第16話 特殊部隊STACK
——東京某所。
「北斗さん、何を観てるんですか?」
若い青年が、パソコンのモニターに齧りつくように映像を凝視している男に訊ねる。
「乃木か。ショッピングモールの防犯カメラの映像だ」
「何か気になることでも?」
北斗は動画を一時停止し、椅子の背もたれにもたれながら、話し始める。
「あれだけ人が密集した場所で大型の蟲が暴れて、死傷者が数人で済んだのは奇跡だ」
「言われてみれば、そうですね」
「それにだ、あの蟲の死骸……」
「首が切断されていたやつですか?」
「ああ、あれは人為的なものだ。あのサイズの蟲なら、俺達でも駆除しきるのに最低でも二十分は掛かる。通報を受けてから現地に到着するまで十分も掛かっていない。それなのに、あの短時間で蟲を倒し、現場から立ち去るなんて考えられん」
北斗は腕を組み、怪訝そうに眉を寄せる。
映像から読み取れる情報を頭の中で反芻しているのか、その表情には、単なる疑念だけではない何かが滲んでいた。
「でも、蟲による人的被害は少なく、本体も駆除されてるんですから、別にそこまで深く考える必要はないんじゃないんですか?」
乃木の言葉には取り合わず、北斗は再び動画を再生する。
「現状、蟲を倒すことができるのは、私達“STACK”だけです。国の特定指定金属である“緋緋色金”で造られた武器や防具を装備して、最前線で戦っている私達は、いわば蟲駆除のプロ。警察だろうが自衛隊だろうが、私達の縄張りで力を誇示しようというのなら、プライドが許しません」
背後から、両手に珈琲の入ったインサートカップを持ったハーフ系の美女が現れる。
「ソフィーか」
「お疲れさまです。北斗隊長」
ソフィーと呼ばれるハーフ系の美女は、手にしていた珈琲の一つを北斗へ差し出す。
「工藤、何が言いたいんだよ」
乃木が、ソフィーと呼ばれる美女を工藤と呼ぶ。
「北斗隊長は、敵だろうが味方だろうが、“STACK”の存在意義を脅かす存在を野放しにしておけないんですよね」
「蟲を駆除して、民間人を護ってる時点で人類の味方じゃないのか? 人間同士で張り合う必要もないだろう」
乃木は至極真っ当な疑問を返す。
どうやら、工藤は“STACK”の仕事に、並々ならぬ、誇りと矜持を抱いているようだ。
「まぁ、別に張り合うつもりはないさ。ただ、ソフィーが言うような人間が本当にいるのなら、是非とも仲間に引き入れたいと思ってな」
北斗が二人の会話に割って入る。
「何処の馬の骨とも分からない奴を、試験もなしで引き入れるんですか?」
乃木は、やや否定的な口調で訊き返す。
「俺達“STACK”は、元々、出身も所属も異なる人間が“一つの目的”を持って集まった“烏合の衆”だ。蟲を倒せるだけの戦闘能力があるなら、それだけで合格だよ」
北斗は再び動画を一時停止する。
「おい、二人とも観てみろ」
乃木と工藤がパソコンのモニターに近づく。
そこには、突如として画面内に現れた斗黎の姿が映し出されていた。
「この子、随分若そうですね」
「フードを被ってるから、年齢までは分からなくないか?」
「まるで、瞬間移動でもしているみたいだな」
不自然なほど鮮やかに切断された蟲の首。
そして、蟲の死を確認するや否や、一瞬にして画面から姿を消した斗黎。
「なんか……超常現象を観てる気分ですね」
「あぁ」
映像を目の当たりにした乃木と工藤は、揃って呆気にとられていた。
「面白いじゃないか」
「隊長?」
「いずれ、相見える時が来るだろう」
北斗はニヤリと笑う。その笑みには、これから訪れる邂逅を予感しているかのような、どこか不穏な気配が漂っているのだった。
****
——時同じくして、九篠邸。
「「「メリー・クリスマス!!!」」」
声を揃えた六人が、グラスを掲げて乾杯する。弾むような掛け声とともに、グラス同士が軽やかな音を奏でた。
「加えて、赤月ちゃん、九篠警備保障株式会社へようこそ!」
「ありがとう、こちらこそ、よろしくね」
「凄いご馳走だな」
想が目を輝かせながら、テーブルいっぱいに並んだ料理を眺める。そこには、一般家庭の食卓では滅多にお目にかかれないような、華やかで手の込んだ料理の数々が所狭しと並んでいた。
「ちょっと、お兄ちゃん、はしたないよ」
想の隣には、兄の手綱を握る少女がいた。呆れたように眉を寄せ、兄の振る舞いを窘めている。
「そちら、妹さん?」
「挨拶が遅くなって、すみません。霧島心宵と言います。兄がいつもお世話になってます」
丁寧な物腰に、淀みのない受け答え。礼儀正しく、気遣いもできる良い子だ。本当に想の妹なのだろうか?
