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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第四章「異世界バーン秘史」
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86 老執事の誕生日

 老魔族のアッタモスはブリリアントの寝室を掃除していた。

 少し前のブリリアントなら、あっちにニーハイソックス、あっちにパンティーという状況だったが、今は洗濯するものが綺麗にまとめられていた。


「なるほど。魔王様も成長されているのだな。これではこの老いぼれなどの手からは離れるのは当然だろう」


 親代わりの魔族にとっては少し嬉しくもあり、少し悲しくもありというところだろう。

 先代魔王は先代勇者と死体も残さずに消えた。

 人間の歴史では勇者が魔王を倒したということになっているが、魔族でそう思っているものは少ない。

 先代魔王は歴代最強と言われほどの力を持っていた。だから魔族は誰も魔王が敗北したとは思わなかったのだ。

 唯一、アッタモスだけがやはり負けたのかもしれないと思っている。

 先代魔王ガイナは、老齢によって一線での戦いをできなくなっていたアッタモスに頼んだ。

 俺にもしものことがあったら娘のブリリアントを頼む、と。

 本来、魔王は世襲ではない。なにものかの「次の魔王はお前だ」という声によって魔王は選ばれる。そして、それは天啓と呼ばれている。

 魔王の指名なのに、なぜ天啓と呼ばれるのかはアッタモスにも謎だったが、ともかくアッタモスは先代魔王から娘を任される他に、次代の魔王を育てるという重任も同時に得た。

 およそ百五十年前のことだった。


じいはブリリアント様と過ごしたこの百五十年が一番幸せでしたぞ」


 主のいない部屋で齢八百年を超す老魔族は呟いた。

 魔族は人間と子をなす場合もある。魔族の中には最初から人間を繁殖の相手とする個体もいる。

 だが大体は人間を嫌悪するし、そもそも食料だった。

 アッタモスも脂の乗っていた若い時は魔王の将として魔物を率いて人間と戦っている。

 だがアッタモスはそれほど人間を嫌う様子はない。

 実際、主は昨日からハヤトとか言うのほほんとした人間の家にお泊りしている。

 別にそのことを気にはしていないようだ。

 アッタモスの闘争心はとっくに枯れているのだろうか。

 その時、使い魔のコウモリが魔王の寝室に飛び込んできた。


「大変です! 大変です!」

「なんだ?」

「例の精霊術士が暗黒樹海に来ています」

「いつものことではないか。しかし、魔王様は三日後……つまり明日帰ってくると言っていなかったかな」


 最近(ここ百年ぐらい)物忘れが激しくなったなあと思うアッタモスだった。

 もう寿命で死んでもおかしくない年である。


「魔王様は帰ってきていません。精霊術士が一人で来ています」


 それを聞いたアッタモスはなにも言わずに走った。


◆◆◆


 いつも西がブリリアントを風の精霊に乗せる場所は城から少し離れていた。木々に覆われた暗黒樹海でも少しだけ開けていて空が見える場所だった。風の精霊を着地もさせやすい。

