第十五話 ダンジョンと写真(後編)
「むふふー、いい感じー」
ダンジョン・ティバリス地下百層。リビングのモニターを見つめるミルミラーレは、いつになく上機嫌でした。最近、ダンジョンを訪れる冒険者の数が飛躍的に増えたのです。
それに貢献したのが、新たに地下十六層へ設置した、花のように見える石でできたオブジェクトでした。
これは、冒険者の間で起こっている写真ブームを知ったミルミラーレが、写真映えしそうな空間を作ろうとして設置したものです。
石の花の効果は絶大でした。狙いは見事にヒットし、多くの冒険者が訪れるようになったという訳です。
「調子はどう?」
朝食の後片付けを終え、リビングにやってきたチシィが、ホクホク顔のミルミラーレにそう尋ねました。
「チー姉、見ての通りすごく順調だよ! あと、さりげなく周りに強力なモンスターを設置しといたから、結構な数の冒険者の人を倒すことができたみたい。まさに、一石二鳥って感じ!」
「そんなこともしてたの? ちゃっかりしてるわね」
妹の行動にあきれるチシィでしたが、それを咎めるようなことはしません。これなら次に振り込まれる運営費は期待できるので、口うるさく言う必要はないでしょう。
「ただ、最近人が少しずつ減ってきたんだよねー」
「ブームなんてそんなものよ。いつかは終わっちゃうんだから、これだけにかまけてちゃだめよ」
先ほどとは打って変わって真剣な表情になったミルミラーレに、チシィが忠告します。
「うん、ここ一ヶ月が勝負だと思うんだ……。いっそのこと、もっと強いモンスター配置しちゃおうかな?」
「ほどほどにしときなさいよ」
一ヶ月後、二人の予想通り、写真ブームは収束。石の花を目的に訪れる冒険者はほとんどいなくなりました。
「ほんとにすぐ終わっちゃったわね」
「でも、結構お金もらえたよ」
「そうね、また何かブームが起こらないかしら」
訪れる冒険者の数が増えた上、かなりの数を倒したため、前回振り込まれた運営費は、過去最高額を更新しました。
両手を上げて喜んだチシィはもちろん、ミルミラーレとタネも食事が豪華になって大変嬉しそうにしています。
ただ、ブームが去った今、同じように稼ぐのは難しくなるでしょう。潮時と言うやつです。
「じゃあ、あの石の花片付けてくるね」
「あら、意外。ミリーのことだら残しておくのかと思ったわ」
ミルミラーレの言葉に本当に意外そうな顔をしたチシィでしたが、当のミルミラーレは得意そうに胸を張ります。
「引き際が肝心ってね。それに、次の手を考えてあるから大丈夫! それよりも、チー姉とタネちゃんについてきてほしいんだけど……、どう?」
「片付けに? 私はいいけど……」
妹からの予想外な申し出に、驚きつつもコクンと頷いたチシィは、視線をタネに向けます。
「チシィが行くなら」
ソファーで子ども向けの絵本を読んでいたタネも、チシィと一緒ということでついてきてくれるようです。
「よかった。じゃあ行こー」
いつものリュックサックを引っ張り出してきたミルミラーレは、チシィ、タネと共に玄関からダンジョン内へと向かいます。
地下十六層に到着した三人は辺りを見回します。一ヵ月前はあれほど人がいた石の花の広場ですが、今はミルミラーレたちを除いて誰もいません。
そんなしんと静まり返るフロアで、ミルミラーレはリュックを下ろすと、何やら荷物をあさり始めました。
「何しているのミリー? これを片付けるんでしょ?」
チシィが石の花を指さしながらミルミラーレに問いかけます。
「うん。そうなんだけど、その前にね――」
そう言って荷物あさりを続けるミルミラーレ。しばらくして『あった!』という声共にあるものを取り出します。
「タブレット?」
ミルミラーレが取り出したのは、いつも使っているタブレット端末でした。そんなものを何に使うのとかとチシィが不思議そうにしています。
「これでね、みんなの写真撮ろうと思うんだ。ほら、三人で写ったやつなかったでしょ? ここなら撮影にもってこいだし」
「そういえば、タネが来てから写真なんて全然撮ってなかったわね」
ミルミラーレがタブレットを掲げながらここに来た目的を説明すると、納得したのか、チシィもウンウンと頷いています。
「でしょ。はい、じゃあこっち来て」
石の花の前で手招きするミルミラーレ。後ろにチシィ、前にミルミラーレとタネという順で、石の花をバックにして並びます。
