16 本日のお客様「パートナー」
可憐で純粋、かつ聡明で、なにより思いやりがあるソフィア王女。
しかし今は自分のおてんばによって事件が起きてしまったと感じているのか、泣いてばかりいる普通の女の子になっていた。
ハヤト、赤原、西の三人は王女を慰めながら王宮まで送って、ハヤトの店に戻った。
裏口から店に戻ると王女がいなくなったと団長が探しまわっている。
「あ、お前たち。どこにいたんだ?」
団長は三人を見て話しかけた。
「俺は外の空気を吸いに」
ハヤトは答える。
「俺と西は連れションっすよ。なあ西?」
赤原の返事に西がドブ川を嗅いだようなしかめっ面をする。
「なら王女を知らんか? トイレにいくと言ってからどこにもいないんだが」
「「「知らないっす」」」
三人は綺麗にハモる。ソフィア王女は「この件は内緒にしてください」と頼んでいたしな。そういう意味でも言えないとハヤトは思った。
団長がどこだどこだと騒ぎ立てている店内の隅で三人は話し合う。
「だからさあ。アイツら王女じゃなくてアンドレのオッサンを狙っていたんだって」
「そんなことあるわけねえだろ。王女と比べたらあんなオッサンはゴミほどの価値もねえぞ」
西の口は悪かったが、確かに誘拐だとしたら要求できる身代金の0の数が何個も違いそうだとハヤトも思う。
「俺は馬車の前方で戦っていたからアンドレを探せって声は聞こえなかったけど、確かに物盗りじゃなさそうだったんだよな。もし強盗だったら金目の物を出せとか言うんじゃねえのか?」
赤原は物盗りではないという判断だ。
「だからと言って、なんであのオッサンが目的なんだよ」
西が顎で指し示した先にはハヤトが作った料理について熱心にメモってるアンドレがいる。
「奴らは高級料理が食べたかったんだよ。アンドレのオッサンをさらって料理を作らせようとしたのさ」
「一度お前の頭を割ってなにが入っているのか見てみたいよ。食いもんのこと以外はなんも入ってないだろうけどな」
西の意見は物盗り。赤原の意見は物盗りじゃないけど、さすがに王女狙いだったんじゃないかというもの。ハヤトの意見はアンドレに料理を作ってもらいたかったというもの。
王宮から店に帰ってきたときに三人がしていた話の堂々巡りだった。
とのとき、店の入口から轟音と絶叫が聞こえる。三人が振り向くと清田だった。
「うおおおお! 王女様ああああ!」
清田は叫びながら何度も柱に頭を打ち付けている。自責の念にかられているのだろうが、柱より清田の頭のほうが硬い。しかし頭から血の一滴も出ていない。逆に柱のほうにヒビが入り、それは大きくなっていくばかりだった。
今度はハヤトのほうが「店が壊れるからやめてくれ!」と叫ぼうとしたところ、清田はその場に正座をして剣を抜いた。
「王女を守れなかった……かくなる上は腹を切るしかないッ!」
三人は顔を見合わせる。
「まさか……冗談だろ?」
「清田は本気かもしれねえぞ。誰か止めねえと」
「無理だ。アイツの鉄拳食らったら死んじまうかもしれない」
団長は清田を羽交い締めにして止めようとする。三人は思った。頑張れ団長と。
しかし団長はすぐに振り飛ばされてしまう。
「散る桜、残る桜も散る桜……」
辞世の句を読みはじた清田。団長は上体だけ起こして「ゆ、勇者のお前が散ってどうする」と声を振り絞るように出しているが、もう立ち上がることはできないようだ。
三人は仕方なく鉄拳も覚悟して止めようと走る。
そのとき、店の前に早馬が来て叫んだ。
「王女様はすでに王宮に戻られていました~!」
どうやら団長が「王女は王宮に帰っているかも」と王宮に使いを送っていてくれたようだとハヤトは思う。
三人は清田に殴られずに済んだとほっとした。
「まあ後はよ。姫様がとりつくろってくれんだろ。本当はいろいろ聞きたかったけど泣いてたしな」
西も泣く王女には甘かった。三人はユミとブリリアントとアンドレが座っている席に戻った。ユミが聞く。
「皆どこいっていたの?」
「あぁ王女を送ってきたんだよ。内緒な」
ハヤトはユミには正直である。普通に答えた。赤原と西はこのバカという顔をする。
「団長が探していたのに……」
案の定、責めるような口調だった。ハヤトはモツ鍋を突きながらアンドレに聞いた。
「ねえねえ。アンドレさん。恨みとか買ってない?」
「恨み? 急になんだよ。まったく身に覚えがないけど」
ハヤトたちはアンドレにいろいろ質問したが、高級料理を作ってもらいたいからというハヤトの突拍子のない考えを除いては、賊に襲われる理由はなさそうだった。西はだるそうに言った。
