Chapter 53
「それにしても、充のヤツ遅せぇなぁ…」
俊哉は、ケータイの待受画面の時計を見ながら、タバコに火をつける。
「フゥー…」
と、その時。
「ハァハァ…。お待たせ…」
俺達は声のする方へ、目を向けた。
目を向けた先には、疲れ果てた様子の充がいた。
充は、デッキの階段の所で前屈みになり両膝に両手をついて、肩で息をしていた。
「お前、汗びっしょりじゃないか…」
俊哉は心配そうな表情で、充に近付いて行った。
「あぁ…。バイト終わって、全力ダッシュで来たから…。ハァハァ…」
充はそう言って、微笑みながら顔を上げた。
「別に、そんなに慌てなくても良いだろ…」
俊哉は苦笑いを浮かべて、平手で充の背中を軽く、
『ポンポン』
と、叩いた。
「いやぁ、待たせ過ぎると俊哉が怒るから…」
充はそう言いながら、俺達の所へ千鳥足のような足取りでゆっくりと近付いて来た。
「ちゃんとした理由があるんだから怒る訳ねぇだろ…」
俊哉は苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと充の後を追った。
「理由があっても、俊哉は絶対怒るね」
口を尖らせながら、充は俊哉を見つめた。
「お前のいつもの理由は、理由になるかよ。お前のは、ただの子供の言い訳」
俊哉はそう言いながら、充の額を人差し指で軽く小突いた。
「フンッ」
充はふてくされた表情で、そっぽを向いた。
「じゃあ、みんな揃ったし、始めるか?」
俊哉は、ふてくされた充の機嫌を取る事無く、さっさと本題に入る。
「そう言えば、なんで俺達はここに呼ばれたんだ?」
竜也の疑問に答えるように、俊哉は話を始める。
「今日はな…。富永さんの事務所へ、静流と二人で行って来たんだ。そこで話した事を、お前達に早く言いたくてな…」
俊哉はコーヒーを飲みながら、ゆっくりと落ち着いた口調で話す。
「内容は、この先の音楽シーンについてと、俺達のスタンスについてだ。まずは、これからの音楽シーンについてからだ」
俊哉の真剣な表情を見た竜也、充、薫は、身を乗り出すようにして、俊哉の顔を見つめる。
「うんうん」
「まず、お前達の意見を聞きたい。メジャーとインディーズについてな。お前達の気持ちを聞かせてくれ」
俊哉は三人の気持ちを、余程知りたかったのだろう。
いつもなら、
「まず俊哉が俊哉の持論を説明し、俺達が納得し、それぞれの意見を出し合う事」
が、俺達の話し合いの基本の構図だが、あえて今日はその構図を、俊哉自らが破り捨てた。
「うーん、メジャーとインディーズの違い…。そうだな…。簡単に言えば、プロとアマチュアの違いなんだろうけど…。やっぱり結局の所、金だろうな…。アマチュアでも…、まぁ、売れなくはないし、ライブ出来ない訳じゃないけど、やっぱりプロには勝てないしな…。俺の中じゃ、「メジャー=プロ」みたいな方程式が成り立っちまってるからさ…」
竜也は苦笑いしながら、右頬を右手の人差し指で掻いた。
「俺も竜也と一緒だな…。「インディーズ=まだ名前が売れてない」感があるし、昔からのしきたりじゃないけど、そこまで行ってやっとスタートな感じがするし…」
充も、竜也とほぼ同じ考えのようだ。
だが、薫はそんな二人とは少し違った。
「二人が言ったそれは、大いにあると思う。けど、それだけじゃない気がする。メジャーとインディーズのはっきりした理由って言うのは、「売れる」「売れない」でも、テレビに出てるからどうとか言う物でもないと思うんだよね。メジャーでも、売れない曲は売れないからさ。要は、目で見て分かるそんな単純な所じゃなく、もっと別な所に答えがある気がするんだよな…」
薫はそう言いながら、頭の後ろで両手を組み、椅子の背もたれに寄り掛かって空を見上げた。
