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第二話 ダンジョンとトラップ(前編)

「チー姉、今度はちゃんとしたやつ設置したよー」

 ダンジョン・ティバリス地下百層。リビングの掃除をしている姉のチシィに、妹のミルミラーレが駆け寄ります。

「そう。で、何を置いたの?」

「トラップだよ。ダンジョンと言えばトラップでしょ? ミリーがんばって落とし穴のトラップを作ったの」

 掃除機を置いてたずねるチシィに、ミルミラーレはピョンピョン飛び跳ねながら、自身の成果をアピールしました。頭のウサギ耳がそれに合わせて踊るように揺れています。

「それはいいけど、落ちたら即死なんて落とし穴はダメよ。そんなことしたら、また冒険者がいなくなっちゃうんだから」

「大丈夫。そんな危険なものは設置してないよ。そのあたりはちゃんと分かってるんだから」

 腰に手を当て、エヘンと胸を張るミルミラーレ。それを見たチシィは逆に心配そうな顔をします。

「本当に大丈夫かしら。それでどこに設置したの? その落とし穴」

「えーっとね。地下二層と四層、あと五層に置いてきたよ。あのね、あのね。三つとも全部違う種類の落とし穴なんだよ! すごいでしょ?」

 ミルミラーレは目を輝かせながら、チシィに頑張って作ったトラップを自慢しました。

「三つも作ったの? それはすごいけど、あんまり高いものはダメよ」

 ダンジョンにモンスターを配置したり、トラップを設置したりするにはお金がかかります。そのための費用は毎月協会から支給されるのですが、いくらでもという訳にはいきません。

 チシィとミルミラーレが運営するダンジョン・ティバリスは町から近いこともあり、毎月それなりの数の冒険者が訪れています。そのため、地方にあるマイナーなダンジョンよりは多くの額を得ているのですが、ダンジョンの規模もそれなりに大きいため、無駄遣いができるほどの余裕はないのです。

「それも大丈夫だよ。ちゃんとコスパのいい設計であんまりお金かかってないから。ほら見て」

 そう言ってチシィに、落とし穴作成にかかった明細を渡しました。それをチシィがざっと確認します。

「たしかに、トラップ三つ作ったにしては安いけど、問題はコスパの”パ”のほうね。いったいどんな落とし穴なの? 低階層に設置してるんだからあまり危険な奴はNGよ」

「ふっふっふ。どんな落とし穴かは……、ヒ・ミ・ツ――」

 最後の『ツ』と言ったあたりで、チシィが無言で右手に握りこぶしを作ります。

「――な、なんてことはなくて、ち、ちゃんと説明するよ。――でも、まずは実際にチー姉に見てほしいんだ。ミリーの作ったトラップ」

 若干(じゃっかん)焦りながら、ミルミラーレはチシィにそう提案しました。

「え? 見に行くの? まあ、私もミリーがどんなトラップ作ったのか興味あるし。問題はないけど……」

 いつの間にか握りこぶしを元に戻したチシィは、わずかに戸惑いつつもミルミラーレの案に同意します。

「よかった。じゃあ、これから行こ」

 そう言って笑顔でチシィの手を取るミルミラーレ。

「ちょっと、ミリー。わかったからそんなに引っ張らないで。それに、どこへ行くの?」

 ミルミラーレに手を引かれたチシィが慌てて行先を訪ねます。

「まずは地下二層だよ。ほら、チー姉はやく!」

「わ、わかったから、引っ張らないでってばー」

 チシィの抗議は(むな)しくスルーされ、二人はそのままリビングを後にしたのでした。



「まずはここね」

 ダンジョンの地下二層に到着した二人は、ミルミラーレの案内で、一つ目の落とし穴が設置してあるポイントまでやってきました。

 ここ地下二層は土を掘ってできた洞窟のような作りになっています。当然、二人の目の前にも土でできた地面が続いているのですが、実はその先に、ミルミラーレの作った見えないトラップが待ち構えているのです。

