聖都エストへの道
エスト教国に入ってからしばらく歩くと、前を行くマルコの馬車が停止した。魔物の襲撃というわけでは無さそうで、どうやら白いローブを着た一団と、護衛が話をしているようだ。俺は馬車にこっそりと近づき、馬車の中にいたマルコに話しかけた。
「マルコさん、どうかされましたか?」
「巡礼の司祭様がいらしてまして、護衛が相手をしているうちにお布施の準備をしておくといいでしょう」
「お布施ですか?」
「旅の無事を祈祷してくれるんですよ、効果のほどはわかりませんが、宗教家は敵に回さない方がいいですよ。相場は仲間1人につき銀貨1枚といったところですので」
スズ達を呼び寄せ、マルコ達と合流した後、白ローブの集団から一言二言を旅の無事を祈られた。釈然とはしないものの、5人分の銀貨5枚をお布施として支払っている、やはり余計な波風は立てたくない。一言二言で銀貨5枚とはいい商売だなと思いつつ、祈祷が終わり去っていく白ローブ達を見送った。
「お布施払えない人ってどうなるんでしょうね」
「貧しそうな人には見向きもされませんよ。あちらも商売ですから」
やっぱり冷静に商人から見れば、宗教は商売になるんだよな。俺も同感ではあるが、だからといって宗教なんて無くていいとまでは思わない。前世では神なんて居ないって思ってた俺だが、近所のお寺の和尚さんとかの、まともな宗教家は尊敬していた。
実際に話してみると話は面白いし、思慮の深さを感じた。伊達に長年修行したり、檀家の方たちと交流したりしていない。彼らはコミュニケーションのプロであり、死を間近にした人達にとって救世主だ。死ぬのは人にとって最大の恐怖であり、それを和らげてくれる彼らの需要が無くなることはない。だからこそ、宗教というのは人が死ぬ限り、必要な商売であると考えている。
だからといって全ての宗教を肯定するかと言うと、それは別で、以前会った新興宗教の人間は酷かった。話は通じないし、最終的に脅迫まがいの発言もしてきた。きっとノルマとかあって切羽詰まってるんだろうなぁと憐れに思ったものだ。
こっちの宗教がまともならいいが、宗教国家な時点であまり期待できそうにない。ただでさえ、神の名のもとに色々許されちゃう宗教が、国家権力までもってしまうのだ。抑止力の無い力など、ブレーキのついてない暴走車みたいなものだ、十中八九酷いことになってるだろうな。
「マルコさん、良い機会ですので、教国について聞いてもいいですか?」
「良いですよ、どういったことを聞きたいですか?」
まずはどんな宗教かとか、これから向かう街についてか。後は、俺のツレは皆、普人族じゃないから、異種族の扱いとか治安とか聞いとくかな。
マルコに聞いたエスト教国についての事は次の通りだ。
・エスト教国とは、エスト教の信者で構成された宗教国家であること
・エスト教とは主神エストレアを崇める宗教であること
・主神の他に、太陽の男神、大海の男神、冥府の女神、大地の女神がいるらしい
・これから向かうのが聖都エスト、人口は20万ほどで、この国の大半の人間が住んでいる
・ペットの扱いは王国と変わらない
・治安はとても良く、犯罪はめったに起こらない
・ペット含む異種族は洗礼を受けることで国民になれる
この中で気になるのは、太陽の男神だな。チャラ男の姿が頭に思い浮かぶんだが気のせいだろうか。あとは、洗礼かな、こう卑猥な妄想を思い浮かべてしまうのは、俺の心が穢れている所為だなきっと。
マルコに礼を言うと、俺達は馬車が先を行くのを待って、距離を置いて歩き始めた。
「コテツ、アンズ、洗礼なんて受けたいと思うか?」
「いえ、私達には帰らないといけない場所があります」
「某達は、主殿の言葉を信じておりますれば」
まだ解放してやるわけにはいかんが、忘れないようにせんと。
「スズとマシロの洗礼は無しだ、悪いけど手放す気は無い」
「あっ、うん、嬉しいな」
「ん、ずっと一緒」
スズは顔を真っ赤にして答え、マシロは表情は読みずらいが、両拳を握って見せたので嫌では無いのだと思う。2人とも問題無さそうだし、洗礼は無しの方向でいいだろう。
「さて、エスト教国で用事を済ませて、さっさと商都連合に向かうとしようか」
そう言った俺に頷く4人を連れ、馬車の後について街道を北に進んだ。
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俺達はエスト教国に入って2日で、聖都エストに到着した。やはり治安は良いのか、盗賊に合うような事は無かった。合法的にお布施という形で金を巻き上げる、盗賊もどきとは2度ほど合いはしたがね。