「そう。竜也や充が言った事は間違いじゃない。正解の一つだ。でも、それだけじゃない。薫の思ってる事の中に答えがある。それはな…。基本的には、メジャーとインディーズのミュージシャン達の違いはそんなに無いんだ。ただ、それぞれの所属するレーベルに違いがあるんだ」
俊哉は、淡々と話を続ける。
「メジャーと、インディーズ違い…。それは、「所属するレーベルが、レコード協会に加盟しているか否か」だけなんだ。それぞれのミュージシャン達の活動内容自体に、そんなに大差は無いんだ。まぁ、儲けがどうとか、知名度なんかは、別としてだけどな」
俊哉は、竜也、充、薫の顔を順々に見回した。
「えっ?たったそれだけの事?」
竜也は、狐に摘ままれたような表情を浮かべて俊哉に聞き返す。
「あぁ。それだけだ。だけどな?たったそれだけの事が、メジャーとインディーズにとっての大きな違いだった。「レコード協会に加盟している事」だけで、メジャーの信用度はインディーズに比べて遥かに高い。それに、メジャーのプロモーション力にしても、自分達に降りかかるリスクにしても、インディーズのそれとは違いがありすぎる。インディーズはメジャーと比べると、信用度やプロモーション力は確実に劣る。その代わり、売れたら儲けはデカい。が、売れなかった時の、自分達に返って来るリスクもデカい。だから、みんな安定したメジャーにこだわった…。これが今までのメジャーとインディーズの定義のような物だ」
俊哉は、さっき富永さんの事務所で、俺達が話していた内容とほぼ同じ事を、竜也達に話した。
「なるほどな…。で、これからはどうなるんだ?」
竜也は、先が気になるのか、答えを急かすように言った。
「まぁ、落ち着け。ここからが重要なんだ。今までの話は、「メジャーとインディーズの違いについて」だ。今から言う事が、これから先に起こりそうな予感がするんだ。良いか?率直に聞く。今の音楽シーンで、何でも良い、テレビとかで印象に残ったとか、街角とかで通りすがりに聴いて思わず足を止めた…。そんな曲があったか?」
俊哉は真剣な眼差しで、竜也達三人を見つめた。
「うーん…。そう言えば、あるような無いような…」
竜也は腕組みをして、難しい表情を浮かべながら首を傾げる。
「俺は、美羽ちゃんの曲くらいかな…」
充が、ポツリと呟く。
「俺も、思い当たる節はそんなに無いなぁ…」
薫も難しい表情で、ただ、コーヒーカップを見つめたまま、微動だにしなかった。
「ほらな?お前達が思う事は、少なからず、他人も思う訳だ。これが現実だ。これが何を指し示すのか…」
俊哉は、三人の答えが最初から分かっていたような口振りで淡々と話す。
「それはな。要するに、売れてないし、目立ってないんだよ。メジャーの曲が。90年代のCDの売れ方と明らかに違う。音楽離れもあるんだろうが、それだけじゃない。金を出してまで聴きたいと思える物が無いのさ。どの曲聴いたって似たり寄ったりの生温いラブソングか、どっかで聞いた事があるような、パクりみたいな曲…。こんなのが出回ってるからさ。「売れれば何でも良い」こんな考え方しか持ってない今のメジャーのレーベルに、到底良い曲なんか作れるはずもない。そりゃ、そうさ。ミュージシャンの気持ちやファンの気持ちは無視して、自分達の利益だけ追っ掛けてんだ。当然の結果だろう。聴く側にもそんな浅ましい気持ち、簡単に見抜かれちまう。だから、命懸けでやってるインディーズが、今はじわじわだけど、人気が出始めているんだよ。儲けなんかじゃなく、ただ単純に一曲一曲毎に、そのミュージシャンのひた向きさや、魂が籠ってるからな」
俊哉はそう言うと、落ち着かない様子でコートのポケットを探り始めた。
「チッ…。タバコが無くなっちまった…。誰か、タバコくれないか?」