「ほら、もっとこっちこっち」
そう言ってミルミラーレが、タネの腕を自分のほうへグイッと引っ張りました。ほほとほほがくっつくくらいの距離に、タネが不満そうな顔をしています。
「じゃあ、行くよー」
そんなタネの気持ちを知ってか知らずか、ミルミラーレは撮影の準備を進めます。片手でタブレットを構えて、短いモフモフの手を一生懸命に伸ばすミルミラーレ。
枠内に三人が収まったのを確認すると、ぶれないよう慎重に撮影ボタンをタップしました。ダンジョン内にカシャッというシャッター音が響きます。
「次―」
そう言って、何度か写真を撮るミルミラーレ。その度に微妙にポーズを変えています。撮影は三分ほどで終了しました。
「じゃあ、片付けるね」
タブレットをリュックサックにしまったミルミラーレがテトテトと石の花のほうへ駆けていきます。
「これでおしまい?」
「うん。付き合ってくれてありがとチー姉。タネちゃんもね」
ミルミラーレが感謝の言葉を口にすると、チシィは『どういたしまして』と笑顔で答えました。
タネのほうは自分のリュックから取り出した、おやつの魚肉ソーセージを食べていますが、ミルミラーレの言葉は聞こえていたようで、コクンと頷いていました。
「君もありがとうね。ステーキおいしかったよ」
ミルミラーレは、多く得られた運営費で豪華になった夕ご飯を思い出しながら、石の花にピトッと触れます。
すると、石の花は一瞬で消え、そこはただの壁となっていました。ミルミラーレはその場でしばらく二人に背を向けて立ち尽くしていましたが――
「帰ろっか」
振り向いたときには笑顔になっていました。
「そうね」
それにチシィも笑顔で答えます。
「お腹すいた」
「帰ったらおやつにしよー」
そう言って、おやつ(魚肉ソーセージ)を食べているタネをおやつに誘うミルミラーレ。コクリと頷く様子からタネにも異論はないようです。
「二人とも、何してるのー?」
チシィが地下百層への転移ゲートを開いて待っています。ミルミラーレは、『今行くー』と言ってタネを手に取ると、チシィの方へと走り始めました。
「いっちばーん!」
そう言って転移ゲートに飛び込むミルミラーレ――、とそれに手を引かれるタネ。チシィも『こらっ!』と言いつつ、苦笑いを浮かべながら、自らも転移ゲートに飛び込みます。
こうして、ダンジョンはいつも通りの静寂を取り戻したのでした。
「いってきまーす!」
ダンジョン・ティバリス地下百層にあるいつもの部屋から、今日もミルミラーレの元気な声が聞こえてきます。
そんな部屋の玄関には、大きなリュックを背負ったミルミラーレと、同じくリュックを背負ったタネの姿がありました。これから二人は、日課となっているダンジョンの整備に出かけるのです。
「いってらっしゃい。夕ご飯はハンバーグだから期待しててね」
「やったー! これは気合が入るね!」
見送りに来たチシィから夕食の内容を告げられると、笑顔のミルミラーレは握りこぶしを作ってガッツポーズをしています。言葉通り、気合十分なのでしょう。反面、そんなミルミラーレに振り回されることを予感したタネは――
「疲れるのイヤ」
っと言って、口を尖らせています。しかし、そうは言いつつも、目元は嬉しそうにしていました。
最近はミルミラーレ一緒にいることが多いタネですが、嬉しそうなのは、夕ご飯のせいか、はたまた、ミルミラーレと出かけられるせいか……
「じゃあ、いってきまーす」
「いってきます」
改めて挨拶をすミルミラーレとタネ。
「いってらっしゃい」
それを小さく手を振りながら見送るチシィ。
「さて、下ごしらえしないと――」
二人が玄関の扉をくぐって見えなくなると、チシィは夕食の準備のため、リビングを横切りキッチンへと移動します。
その途中、リビングの机の上に置かれた、あるものに目をやりました。それを見て笑顔になるチシィ。
その視線の先には、チシィ、ミルミラーレ、タネの三人を映したデジタルフォトフレームが置かれています。
写真の中の三人は、先ほどと同じように、元気いっぱいの笑顔を浮かべていたのでした。
これにて「ダンジョンに食パン置いときますね。」は完結となります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