「やっぱアンドレのオッサンじゃねえって言ったろ。でも万が一を考えて赤原はオッサンを王宮に送れよ」
赤原は顔をしかめて反発した。
「え? なんで俺がオッサンなんかを」
「ハヤトじゃ戦力にならないだろ。俺はもう疲れたから帰るよ」
今度はハヤトが西の言葉に慌てた。
「お、おいリリーはどうすんだよ」
「明日、家に送ってやるよ。今日はお前の部屋にでも泊めてやれ」
「えええ~?」
西は確かに見た目にもフラフラだった。精霊術を朝から使いすぎている。空飛ぶジンを使役するのはもう無理かなとハヤトも思った。
電話のないバーン世界では保護者に「お宅のお嬢さんを家に泊めますよ」と電話することもできない。明日西に頼むしかないかとハヤトは判断する。西はハヤトからプリンを受け取ってフェアリーと帰っていった。
クラスメートにもポツポツと帰るものが現れて、パーティーもお開きムードになっていた。主賓の帰宅騒動があったのだから当たり前かもしれない。
赤原も今度こそ聖なるハルバードを持って、アンドレのオッサンと店を出ていった。
ボロボロの団長は仏の佐藤が支えていた。
ハヤトも朝からパーティーの料理の下準備をしていたし、賊にも一発殴られているが、このぐらいはわりと平常運転である。
そこまでは疲れていなかったが、ブリリアントがユミの目の前で、
「わーい! わーい! ハヤトの部屋にお泊りなのじゃ~!」
とはしゃいでいるのを見るとさすがのハヤトもどうすればいいのかと少し疲れを感じた。
マズイ……どうすればいい?
そうだ。ユミにも同志リリーを気に入ってもらえばいいじゃないか。なるべく三人で行動すればいいのだ。そうすればやましいことがないのも証明できるとハヤトは考えた。
「じゃあ。ユミとリリーと三人で神殿寮に帰ろうぜ。今日は三人で俺の部屋にお泊りしよう!」
ブリリアントは「ハヤトと二人がいい~」とぶ~たれていたが、ユミは赤くなって「無理無理」と言っている。
「女の子だからお風呂とかもあるしさ。頼めないかな?」
「そ、それならしょうがないか」
ユミは承諾してくれたようだ。後は店の片付けだが、
「ガーランドさん、頼みます」
普段はオッサンと呼んでいる元冒険者の従業員に名前を呼んで店を任せた。ちょっと一人では大変そうな散らかりようだけど俺とユミはリリーの面倒がある。オッサンは働き者だし大丈夫だろうとハヤトは店を任せた。
飲食業はどうしても黒い企業になりやすい。
神殿寮までの夜道を三人で帰る。
「リリーちゃん、手を握ろうよ」
三人で仲良くなろう作戦は非常によく効いたようだ。ブリリアントも最初はえ~とか言っていたが、ユミの手を握る。
ブリリアントを真ん中にしてハヤトも手を握った。ユミは手を持ち上げて「ブランコだ~」とブリリアントと遊ぶ。ブリリアントも喜んでいた。
ハヤトは帰る間ずっとブランコをせがまれたため、腕がしびれてしまった。戦闘職のユミはまったく平気だ。
神殿寮は男性寮と女性寮でわかれている。ユミは荷物を持ってくるねといったん女子寮にいった。
いき来は別に禁止されていない。それでも泊まるのは確認していないが規約違反だと思う。だがそんなことは知らん。見張っている人もいないしな。つうかそろそろ寮出ようかな。金もできたし。ハヤトはそんなことを考えていた。
ハヤトが自分の部屋でブリリアントと遊んでいると、ユミは一泊なのに海外旅いのような荷物を持ってきた。
どこから調達したのかバッグからブリリアントが着れそうなパジャマまで出てくる。
ハヤトはユミに言った。
「じゃあ風呂入ってもう寝ようぜ。ユミはリリーと女子寮のお風呂に二人で入ってきてくれる?」
「うん。じゃあいってくるね」
それを聞いてブリリアントが三人で入りたいと言い出した。
「なんでなのじゃ。三人で入ればいいのじゃ。ハヤトとユミと三人で入りたいのじゃ」
「い、いや。そういうわけにはいかないんだよ」
ハヤトは素晴らしい提案だと思う。でも「無理だ」と伝える。心のなかで血涙を流しながら。それでもブリリアントはダダをこねる。ユミもなんとか機嫌を取ろうとした。
「リ、リリーちゃん。私も三人で入りたいけど、ここは別々に入らないといけない決まりになっているの。今度来たときに三人で入りましょう」
「うーん。わかったのじゃ。約束なのじゃ」
「うん。約束ね」
な、なんだと。ハヤトの目の前で素晴らしい約束が取り交わされた。一刻も早く寮から出て風呂付きの物件を借りなくては!
