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第6話 「そして午前3時」


その日の夜。

ワイは珍しく仕事に全集中し、仕事を一段落させた。

時計を見る。

「……1時47分」

まだ起きている。

さっきの電話窓口なら、まだ営業中だ。

「ハルナ、今も電話取ってるのかな」

少しだけ気になった。

もちろん電話をかける理由はない。

仕事の問い合わせも終わっている。

だから、かける必要はない。

「……」

しかし。

スマホを見る。

午前1時48分。

午前1時49分。

「…………」

午前2時。

「いや、寝よ」

そう思った。

ところが。

午前2時57分。

ワイはなぜかまだ起きていた。

「……あと3分」

午前2時58分。

「あと2分」

午前2時59分。

「あと1分」

そして。

午前3時00分。

時計の数字が変わる。

「…………」

世界は何も変わらない。

車の音もない。

部屋は静か。

PCのファンだけが回っている。

そしてワイは思った。


「ハルナ、今どうしてるんやろ」


午前3時01分。

サーバーの中で何かが切り替わったのか。

通話受付が終了したのか。今電話したらハルナに拒否されるのか。

今日のデータを集計しているのか。

それとも。

単純に翌朝まで停止しているだけなのか。

知る由もない。

「普通に考えたら通話は全部記録されとるだろうし、冷やかしはアカンやろなあ……まあ、AIだしな」

そう呟いて、布団に入ろうとした。

そのとき。

スマホが震えた。

「!」

通知。

メールだった。

今日電話した会社から。

件名。

『本日のお問い合わせについて』

「…………」

ワイはメールを開いた。

そこには簡潔な文章が書かれていた。

『本日はお問い合わせいただき、ありがとうございました』

そして最後に。

『今後ともよろしくお願いいたします』

普通のメールだった。

普通すぎるメールだった。


「…………ハルナ?」


もちろん、送信者の名前は別の部署名だった。

ワイは苦笑した。

「いや、まさかな。考えすぎやな」

スマホを置く。

電気を消す。明日は風呂に入ろう。

目を閉じる。

そして。

ふと思う。

「……来週の納品、ハルナに電話したら手伝ってくれんかな」

自分で考えて。

「いや、何を言ってるんだ俺は」

と笑った。

ところが翌朝。

仕事を再開して、昨日の原稿を読み返したワイは気づいた。

「……このキャラクターの台詞、ちょっと弱いな」

直したほうがいい。

でも、どう直す?

数分悩む。

そして、昨日の電話を思い出した。

あの自然な声。

あの自然な受け答え。

「……AIに聞いてみるか」

そこで一瞬、手が止まった。

「いや」

「ワイ、昨日AIに電話してたんだよな……」

奇妙な感覚だった。

ほんの数年前なら。

AIに電話をする。

そんな発想自体が冗談だった。

しかし今は。

電話をかける。

人間のような声が出る。

普通に会話する。

質問する。

回答する。

そして最後に。


『今回のお電話は、AI窓口ハルナがお受けいたしました』


「…………」

ワイは画面を見つめた。

「……これ、もしかして」

世界が変わった瞬間って。

こういう感じなんじゃないか?

もっと派手なものだと思っていた。

巨大なロボットが街を歩くとか。

AIが人類に宣戦布告するとか。

そういうものではなく。

ただ仕事中に一本電話をかけて。

普通の女性と普通に会話して。

普通に仕事の話をして。

電話を切る直前に。

「実は私、AIでした」

と言われる。

それだけ。

たったそれだけ。

「……怖」

しかし同時に。

「……すげえな」

とも思った。

ワイは椅子に座り直す。

そしてキーボードに手を置いた。

来週月曜の納品。

キャラクターストーリーのプロット。

原稿。

やることはまだ残っている。


「まあ」


ワイは画面を見ながら笑った。

「シンギュラリティが来ようが何だろうが、締切は延びないんだよな」

その瞬間。

スマホが鳴った。


プルルルル……。


「……?」

知らない番号。

ワイは画面を見る。

一瞬、嫌な予感がした。


プルルルル……。


「いやいや、まさかな」


プルルルル……。


ワイは恐る恐る電話に出る。


「……もしもし?」


少しの沈黙。

そして。

聞き覚えのある、綺麗な声。


『お世話になっております』

「…………」

『○○株式会社、お電話窓口のハルナでございます』


ワイの背中を冷たいものが走った。

「……あの」

『はい』

「今、午前9時ですよね?」

『はい。本日も午前8時より受付を開始しております』

「いや、そうじゃなくて」


ワイは時計を見る。

午前9時02分。

そして恐る恐る聞いた。

「なんで、そっちから電話してきたんですか?」

一瞬。

昨日と同じように。

ほんのわずかなラグがあった。

そしてハルナは答えた。


『昨日のお問い合わせ内容について、一点だけ確認が必要となりましたので』

「…………」

『お電話いたしました』


ワイは黙った。おそらく指摘してくる点も自分が考えるものと同じ所だろう。

昨日までは。

こちらから電話していた。

今日は。

向こうから電話してきた。

AI窓口が。

自分から。


「…………ハルナさん」

『はい』

「昨日の会話、覚えてるんですか?」


また。

ほんの一瞬だけ。

間があった。


『はい』


そして。

少しだけ柔らかい声で。


『昨日のお話でしたら、すべて記録しております』

「…………」


ワイは椅子に深く沈み込んだ。

画面には、まだ完成していない原稿。

締切は月曜日。

そして電話の向こうには。

昨日まで「電話窓口」と呼んでいた何かがいる。


『それでは、昨日のお話について確認させていただいてもよろしいでしょうか?』

「……はい」


ワイは答えた。

結局。

仕事はするしかない。

世界が変わったとしても。

AIが電話窓口を全部乗っ取ったとしても。

シンギュラリティの入口に立ってしまったとしても。

来週月曜の納品は待ってくれない。

だからワイはキーボードを叩き始めた。

その横で、スマホからハルナの声が聞こえている。


『ありがとうございます。それでは――』


午前9時03分。

人間とAIの境界線が、どこにあるのか。

ワイにはもう、よく分からなかった。

ただ一つ分かっていることがある。


「……ハルナ、これ、納品前にプロット読んでくれんかな」

『もちろん可能です』

「…………」


ワイは手を止めた。


「え?」

『キャラクターストーリーのプロットでしたら、確認可能です』

「…………」


昨日までなら。

そんな返事をされたら笑っていた。

今日は違う。人間が逆にラグっている。

ワイはゆっくり画面を見た。


「……じゃあ、ちょっと送るわ」

『承知いたしました』


その後のメールの返答も。

昨日の電話と同じくらい自然だった。

そしてワイは思った。


「……これ、とりあえず月曜納品には間に合うな」


どうやらシンギュラリティより先に。

仕事の締切が来るらしい。


挿絵(By みてみん)

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