第239話 介入
「アマン様、二人が討ち取られました!」
エイサイが【遠視】のスキルを発動し、ソウケとギゾクが倒される光景を視界に捉えた。
「閣下! 私が行きます!」
親衛隊長のオウコが立ち上がった。
「馬鹿! 護衛のお前が離れて、誰が閣下をお守りするのだ!」
エイサイがオウコを一喝する。
「いや、あの二人を止められるのはオウコか私くらいのものだろう。こうなっては、私自ら出撃せざるを得まい」
そう言いながら、アマンは剣の柄に手をかけた。
「閣下! お待ちください!」
エイサイが必死にアマンを制止する。 その時、戦場に決定的な異変が巻き起こった。
「なんだ!?」
アマンもまた【遠視】のスキルで戦場の渦中を確認する。
「な、なんだあれは!」 「ベヒーモスだ! ベヒーモスが出現したぞ!」
ベヒーモス―Aランクすら凌駕する魔獣である。
アマンはさらに望遠鏡と【遠視】スキルを組み合わせて凝視し、その巨大な背の上に何者かが立っているのを目撃した。
(あれは、確かアビの元にいたビゼンか)
「全軍に伝えろ! あのベヒーモスには絶対に手を出すな! 距離を取れ!」
アマンはエイサイに鋭い下知を飛ばした。
◇
ガオオオオオッ!
ベヒーモスが地響きを立てて突進すると、ショウの兵たちは吹き飛ばされ、まるで舞い散る木の葉のように宙を舞った。
「なぜ……なぜこんなところにベヒーモスが!?」
悲鳴を上げる兵たちが渾身の力で槍を突き立てるが、魔獣の強靭な肉体と硬質な皮膚を貫くことすら叶わない。
「兄弟! まずはこいつを仕留めるぞ!」
フェイスフルが吠え、地を蹴ってベヒーモスに向かい槍を構えた。
すると、ベヒーモスの背から、背後に眩い太陽の光を背負い、まるで舞い踊るかのように一人の影が飛びかかってきた。
(女か、美しいな)
一瞬の静寂の中、フェイスフルはそう思考しながら、急降下してくる女の薙刀を受け止めようと槍を掲げた。
―その瞬間、フェイスフルの意識は永遠に途切れた。
女の繰り出した薙刀はあまりにも速く、あまりにも重かった。
肉厚な柄ごと槍を容易く叩き割り、フェイスフルの身体を左右真二つに一刀両断していた。
血飛沫が舞う中、女は滑らかに大地へ降り立った。
「将軍ッ!?」
ショウの兵たちが絶望の叫びをあげる。
◇
(周りはすべて敵か、面白くなってきた)
大地に降り立ったビゼンは、仮面の下で口元をにやりと歪めた。
ここ最近、四凶の一角である凍子と連日のように死闘の戦闘訓練を重ねてきた。 死の直前まで凄惨にしごかれ、超再生させられる地獄の日々。
さしものビゼンも心が折れかけたが、その凄絶な特訓の成果を、今まさに全身で実感していた。
殺気立ったショウの兵たちが雪崩のように押し寄せてくる。
射出された矢が、魔法の炎を纏った矢が、自分を目掛けて飛来するのが見えた。
―そのすべてが、まるでスローモーションのように弛緩した世界でゆっくりと動いて見える。
「行くぞ!」
仮面の下でビゼンが叫んだ。
次の瞬間、ショウの兵たちは漆黒の旋風が自分たちの渦中を駆け抜けていくのを覚えた。
刹那の遅れの後、研ぎ澄まされた『青竜冷艶鋸』の刃の前に、群がる兵たちが次々と切り裂かれ、血の煙幕へと変わっていった。
◇
「フェイスフル―ッ!!」
実の兄弟が真っ二つにされる凄惨な光景を、カイチは目撃した。
間髪入れず、突如現れた敵は周囲の兵を次々と一閃のもとに斬り伏せていく。
それはまさに、黒い死の竜巻。 人命が、魔人の薙刀の前に容赦なくバラバラに解体されていく。
さらにベヒーモスは無人の野を行くがごとく縦横無尽に暴れ回り、兵たちを足蹴にし、吹き飛ばしていく。
たった一体の魔獣と一人の魔人の参戦―それだけで、カイチとフェイスフルが率いる二万の軍勢は壊滅的な混乱に陥っていた。
「おのれ! そこの魔人、名を名乗れ! 我はカイチ、先ほど貴様が倒したフェイスフルの兄だ!」
カイチは怒号を上げ、激昂のままビゼンに向かって馬を走らせた。
ビゼンは冷ややかな視線でカイチを一瞥する。
「私は魔王アビが義妹、ビゼン! 愚か者が首に大売出しの値札をつけてやってきたか!」
ビゼンは高笑いを響かせ、カイチに向かって疾走した。
一閃。
すれ違いざまに放たれた衝撃の一撃。ビゼンはカイチの乗る軍馬ごと、横真二つに一刀両断した。
「ぬうっ!」
カイチは間一髪で馬上から飛び降り、どうにか着地を果たす。
(くそが……!)
