感じた俺は、久しぶりにナオを自分の懐に入れたまま、一晩過ごすのであった。
話がなかなか進まんとです。当初の予定では、今回で迷宮の奥まで行ってるはずが……。まあ、加筆は良いとして、苦手な戦闘シーンさえ越せれば、更新ペースも戻る……はず。




