第六話 ダンジョンと改装(前編)
「いくよ、チー姉……」
「……オッケー、いつでもいいわよ」
並んで座るチシィとミルミラーレに緊張が走ります。二人の息づかいはいつもより荒く、手の先は若干震えていました。
二人は呼吸を整えようと深呼吸を繰り返しますが、早くなった心臓の鼓動を抑えることができません。そんな中、ついにミルミラーレが動きました。
「よし。それじゃあ……、エイッ!」
ミルミラーレは意を決して、左手に持ったタブレットに表示されている『残高照会』のボタンをタップします。
切り替わった画面を二人してのぞき込むと、そこに表示された口座残高は、すずめの涙ほどしか残っていなかった昨日のそれを、大きく上回っていました。
「キター!」
「ヤッター!」
二人は『イエーイ!』と右手を上げてハイタッチを交わします。先ほどまでの緊張感はどこかへ行ってしまったようで、ミルミラーレなどソファーから立ち上がり、クルクルと一人でダンスを踊り始めました。もし周囲に人がいたら引いてしまうほどのハイテンション状態です。
さて、少し唐突ですがお金の話をしたいと思います。
協会が管理しているダンジョンには、毎月、管理費というか運営費のようなものが、各ダンジョンのダンジョンマイスターに支払われる仕組みとなっています。ダンジョンマイスターは支払われた運営費からモンスターやアイテムなどを購入し、ダンジョン内を充実させていくという訳です。
支払われる運営費の額はダンジョンごとに決まっており、規模が大きく、多くの冒険者が訪れるダンジョンには、多額の運営費が支払われます。
そうやって各地のダンジョンは、協会から支給される運営費によって廻っているのです。そして、今日がその運営費の支払日であり、ちょっと贅沢にダンジョンの改装ができる日となります。チシィとミルミラーレがはしゃいでいるのは、そういった理由からです。
「何買おうかしら? やっぱり強いモンスターがいいわよね!」
「チー姉、先月もそう言って、ドラゴンとか買ってたけど、強すぎて使い道ないじゃん」
「うっ……、あれはもう少し冒険者が強くなって、探索できる階層が増えたら使う予定なんだから!」
先月チシィが勢いで購入したヴォルケーノドラゴンは、強力すぎて冒険者たちが一方的に蹂躙されてしまうため、現在、お蔵入りとなっています。ちなみに、このモンスター一匹で当月支給された運営費の四分の一が飛びました。
「チー姉は先月好きに無駄遣いしたんだから、今月はミリーがやっていいよね?」
「ぐう……」
妹の発言に文字通りぐうの音しかでないチシィは、月一の贅沢が遠のいていくことを受け入れるしかありません。
「……わかったわ。ミリーの好きにしていいわよ。で、何をするの? さすがに全部使い切るのはダメよ!」
「もちろんだよ。あのね、前々から考えてたんだけど、地下三十一層を改装しようと思うんだ」
地下三十一層は、現在、手つかずの状態となっています。そこまで深い階層に冒険者がやってこれないため放置されてきたのですが、最近は冒険者のレベルが上がってきたことから、今回、ミリーはこれに手を付けるようです。
「まあ、妥当なところね。じゃあ、お洗濯してくるからできたら教えてちょうだい」
「待って、チー姉!」
立ち去ろうとしたチシィをミルミラーレが呼び止めました。
「チー姉も一緒に作ろ」
「ミリーが好きに作りたいんじゃないの?」
「うん。でも、チー姉と一緒に作ったほうがきっと楽しいと思うんだ」
振り向いたチシィにミルミラーレが満面の笑みを向けます。溜まった洗濯物を片付けたかったチシィですが、その笑顔を見てしまっては断ることなどできません。肩をすくめながら『しょうがないわね』と言ってミルミラーレの横に座り直します。
そんなチシィですが、しょうがないと言いつつも、顔はけして嫌そうではありません。ダンジョンマイスターであるチシィにとっても、ダンジョンの改装は楽しいイベントの一つなのです。
「まずは、フロアデザインからだね」
ミルミラーレがタブレットを操作し、自身の管理者ページ経由でダンジョンストアに移動します。そこからさらに遷移し、フロアデザインのページを表示しました。
フロアデザインとは、”山”とか”森”といったように、その階層のベースとなるフィールドの種類を差す言葉です。
タブレットに表示されたページには、様々なフロアデザインとその価格が表示されており、ミルミラーレはページをスクロールさせ、次々表示されるフロアデザインをチシィと共に吟味していきます。
「これなんていいんじゃない? 『墓地』だって。アンデッドモンスターのステータス上昇効果もあるし、値段もあんまり高くないわよ」
「えー、かわいくないからダメ!」
チシィが見つけたフロアデザインはミルミラーレに一蹴されてしまいました。
「チー姉、これなんてどう? 『お菓子の街』だって!」
チシィが見つけたフロアデザイン『お菓子の街』は、その名の通り、お菓子でできた家々が立ち並ぶ街を、その階層に再現するものです。定期的に昼夜が入れ替わり、夜になるとモンスターが活発になる特性があります。
「どれどれ? ……って高っ! 『墓地』が三つも買えるじゃない! それに特性も微妙……」
見た目より機能重視のチシィにとっては、ないとの見解です。
「あとこれ、『お菓子の家は食べられません。』って書いてあるわよ」
「べ、別に食べたいとか思ってないし……」
そんなことは考えていないと否定するミルミラーレでしたが、なぜか少し落胆した様子でした。
「……チー姉、これじゃダメ?」
「まあ、微妙だけど、それがいいんでしょ? ミリーの好きにしていいって言っちゃったし、買いましょうか」
「ありがと、チー姉!」