俊哉はそう言いながら、タバコの空箱を握り潰した。
それを聞くや否や、竜也が俊哉にタバコを差し出した。
「ほらよっ」
「悪いな、竜也」
俊哉は微笑みながらそう言って、口にタバコをくわえる。
「あぁ。構わねぇよ。それよりも、俊哉の話、もっと聞かせてくれ」
竜也は俊哉の話に、人一倍興味津々なようだ。
「あぁ。じゃあ、続けよう。インディーズが売れ始めると言う事は、自然とみんなの目がそこに向く訳だ。まぁ、当然と言えば当然か。人は、人気がある方へ勝手に動いてしまうからな。それと、メジャーにはいろんな制約があって、俺達の行動や表現に縛りが出て来る。だけど、インディーズにはそうした、明確な縛り事が無い。ただし、プロモーション力や、金銭的なリスクに関してはメジャーが有利な事は間違いない。じゃあ、何故、不利と分かってるインディーズにミュージシャン達が振り向くのか…。それはやっぱり、自分達の気持ちに正直に向き合った結果だろうと俺は思う。メジャーには表現に制約が出ると言ったけど、俺達がもしメジャーにいたと仮定して、曲を作る上で表現が適さないとかで、変えざるを得ない状況になったとしたら…?」
俊哉は、真剣な眼差しで話に耳を傾ける三人に話題を振った。
「そりゃ、俺達の気持ちが上手く伝えられないって事だから、結局、曲の中身は中途半端な物になってしまうかもしれない…」
竜也は神妙な表情を浮かべ、静かに呟く。
「そう。と言う事は、ファンにも意味は理解されないまま…」
俊哉の言葉に何か閃いたような表情で、薫が割り込む。
「そうか。だから、売れないんだ。俊哉兄が聞いた、「心に残った曲は?」ってのは、そう言う意味か。確かに、これじゃいつまで経っても売れないよな。だから、過去に売れた曲を引き合いに出して、「似たようにすれば売れるんじゃないか」って言う、業界の悪い癖が悪循環になって、似たり寄ったりのパクりみたいな曲ばっかりになってしまうんだ…。正に、ドツボに嵌まったって感じだな…」
言い終わった後の薫は、どこかすっきりしたような表情だった。
「まぁ、おそらくはそんな感じだろう。と、なると…、自分達の信念を曲げたくないミュージシャン達の中には、表現に縛りが無いインディーズにあえて留まろうとする者達も出て来る訳だ。まぁ、大体のミュージシャンはメジャーを選ぶだろうけどな…。それに聴く側も、より良い物を探すから、インディーズにも目が向いて来る…。その結果、メジャーよりもインディーズが売れると言う事が起こり得るかもしれない。メジャーならCDが売れた場合、その儲けの何%かはレーベルがピン撥ねしちまう。…が、インディーズなら話は違う。売れなきゃ、損害は俺達が被るが、売れたら、売れた分から諸々の経費を差し引いた分が俺達の物になる。さて、お前達なら、どっちを取る?ちなみに、俺と静流は同じ答えだった」
俊哉は話の内容に段階を付け、少しずつその段階を踏みながら話をし、そして三人の本当の意見を聞き出そうとしていたようだ。
「そうだな…。そう言われると、インディーズにも魅力はあるよな…。メジャーの憧れはあるけど、結局やる事が一緒なら、どっちでも良いやって気にもなるし…」
薫は腕組みをしながら口を尖らせ、語尾を弱めて難しい表情を浮かべて考え込んだ。
「俺は、正直に言うよ。俺は、音楽は好きだし、何よりもこのメンバーが大好きだ。だから、メジャーだろうが、インディーズだろうが、五人で音楽をやれるなら俺はどっちだって良いよ」
充は無邪気な笑顔で、俺達と純粋に音楽が出来る事だけに幸せや、やりがいを見出だしたようだ。
「そうか…。充、ありがとな。俺だってこのメンバー以外で音楽をやる事は考えられない…。俺が音楽を辞める時は、みんなが音楽を辞める時だけだ…」
俺は、充に微笑みながらそう言った。
