第三話 ダンジョンと宝箱(後編)
「チー姉、寝たかな?」
宝箱マラソンをした当日の夜、チシィが寝ていることを確認したミルミラーレは、モゾモゾと自分のベッドから這い出します。
「探さないと、チー姉のパンツ」
結局、ミルミラーレは姉のパンツを探しに行くことにしました。というより、それ以外の選択肢が、打ち明けて怒られるか、嘘をついて黙っておくかの二つしか思いつかなかったため、一番マシなパンツ捜索を選ばざるを得ないのでした。
チシィを起こさないように慎重に寝室を出たミルミラーレは、忍び足で玄関の扉を目指します。幸いにもチシィがおきる気配はないため、そのまま地下三層へ向かいました。
「一個一個、確認していくしかないよね」
地下三層にやってきたミルミラーレでしたが、どこにパンツがあるか分からないため、しらみつぶしに探すしかありません。
パンツ捜索はかなり高難度なミッションとなってしまいましたが、ミルミラーレは『よし!』と両手でほほをたたいて気合を入れ、夜のダンジョンを駆け出しました。
「これで八個目」
ここまで廻ったポイントはいずれもハズレでした。そもそも、今日設置した宝箱の場所を全て覚えている訳ではないので、行ってはみたものの、宝箱がないなんてこともありました。
「うー……、そろそろ出てきてー……」
『グァ!』
祈りながら開けた八個目の宝箱でしたが、予想外なことに、その宝箱がガブッとミルミラーレの頭に噛みついてきたのでした。
「……」
宝箱に似せたトラップモンスター、ミミックは自身に触れた相手に噛みついて攻撃してきます。噛まれたミルミラーレに痛みはありませんが、突然のことに言葉どころかリアクションすらできません。どうやらかなりお疲れのようです。
「……ごめんね」
そう言って頭からミミックを外して元の場所に戻すと、ミルミラーレは次の宝箱を探しに歩き出したのでした。
「お願い、出てきてパンツ!」
もはや何個目の宝箱かはわかりません。すでに地下六層まで下りてきました。もちろん、まだチシィのパンツは見つかっていません。
再び祈るように、そーっと宝箱を開けると、中には白いモコモコしたものが入っているのが見えました。
「パンツー!」
ミルミラーレは勢いよく宝箱を開けますが、中に入っていたのは――
パンツではなく、肉まんでした。
「は?」
宝箱から取り出してみても、やっぱりそれは肉まんでした。宝箱に肉まんを入れた記憶はありませんが、おそらくミルミラーレが入れたものでしょう。
「夕方に肉まんが食べたくなったのは、おまえのせいなのかな?」
記憶にはなくても、宝箱に入れる際に肉まんを見たことで、無意識のうちに食べたくなったのかもしれません。
「はぁー……」
ため息をついたミルミラーレは、手に持った肉まんにかぶりつきますが、レンジでチンされていない肉まんは冷たく、おいしくありません。
「……帰ろ」
そろそろ夜が明けてチシィが起きだす時間です。結局パンツを見つけることができなかったチシィは、沈んだ気持ちを抱えて地下百層の自室へ戻るのでした。
「ん――、ん?」
起き掛けに伸びをしたチシィが、ふとベッドの横を見ると、そこには綺麗に土下座をしたミルミラーレがスタンバイしていました。
「……ミリー? 何やってるの?」
「チー姉に謝らないといけないことがあります! ごめんなさい!」
「え? な、なに?」
朝一で妹の土下座を見るとは思わなかったチシィは、動揺しつつミルミラーレに謝罪の理由を訪ねます。
「実は――」
ミルミラーレは、昨日間違えてチシィのパンツを宝箱に入れてしまったかもしれないこと、探したけれど見つからなかったことを、正直に白状して謝りました。
それを聞いたチシィは、ミルミラーレの頭をポンポンと撫でて、座っていたミルミラーレを起こしました。
「ちゃんと謝ってくれたし、探しても見つからなかったんでしょ? 怒れるわけないじゃない」
「チー姉ー!」
「おー、よしよし」
チシィは胸に飛び込んだミルミラーレの頭を優しく撫でます。
「じゃあ、そろそろ、パンツ探そうかな」
「いや、チー姉。だから探しても見つからなかったんだって」
そう言うミルミラーレに対して、チシィがこっちこっちと手招きをします。
よくわからずミルミラーレがチシィに付いて行くと、そこはリビングに設置されているダンジョン監視用モニターの前でした。
「何をするのチー姉?」
「まあ、見てて」
チシィがモニターに付いているボタンを押すと、モニター下の壁が開いて操作用のコンソールが出現しました。
「へ?」
ミルミラーレの疑問をよそに、チシィがコンソールを操作すると、モニターにダンジョン内に設置されている宝箱の位置と中身が表示されました。
「あった、あった。地下四層の北側に置かれているわね」
「……チー姉、なに、これ……?」
「ん? このモニターにはね、ダンジョン内のモンスターとかアイテムを管理できる機能が付いているの。ここからモンスターやアイテムを設置することもできるのよ」
モニターにはなくしたパンツの位置がバッチリと表示されていました。
「いや、そんなものがあるならなんで今まで使わなかったの!? マラソンなんてしなくていいじゃん!」
「これ使うとお金がかかるのよ。だからいつも使うのは無理なの。でも、こういう時には便利でしょ。さ、回収、回収」
チシィが再びコンソールを操作すると、部屋の中に宝箱が一つ出現しました。ミルミラーレが宝箱の蓋を開けると、中に入っていたのは紛れもなくチシィのパンツでした。
「夜中中がんばって探し回ったのに……、こんな一瞬で……」
パンツを手に膝から崩れ落ちるミルミラーレ。
「お姉ちゃんはうれしかったよ。ミリーが一生懸命探してくれて。美味しい朝ごはん作るから元気出して」
「いらない……」
「機嫌直してよ、ミリー」
「違うの、そうじゃなくて、もう、眠たくて、無理――」
そう言うとミルミラーレはその場で横になり、パンツを握りしめながらスヤスヤと寝息を立て始めました。
「あらあら、ほんとにがんばったみたいね」
チシィは昨日と同じように、ミルミラーレを抱えてベッドまで運びます。その寝顔は昨日とはちょっと違い複雑そうなものでした。
ちなみにミルミラーレが握ったパンツは、その後、チシィがちゃんと回収しました。