ミルミラーレが嬉々として『お菓子の街』の購入ボタンをタップすると、すぐに『お菓子の街』がフロアデザインとしてアクティベートされました。続けてそれを地下三十一層に反映させます。
「どんな感じかしらね?」
チシィがリモコンを使って、この部屋に設置された大型モニターを操作すると、何もなかった地下三十一層に、ビスケットやチョコレート、キャンディーで作られた、カラフルな家が立ち並ぶ街の姿が出来上がっていました。細かな調整は必要ですが、そこは立派な『お菓子の街』と言えるものになっています。
「おー、かわいい!」
「こうして見るとずいぶん派手ね」
各々が感想を述べたところで、次の作業――配置するモンスター選びに取り掛かり始めました。
このページには強さや大きさも様々なモンスターが、カテゴリー毎に分けて表示されています。ミルミラーレはその中から迷うことなく『ファンシー』カテゴリーをタップしました。
「なにこれ? なんかかわいいのがある! これにしようかなぁ」
その中からミルミラーレが見つけたのは『動くぬいぐるみ三点セット【動物シリーズ:クマ・ウサギ・イヌ】』と書かれたものでした。
これは、ぬいぐるみを模した高さが五十センチほどの人工モンスターで、熊、兎、犬をイメージして作られています。ゴーレムに近いものですが、あまり好戦的ではなく、戦闘力も低いため、どちらかと言えば観賞用に分類されます。
「いっぱい置けば、もっとメルヘンな感じにできるかも」
戦闘に向かない『動くぬいぐるみ三点セット』は価格もリーズナブル。もとより観賞用のため、複数パッケージまとめて購入してもらうことを狙って、安価となっているようです。
ミルミラーレは画面の『個数』を五、六、七とどんどん増やしていきます。
「ダメよ、ミリー!」
「うぅ……、やっぱり、そうだよね……。ごめんチー姉、ちゃんとしたやつ選ぶか――」
「――それだけじゃさみしいわ! こっちも買いましょ!」
そう言ってチシィが指さしたのは『動くぬいぐるみ三点セット【オバケシリーズ:ゴースト・カボチャランタン・スケルトン】』と書かれたものでした。
「せっかく夜になるフロアなんだから、こういうのがあってもいいでしょ?」
ミルミラーレに目配せするチシィ。こちらも色々と乗り気のようです。
「チー姉、ナイスだよ!」
そんなチシィにミルミラーレはサムズアップで答えます。どうやらこちらも購入するようで、同じく『個数』を増やしたところで、両方まとめてカートに放り込み『購入』ボタンをタップしました。
これでいつでも動くぬいぐるみシリーズを設置できるようになりました。次はトラップのページです。
多種多様なトラップが並ぶページの中から、最初に希望のトラップを決めたのは、意外にもチシィのほうでした。
「『お菓子の宝箱』。見た目は普通の宝箱だけど、中に入ってるお菓子を取るとモンスターが襲ってくるんですって。このフロアにピッタリじゃない?」
「じゃあ、お菓子つながりでミリーはこれ! 『お菓子の雨』。踏むとお菓子が降ってくるスイッチなんだけど、中にハズレのお菓子があって、ハズレに触ると爆発するの。面白いでしょ?」
二人はワイワイ言いながら、『お菓子の街』に合うトラップを選んでいきます。
トラップのページには、別のトラップと組み合わせて使う改造素材などもあり、奇抜な素材を見つけると、自分ならこう使うと言って、アイディアを出し合っていました。
最後のほうは、今回のフロア改装から話が脱線していましたが、楽しくおしゃべりを終えた二人は、必要なトラップをカートに入れ、購入手続きを済ませたのでした。
購入たトラップはモンスターと同様に、いつでも設置可能となります。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「ええ、いい感じにしてきてね」
「うん、いってきまーす!」
ミルミラーレは購入したモンスターとトラップを設置するため、地下三十一層に向かいました。
ホイホイっと素早く設置作業を進めたミルミラーレは、小一時間ほどで仕事を終えると、地下百層に戻り、さっそくチシィと共に出来上がった地下三十一層を確認します。
「かなりいいと思う!」
「そうね。なんだか癒されるわ」
リビングの大型モニターに、たくさんのお菓子の家と、ぬいぐるみたちが映し出されます。それはまるで、お菓子でできた街に、動物のぬいぐるみが暮らしているかのような光景でした。
二足歩行で行きかうぬいぐるみたちは、すれ違うと手を上げて挨拶をし、商店を模した家では、店員や客に扮したぬいぐるみが、まるで買い物をしているように動いています。
「すごいねチー姉、でも――」
「そうね、これだと――」
冒険者を倒すことなど到底できそうもありません。
「完全に趣味の階層になっちゃったね」
「途中から悪乗りしすぎたわ」
それでもミルミラーレとチシィに後悔はないようです。それはこの二人の笑顔を見れば明らかでしょう。
「でも、この階層に冒険者が来るのはいつになるのかしら?」
チシィがポツリとつぶやきます。
新しいものを作るとほかの人に見てもらいたくなるものです。この場合の『ほかの人』は冒険者になるのですが、いくらレベルが高くってきているとは言っても、そう簡単に地下三十一層までやって来れる冒険者はいないでしょう。
「その辺はちゃんと考えてあるよ」
「そうなの?」
「うん!」
ミルミラーレには何か作戦があるようで、チシィの問に胸を張って答えました。
さて、今回のフロア改装ですが、なんだかんだといろいろ購入したことにより、この地下三十一層には、今月支給された運営費の約半分がつぎ込まれています。
しかし、当の二人は、まだこのことに気づいていません。
冷静になった二人がこの事実に気づき、愕然とするのは数日経った後になるのでした。




