第五話 ダンジョンと風邪(後編)
「え? ミルミラーレちゃん、風邪引いちゃったの?」
「うん、でも熱も下がってきたし、寝てれば治ると思うよ」
「そうだったのか、そんな時に来てもらってすまなかった。いや、ちょうどジェシカの都合が悪くなってしまってな、魔法を使えるチシィが入ってくれて助かったよ」
ダンジョン地下六層の休憩エリアにおいて、チシィは冒険者であるアレックスたちと合流していた。その後、しばらくエドガーと会話をしてたチシィであったが、どうやら妹の体調が良くないらしい。それを聞いていたアレックスが代表して謝罪した。
本日は魔法使いのジェシカが不在のため、その穴を埋めとして、アレックスたちに呼ばれたチシィが、このパーティへ加わるようだ。
『意外。チー姉、冒険者の人と知り合いだったんだ。にしても、あれはかわいすぎない?』
今のチシィは、いつもの白いワンピース姿ではなく、上はフリフリたっぷな和装のようなトップスと、下もフリフリ多めのスカート。そして、頭には大きなリボンを着けている。
右手で持った、先端に三日月と星のついたステッキが唯一の魔法使らしい要素ではあるが、杖とローブが普通の魔法使いと比較すると、かなり奇抜な格好と言えるだろう。
「ジェシカ以外の魔法使いなんて、チシィくらいしか知り合いにいなくてな。だが、そういうことなら今日はサクッと終わらせるか」
「そうですね、きっとミルミラーレちゃんも一人で寂しい思いをしているはずです。頑張って早めに切り上げましょう」
「ありがと。私も全力で頑張るよ!」
エドガーとローナの言葉に、チシィは手をギュッと握り気合を入れる。
『あぁ……、魔法少女チシィちゃん……。かあいいなぁ、お持ち帰りしたいなぁ』
「よし、そろそろ出発しよう。先頭はエドガー、その後ろにチシィとローナ、俺はしんがりを務める!」
こうして、人間三人とモフモフ一人のパーティは、気合十分でダンジョン探索に出発したのであった。
「止まってくれ、前方の十字路。右のほうから何か来る」
ダンジョン地下六層の探索を始めて三十分あまり、不意にかけられた先頭を行くエドガーの言葉で、パーティメンバーの足が止まった。
「バンパイアバットだ。二十はいるな、どうする?」
エドガーのスキルによって、接近するモンスターの正体が判明した。
バンパイアバットは、常に群れを作って行動している体長三十センチほどのコウモリ型モンスターだ。攻撃力はそれほどないが、吸血により体力が奪われるため、戦闘時は注意が必要となる。
「二十か……、少し数が多いな。引き返して別のルートを進むか?」
アレックスは後退するか否かを思案するが――
「大丈夫! 私がやるから」
――ステッキを持ったチシィが自信満々で、自ら討伐すると宣言した。
「数が多いが、ほんとにいけるのか?」
アレックスの問に、チシィは『まかせてよ!』と自らの胸をたたいて答える。それならばと、アレックスはここで迎え撃つことを決断したのであった。
しばらくすると、予想通り、前方の十字路からバンパイアバットの群れが出現した。現れたバンパイアバットの数は二十三。その内の一匹がアレックスたちを認識すると、それらはためらうことなく集団で飛びかかってきた。
この数のバンパイアバットに一斉に襲撃されれば、中堅冒険者であっても苦戦することは必至だ。アレックスたちも例外ではない。
しかし、今回はそうはいかない。事前にバンパイアバットの存在を察知できたことにより、迎撃態勢は既に整っているからだ。
「殲滅せよ! シューティングレイ!」
チシィが詠唱と共にステッキを振ると、周囲から無数の光が現れ、光線となり次々とバンパイアバットを打ち抜いていく。
その威力はすさまじく、打ち抜かれたバンパイアバットは抵抗することなく、一瞬で消滅する。
しばらくして光線が止むと、そこにバンパイアバットの姿はなく、攻撃の余波を受けて吹き飛ばされたダンジョンの壁が、無残な姿をさらすのみであった。
『あぁー! チー姉、何てことしてくれるの! ダンジョンマイスターが自分のダンジョンとモンスターを破壊するなんて聞いたことないよ! ……はぁ、あの壁、誰が直すと思っているの……。ミリーなんだけど……』
「相変わらず、チシィちゃんの魔法はすごいですね」
「ああ、まったくだな。なあ、チシィ。ジェシカに変わって正式にこのパーティに入ってみない?」
「やめておけエドガー、チシィが困ってるだろ。それにそんなことをジェシカに言ってみろ、やけどではすまんぞ」
アレックスたちは雑談を交えながら、バンパイアバットが落とした、牙や羽などのドロップアイテムを拾っていく。
「呼んでくれればいつでも行くよ。あ、やっぱり、いつでもは無理かも」
「ああ、その時が来ればお願いするよ。さて、そろそろいいだろう、奥へ進もう!」