 何も知らずにここから一歩踏み出すと落とし穴に真っ逆さま――、っといった具合です。

「とりあえず、普通のトラップみたいね、ちゃんと隠してあって安心したわ。で、これ落ちるとどうなるの?」

「うん、説明するからチー姉――」

 ミルミラーレは何でもないような表情でこう言いました。


「―― 一回落ちてみて」


「……え?」

 まさか、目の前にある落とし穴に落ちろと言われるとは思いもしなかったチシィは、反射的にミルミラーレの方へ振り返りました。

 ちなみに、ダンジョンマイスターは、自身が管理するダンジョンのモンスターからダメージを負わないのと同様に、ダンジョンに設置されたトラップからもダメージを負うことはありません。

 仮に左右の壁が迫って来ても、押しつぶされることはなく、坂の上から丸い大きな岩が転がって来れば、ぶつかっても岩のほうが砕けてしまいます。

 そのため、この落とし穴が深さ百メートル以上あろうが、底にヤリが逆さまに刺さっていようが、飛び込んだチシィの安全は保障されています。

 しかし、それでも落とし穴に飛び込みたいとはだれも思いはしません。

「いや、普通にいやなんだけど」

「大丈夫だから、ほら、ピョンと行っちゃってー」

「だから、いやだって」

 断固拒否するチシィと、軽いノリで勧めるミルミラーレ。そんなやり取りが五分ほど続いたのち、しぶしぶチシィは落とし穴に落ちることを了承したのでした。



「じゃあ、行くわよ?」

「はーい、いってらっしゃーい」

 チシィが両足を揃えて一歩前にジャンプします。跳躍したチシィはそのまま着地しようとしますが、その前に地面が消えミルミラーレの作った落とし穴が姿を現しました。

 落とし穴は縦横二メートル四方、深さは五メートルほどあります。小さなチシィが飛び込むとすぐに自由落下が始まりました。ウサギ耳とモフモフの体毛が下からの風を受けたようにバサバサと揺れます。

 しかし、それも一瞬のこと。すぐに落とし穴の底にチシィの体は叩き付け――、られる前に底に敷かれたフカフカなマットがその体を受け止めました。

「……へ?」

 まさか落とし穴の底に衝撃吸収材が設置してあるとは思わず、チシィは軽く混乱状態です。さらに周りを見渡すと、落とし穴にあるまじき、脱出用のはしごまで設置してあり、さらに訳がわかならなくなります。

「どうだったー? すごいでしょ」

 上からの声に顔を上げると、落とし穴の入り口からミルミラーレがのぞき込んでいました。なぜか若干ドヤ顔です。

「……ちゃんと落ちたんだから説明してくれるのよね?」

 冷静さを取り戻したチシィはドヤ顔のミルミラーレにイラッとしつつも、トラップとして成立していないこの落とし穴について説明を求めます。

「んーとね。一言でいうと、これは超安全な落とし穴なんだよ。ほら、このあたりだと初心者っぽい冒険者の人が、うっかりトラップにハマっちゃったりするでしょ? でもこの落とし穴なら落ちても大丈夫。そのまま探索が続けられるから、『なんて安全に配慮した素晴らしいダンジョンなんだ』って思ってくれるんだよ。これで初心者にもやさしいダンジョンってのが広まっていって、すぐに人気のダンジョンに――」

 ミルミラーレが語っている間に、チシィは無言ではしごを上って落とし穴を脱出します。

「どう、チー姉? 妹の才能がすごくない? 褒めてくれてもいいんだよ」

「……おバカ」

 手を後ろに回し、照れたようにはにかむミルミラーレへ飛んできたのは、賞賛(しょうさん)ではなくそんな言葉でした。

「チー姉、バカは褒め言葉じゃないよー」

「……さて、次は地下四層だったわね」

 ミルミラーレの抗議をさらりと流したチシィは、独り言のようにそうつぶやくと、一人で地下四層へ向けて歩き出しました。

「あっ、チー姉、待ってー! 置いてかないでー!」

 ミルミラーレは急いで落とし穴を元に戻すと、走ってチシィを追いかけるのでした。


続きます。

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