第三話 ダンジョンと宝箱(前編)
「まあ、こんなもんかな?」
ミルミラーレは目の前に並べられた様々なアイテムを見て『うん、うん』と頷きました。
そのアイテムというのは、ポーションのような回復薬だったり、探索初心者向けの軽い短剣であったり、武器の材料となる鉱石だったり、多種多様な品々ではあるものの、特段珍しいものではありません。
これらのアイテムはすべて、ダンジョン内の宝箱に入れるために、ミルミラーレが朝から用意していたものです。と言っても、すべて倉庫代わりにしている部屋から運び出しただけですが。
この部屋には、協会から購入した宝箱用のアイテムがところ狭しと並べられています。そのほとんどが送られてきたダンボールに入ったままになっているため、ミルミラーレはカッターナイフ片手に、早朝から頑張って開封作業をしていたのでした。
「よっこいしょ」
並べていた全てのアイテムをお気に入りの大きなリュックに詰め、ミルミラーレはダンジョン内に出かける準備を整えます。まあ、ここ地下百層もダンジョンの中なので実際には『出かける』わけではないのですが、それは言葉のあや的なものです。
「じゃあ、チー姉、行ってくるね」
リュックを背負ったミルミラーレが姉のチシィに声をかけました。
「ええ、気をつけていってらっしゃい」
洗濯物をたたんでたチシィは一旦手を止めてそれに答えます。
「はーい」
チシィに送り出されたミルミラーレは玄関に着くまでの間、今しがたかけられた言葉について、ふと考えした。ダンジョンマイスターである自分がダンジョン内で何に気をつければ良いのだろうと。
「んー? 冒険者の人との鉢合わせかな?」
しばらく考えて、そういう結論に至ったミルミラーレは、目的地である地下三層に向かうため、玄関の扉をくぐるのでした。
「さあ、やるかな!」
地下三層に着いたミルミラーレは軽いストレッチで体をほぐします。今から行うのはチシィとミルミラーレが宝箱マラソンと呼んでいる作業です。
宝箱マラソン――それは、ダンジョン内の宝箱を回収するのではなく、新たに宝箱を設置していくもので、冒険者たちが宝箱を開けたことで、少なくなったダンジョン内のお宝を補充するのが目的となります。
宝箱の設置は地道に一つずつダンジョン内を廻って行われます。ゆえにマラソン。体力勝負です。
「まずは、あっちから行こうかな」
そう言ってミルミラーレは、東のほうに向かって走り出しました。
「ほいっ」
最初のポイントについたミルミラーレは、何もないところから空の宝箱をポンっと出すと、リュックの中から取り出した適当なアイテムをその中に放り込みます。
冒険者が中身を持って行って空となった宝箱は、しばらくすると消えてしまうので、宝箱マラソンの際は、このように空の宝箱が用意する必要があるのです。ちなみに、この空の宝箱はノンコストで出そうと思えばいくらでも出せる、お財布に優しい仕様となっています。
「よし、じゃあ次行こー!」
宝箱を置いたミルミラーレは次のポイントに向けて移動を始めました。ちなみ宝箱を置く場所はもともと宝箱があった場所とは限りません。宝箱マラソンをしながらミルミラーレが適当に決めています。本人曰く『その方が色んなところを探索できるでしょ』とのことです。
「これで終わりかな?」
地下三層から八層までを駆け巡った今回の宝箱マラソンもここが最後のようです。
気がつけば、リュックの中にあれだけあったアイテムも最後の一つとなっていました。
その残り一つとなったアイテムをリュックから取り出したミルミラーレは、それを空の宝箱に入れてその場を後にします。朝から始めた宝箱マラソンが終わったのは、夕方になってからでした。
「あー、肉まんが食べたいなー。あと、ウーロン茶」
走り回ってお腹がすいたミルミラーレは地下百層に帰るため、転移ゲートを開きます。そのままピョンっと飛び込み、ミルミラーレは地下八層を後にしたのでした。
「ただいまー」
「お帰り、ご苦労様」
ミルミラーレが帰宅を知らせるとキッチンからチシィの声が聞こえました。ミルミラーレは、そのままキッチンへと向かいます。
「チー姉、肉まん食べたい」
「冷蔵庫に入ってるやつならチンして食べていいけど、もうすぐお夕飯だから食べすぎちゃだめよ。あと、手を洗ってきなさい」
「あい」
言われた通りに手を洗ったミルミラーレは、冷蔵庫から肉まんを取り出し、電子レンジでそれを温めます。
一分後、温まった肉まんをレンジから取り出したミルミラーレは、あつあつのそれにかぶりつきました。
「肉まん、うまうま。チルドじゃなきゃもっとうまうま」
肉まんを食べ終えたミルミラーレは、その場でゴロンと横になります。
「ミリー寝ないでっ! もうすぐお夕飯だって言ったでしょ!」
「大丈夫、ゴロゴロしてるだけだから」
そう答えたものの、五分もしないうちに、床で横になっていたミルミラーレから寝息が聞こえ始めました。
それを見たチシィはため息をつきますが、その幸せそうな寝顔を見てしまうと起こすことなどできませんでした。慎重にミルミラーレを抱えて寝室のベッドまで運びます。
この調子だとあと数時間は起きないでしょう。その日はいつもより少し遅い晩ご飯になりました。
ミルミラーレがモゾモゾと起き出したのは三時間ほどたったあとでした。『お腹すいた』という妹の言葉にチシィは作っていたクリームシチューを温め直します。
晩ご飯の最中も眠そうにしていたミルミラーレでしたが、食べ終えると、案の定再び船を漕ぎだしました。
そんなミルミラーレにチシィあることを訪ねます。
「ねえミリー、知ってたらでいいんだけど……」
「んー?」
「あのね、私のパンツ……、知らない? 今朝洗濯してたやつなんだけど……」
「知らなーい」
「そう、カゴに入れて、あのあたりに置いといたんだけど」
チシィが指さした先は、今朝ミルミラーレが宝箱マラソン用のアイテムを広げていた場所でした。
それを知ったミルミラーレの背中を嫌な汗が伝います。
「し、知らない……」
「そっか、どこ行ったのかしら?」
ミルミラーレは焦りました。姉のパンツをアイテムと一緒にリュックに入れた記憶はありません。しかし、入れたアイテムを一つ一つ把握している訳でもありませんでした。
今朝は、目の前に広げた雑多なアイテムをまとめてリュックに詰め込んだため、その中にうっかりパンツが入っていしまった可能性は大いにあります。
宝箱を設置する際も、適当にリュックから取り出したアイテムをそこに詰めたため、どのアイテムをどの場所に設置したのか覚えてはいません。
(ヤバい!)
ミルミラーレの眠気は完全に吹き飛んでいました。
「チ、チー姉、ミリー、今日はもう疲れたから寝るね」
「そう、今日はがんばってくれたもんね。おやすみ」
「お、おやすみー」
寝室に戻ってきたミルミラーレは、眠気などないにもかかわらず、自分のベッドに潜り込みました。なんとかしないといけないとは思いつつも――
(どうしよう、どうしよう、どーしよう!)
――いい考えは思いつきません。結局、そのまま深夜になってしまいました。