「何言ってんだ。俺と静流は幼馴染みだし、それに親友だろ?それに、このB'Ra-ZEは、俺にとっては家族みたいなもんだ。そう思うのは当たり前じゃないか」
充は満面の笑みを浮かべて、俺を見つめた。
「そうだな」
俺は充の言葉が嬉しくて、ただ一言だけそう発し、微笑みながらうつむいた。
「竜也はどうだ?」
俺と充のやり取りを黙って見ていた俊哉は、微笑みながら竜也に問い掛けた。
「俺は…」
竜也はそう言うと、うつむいて考え込んだ。
俺達は、竜也の気持ちを焦らさないように、静かにそっと見守っていた。
そして、暫く経ってから竜也は重い口を開いた。
「俺は、ずっとメジャーにこだわってた。何にも知らなくて、ただ、メジャーになれば売れると思ってた。違ったんだな…。俺の考えは…。俊哉の話を聞いて、俺はやっと目が覚めたよ。メジャーだから売れるんじゃなく、実力で売るんだって。俺だって、みんなと音楽をやりたいって気持ちは、このメンバーの誰にも負けない自信があるし、それに何よりも、俺自身がB'Ra-ZEじゃなかったら、俺が俺じゃない気もするし…。でも、もし、俺にチャンスがあるなら、メジャーに行きたいと思ってる。もちろん、この五人揃ってだけどな。俺達がどこまで通用するのか、いつかメジャーに行って確かめたいんだ…」
竜也は顔を上げて真剣な眼差しで、俺達の顔を見ながら自分の気持ちを話した。
「そうか…。なら、良かった。竜也の本当の気持ちが聞けて、俺は安心した…」
俊哉は微笑みながら、静かに呟いた。
「どういう意味だ?」
竜也は不思議そうな表情を浮かべ、俊哉に問い掛ける。
「俺はな…。いや、俺と静流はな、竜也の本心を聞きたかったんだ。メジャーに対する思いを…。もし、竜也が適当な事を言うんじゃ、俺達の絆に亀裂を生むかもしれないし、生半可な覚悟でやってたんじゃ、どのみち成功なんかしないからな。でも俺達は、竜也の気持ちを信じていたからな。疑っていた訳じゃない。だから、先走っちまったけど、既にメジャーも視野に入れた手も打ってあるんだ」
俊哉は、竜也の本心を聞けて嬉しそうな表情で微笑んだ。
「えっ…?じゃあ、俺のメジャーに行きたいって気持ち、見抜かれてたのか?」
竜也は、俊哉に自分の気持ちを見透かされた事に対して驚いたのか、目を丸くして聞き返した。
「あぁ。薄々はな…。静流がこっちに来た日、俺達のこれからの話をした時からな。でも、「簡単にメジャーを考えてたんじゃあな…」って思ってたんだよ。竜也の熱い気持ち、俺は受け取ったぞ。俺達五人で、メジャーの音楽シーンをいずれ変えてやろうじゃないか」
俊哉は微笑みながら、竜也に自分の右手を差し出した。
「俊哉…。ありがとう。俺、思い切り頑張るからさ。もっとレベルも上げるから、みんなでメジャーに行こうな?」
竜也は、差し出された俊哉の手を強く握り返し、今までに無いくらいの嬉しそうな表情で俺達を見つめた。
「当然だろ?富永さんにも言ってある。静流の病気の事も受け止めてくれるって言ってた。だから、俺達があのBLASTを、メジャーの世界へ押し上げるのさ。これで晴れて俺達はメジャーデビューって訳さ。富永さんは、信念は曲げないらしいからな。メジャーになっても、インディーズのように俺達の思うままに曲が作れる。どうだ?竜也?」
俊哉は得意気に胸を張って、竜也に微笑みかけた。
「インディーズのレーベルも、俺達と一緒にメジャーの世界に…、か。面白そうだな。俺達の野望が全て実現出来るのか。それなら、ずっと富永さんのBLASTへ所属したままで、ついでに恩返しも出来るんだな?そりゃ、良いなぁ…。だったら、このままチンタラやってる暇はねぇなぁ…。良しっ。帰ったら早速、静流の新曲のアレンジしなきゃな」
竜也は満面の笑みを浮かべ、俺を見つめた。