ハヤトは手早く男子寮のお風呂に入ってから二人を待った。
二人がやってきた。おおおおお! ユミとリリーのパジャマ姿だ。ハヤトは感動した。
「ハヤトー」
とブリリアントがハヤトに飛びつく。ハヤトは胸いっぱいに空気を吸い込んだ。うーん、石鹸のいい匂いだ。
ユミも楽しそうに笑っていた。ユミの匂いも思いっきり吸い込みたいが、とにかく三人作戦は大成功だった。
「あれ? リリー。ゴスロリ服からパジャマになったのにリボンを付けっぱなしなのか?」
「これは付けてないとハヤトたちと仲良くできないのじゃ。だから外しちゃダメって言われているのじゃ」
リリーはなにを言っているんだろうとハヤトが思っているとユミも言った。
「頭を洗うときも外さなかったから上から洗ったの」
「そうなのか。でも寝るときはさすがに邪魔じゃね?」
ハヤトがブリリアントを抱いたまま結び目に手をかけようとする。
「でもリリーちゃんに凄く似合ってるね」
「そうだな。執事の爺さんまで同じリボン付けているのはどうかと思ったけど、こっちの世界では普通のことかもしれないしな」
ハヤトはリボンを外そうとする手を止めた。
「じゃあそろそろ寝ようか……三人で」
「や、やっぱり三人で寝るの?」
「三人で寝るのじゃ~」
壁につけたベッド。ユミは壁側、真ん中にブリリアント、外側にハヤト。
これはいい。リリーだけじゃなくユミの匂いも楽しめる。ハヤトがそう思ったのも最初だけだった。
寮の狭いシングルベッドでは落ちそうだし、ムラムラして寝るどころではないのだ。
早くも寝てしまったブリリアント。ユミは寝ているかどうかはわからないが眼は閉じている。呼吸のためかわずかに開いた唇が艶かしい。
「ダメだ。まったく寝れん。外の空気でも吸ってくるか」
ハヤトは寮の庭に出て星を見上げる。
「異世界の星は綺麗だなあ。空気が綺麗だし、灯りは魔法のショボイ光しかないから当然か。そういや親父たちはどうしているかなあ。そうだ、あの星を地球だと思って報告するか」
両親になにも言わずに異世界に来てしまったことを思い出した。望んできたわけではないけれど。
「こっちは元気でそれなりに楽しくやっています。進路は勝手に決められた料理人でしたが、料理は好きですし店も建ててうまくやっているので心配しないでください。ひょっとしたらこっちに住んで帰らないかもしれません」
ハヤトは両親を愛していたが愛し方は淡白だった。異世界に来ても料理ができればいいやとあまり気にしたことはない。
だがこうやってずっとこっちの世界に住むかもしれないと思うと寂しくなってきた。ましてやクラスメートのいる神殿寮も出ようかと考えているのだ。
ハヤトは二人を起こさないよう静かに寮の自室に戻る。そーっとドアを開けると窓から入る月明かりで立っている女性のシルエットが見えた。
ハヤトはちょっと驚いたがすぐに誰かわかった。
「あ、ユミか」
「ハヤトくん、どこにいっていたの?」
「ちょっと寝られないから星を見に」
「ごめん。ベッド狭いから落ちちゃうよね」
「いや、いいんだ。俺はベッドを背にして座って寝るからユミはリリーとベッドで寝なよ」
ハヤトがそう言ってベッドを背にして座ると、ユミもハヤトの隣に座ってよりかかってきた。
「ユ、ユミ?」
「ハヤトはすぐどっかいっちゃいそうだから、こうして近くにいないと」
こ、この状況は! 俗に言う『いい雰囲気』というものなのではないだろうか!?
