第一話 ダンジョンと姉妹
「クソッ! なぜこんなところにダークグリズリーが出現するんだ!?」
体長二メートルを超える黒い熊のモンスター――ダークグリズリーが、防御を固めたアレックスに向かって強靭な前脚を振り下ろす。
敵は明らかに格上。そんな敵の強烈な爪攻撃を、アレックスは左手に持った盾と、右手に握った剣でなんとか受け止めることに成功した。
「アレックス! 下がって!」
不意に後ろから飛んできた言葉に反応し、ダークグリズリーの攻撃を必死に受け止めていたアレックスがバックステップで敵から距離を取る。それと入れ違いに、後方のジェシカから放たれたファイヤーボールの魔法が、ダークグリズリーを直撃した。
与えたダメージはわずかであったが、炎の魔法によりダークグリズリーが一瞬だけひるんで隙ができる。
「ローナ! まだなのか!?」
「すみません。あと少し……、あと少し時間を稼いでください!」
わずかにできた時間を使って、アレックスは後方にいる神官のローナに状況の確認を行う。
ローナはこの戦闘で傷を負った、盗賊のエドガーを治療しながら必死の表情で答えた。その様子から回復まではもうしばらく時間がかかりそうだ。
「ローナ……、もう大丈夫だ。走るくらいならできる」
治療を始めて数十秒後、なんとか動けるくらいには回復したエドガーが、苦悶の表情をしつつも、ローナにそう伝えた。
「わかりました、無理はしないでくださいね。アレックスさん! エドガーさんの回復終わりました!」
ローラも大丈夫だと判断し、リーダーであるアレックスに治療の完了を報告する。
「了解! ジェシカ、もう一度ファイヤーボールを奴にぶち込んでくれ、その隙をついて撤退する!」
必死にダークグリズリーの攻撃をさばいていたアレックスであったが、そろそろ限界が近い。撤退が得策と判断し、ジェシカに指示を出す。
その言葉を受け取ったジェシカは、持っていた杖を正面に構えなおした。
「オッケー。それじゃあクマさん、火の玉でも食べててね。行け、ファイヤーボール!」
ジェシカの放ったファイヤーボールが、狙い通りダークグリズリーの顔を直撃した。その結果、ダークグリズリーは前脚で顔にかかった炎を払うべく暴れ始めた。今ならパーティメンバーへ注意が向くことはないだろう。
当然、アレックスはこの隙を見逃すことなどしない。
「よし! 今のうちだ……、全員撤退!」
アレックスが撤退を宣言し、後方への移動を開始すると、他のパーティメンバーも速やかにそれに続く。
追撃は来なかった。パーティは無事ダークグリズリーのもとから逃げ出すことに成功したのであった。
* * *
「ミリ―? なんで地下七層なんていう低層にダークグリズリーがいるのか、お姉ちゃんに説明してくれるかなぁ?」
全身モフモフの女の子はそう言って頭のウサギ耳をピクピクさせています。
「チー姉……、もしかして怒ってる?」
もう一方の女の子がばつが悪そうにそう返しました。
ここはダンジョン・ティバリス。ディバリスの町からわずかな距離にある地下積層型のダンジョンです。
そのダンジョンの地下百層。寝室やキッチンといった機能ごとに区切られた部屋の一室に、先ほどの二人――、チシィとミルミラーレの姿がありました。
二人はリビングに設置された大型モニターへ映し出される、撤退中のアレックスたちと、取り残されたダークグリズリーの姿を眺めながら話を続けます。
「怒ってるわよ! で、なんであそこにダークグリズリーがいるの!?」
腰に手を当て、ミルミラーレを叱っているのが姉のチシィです。二本足で立っていますが、人間ではありません。ウサギの様な耳としっぽに加え、全身がモフモフの茶色い体毛で覆われており、その上に白のワンピースを着ています。
身長百二十センチ程度と、人の子どもくらいの大きさしかありませんが、ここでダンジョンマイスターというダンジョンの管理人をやっています。
「いやー、こうすればたくさん冒険者の人を倒せるかなーっと思って……」
そしてチシィに怒られているのが、同じくウサギ耳とウサギしっぽ、モフモフの体毛で覆われている妹のミルミラーレです。茶毛の姉とは違い、全身白色でピンクのワンピースを着ています。
チシィよりさらに頭一つ分小さいですが、同じくこのダンジョンのダンジョンマイスターです。と言っても、まだ見習いのようなものですが。
先ほどの黒い熊――、ダークグリズリーは、そこにいるミルミラーレがダンジョンマイスターの権限を使って、地下七層に設置したモンスターです。
「そんなことしたら、冒険者がこのダンジョンに来なくなっちゃうでしょ。どーすんのよ、もう!」
そう言って頭を抱えるチシィ。本来であればダークグリズリーが現れるのはもっと下の階層です。それを地下七層という低階層に設置してしまったため、冒険者が警戒してダンジョンに来なくなるのではないかと危惧しているのです。
「だって、冒険者の人を倒さないとミリーたちこのダンジョンをクビになっちゃうでしょ? いやだよ、田舎のダンジョンに飛ばされるの」
「それならひと月に五、六人も倒せれば十分よ。それにトラップなんかも設置してあるから、勝手に倒れてくれるし、そんなに頑張らなくても大丈夫なの。それよりも冒険者が来なくなるほうが問題だわ」
口をとがらせるミルミラーレに、チシィが短い人差し指をピンと立てながら説明します。
そもそも、このダンジョンを管理しているのは、ダンジョンマイスターであるチシィとミルミラーレの二人ですが、世界中にあるダンジョンは、ダンジョンマイスターを派遣しているある組織によって統括管理されています。その組織がダンジョン管理運営協会――通称『協会』です。このダンジョン・ティバリスも例外ではなく、協会の管理下にあります。