あと道中の戦闘で、スズとマシロのレベルが一つ上がっている。スキルポイントは固有スキルのために持ち越しだ、この調子でどんどん強くなって貰えれば、俺も安心できる。
聖地エストは今まで見たどの街よりも大きく、全体的に白っぽい印象の街だった。街の中央に巨大な教会らしき建物があり、それを小さくしたような建物が街の各所に見える。マルコはその中でも、比較的大きな教会の裏手にある、大きな豪邸に入ろうとしていた。
お偉方とは、出来るだけお近づきになりたくはない、余計なことに巻き込まれる前に、さっさと退散することにしよう。
「マルコさん、私達はこのへんで失礼させていただきますね」
「待ってください、御礼をさせていただけませんか?」
「入国に情報と、充分いただきましたよ」
「そうですか……それでは何かありましたら、この宿にお越しください」
そう言って宿のメモを貰い、最後に冒険者ギルドの位置だけを聞いて別れた。街に一つの冒険者ギルドに向かうと、大きな街のギルドにしては小ぢんまりとした建物であった。
受付の男に訊く限りでは、この国に冒険者は少ないらしく、依頼も碌なものが無かった。冒険者とは所詮、無法者と大して変わらないので、宗教家とは相性が悪いらしい。そのため冒険者の待遇も悪く、年々少なくなっているそうだ。
長居するつもりも無いので依頼は受けずに、お勧めの宿と、治療が出来る教会を教えてもらい、冒険者ギルドを後にした。
ギルドで勧められた宿で、1日銀貨4の2人部屋を2つ取った。値段は王国の2倍なのに、部屋の質は大して変わらない、ぼったくりである。こんな値段設定でも、一つランクを落とした部屋は巡礼者で一杯とのことだった。まったく信者も大変なのだな。
いつも通り、コテツとアンズの2人と別れて、部屋に入った俺達3人は、装備を外して楽な姿になる。まずはスズとマシロに洗い場を使わせて、俺はナオちゃんと待機だ。今は夏場だし、2人とも生活魔法の『洗浄』が使えるのでお湯は不要だ。
「2人とも、ゆっくり洗ってくるんだぞ、具体的には最低30分くらいな」
「? ……わかったよ」
そう答えたスズとマシロが、仕切りの向こうの洗い場に行き、服を脱ぎだす。衣擦れの音が聞こえたら、俺もナオちゃんと一緒にスタンバイである。気配察知スキルと鋭敏になっている聴覚、自らの桃色の脳細胞をフルに活用し、2人の姿を想像する。こういう時、聴覚感知と嗅覚感知を覚えられない、この身が憎い。
2人が身体を清めてスッキリして出てくるころには、俺も久しぶりにスッキリして、賢者モードで洗い場に向かって、身体を清めた。
身体を清めたら、次は食事だ。宿の主人に食事を貰ってくると、粗食と言っていい内容だった。量だけは多いが、麦粥のようなものと、野菜の漬物に薄いスープだ。しょうがないので自前の干し肉で物足らなさを誤魔化して、その日は眠りに就いた。
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翌日は冒険者ギルドで教わった教会に向かう。いくつかある教会の中で、冒険者の行きつけの教会だそうな。
「だんだん、人気が少なくなってきてない?」
「まぁ、冒険者なんかを治療してくれる教会だからな」
スズの言ったように人通りが少ない裏路地を通り、街の奥まったところに行くと、寂れた教会があった。中を覗くと、中央奥に祭壇のようなものがあり、その前で白い修道服のような服を着たシスターが一心に祈りを奉げているのが見える。他に人影は無く、不信心な俺でも静謐とした空気を感じた。
その光景に見とれた俺は、教会の中へ無意識に足を踏み入れる。俺の足音に気付いたのか、シスターが顔を上げてこちらに振り向くと、白いベールの下から可憐な顔がのぞいていた。
どこを見ているのかわからない瞳と、口元だけの笑みが印象的な可憐な少女である。その時、空いている教会の入り口から吹き込んだ風によって、白いベールが捲れて少女の顔がはっきりと見えた。
長くエメラルド色の髪に、細く尖って長い耳、整い過ぎた顔は現実離れしている。ベールが捲れたことに気付いた彼女は、髪と同じ色の瞳を、驚愕に見開いて俺を凝視する。
俺はこの時、新たな出会いの予感と、波乱の予感を同時に感じていた。否、今はそれよりも、重要なことを確認せねばなるまい。俺は自分の視線をゆっくりと降ろし、彼女の胸部をジッと見つめ、エルフかエロフかを確認していた。