「えぇー、めっちゃ可愛い、本当に霧島の妹なの?」
「私も兄妹だと、信じたくないのですが……」
赤月は心底不思議そうに、想へ疑いの眼差しを向ける。
「当たり前だろ。顔だって俺とソックリだろ?」
「お兄ちゃん、やめて。キモいから」
間髪入れずに否定する心宵。兄の言葉を遮るその切れ味は、実に容赦がなかった。
「なんでだよ!」
「この料理、私と櫻子と柊さんで作ったんだよ」
「柊さん?」
「お前達は聞けよ!」
想の抗議を綺麗に聞き流し、聞き慣れない名前に首を傾げる斗黎。話題の中心から外された想だけが、不満げに声を上げていた。
「うちのお手伝いさんですよ!玄関から案内してもらいませんでしたか?」
さっきの人はお手伝いさんだったのか……。さすが、お金持ち。てっきり、お母さんかと思っていた。
「これ、凄く美味しい」
赤月は料理に舌鼓を打ち、満足そうに頬を緩めていた。見た目の華やかさだけでなく、味も申し分ないらしい。
「喜んでもらえて、よかった」
「皆さん、ご飯食べたら、プレゼント交換しましょう!」
食事を終えると、皆がテーブルから離れ、それぞれ用意していたプレゼントを手に円になるように座った。和やかな空気の中、クリスマス会は次の催しへと移っていく。
「じゃあ、皆目を瞑って〜」
全員が言われたとおりに目を瞑る。
「柊さん、この音楽鳴らして、柊さんのタイミングで止めてください!」
そう言って、蓮華は柊さんにスマホを手渡す。
「分かりました。お嬢様」
お嬢様って呼ばれてる人を初めて目の当たりにした。
蓮華のスマホから音楽が流れ始める。それに合わせて、隣から隣へと、各々が用意したプレゼントが手渡されていった。
この選曲は何なのだろう……
クリスマスの浮き立つ雰囲気には、どうにも似つかわしくない曲が流れている。目を瞑っているせいで誰がどんな顔をしているのかも分からず、斗黎は内心、首を傾げていた。
やがて音楽が止まると、ピタッとプレゼントの流れも止まった。
「それじゃ、今、手元にあるプレゼントが自分のやつね!」
その言葉と同時に目を開くと、自分が用意したものとは違うプレゼントが手元にあった。
よかった……自分が用意したのじゃなくて。
自分のプレゼントが戻ってくる可能性もあったが、ひとまず安堵しながら、斗黎は手元の袋を見下ろした。
「じゃあ、開けましょう!」
斗黎は袋を開けると、中にはマルチナイフが入っていた。
「あっそれ、俺だわ」
どうやら、想からのプレゼントが当たったらしい。
「マルチナイフか?」
「そっ! ナイフにノコギリ、プラスドライバー、マイナスドライバー、缶切り、便利だろ?」
「まぁ」
「結構、人気のブランドなんだぜ」
確かに便利だが、使うかな?……俺。
「大事に使うよ、ありがとう」
『使う』『使わない』は、ひとまず置いておくとして、一応、礼を言っておく。
「俺のはぁ?」
ワクワクしながら袋を開ける想。中から出てきたのは、ギフト券だった。
「ギフト……券?」
「あっそれ、私」
赤月からのプレゼントのようだ。
「いや、何がいいか考えたんだけどさ、結局思いつかなくて」
「楽しみもクソもないけど、一番実用的だな。まぁサンキューな」
口では文句を言いつつも、想にとっては悪くない贈り物だったらしい。
内心、自分もそっちが良かったと思う斗黎だった。
「わぁ、綺麗なお菓子」
赤月が箱を開けると、色とりどりの綺麗なお菓子が詰め合わされていた。まるで宝石を思わせるような、見た目にも華やかな品々だった。
「それ、私からだよ」
「綺麗ね。でも、ここのお菓子って結構高いんじゃなかった?」
「予算はちょっとオーバーしちゃったけど、それは気持ちで!」
「ありがとう、蓮華」
さすが、お嬢様。予算オーバーしても気にしないのね。
「私のはなんだろう」
櫻子が包みを開ける。
「あっ可愛い柄のブランケットですね!」
「なんか、凄い、肌触り良さそうだね」
「あっそれ、俺です」
恥ずかしそうに言う斗黎。なぜか、敬語になってしまった。
