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番外編 勇者一家

「ふあ。今日は楽しかったなー!」

「たのしかったーっ!」


 運動会からの帰り道、勇者と勇威人は、そろって両手の拳を振り上げた。

 その様子があまりに似ていて、勇茉は思わずクスクス笑う。


「2人ともお、家に帰ったらまず手洗いよお」

「「はーいっ」」


 家に着くと、勇者と勇威人、似たもの親子は玄関扉を開け放つ。


「「たっだいまーっ」」


 玄関で靴を脱いでいると、家の奥でバタバタとした音が響いていることに気づいた。


(あらあら)


 いつものことだが、この家は本当に騒がしい。


「よっしゃ、勇威人。洗面所まで飛行機で行くぞ!」

「飛行機!?」

「おう!ブーン」

「ブーン」


 小走りで両手を真横に広げながら前を行く勇者と勇威人。

 勇茉はその後ろに続いてリビングに入った。


「こうら!勇央(ゆお)勇美菜(ゆみな)!待ちなさあい!!」

「キャー」

勇羅(ゆら)ねぇ鬼から逃げろーっ!」

「誰が鬼だーっ」


 バタバタと走り回る子どもたち。

 どうやら勇茉たちが帰ってきたことにも気づいていないようだ。


「あ、母さん、おかえり」

「ただいまあ」


 ヘッドホンをしていた勇葵(ゆき)だけが気づいて、こちらをちらりと一瞥した。

 が、すぐに手元のゲーム機に視線を戻してしまう。


(年頃かしら。少し寂しいわあ)


 頬に手をあて、息を吐いていると、リビングにいた子どもたちがようやくこちらに気づいたようだった。


「母さん!!」

「母さんおかえり!!」

「はあい。ただいまあ、」


 ギュッと腰に抱きついてきた勇央と勇美菜をギュッと抱きしめ返す。


「はあ、はあ。母さん、おかえり・・・・・・・」

「ただいまあ。勇羅、留守をありがとね。大変だったでしょう?」

「べ、別にこれくらい・・・・・・・。あ、双子は今、勇杏(ゆあん)が寝かしつけてくれてるから」

「そう。勇杏にもお礼を言わないとねえ」


 どうやら、勇茉たちがいない間、長女と次女が協力して下の子達を見てくれていたみたいだ。

 勇茉はざっとリビングを見回して、あら?と首をかしげる。


勇花莉(ゆかり)(ゆう)勇弦(ゆづる)はどうしたの?」

「勇弦は部屋にこもってて、あとの2人は今」

「ただいまー!」


 ちょうどその時、玄関が開く音と共に、こちらに歩いてくる足音が響く。


「あれ、母さん帰ってたんだ」

「勇は・・・・・・・勇花莉を遊びにつれて行ってくれてたのね」

「うん。まあ、疲れて寝ちゃったんだけど」

「あらあら、ふふ」


 勇茉は、勇の腕の中ですやすや寝ている勇花莉をのぞき込む。

 我が家の最年長である長男は、一番暴れん坊な妹を外に連れて行っていたらしい。

 本当に、よくできた子たちである。


「だいぶ、手がかからない子が増えたわねえ」

「母さん・・・・・・・、それ、子守要員増員を喜んでるだけでしょ」

「ええ?そんなことないわよお?」


 それにしても、リビングは子どもたちで埋め尽くされ、わいわいと賑やかだ。

 5男6女、13人家族の大所帯。


(いつのまに、こんなことになっちゃったのかしら?)


 まったく、人生は不思議なものである。

 まあでも、幸せだから、オールオッケーである。

 勇茉は優しい眼差しで可愛い子どもたちを見守るのだった。


 ○●○


「じゃ、私たちもう寝るね」

「はあい。おやすみなさあい」

「おやすみ!」


 勇茉と勇者は、ぞろぞろと2階の自室に向かう子どもたちを見送る。

 ここからは、2人の時間。夫婦にとっての、毎日のお楽しみだ。


「勇茉、今日は映画でも見るか?明日はゆっくり寝れるし」

「そうねえ。あ、そうだ、見たいのがあったんだったわあ」

「お。んじゃ、それ見ようぜ」


 2人でいそいそとテレビの前に移動し、半身を密着させるようにクッションの上に座る。

 そして流れるように、指をからめて手を握った。


「よっしゃ、再生するぞ」

「はあい」


 目の前のディスプレイで、涙あり笑いあり癒やしありの大ヒット映画が再生される。

 勇茉と勇者は寄り添い合って、手元のおつまみとお酒を嗜みながら映画を楽しむ。

 だが勇茉は、映画の内容がほとんど頭に入ってこなかった。

 ぼうっとして隣にあるぬくもりに身体を預ける。

 映画では、ちょうどヒロインとヒーローが突然の別離を嘆いているシーンだった。


(いつから私は、間延びした話し方をするようになったかしら)


 ぼうっとしながら、そんなことを考える。

 夜はいけない。いろいろ感傷的になって、とりとめのないことを考えてしまう。


 別に勇茉は、最初から間延びした話し方をしていたわけではない。

 ある時から、ゆっくりと丁寧な話し方を心がけるようになったのだ。


(だって、わたしが話している間は、勇璃はわたしの側を絶対に離れない)


