第三話(最終話)
「もう一度同じところから」
「合っていません、もう一度」
「もう一度」
「何ですか?この演奏、もう一度」
「全然ダメです、もう一度」
本格的にコンクールの練習が始まりました。
合奏練習では指揮者より厳しい指示が次々と飛んできます。
入部してから今まで、地域の行事に参加して演奏(いわゆる「本番」と呼ばれます)したことがあり、同じように合奏練習もしたことがあります。
その時は部員全員、約120人の演奏で「やっぱり強豪校の練習は厳しいなぁ」と思っていましたが、コンクールの合奏練習は更に厳しいものでした。
コンクールメンバーは55人なので、約120人での演奏とは全く別物の様に感じました。
「ダメですね、やる気はあるのですか?もう一度」
「もう一度」
「もう一度」
「……」
もうね、とにかく同じ事を出来るまで何度も繰り返します。
1日の練習が全体でのチューニングだけで終わった事もあります。(ノンフィクションです)
2小節しか進まなかった事もあります。(もちろんノンフィクションです)
「トランペット、G (ソ) の音程が高いです。いつもですよ、注意してください」
「はいっ!」
名指しで怒られてしまいました。これで3回目です。
口調は優しいですが、「テメーちゃんと吹け!」と怒鳴られている気がします。
先輩がジロっと睨んできます。
いや、違うんです。先輩は「ドンマイ、頑張って!」とエールを送ってくれているのですが、私に余裕がなくて睨まれているように感じてしまうのです。
「…くやしい…」
ダメだ、ダメだ、全然ダメだ!
何がコンクールメンバーだ!
私はダメだ!
どうしてこんなに私は下手くそなんだ!
悔しくて、情けなくて、恥ずかしくて涙がポロポロと溢れてきます。
私の力なんて大したものじゃない。
たかが55分の1。
しかし、そのたかが55分の1が全体をダメにしてしまうのです。
特にトランペットは目立つのです。良くも悪くも…
吹奏楽の楽器は、どこででも練習出来る、というものではありません。
トランペットは音が大きいので、練習場所は限られます。
クラリネットなどの木管楽器は、雨(水)に弱く、出来なくはありませんが、外で練習するのを避けます。
パーカッションなど、そもそも移動するだけで大変な楽器もあります。
でも、吹奏楽部員達はコッソリと1人で練習する場所を見つけているものです。
私にも誰にも邪魔にされず、コッソリと1人で練習する場所があります。
一応秘密の場所です。まぁ、皆にバレてはいますが…
ギラギラとした真夏の太陽の下、私はその秘密の場所で、涙を流しながら1人で練習しました。
汗か涙か分かりません。制服が濡れて気持ち悪いです。
おそらく、いや間違いなく酷い顔。
でも、それに構わずひたすら練習しました。
「全国大会金賞」を目標にしている私達吹奏楽部員に休みはありません。
もちろん、期末試験期間や、部活動禁止と学校が定めた休みはありますが、土曜も日曜もありません。
夏休みに入れば、文字通り毎日朝から晩まで練習します。(基本9時から18時まで)
何故か皆、朝7時には居ますが…
大会(予選)の本番が近くなると、「繰り返し通し練習」というのを行います。
「繰り返し通し練習」というのは、実際の本番と同じように、課題曲と自由曲を演奏し、それを何度も繰り返します。
2曲の間の時間も含めて12分という制限があり、超えると失格となるので毎回時間を計測します。
1回目本番…5分休憩…2回目本番…5分休憩…3回目…………という感じです。
5回の時もあれば10回以上繰り返す事もあります。
流石に10回以上ともなると、終わった後はクタクタになり「もう吹けないぃぃ」となります。
でも先輩はケロッとしてるんですよね。バケモノです。すみません、失礼ですね。
でも、この練習をすると、本番の時間が毎回変わらなくなり、1秒でも違うと「何かおかしい」と分るようになります。恐るべし反復練習。
そして、遂に迎えた各都道府県による地区大会(予選)。
アッサリ金賞を受賞して、次の(関東、関西などの)地方大会(予選)出場の代表校に選ばれました。
