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異世界料理バトル  作者: 東国不動
第二章「伝説の食堂編」
14/99

14 本日のお客様「刺客」

 その日、ハヤトの店の前には仁王立ちの清田が立っていた。

「二度は言わぬ。セキュリティ上の理由だ。武器を預かる」

 そう言われても赤原は愛用している聖なるハルバードを清田に渡さなかった。もちろん大いなる間違いである。

「お、おい。セキュリティ上の理由って言うけど俺の武器まで取るの?」

 清田の肉体が勇者のスキルによって光り輝く。清田は問答無用で肉体強化した拳骨を赤原の顎に繰り出した。

 カラカラーン。

 聖なるハルバードが地に落ちた音が鳴り響く。清田は店内にいる佐藤のところに気を失った赤原を放り投げた。佐藤の前に重ねられた人間はこれで四人目である。

 この日ばかりは体力がなくて苦労している魔道系のクラスメートも、適職が武器頼りの戦士系ではなかったことに感謝した。

 戦士系が生命線の武器を手放すなどありえない。多くのクラスメートが冗談だろと思い、素通りしようとしたところを清田の鉄拳にやられた。

 どうして清田がハヤトの店の前で、仁王立ちになって武器を回収しているのだろうか?

 もちろん営業妨害をしているのではない。今日はお忍びでソフィア王女がハヤトの店に来ることになっているからだ。

 しかしこれは明らかにやりすぎだった。

「清田のヤツ、営業妨害だろ……」

 ハヤトはセキュリティを頼む人選を完全に間違えていた。

 依頼したときに清田から聞いた「命にかえても!」という叫びは、冗談ではなく本気だった。

「貸し切りにしといてよかったね」

 ユミはそう言っているが、一般客は店に近づけないから貸し切りになっているかどうかすらわからない。とにかくヤバイ奴がハヤトの店の前で仁王立ちしていると思うだけだ。

 そうでなくても、ハヤトの店は安くて美味いが、代わりに怪我をしても文句は言えないという噂が一部でたっている。

「事実無根だ!」

 ハヤトが叫んだとき、佐藤の前に重なった戦士系の連中が「う、うぅ」とうめき声をあげた。

 そして佐藤の前にまた一人追加された。なんといつも帯剣している団長である。清田には団長ですら例外ではないらしい。

「アイツ狂ってやがる……。今日だけは精霊術士であったことに感謝するよ。トンボに取り憑かれるのはうざいけどね」

 フェアリーが西の顔の前を飛び回る。西は午前中に、、ハヤトに言わせれば、新鮮なレバ刺し、普通のイリース人に言わせれば、デスバッファローの死体を樹海から風の精霊のジンで運んできてくれた。

 青い顔をしているが上級精霊のジンを使役して樹海まで往復しても気絶しなくなっている。西のレベルはあがっているようだ。

「早くレバ刺しとホルモン鍋が食いたいのじゃ」

「今日は牛たん焼きも出してやるぞ」

 ハヤトがブリリアントに答える。西は樹海からブリリアントも連れてきていた。

「貸し切りなのに、どうしてこんな奴まで連れてこいって言ったんだよ。帰しにいくのも大変なんだぞ」

「しょうがねえだろ。リリーは遠くに住んでいるんだから。なあ同志よ」

「そうなのじゃ。そうなのじゃ」

 ハヤトはブリリアントにリリーという愛称をつけていた。

 西は眉間を押さえながら言った。

「まあいいよ。けど約束があることも忘れるなよ」

「ああ、お前の席をソフィア王女の近くにすればいいんだろ」

 ハヤトが西としていた約束を話すと、フェアリーが西の顔の前を激しく飛び回る。西はうざそうに手で追い払っていた。

 そしてソフィア王女が店に到着した。

 ハヤトが座っているテーブル席の構成はこうなっている。

 ハヤト。西。年齢的には高校生の美少女ユミ。年齢的には中学生の美少女ソフィア王女。年齢的に小学生低学年に見える美幼女ブリリアント。

 ここまでなら皮肉屋の西も笑顔になったかもしれない。だがこのテーブルには他にも人がいた。

 年齢的にオッサンのアンドレ。年齢的に初老に近いオッサンの団長。

 ちなみに今日のパーティーの給仕は冒険者のオッサンがやっていた。店の外では今も清田が仁王立ちになっている。

「ハヤト! お前ふざけんじゃねえよ」

「なんでだよ。美人が三人もいるじゃんか」

「こんないかちーオッサンが二人もガン付けてくるなら、クラスの女どもといたほうがマシだよ」

 フェアリーがハヤトと西のひそひそ話を聞いて笑っていた。

「西くん。西くん。店は狭いからもう他の席はないよ。それに西くんが来てもクラスの女の子たちも喜ばないから」

 ハヤトも笑いたかったが、アンドレが刑事のようにハヤトを尋問しているからできない。やれこの料理の材料はなんだとか、料理法はどうなっているのかと聞き出してメモをとっている。