あらかたのアイテムを拾い終えたアレックスたちは、ダンジョンの奥を目指して探索を再開した。
その後もこの即席パーティは、現れるモンスターたちを次々と討伐していった。それに伴いダンジョンも次々と破壊されていく。主にチシィの活躍で。
『うぅ、ミリーの仕事が増えていく……。なんか余計に頭が痛くなってきたよ……。これも風邪のせいなのかなぁ……?』
こうして、ダンジョンの探索と破壊は夕方まで続いたのであった。
「いやー、今日は助かったよ。いつもより深い層まで探索できて、実入りもよかった。これはチシィの分だ受け取ってくれ」
「ありがと。またよろしくね」
アレックスから報酬の入った袋を受け取ったチシィが笑顔でお礼を言う。一行はダンジョンの入り口まで戻ってきていた。
周りには同じように報酬を山分けして喜ぶパーティや、何の成果もなく、うなだれてダンジョンを後にするパーティなど、さまざまな人間模様があった。
「そうそう、この前、上物が手に入ったんだ。好きだろ持っていってよ」
「これバルトロ酒じゃない!? ありがと、エドガー!」
エドガーから貴重な蒸留酒の入った小瓶を受け取り、チシィは上機嫌だ。もらった小瓶にスリスリと頬ずりしていると、ローナがトントンとチシィの肩をたたいた。
「あの、ミルミラーレちゃん風邪なんですよね? これからお見舞いに行ってもよいでしょうか?」
神官であるローナは日頃から人を癒すために活動している。そんな彼女は、チシィの妹が風邪と知ってから、常にそのことを気掛かりであった。お見舞いを申し出たのもそういった理由からだ。
「そうだな。迷惑でなければ俺たちも同行していいだろうか?」
「迷惑な訳ないよ。アレックスたちが来てくれればミリーも喜ぶと思うよ。じゃあ、行こっか」
アレックスの問に首を振るチシィ。こうして一行はミルミラーレを見舞うため、ダンジョン地下百層へ向かうこととなった。
* * *
「えぇー! 冒険者の人来ちゃうの!? どうしよう、部屋散らかってるし、ミリー、パジャマだし……、お茶とか用意したほうがいいのかな?」
ミルミラーレがソファーの上であたふたしていると、すぐに玄関の方から物音が聞こえました。
風邪にもかかわらず、寝ていないことが知られれば、後でチシィに何を言われるかわかりません。ミルミラーレは慌ててモニターの電源を切ると、寝室のベットに潜り込みます。
ミルミラーレが緊張の面持ちで待ち構えていると、ほどなくして、寝室の外からチシィとローナの話声が聞こえてきました。
「どうぞ、狭くてごめんね」
「そんなことないですよ。おじゃましますね」
普段あまり人との接触がない、人見知りのミルミラーレは、思わず顔までスッポリと布団をかぶってしまいます。
寝室の扉が開いたのはそれからすぐのことでした。チシィに案内され、アレックスたちがミルミラーレのいるベッドまでやってきます。
「起きてミリー。今日パーティを組んだ冒険者のみんなが、お見舞いに来てくれたよ。こっちからアレックス、エドガー、ローナね。みんないい人ばかりだよ」
チシィに紹介された三人が『はじめまして』と挨拶すると、ようやくミルミラーレは布団から顔をだしました。
恥ずかしさでいっぱいのミルミラーレに、三人からの視線が突き刺さります。『寝てるふりすればよかった……』と思ったのも後の祭り。顔を出してしまった以上、きちんと挨拶しなければ印象最悪でしょう。既に退路は断たれているのです。
意を決したミルミラーレは、自己紹介をするために、思い切って布団をはぎ取ります。
「は、はじめまして! 私――」
「――ミルミラーレっていいます!」
勢い良く布団を跳ね除けながら目を覚ましたミルミラーレの前に、アレックスたちはいませんでした。
「……二度目ですか、そうですか……」
夢から覚めたミルミラーレは戸惑いつつも、緊張から解放されてホッとします。冷静に思い返すとありえないことばかりでした。
「チー姉、魔法使いじゃないのか……。ってことはもう、魔法少女チシィちゃんは見れないの!? あんなにかわいかったのになぁ……」
ベットの上で肩を落としたミルミラーレでしたが、ふと、あることに気が付きました。
「頭痛いのなくなってる。熱も下がってるし……。風邪、治ったみたい!」
額へ置いた手に発熱は感じられません。ミルミラーレが両手を挙げて喜んでいると、その声を聴いたチシィが寝室の扉を開き、ミルミラーレの元へやってきました。
「ミリー、一人で起きられたのはいいけど、少しうるさいわよ」
「チー姉、ミリー、風邪治ったみたいだよ」
ミルミラーレは全快をアピールするように、両手を大きく上下に動かします。
「なに寝ぼけたこと言ってるのよ。元々風邪なんかひいてないでしょ」
「あ、そこからなんだ……」