 西はそこでいつものように突っ立っている。

 普段なら使い魔のコウモリの連絡を受けたブリリアントとアッタモスを待つのだが、今日待っているのはアッタモスだけだった。

 ただしアッタモスは激昂している。


「人間め! 信用していたのに魔王様を人質に取るとは!」


 アッタモスは長く黒い爪をむき出しにして木々をなぎ倒して森を一直線にかける。

 西はその様子を遠くから感じていた。

 強力な魔力が木々を倒す轟音とともに西に向かって迫る。

 だが西はいつものように平然としていた。


「はー。あの爺さん、なにか勘違いしてないか?」


 フェアリーが西の耳元で叫んだ。


「そんな呑気にしてる場合じゃないでしょ! 殺されちゃうよ!」


 そんなやり取りをしていた二人にも切り倒された木が目に入るようになり、アッタモスが開けた場所に飛び出てきた。

 フェアリーが「逃げて!」と叫ぶよりも早く、大木を両断するアッタモスの爪が、西の首に迫った。

 だが西はなんの反応も見せずに突っ立ったまま、ジッとアッタモスを見ていただけだった。

 爪が西の首の前でビタリと止まる。

 それでも西は平然としている。気だるそうに口を開いた。


「リリーがじーさんもハヤトの店に来いって呼んでるぞ」


 アッタモスは西の様子で勘違いをしていると悟ったようだ。


「も、申し訳ございません」


 西は謝罪にはなんの反応も見せない。


「来るならいつもみたいにリボンしてくれよな」


 リボンは魔力を抑えるためのアイテムだ。


「それしてくれねえと流石にウチのクラスのバカどもでもアンタやリリーが魔族だって気がついちまうしな」

「え? ニシ様は私たちが魔族と知っていたんですか?」


 アッタモスは執事服の内ポケットからリボンを取り出しながら言った。

 西はそれでもなんの反応も見せない。


「そう言ってんだろうが。風の精霊を呼ぶから早く乗ってくれ」


 西は風の精霊を召喚してその背に乗った。アッタモスも西の後ろに乗る。精霊は高度とスピードをあげた。それは西が精神を集中させたということだ。

 西はスキだらけの背をアッタモスに向けることになる。

 フェアリーはギャーギャーと「危ない」とか「信用」するなとか西の耳元で言っているが、西はどこ吹く風だった。

 実際、アッタモスの髪には、もう魔力を抑えるリボンがついていた。


「ニシ様」

「ん?」

「どうして私たちが魔族だと気がついたのですか?」

「あんな魔物だらけの森に貴族がいるわけないだろ。ハヤトや赤原が言うリリーは貴族の子供だって話のほうこそどうしてそう思うのか聞きたいぜ」


 二人の間に沈黙が流れる。


「それに……」


 西は少しだけ間を空けてから言った。


「リリーは魔王とかいうやつなんだろ」


 アッタモスが目を見開く。


「ブリリアント様が魔王と知っていたんですか?」

「こいつや他の精霊が教えてくれるからな」


 西は顔の近くに飛んでいるフェアリーを突いた。魔物は魔王に従うという本能を持っているために魔王を見抜く。精霊が従うことはないが、魔王はわかるらしい。


「ニシ様は魔王様と戦わないのですか?」


 アッタモスは西が魔王打倒の戦力としてこのバーンに召喚されたことを知っているわけではない。

 だが人間は基本的に魔王の命を狙っているものだと思い込んでいた。

 まして西はアッタモスから見ても強力な魔術士だった。

 アッタモスはリボンを取らないまでも一度短くした爪をまた伸ばした。


「なんでそんな面倒なことしなくちゃなんねーんだ」

「え?」

「別にじーさんもすぐに人間と戦争しようとなんざ思ってないだろ」

「……」


 アッタモスが密かに考えていたことを西が言い当てる。


「なるべく後にしてくれると助かる」

「後……と言われますと、どれぐらい?」


 アッタモスはなにげなく聞いたが、数年単位の返答がくるものだと思っていた。

 既に魔王はその名で人間の国々に宣戦布告している。

 未だ直接の軍事行動は双方起こしていないが、戦いは不可避であるというのが人間と魔族の常識なのだ。

 ところが西のだるそうな返答は意外なものだった。


「百年後とかだとありがたいな」

「ひゃ、百年後?」


 アッタモスは声が裏返る。

 西は相変わらずだるそうな声だった。


「その頃には俺もハヤトたちも生きちゃいない。魔族にとっちゃ百年後とかすぐだろ?」


 アッタモスは爪を引っ込めて笑った。


「はっはっは。なるほど。人間にとっての百年は魔族にとって十年ぐらいでしょうか。ただ、この老いぼれもその頃には生きてないでしょうな」

「そうか……まあリリーがいる。多分、アンタがいなくても魔族や人間も滅ぼすなんてことはしねーだろう」


 西の発言を聞いてアッタモスは居住まいを正してあらたまる。


「西様」

「あ?」


 西は面倒臭いものを直感的に嗅ぎとってぶっきら棒な返答になってしまう。


「ブリリアント様をよろしくお願いいたします」

「は、はあ? そりゃどういう意味だ?」

「言葉通りの意味ですが……?」

「俺はガキが苦手なんだよ」


 フェアリーが西の髪の毛に掴まりながら耳元で怒鳴る。


「アホ、ロリコン、浮気者!」


 西が頭を抱える。


「なんでだよ……俺はこいつ一匹でも苦労してるんだ。そんなことはハヤトか清田の馬鹿にでも頼みやがれ!」


 今までほとんどリアクションもなく、平然としていた西が大声を出した。


「わ、わかりました。ハヤト様とキヨタ様ですね」

「ああ、そうだ。俺に面倒事を押し付けようとするんじゃねえ!」


 西はそう言った後に顔をしかめて眉間に手を当てた。


「けどアイツら……ほんとーにバカだからな。戦争にならないようにガキの面倒みたりするなんてできるかどうか。そもそも魔族と気づいてすらいねーし」


 フェアリーが西にささやいた。


「ニシくんニシくん。ハヤトもアカハラもリリーはドレスを着ているから貴族に違いないって言ってたよ」

「バカ過ぎる……大丈夫か……」


 風の精霊はイリースの街の広場に着地する。

 西とアッタモスは精霊の背から降りて、ハヤトの店に向かった。


「ところで魔王……いえ、ブリリアント様は、なぜ後から私を呼んだのでしょうか?」

「ハヤトの店に行けば分かるよ」

「?」


 西という人間の考えを聞けたのはよかったが、そもそも昨日ブリリアントがイリースに向かった際に自分も連れてってくれれば、彼も二度手間にならずに済んだのにとアッタモスは思う。

