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第3話 運動会

 運動会、当日。

 魔王は、万全の準備をもって幼稚園に来ていた。


「魔威斗、魔乃。しっかりな」

「勇威人、がんばってね」

「行ってきます」

「いってきます」

「行ってきまーす!」


 勇者たちと、一緒に。


 魔王は横にいる勇者をちらりと見る。

 勇者もレジャーシートやらなんやらを、たくさん手に持っていた。

 それを全て確認して、魔王はグッと拳に力を入れる。


(今日、俺はあいつに勝つ!)


 魔王は今日、とてつもない気合いを入れてこの場に来ていた。

 なぜなら、勇者に負けないため。

 といっても、もちろん戦闘をするわけではない。そんなことをすれば魔輝にどつかれる。

 レジャーシートの準備やビデオカメラで映像を撮る技術、子どもたちへの応援。

 父親としてできうる限りの全てを、勇者よりも完璧にこなしてやると息巻いていた。


 一方の勇者、実のところ魔王と同じ事を考えていた。


(ぜってー、負けねえ)


 かくして、今世紀史上最大にくだらない戦いの火蓋が、切られたのだった。


「じゃあ、位置どりするか」

「そうねえ。えっと、勇威人たちが一番見える場所は・・・・・・・」


((今だっ))


「魔輝っ」

「勇茉っ」


 魔王と勇者は、同時に同じ場所を指さした。


「「ここが一番良いと思う(ぞ)っ」」


 重なった言葉に、魔王と勇者はキッとお互いをにらみ合う。


「おいっ、ここは俺が先に見つけたんだ。お前じゃない」

「いいや。ここを見つけたのは私だ。子どものような癇癪(かんしゃく)をおこすな」


 バチバチと火花が散りそうな勢いの2人。

 今にも戦闘が始まりそうだが


「あらあ、ここ、確かにいいわねえ」

「そうだな。レジャーシートを・・・・・・・」


「「はいっ、レジャーシートっ」」


 妻たちの言葉に、飛んでいき、レジャーシートを差し出す2人。

 またもや、どちらの方が差し出すのが速かったとかなんとか、言い合おうとして


「人数多いし、2枚使っちゃいましょうかあ」

「そうだな。その方がよさそうだ」


 またもや妻たちの言葉に、すばやくレジャーシートを広げる2人。


「できたぞ、魔輝」

「俺の方が速くて綺麗だぞ、勇茉」


 ふんす、と鼻息荒く主張する夫を無視して妻。


「次は撮影の準備をしましょうかあ」

「そうだな。確かカメラは」

「「もうセッティング終わった(ぞ)!」」


 魔王と勇者の真価を思う存分、無駄に発揮して、言葉通り光の速さでカメラのセッティングを完了した。


「ふふ。あらあらあ。今日はとってもはたらきものねえ」

「だな。助かるよ、2人とも」

「「いやいや、当然のことだ(よ)」」


 言葉が重なり、2人はお互いをキッと睨む。


「おい、さっきから俺の言葉を真似するなよ」

「それはこちらのセリフだ。私に重ねてきているのはそちらだろう」


 再び火花を散らす2人。


「あらあ、そろそろ始まるわね」

「お、あそこに並んでいるのは魔威斗だ」


 だが、その言葉を聞き、セッティングしたカメラに飛びついて、急いで録画を開始した。

 そこからはもう、2人が会話を交わすこともない。

 一心不乱に、愛しの我が子の晴れ舞台をカメラに収めんと、画面を睨み付けている。


 そんな夫たちの後ろで、微笑みながらひそひそ話をする妻が2人。


「ふふ、2人とも、ほーんと、息があうわねえ」

「ああ、そうだな。本人たちは、分かっていないようだが」

「おかげで、わたしたちは楽できちゃうわあ」

「ほんとに。今日はがんばってもらうとしよう」


 内緒話をしながら、クスクスと笑う妻たちは、己の夫を優しげに見つめていた。


 パアン、と徒競走の始まりの合図が鳴り響く。

 幼稚園に通う園児たちが、一生懸命ちいさな腕を振り、ゴールに向かって駆けていく。

 徒競走で競い合う子どもたちは、魔族だったり人間だったりと様々だ。

 頭がネコの子どもや、尻尾を持つ子ども、羽を持つ子どももいる。

 親たちも、子どもたちと同じように多種多様な見た目をしていた。

 これが、この幼稚園の特徴なのだ。


 魔族の領土と人間の領土の、ちょうど境界線上に位置するこの幼稚園では、魔族と人間の因縁など無いに等しい。

 まさに、魔族と人間の争いが遠い昔であることを象徴するような場所だった。

 境界線上であるからこそ、ここは独自のルールの下に成り立っている。

 ここでは魔族と人間は対等だ。


 魔王は、この幼稚園での光景を見る度に、魔族と人間の争いのバカらしさを痛感せざるを得ない。

 魔族と人間は、共存することができるのだ。

 でも、だからこそ、魔王と勇者の決戦は必要なことだとも、思う。


「おい、手が止まってるぞ」


 隣からかけられた声に、魔王はハッとする。

 どうやら、考え込んでしまっていたらしい。


「ああ」


 指摘はありがたいが、その指摘が勇者からだと思うと、どうにも素直になれない。

 思わずむすっとして答えると、勇者が少しだけ苦笑して、視線を園庭で一生懸命駆ける子どもたちに向けた。


「考えてることは分かる。魔族と人間はこうやって、仲良くなれるんだよな」

「そう、だな」

「子どもたちは宝だ。これからの未来を、作ってくれる」

「ああ」


 魔王と勇者の子どもたちが、良い例だろう。

 あの子たちは、自分の父が魔王と勇者であり、責務のため、月に一度戦っていることを知っている。

 であるにも関わらず、あの子たちは仲が良い。

 聡い子たちだ。尊い子たちだ。

 あの幼さで、魔王と勇者が成していることを、なんとなくでも理解している。


「なあ、俺たちは、さ――――」


 そこで、不自然に勇者は言葉を切った。


「? どうした?」

「いや、あそこ」


 勇者が視線で指し示すのは、コソコソと親の間を縫って歩く1人の魔族だった。

 尖っている耳が特徴のその男は、幼稚園の裏手へと消えていく。


 一見すれば、ただの保護者の1人かと思う。が


「少し気になるな」

「ああ。様子を見てくる」

「私も行く」


 魔王と勇者はそろってカメラから手を離した。

 運動会は、ちょうど間の15分休憩にはいるところだった。


「2人とも、どこに行くんだ?」

「少し、お手洗いにな」

「あらあ、いってらっしゃあい」

「いってくる」


 妻たちに答え、魔王と勇者はそっと魔族のあとを追った。

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