「斗黎さんからのだったんですね!ありがとうございます!大切にしますね!」
「うん」
ブランケットなんて、ピンキリだが、予算の関係上、できるだけ質の良い物を選んだ。男の方が少数派なので、賭けではあったが、色合いが可愛らしく、なおかつ派手すぎない、なるべくシンプルな柄を選んだ。
“消え物”も考えたが、少し味気ないと思ってしまった。良かった。当たったのが櫻子で。
結構、喜んでもらえたようだ。
「私は……」
心宵が箱の包みを開けると、中にはシャンプーとコンディショナーが入っていた。
「あっこれ」
「私からだよ」
櫻子からのようだ。
「私が使ってるやつの新商品だよ」
「櫻子と同じ。嬉しい」
櫻子を優しく抱きしめる心宵。気心の知れた友人同士だからこそ見せる、素直な喜びがそこにはあった。
いいなぁ、女の子の友達って。
「最後は私ね!ってことは心宵ちゃんからだね」
「あっはい!」
蓮華が箱の包みを開ける。
「わぁ、可愛い、お菓子?」
「いや、バスボムです。蓮華さん」
箱の中には、お菓子と見紛うほど可愛らしいバスボムが入っていた。色合いも形も凝っていて、知らなければ間違えてしまいそうだ。
言わなかったら、食べてそうだな。
「あっ、ほんとだぁ、いい匂い。ありがとうね、心宵ちゃん」
「喜んでもらえて良かったです」
心宵も嬉しそうだ。心なしか想も、妹の喜ぶ姿を見て満足げにしているようだった。
女性陣は確り“消え物”で考えて来たんだなぁ。
ブランケットは失敗だっただろうか……
「みんなに、プレゼントが渡ったところで、ケーキ食べよっか!!」
「待ってました」
「あっ俺、ちょっとトイレに」
「御手洗いはこの突き当りを左になります」
「ありがとうございます」
柊さんが丁寧にトイレの場所を教えてくれた。
デカい豪邸だけあって、廊下も長い。壁や調度品にも品の良さが漂っており、改めて九篠家の裕福さを実感させられる。用を足してトイレを出ると、廊下には櫻子が立っていた。
「あっ櫻子もトイレか?」
櫻子は何も言わずに斗黎の手を引き、近くの部屋へと引き込んだ。
「あの……櫻子さん?」
「斗黎さん……これ、私から斗黎さんへクリスマスプレゼントです」
「!?」
そう言うと、櫻子は小さな包みを斗黎に差し出した。
俺に? さっきプレゼント交換が終わったばかりだが、まさか個人的にか?
「あ、ありがとう。でも、俺、櫻子用にプレゼント用意してないや……ごめん」
「い、いいんです。お世話になってるので、そのお礼です。それに、さっきので斗黎さんからのは貰えたので、私は満足です!」
櫻子は顔を赧めて言う。視線は合っていない。頬に差した赤みと、落ち着かない様子から、彼女が少なからず緊張していることが窺えた。
「ありがとう、櫻子」
斗黎は櫻子の頭を撫でた。妹に接するように、自然と手が伸びていた。
「あっごめん」
「そ、それじゃあ、私、お手洗い行ってから戻るんで、先に戻ってて下さい!」
櫻子は慌てて部屋を出て行った。逃げるようなその後ろ姿を見送りながら、斗黎は手元の小さな包みに視線を落とす。
ちょっと馴れ馴れしくし過ぎたかな。
斗黎は櫻子からもらった小さな包みをポケットに入れて、リビングへ戻るのだった。
****
リビングでケーキを食べていると、蓮華のスマホに着信が入る。
「ん? なんだろう?」
蓮華は画面を確認し、届いたメッセージに目を通す。
「明日、兼高班全員、九時に本社まで来て欲しいって、兼高さんが」
「急な依頼か?」
「分かんないけど、そうじゃないかな」
「もう、年末だぜ? ゆっくりしたいよ」
「兼高さんも大変だね。今日は娘さんとお出掛けのはずじゃ」
役職があったら、休日に親子水入らずって訳にもいかないのかな。
管理職ってやだなぁ。
折角のクリスマス会も、仕事の連絡ひとつで現実へと引き戻される。年末くらいはゆっくりしたいというのが本音だった。
「取り敢えず、明日、本社に九時に集合ね!」
楽しい会に水を差す知らせだったが、これもしょうがない。