 そういう人なのだ。絶対に、人の話を途中で遮ることはしない。

 だから、勇茉が話している間は、勇者は勇茉と必ず一緒だ。


 そして勇茉は、勇者と2人の時は手を握ることにしている。

 離さないために。引き留めるために。

 この手を、握りしめている間は、この人は勇茉の側を離れない。


 勇茉は、いつも心のどこかに不安な気持ちを抱えていた。

 いつか勇者が、自分から離れて、遠くへ行ってしまうかもしれないという、不安を。

 だって勇者は、いや、勇璃は、常に魔王だけを、魔真だけを見つめ続けて、追いかけ続けているから。

 彼の隣に並ぼうと、勇璃は走り続ける。

 その歩みを、決して止めることはしない。


 勇茉は、ぼうっとしながら瞳を揺らす。

 映画では、ヒーローがヒロインを取り戻すために奮闘していた。


 少しだけ、ほんの少しだけ魔真を恨んだ時期もあった。

 彼に出会わなければ、勇璃は勇者にならなかったから。


 魔王は、世襲制だ。

 魔真は魔王の系列で、いづれ魔王を継ぐことが決まっていた。


 幼稚園から高等部まで、人間の領土と魔族の領土の境界線上にある学校に通っていた4人は、幼なじみであり、なんとなくいつもつるんでいた。

 元々、魔真と魔輝、勇璃と勇茉はそれぞれ家が近所で、流れで一緒にいることが多かった。

 4人でつるむようになったきっかけは、幼稚園の時の勇璃と魔真のケンカだった。

 ケンカしてからというもの、勇璃はなにかと魔真をライバル視し、突っかかるようになったのだ。

 魔真もなんだかんだ負けず嫌いなので、それに応戦して・・・・・・・女性陣はそれを呆れて見守りながら、終わった後のケガの手当やら、どうしようもないときの仲裁役やらを担っていた。


 勇茉たちがそれを知ったのは、中等部の頃、魔真の口から聞かされたのだ。

 魔真がいづれ魔王になることを知った勇璃の第一声は、「なら、俺は勇者になる」だった。

 その時の勇璃にとって、魔王となる魔真の好敵手(ライバル)でありつづけるための、至極当然な結論だったのだろう。


 勇璃は、魔真を追いかけ続ける。これまでも、これからも。


(わたしは、きっと引き留め続けるでしょうね)


 勇者は魔王とは違い、世襲制ではない。

 5年に一度行われる御前試合の優勝者が、勇者に任命される。


 勇者になると決めてからの勇璃はすごかった。

 毎日毎日鍛錬を重ねて。勇者になるために、魔真の好敵手(ライバル)であり続けるために。


 今だって、そうだ。

 勇璃は、勇者であり続けるための努力を惜しまない。

 5年に一度の御前試合で優勝し続けるのは、並大抵の努力では成し得ない。

 今や勇璃は、毎年勇者歴最長記録を更新している。


(もう、やめてほしい。・・・・・・・なんて言ったら、困らせるわよね)


 勇茉は、知っている。

 勇璃の努力も、それに伴う身体に刻まれた無数の傷も。


 映画では、ヒーローとヒロインが再会し、涙ながらの抱擁を交わしていた。


「勇璃・・・・・・・?」

「ん?」

「ずっと、一緒にいてね?」

「・・・・・・・どうしたんだよ。いきなり」


 勇璃は、苦笑しながらそう言う。

 ずっと一緒だと、約束してはくれない。

 嘘がつけない人なのだ。嘘になるかもしれないことを、口に出来ない人なのだ。


(でも、ここは嘘でもいいから、約束して欲しかった)


 映画は、エンドロールに入っていた。


「ん~~~~、そろそろ寝るかあ」

「そうねえ」


 エンドロールも全て終えて、暗くなった画面を前に、勇璃は背伸びをして立ち上がる。

 勇茉も一緒に立ち上がった。

 そして、先に行こうとする勇璃の手を捕まえて、指をからめて握りしめる。


 勇茉が見上げると、優しい眼差しが返された。

 勇茉も、微笑んでそれに返す。


 勇茉は、この手を離さないと決めていた。

 たとえ追いかけて、縋ってでも、離さないと決めていた。


「勇璃」

「ん?」

「わたし・・・・・・・ううん、なんでもない」

「なんだよ、それ」


 勇璃は苦笑する。だが、長い付き合いだ。

 勇茉が言わんとしたことをなんとなく察したらしい。

 握った手の力を強めて、自分の肩をこつりと勇茉の肩にぶつけた。


「俺は、ここにいるから」

「・・・・・・・うん」


 勇璃にとっての精一杯の言葉だ。分かってる。

 だから、勇茉は


「わたしは、絶対離れないから」

「・・・・・・・」


 勇璃は少し困ったように笑う。

 同意を得られないのは分かってる。それでいい。

 勇茉が、一方的に、決めているだけだから。


「さ、はやく寝室に行きましょお。もう眠いわあ」

「そうだな」


 勇者と勇茉は手を握りしめ合ったまま、寝室に向かった。



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