 まあ少女を泊めるスペースはあっても大人を泊めるには準備も必要かもしれない。

 アッタモスがそんなことを考えている間にハヤトの店についた。


「このお店でしたよね?」

「ああ」


 アッタモスの確認に西がやる気なげに応える。

 わずかに罠かな―ともアッタモスは思ったが、悪魔(=魔族)を罠に嵌めようとする人間はもう少しやる気があるというか、笑顔を作るものだろう。

 アッタモスが店に入る。

 ドアを開けると同時に店にカラフルな紙の飾り付けがされていることに気がついた。

 アッタモスは前はシックで落ち着いた店内だったはずではと考えていた。


「主賓が来たぞ~! お久しぶりです!」


 ハヤトがアッタモスを迎えるために近づいてきた。

 その後からブリリアントが走ってやってきた。


「爺、誕生日おめでとうなのじゃ」

「誕生日? あぁ」


 その時、アッタモスはやっと気がついた。

 店内の壁に綺麗な色紙が貼ってあって、汚い字で『爺、誕生日おめでとう』と書いてあった。

 アッタモスは自分の誕生日など忘れていた。

 若い時は魔王軍の屈指の将軍として恐れられていた。だから誕生日など祝ってもらったことはない。

 記憶に思い出せないぐらい前から一線を退き、歴代の魔王の執事や家政をしている。やはり誕生日など祝われなかった。

 アッタモスはリリーの屈託のない笑みを見て目尻を光らせた。


「年をとると涙腺が緩くなっていけませんな」

「この飾りもわらわが作ったんじゃぞ」

「おお、なんと」


 色紙をリングにしてそれを紐状に繋いだ飾り付けが、店内のあちこちに取り付けてあった。

 不格好な飾り付けと、凄く不格好な飾り付けの二種類がある。

 アッタモスは笑って凄く不格好なほうを手に取った。


「こちらが魔……ブリリアント様が作られたのですかな?」

「そっちの汚いほうがキヨタじゃ! 失礼な! わらわはこっちの綺麗なやつじゃ!」

「あ、左様でございましたか」

「爺の誕生日はキヨタが言いはじめたのじゃ」

「なんと。そうだったんですか」

「うむ。トキダの誕生日パーティーのときにわらわが爺の誕生日も近いと言ったら、キヨタがお前はいつも爺に世話になってるだろうから祝ってやれとか言うから、仕方なーーーくやってやるんじゃ」


 ブリリアントは赤い顔をして言い訳をする。

 ハヤトとアッタモスは笑いあった。西の無表情も心なしか崩れている。

 ブリリアントは照れを隠すように言った。


「それにしてもキヨタのバカはまだ来ないのかの?」

「アイツはいっつもアホみたいに激しい修行をしているからな。でも、そろそろ来るんじゃないか?」


 ハヤトがそう言ったのと同時にドアベルが勢い良く鳴った。

 壊れるから静かに開けろと何度も言ってるのに改まらないのは清田しかいなかった。


「リリー、ハヤト、遅くなってすまん。ん?」


 清田がアッタモスを見る。


「あ~アナタが爺殿ですか? 初めまして。清田です」

「ブリリアント様の執事長を務めているアッタモスと申します」


 なんの力も感じられないハヤトと違い、清田からは並々ならぬ強さをアッタモスは感じる。

 ここ数十年でアッタモスが強い力を感じる人間はなんといっても大食魔帝だが、清田には彼のような不気味さは一切ない。

 無駄に爽やかで、でかい声という印象だった。


「リリーにいつもお世話になっている人を誕生日を祝ってやれと言ったらこんなことになってしまいまして、遠くからすいませんな」

「いいえ。とても嬉しいです」

「まあともかく座ってください。ははは!」

「座るのじゃ!」


 清田とリリーに促されてアッタモスは席に着く。西も一緒のテーブルに着いた。

 清田が店の奥に向かってさらに大きな声を出す。


「ハヤト~例のケーキはできてるか? 持ってきてくれ~」


 甘党の西の顔が崩れた。フェアリーも嬉しそうに飛び回っている。


「あいよー」


 ハヤトがユミと特大ケーキを持ってきた。


「いやー流石に八百本の蝋燭は刺さらないけど、コレなら八十本は刺さるだろう」


 アッタモスは焦る。

 まさかブリリアントは八百歳であると言ったのか。


「ぶー。本当に八百本、必要なのじゃ」


 清田が大笑いした。


「はーっはっはっは! アッタモス殿にはますますご健康になってもらわないとな」


 どうやら清田もハヤトも子供の戯れ言だと本気にはとっていないらしい。

 西だけが呆れた顔をしている。

 アッタモスはほっと胸を撫で下ろした。

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