すぐさま姿勢を立て直し、ビゼンのほうを振り返った。
カイチが見た最期の光景は、ビゼンが自分の頭上高くから薙刀を一気に振り下ろす姿だった。
(美しい――)
カイチが心の中でそう漏らした時には、彼もまた弟フェイスフルと同じく、左右真二つに叩き斬られていた。
◇
「カイチ様、フェイスフル様、突如現れた魔人により討ち取られました!」
痛恨の報がショウの元へと届けられた。
「何者だ!?」
「まさかあの二人が、こうも容易く討たれるとは……!?」
周りの武官たちはあまりの事態に狼狽した。
「確認に行くぞ!」
ショウは自ら陣を飛び出し、見張り台へと向かった。
◇
「アマン様! 謎の魔人がカイチとフェイスフルを討ち取った模様です!」
エイサイが勢いよく駆け込んできた。
「よし、今だ! 我らも打って出て、ショウの部隊を攻め立てるぞ。ただし、ベヒーモスとあの魔人には絶対にこちらから手を出すな!」
アマンは命じると、自らも剣を抜いた。
◇
「おー、やってるねぇ」
ヨクトは望遠鏡を覗き込み、戦場を眺めた。
ビゼンとベヒーモス、たった一人と一体が、ショウの二万の兵を完全に翻弄していた。 すでに統率を失った兵たちに、Aランクモンスターであるベヒーモスを討てるはずもなかった。
「あの程度の連中にこんなに時間がかかるなんて、まだまだだね」
「え……?」
ヨクトが驚いて振り返ると、いつの間にか凍子がそこに立っていた。 戦場の血煙にはあまりにも不釣り合いな、ゴシックロリータの衣装を身に纏っている。
「と、凍子様!? あんたは手を出さないんじゃ……?」
凍子を前に、ヨクトの声は上ずり、裏返った。 ヨクトもまた、この過酷な修羅場の中で何度も凍子に殺されかけた恐怖が刻み込まれているのだ。
「手は出さないけど、愛弟子の成長を見に来ないとは言ってないよ。それに、まだ勝負はわからないしね」
そう呟きながら、凍子は妖しく目を細め、ショウの本陣へと意識を向けた。
◇
ショウは見張り台の上に立ち、宝弓『美静弓・魔姫』をその手に強く握りしめ、魔力感知の意識を研ぎ澄ませる。
肉眼では見えるはずもない遠方の情景が、意識の中に鮮明に浮かび上がった。 一人の女戦士と魔獣ベヒーモスが、自分の愛する兵たちを縦横無尽に蹴散らしていく。
(おのれ……!)
激痛のような怒りを抑え込み、さらに周囲の様子を探る。
(カイチ、フェイスフル……!)
二人の無惨な亡骸をとらえた。
(許さんぞ!)
ショウは『美静弓・魔姫』を引き絞った。
この神器を使用すれば、自身の正確な位置を敵に察知されるリスクがある。
(しかし、今、この混乱を止めることができるのは私しかいない!)
覚悟を決め、ショウはビゼンに向けて弓を極限まで引き絞る。
(見える! 奴の動きが、呼吸が……!)
通常であれば、到底矢が届くはずもない圧倒的な距離。
しかし『美静弓・魔姫』は、一度魔力感知で補着さえすれば、すべてが射程範囲となり、必中の矢へと変わるのだ。
ショウは目を見開いた。
「喰らえいッ!」
【霊矢】――!
ショウは膨大な魔力を矢に込め、一筋の閃光となってビゼンへと放たれた。
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