「まぁ、そう言う事だ。それに、今言ったような話がもしもこの先ずっと続くようなら、さっきも言ったが、俺がこれから起こりそうな事として思ってる事、つまり、近い将来きっとメジャーとインディーズの垣根も曖昧になると思うんだ。「メジャーだろうが、インディーズだろうがどっちだって一緒だ」って状況にな…。もしそうなったら、「売れてるインディーズのレーベルがメジャーに」なんて事が起こる可能性が無い訳じゃない。その時は、俺達がBLASTと手を組んで、その波に一番に乗っかるんだ。俺達とBLASTが、これからの音楽シーンを引っ張って行くんだ。その為には、俺達は誰一人として欠けちゃいけないんだ」
俊哉は自分にも言い聞かせるように、俺達に檄を飛ばした。
「メジャーとインディーズの概念が曖昧に…、か」
竜也は、感慨深い表情で空を見上げた。
「そう。だけど、メジャーとインディーズの根本的な事、要するに、メジャーでの制約や、インディーズでの金銭的なリスクは今まで通り変わらないだろうと思う。でも、プロモーションに関しては、インディーズも必死になってやるだろうから、インディーズのプロモーションは、今よりはきっと良くなるはずだと思ってる」
俊哉の持論は、留まる事を知らない程に展開される。
「もし、俊哉の言う事がホントに起こるなら、それはそれで楽しいかもな」
竜也は微笑って、タバコに火をつけた。
「あぁ。それに、富永さんが言ってたぞ?メジャーのレーベルが、インディーズのレーベルを立ち上げる可能性もあるってな。だから、その逆もあり得て良いはずだ。そうなったとしたら…、ホントにメジャーとインディーズの概念があやふやになっちまう。それはそれで竜也が言うように、多分、俺達にとっては楽しくなるだろうけどさ。まぁ、先の話だから、保証はどこにも無いがな。それに今は、まだメジャーにアドバンテージがありすぎる。だから、余計にその話の信用性には「?」が付くけどさ…」
俊哉は微笑いながら、とっくに冷めてしまったコーヒーを口に運んだ。
「じゃあ、もしその時が来たら、俺達はその時に生き残って頂点に立つ為に、今から気合いを入れとかねぇとヤバいって事か…」
竜也は、遠い目をしてそう呟いた。
「まぁ、当然そうなるよな。だからその時の為に、俺達は力を合わせてレベルを上げとかないと…」
俊哉はそう言いながら残りのコーヒーを飲み干し、空になったカップを静かにテーブルの上に置いた。
「あぁ。俺達は五人で一つだ。五人で絶対に頂点に立つ」
俺はそう言いながら、他の四人の顔を見渡した。
「俺達の音楽は、俺達にしか作れない。みんなの持てるだけの力を出し合って、とことんまでやりつくしてやろうぜ!!」
竜也は、握り拳を空に向かって突き上げた。
「良し。そうと決まったら、俺達も頑張らないとな?充?」
薫は、横に座った充を見つめて微笑った。
「あぁ。俺は、もっとドラムを上手く叩けるようになってやる。世界一上手いって言われるようにね」
充は微笑みながら、人差し指でテーブルを叩き、ドラムを叩く真似事をした。
俺達の野望に向けて、また一段と五人の絆が深まって行った。
「俺達が必ず、これからの音楽シーンの頂点に立つ」
これを合い言葉に、俺達はより一層、音楽に対して本気で取り組む決意を固めた。
「ところで、静流の歌、そろそろ聴かせてもらっても良いか?」
竜也は、俺の曲が余程楽しみだったのだろうか。
突然、話題をガラリと変える発言をした。
だが俺には、無邪気に微笑む竜也の表情から、純粋に音楽が聴きたいと言う風な空気が感じ取れた。
「あぁ。分かった。そんなに楽しみにしてくれてたのか…」
俺は竜也の気持ちが嬉しくて、微笑みながらテーブルに立て掛けたギターを手に取った。