私は結果発表の時、心臓が飛び出るくらいドキドキしていましたが、先輩達は「当然」という感じでした。
この時の私には分かりませんでしたが、顧問の先生や先輩達は自分達がどの程度か分かっているようでした。
でも、私は感極まってしまって、人目も気にせず大泣きしてしまいました。
中学生の時、3回も経験した地区大会(予選)でしたが、突破したのは初めてだったのです。
地方大会(予選)に向けての練習は、更に苛烈なものとなりました。
専門のコーチ(プロ)も迎えて、より緻密に、より丁寧に曲を仕上げていきます。
プロの方の指導を受けたのは初めてだったので「やっぱりプロは凄いなぁ」と感心しました。
私はもちろん、先輩でもなかなか出来ない様な事でもちゃちゃっと簡単にしてしまいます。凄いです。
地方大会(予選)の本番が近くなると、近くの施設を利用させて頂く2泊3日の合宿が行われます。
暦では「残暑お見舞い申し上げます」の時期ですが、まだまだ真夏の様な暑さです。
学校は当然未だ夏休みです。
複数の大型バスに乗って行くので、修学旅行のような感じですが、気分は全く違います。
あくまで、地方大会(予選)に向けての強化合宿です。
合宿も、中学では経験した事が無かったので、少しワクワクしていたのは秘密です。
しかし、そのワクワク感も厳しい練習で吹っ飛びましたが…
ギッチリ詰まったスケジュールで、「忙しい」と感じました。
どこかでのんびり出来るのでは、と思っていたようです。
夏の合宿といえば花火や肝試しはお約束です。
先輩達による演劇部顔負けの衣装や特殊メイクに絶叫したのは仕方ないですよね。
パジャマパーティー?
いやいや、1日が終わればクタクタでグッスリです。
この強化合宿というのは、ただ単に長い時間練習をする、という事ではありません。
合奏という言葉通り、テンポはもちろん、音程、音量、音質など、コンクールメンバー55人がピッタリと合わせる必要があります。
経験した事のある方は分かると思いますが、ピッタリ合わせる事はとても難しい事なのです。
音の出だし(アインザッツ)は当然ですが、音が消える部分の処理も重要です。
当然の事ながら、自分が何を担当しているか、というのも大切です。端的に言えば旋律なのか対旋律なのか、リズム、和音などです。
オーケストラもそうですが、吹奏楽では和音は平均律ではなく、純正律で合わせる必要があります。
チューニングで少し説明しましたが「ハモる」という事です。
これがかなり難しい。詳しい説明は省略しますが、同じ音程(平均律)では正しくハモる事はできません。
こういった細かな部分を合わせるのが強化合宿の最大の目標です。
これは本当に地道な作業で「もう勘弁してぇ〜」となります。
しかし、これらの僅かなズレを見逃してくれるほど審査員は甘くはありません。
初めての合宿は、こうしてヒーヒー言いながら終わりました。少し自信もついたと思います。
先輩はやっぱりケロッとしていましたが…
いよいよ明日は全国大会出場をかけた地方大会(予選)の本番です。
地方大会(予選)に出場する学校は「強豪校」だらけです。
目標である「全国大会金賞」は、とにかく地方大会(予選)を突破しなければ達成出来ません。
もう自分にできる事は全てやりました。
明日はその成果を発揮するだけです。
苦しく辛い事もたくさんありました。
でも、楽しい事もたくさんありました。
オーディションで選ばれなかった人達の想いも背負い、私は明日ステージに立ちます。
生まれて初めてたくさんの汗と涙を流した私の夏はこうして終わりを告げました。
「目指せ!吹奏楽の甲子園」
おわり
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
全国大会に出場出来たのか?金賞を受賞出来たのか?は、皆様のご想像にお任せしますm(*_ _)m
※感想欄は開いておりますが、プライベートな事情により、返信が遅くなる場合がございます。予めご了承下さいm(*_ _)m
でも、ご感想を頂ける事は嬉しいので、必ず読ませていただきます。