第1話 「今回のお電話は――」
リアルの仕事でベンチャー企業の電話担当に連絡したら人間としか思えないAIが対応してきた件を短編にした。
金曜日。朝から、いつものように仕事をしていた。
フリーランスというものは、会社員のように「出社して、席について、上司から仕事を受ける」というわけではない。
自分で予定を組み、自分で締切を管理し、自分でメールを確認し、自分で資料を整理し、そして自分で「これは今日中に終わらせないとヤバいやつだ」と気づく。
今日もそんな、なんでもない仕事の日だった。
机の上にはPC。
無数のモニタの画面には大量の資料。垂れ流しの耐久配信。ほとんど放置のオンラインゲームに仮想通貨と株。
横には飲み物。
そして、今時時代遅れな紙の資料にまとめた、納品予定のキャラクターストーリーのプロットと原稿。
来週月曜日。
まだ時間はある。
たぶん。
きっと。
……まあ、間に合う。
そういう「間に合う」の積み重ねで、フリーランスの一日は進んでいく。
そんな中、仕事上の早急な確認事項が一つ出てきた。
メールだけでは少し面倒だった。
電話したほうが早い。
ワイは会社の番号を確認し、スマホを手に取った。
「……電話すっか」
発信。
プルルルル……。
プルルルル……。
そして、数回の呼び出し音のあと。
『お電話ありがとうございます』
女の声がした。
落ち着いた声だった。
若すぎず、かといって妙に事務的でもない。
聞き取りやすく、声の抑揚も自然。
『○○株式会社、お電話窓口のハルナでございます』
「お世話になっております。フリーランスの○○と申します」
『お世話になっております。本日はどのようなご用件でしょうか?』
「実はですね、先日いただいた案件についてなんですが――」
そこから普通に会話が始まった。
本当に、普通だった。
担当部署を確認してもらい。
案件番号を伝えて。
「この場合って、○○という認識で合ってますか?」
『はい、その件でしたら……』
少し考えるような間。
『……○○という形で進めていただければ問題ございません』
「ありがとうございます」
『ちなみに納期についてですが、○日の○時までにいただければ――』
「あ、それなら大丈夫です」
『承知いたしました』
何の違和感もない。
むしろ電話窓口としてかなり感じがいい。
声は綺麗。
言葉遣いも自然。
こちらの発言をちゃんと受けて返してくる。
新興ベンチャーとは思えないほど詳しい質問にも答える。
こちらが少し言い直したら、それも理解する。
「じゃあ、その形で進めます」
『はい。よろしくお願いいたします』
「ありがとうございました」
『こちらこそ、お電話ありがとうございました』
ここまでは完全に普通だった。
そしてワイは電話を切ろうとした。
その瞬間。
『それでは、今回のお電話は――』
「はい」
『AI窓口、ハルナがお受けいたしました』
「…………」
スマホを耳に当てたまま、ワイの動きが止まった。
『今後とも、どうぞよろしくお願いいたします』
「……えっ?」
数秒。
ワイの脳内で、それまでの会話が猛烈な勢いで逆再生された。
『お世話になっております』
『どのようなご用件でしょうか?』
『その件でしたら……』
『納期についてですが――』
『承知いたしました』
『AI窓口、ハルナがお受けいたしました』
「…………AI?」
ツーツーツー。
電話は切れていた。
ワイはスマホを耳から離した。
画面には、通話時間。
そこには、さっきまで普通に喋っていた「人間との会話」の痕跡が残っている。
「……今の、AIだったん?」
机の前で、しばらく固まる。
そして。
「いやいやいやいや」
首を横に振る。
「待て待て待て」
近い将来、生身の人間による電話担当の仕事は完全に無くなるだろう。