この仕組みによりダンジョンを運営する側には、さまざまな利点が発生するのですが、その代わりとして、ひと月に倒すべき冒険者の最低数や、訪れる冒険者の下限人数等のノルマがあります。これを下回るとダンジョンマイスターとして不適切と判断される場合があるので、無視はできません。
冒険者を倒すことについては、チシィの言う通りさほど難しくはありません。問題はいかに訪れる冒険者を増やすかであり、各ダンジョンはそれに頭を悩ませています。
危険に満ちたダンジョンというのは、昨今の流行ではありません。しかし、安全すぎると冒険者から搾取されるだけのダンジョンとなってしまうため、ほどほどが大事というと事になるのです。
「わかった。じゃあ冒険者の人が来たくなるような”あっとほーむ”なダンジョンを目指すね」
「んー、なんか違う気がするけど、アットホームの意味わかって言ってるの? まあいいわ、やりたいようにやってみなさい。あ、ちゃんと熊は片付けておくのよ」
「りょーかーい」
敬礼のポーズをとったミルミラーレは、その足で玄関へと向かいました。玄関の扉はダンジョン内のどこにでも移動可能な便利ツールとなっています。ミルミラーレの目的地は地下七層。ダークグリズリーを早く回収しなければなりません。
「いたいたー」
地下七層についてすぐ、ミルミラーレは目的のダークグリズリーを発見していました。
『グルルルル!』
「怒んないでよ。ね」
冒険者に逃げられて虫の居所が悪いダークグリズリーは、牙をむいてミルミラーレを威嚇します。そんなダークグリズリーに対して、ミルミラーレは何事もないようにスタスタと近づいて行きます。
倍以上の身長差がある両者。ダークグリズリーから一撃をもらえば、ミルミラーレはひとたまりもありません。が、基本的にモンスターの攻撃でダンジョンマイスターがダメージを負うことはありません。ダークグリズリーも例外ではく、もしその鋭利な爪が振り下ろされても、ミルミラーレに傷一つつけることはできないのです。
『グルルルル!』
「わかったよー。今度はちゃんとしたフロアに置いてあげるから」
そう言いながらダークグリズリーの元までやってきたミルミラーレは、その太い前脚に右手でペチッとふれます。
そのとたん、ポンッという音とともに、ダークグリズリーは一瞬で消えてしまいました。これで回収完了です。ちなみに、回収したモンスターはいつでも再設置が可能です。
「今日のお仕事はこれで終わりかな」
ダークグリズリーを回収したミルミラーレは、伸びを一つすると、目の前に地下百層への転移ゲートを出現させました。水たまりのように地面で青く光る円状のそれは、ミルミラーレたちが暮らす部屋の玄関前につながっています。
その光にピョンッと飛び込むミルミラーレ。一瞬増した光が収まると、そこにミルミラーレの姿はありませんでした。
「チー姉、冒険者の人こなーい。ダンジョン内かっそ過疎」
「ミリーのせいでしょ」
例のダークグリズリー騒動から数日がたちました。現在、ダンジョン・ティバリスには低階層に危険なモンスターが出現するとのことで、冒険者をまとめるギルドから探索の禁止が言い渡されています。
そのため、ダンジョンの中に冒険者はおらず、閑散としていました。
「でも大丈夫! 冒険者の人を呼ぶ、いい考えがあるの!」
「へー、どうするの?」
堂々と胸を張るミルミラーレにチシィが尋ねます。
「簡単だよ。ダンジョン内にお金をばらまけば、それにつられて冒険者の人が来てくれると思うの!」
「……」
妹の比喩でもなんでもない発言にドン引きするチシィ。かわいそうなもの見る目でミルミラーレを見つめます。
「冗談、冗談だよチー姉! だからそんな目で見ないでー!」
オーバーアクションで必死に訴えるミルミラーレを見て、チシィはため息を一つつきます。
「……はぁ、まあいいわ。でも、今は何をしても無駄よ。こうなるとギルドから安全宣言が出されるまで、冒険者はダンジョンに入ってこないもの」
「ふーんそうなんだー。でもチー姉はなんでそんなこと知ってるの? あ、もしかして、チー姉もやらかしたことある系?」
「……」
なぜかうれしそうにするミルミラーレから、チシィは無言で目をそらしました。
余談ですが、ダンジョンではその階層に似合わない、強力なモンスターが出ることがたまにあるそうです。
それからしばらくした後、ギルドから派遣された調査団がダンジョン・ティバリスにやってきました。
優秀な冒険者をそろえた調査団でしたが、地下七層において、問題となったモンスターの発見、討伐には至りませんでした。念のため、もう少し深い階層まで探索範囲を広げてみましたが結果は同じ。
結論として、そのモンスターの出現は一過性のものであり、すでに消滅もしくは適切な階層に帰還したものと判断されました。ギルドから安全宣言が出されたのは、それから二週間後のこととなります。
そして、ダンジョン内に前ほどの数の冒険者が戻ってきたのは、さらに一週間ほどかかったのでした。
「チー姉、今度は宝箱を設置してみたの。いいアイテムいっぱい入れておいたから、これを目当てに冒険者の人がたくさん集まると思うよ」
「それはいいけど、ミリー。あなたその宝箱をどこに置いたのよ?」
「ん? 地下三十六層だよ」
「そんな深い階層の宝箱、誰も気づかないと思うわよ」
「……え?」
初投稿です。よろしくお願いします。