すぐにどこかにいっちゃいそうだから近くにいる……ひょっとしたらユミは俺に惚れているのではないかとハヤトは思う。ハヤトもずっとユミのことが好きなのだ。
一方で雰囲気がいいと感じているのは俺の間違いなんじゃないかとも思う。
俺は皆のように訓練してないし、弱すぎてハブにされているから同情でそう言われている気がしないでもない。
こんなときどうしたらいいんだろうか。童貞のハヤトにはわからない。ハヤトは友人たちの知恵を借りようとした。
清田。アイツは17歳にもなって前日の熱血ロボットアニメの感想を教室で語り合おうとする奴だ。女子とは永遠に相容れないロマンに生きる男。却下!
西。アイツはいかなる状況でも皮肉と批判しか言わない。論外!
赤原。アイツなら間違いなく童貞ではないだろう。こんなときは奴のムカつく話を思い出せ!
「とりあえず抱きしめてガッてやりゃいいんだよ。そっからはなんとかなる。オメデトウ。晴れて卒業だ」
本当だろうか? ただしイケメンに限るというヤツのような気がしてならない。でも俺の交友関係ではアイツの情報に頼るしかない。
一足飛びのような気もするが、ハヤトは覚悟を決めた。
「ハヤトは念願のお店ができたし、これからどうするの?」
抱きしめてガッとやろうとしたとき、ユミが聞いてきた。
料理のことだとビビるという概念がないくせに、女のことには人一倍ビビリのハヤトはこの質問に答えてからガッとやってもいいだろうと自分に言い訳する。
「ラーメンの専門店を出そうかと思っているよ。後、そろそろこの神殿寮を出ようかなって」
「え? 神殿寮を出るの?」
「俺は授業も出てないし、神殿の仕事もなーんもしてないしね。今は金もあるし」
ユミは少し考えてから言った。
「よし! 私も神殿騎士団の所属はやめてハヤトの店の店員さんになるね」
「え~。それいいのかなあ?」
「いいんじゃないの。なんか魔王の宣言と宣戦布告はあったらしいんだけど、実際は世界中の魔物が活発化することもなくて神殿騎士団も寄付を集めるのが大変らしいよ」
団長が店に飲みにきたときの愚痴で、ハヤトもその話は聞いたことがあった。むしろ郊外の魔物ではなく、街中での人間による治安の悪化が深刻で、そっちに予算が回っているらしい。
そういえば馬車でも襲われたしなとハヤトは思う。
「もう私も騎士団の人が訓練に同行できないぐらい強くなったし、魔物が人を襲いはじたらまた騎士団に戻るって言えばいいんじゃないの?」
「うーん。そんな気がしないでもない。それなら正式にやってもらおうかな。もともと、俺とユミの店だし」
ユミは覚えてくれてたんだと言って笑った。
「ところでそうなるとお前も神殿寮にはいられなくなるぜ。どうすんの?」
「ハヤトと一緒に住むよ」
「な、なんだって!」
「ダメなの?」
「い、いや、ダメじゃないけど」
「あ……。へ、部屋は別々だよ……家賃だって安くなるだろうし」
そういうことかと少しがっかりするハヤト。それでも抱きしめてガッとできるチャンスは格段に増えそうだ。考えれば、さすがにリリーが気持ちよさそうに寝ている側でそれはできない。
それに今度リリーが遊びにくれば、三人でお風呂に入る約束だし、ベッドも広くすれば今度こそ三人で寝れる! 夢が広がるハヤトだった。
いつの間にか二人は寄り添って眠っていた。楽しい夢をみているに違いない。