「当たり前だろ?音楽を聴くのは、俺にとってはガソリンの補給みたいなもんだ。音楽から力をもらってそれを俺の燃料にして、音楽を作ったりギターを弾いたりするんだからな」
竜也は微笑みながら、
「まだか?まだか?」
と、言った表情で俺を見ていた。
「じゃあ、瑞希も呼んで聴かせてあげよう」
俺がそう言うと、他の四人が店内のカウンターに向かって一斉に、
「瑞希っ!!」
と、名前を呼んだ。
俺達の声を聞いた瑞希は、カウンターからゆっくりとこちらへ向かって来る。
「なぁに?」
瑞希は微笑みながら、俺達に問い掛ける。
「今から、新曲を演奏するから、瑞希も聴いてくれないか?」
俺は瑞希に微笑みながら、問い掛けた。
「うん。聴く聴く。早く聴かせて?」
瑞希は無邪気に笑いながら、俺のギターを見つめていた。
「じゃあ…」
俺はそう言うと、手書きのコードを見ながら、ゆっくりと優しくギターの弦を弾く。
アルペジオのスローバラード。
切なくて儚い曲調のアルペジオに、俺は耳元で囁くような歌声を乗せる。
五人は静かに、俺の曲に耳を傾けていた。
目を閉じて聴く者がいれば、曲のテンポに合わせて首を揺らす者まで、それぞれが好きなようにリラックスして俺の曲を聴いてくれている。
そして、ギターを演奏しながら歌う、俺の肩に寄り添って座る麻紀の幻も見える。
(麻紀…。聴いてくれてありがとう)
俺は微笑みながら、足でリズムを取り、優しくギターを奏でる。
俺は目を閉じ、自分の世界に浸る。
俺の目には、元気だったあの頃の麻紀が浮かぶ。
麻紀の笑顔を思い出し、歌に俺の気持ちを乗せて…。
俺は目を静かに開き、エンディングのメロディを奏でた。
ギターの音色がフェードアウトして小さくなって行った。
ギターの音色が消えた瞬間、辺りからは盛大な拍手が響いた。
『パチパチパチパチ…』
俺は、拍手の音が明らかに多い事に驚いて、辺りを見回した。
いつの間にか、通りを行く人達が足を止め、デッキの席に座っていた他のカップルまでも、俺の曲に聴き入ってくれていたようだ。
「…静流。俺、感動しちまった…。素晴らしいな…」
竜也は目を潤ませながら、俺の肩に腕を掛けた。
「あぁ。こんな曲、俺は当分聴いてないぞ。ホントに綺麗なバラードだな」
薫も微笑んで、俺に拍手を送ってくれた。
「うぅ…。静流ぅ…」
充は、どうやら感動し過ぎたのか、目から涙をこぼし、鼻からも雫をこぼしていた。
「充?どうでも良いけど、鼻水まで出てるぞ?」
俺は苦笑いを浮かべながら、充に突っ込んだ。
「グスッ…。悲しいけど、良い歌だね…。麻紀ちゃん、きっと喜んでるよ…。最後の歌詞、静流の気持ち、いっぱい詰まってた…。あたしには、分かったよ…」
瑞希は目を赤くして涙を流し、声を震わせて静かに言った。
周りからも、なかなか鳴り止む事の無い拍手の音が響く。
「静流?分かったろ?これが心に響く物だ。お前の麻紀ちゃんを大切に思う気持ちが、この人達の心に響いたんだよ。今のメジャーには無い、お前の魂の籠った力作だ。こんな曲達を、これから俺達は作って行くんだ」
俊哉は微笑んで、俺に言葉を掛けた。
「うん。俺の作った曲で、こんなに喜んでもらえるなら、俺はいくらだって作るし、歌い続けるさ。みんな、どうもありがとう」
俺は、俺の作った曲を聴いてくれた人達に感謝を込めて、深く頭を下げた。
「ライブ行くからね」
「頑張れよ」
「良い歌、聴かせてもらったよ」
「ありがとう」
周りの観衆からは、俺にとってプラスになる、いろんな温かい声が投げ掛けられた。
俺はその言葉に、立ち上がって改めて感謝の気持ちを込めるように、大声で叫んだ。
「どうも、ありがとうっ!!」
『パチパチパチパチ…』
盛大な拍手が、カフェ全体と目の前の通りを包み込んだ。
俺達はこの日を境に、また少しずつ新しいファンを獲得して行った。