「アンドレ。後で聞いたら? ハヤト様も皆もゆっくり食べることができないわ」

「そうしていただけると助かりますよ」

 王女の提案にハヤトが同意する。アンドレは申し訳なさそうにメモをしまったが、メモをしまっただけで料理について質問してくるのは相変わらずだった。

 それにしてもここにいるメンバーは本当にレバ刺しが好きだった。西とフェアリー以外の全員がレバ刺しを食べる度に、なにかの儀式のように上を向いて目を閉じる。

 中には目尻を濡らすものもいた。

「こいつらアホだろ……」

「西くん。西くん。毒舌にキレがないよ」

「皮肉でもなんでもなく本物のアホをアホって言っているだけだからな」

 宴もたけなわのころソフィア王女がユミに話しかける。ユミに話しかけると言っても狭いテーブル席のことなのでそこにいた全員がそれを聞くことになるわけだが。

「あ、あのユミ様にお聞きしたいのですが、ユミ様はハヤト様と、お、お付き合いされているんですか?」

 緊張してあまり話せないユミに王女が気遣って話しかけたのだ。しかしその内容は緊張をまったくほぐさなかった。ハヤトも大いに焦り、西は二人の様子を見てニヤニヤと笑う。

「わわわわ、私は」

 ユミがなにか返答しようとするとブリリアントがハヤトの膝の上に座って言った。

「そいつはただのクラスメートなのじゃ。のう~ハヤト」

「あ、あぁ。まあな」

 ハヤトは問題を先延ばしにできた気がしてほっとした。ソフィア王女もクラスメートということにほっとしたが、反面ブリリアントの行動にイラッとしている。

 ユミは緊張がとけたのか笑っていたが、その目は冷ややかだった。

「今日もホルモンをあ~んして欲しいのじゃ」

「えええ? 今日もかよ。まあいいか。皆こいつ可愛いだろう? 隣の国の貴族の子供みたいなんだけどさ」

 ハヤトは皆の同意を求めたが、なにやら恐ろしくてユミの目にも王女の目にも視線を合わせることができなかった。


◆◆◆

 王女にとって楽しい時間は短いシンデレラ。クラスメートのパーティーは続くが、門限の厳しい王女は王宮に帰らなければならない時間になった。

「ハヤト様、お楽しみのところ申し訳ないのですが私は先に帰らなければなりません。そこで……」

 王女は一つの案を考えた。最近、王都でも夜には不穏な事件が時たま起こるという。そこで店に来る時に乗ってきた馬車と護衛はそのまま店の前に残して、万が一の不埒者には貴人はまだ店内にいると思わせ、裏口から少人数で別の馬車で帰るように従者に頼んで手配したという。

「ハヤト様と他の救世主様一名が、私を王宮まで送っていただけないでしょうか?」

 この隠密の帰宮に参加したのは王女、ハヤト、そしてこの手のことを嗅ぎつけるのが得意な赤原だった。

 クラスメートに知らせては隠密にならない。だから当然赤原にも知らせていなかったのだが、赤原は俺を使えよなとハヤトに言ってきた。

 まあ赤原は清田に次ぐ肉弾系の猛者である。護衛にはちょうどいいかもしれない。

 裏口から三人で出て、近くに手配してあった馬車に乗る。

 今日の赤原はついてない。クラスメートではハヤトだけが馬車の訓練をうけていなかったので、赤原が馬車の御者をやるしかなかった。

 王女はもともとこのつもりだったのだ。王女は自分でもおてんばにすぎるかなと思ったが、こうでもしないと自分の身分ではハヤトと二人になれそうにない。神殿が召喚した救世主に護衛してもらって帰ったと言えば、言い訳も立ちやすいだろう。

 ハヤトの店と王宮はそれほど離れていない。馬車の中での五、六分が王女とハヤトの時間になるはずだ。その間にソフィア王女は伝えるべきことをハヤトに言おうとした。

「ハヤト様」

「は、はい。なんでしょう?」

 ハヤトといえども狭く暗い馬車の中でソフィア王女と二人きりになるのは緊張した。

「ハヤト様には感謝しています」

「へ? なんでですか?」

「私も父も高級料理ばかりでなく野菜や庶民が食べるようなものを食べたら体の調子が良くなりましたし」

「ああ、ウチの世界でも昔の王族はそれで体調壊したらしいですよ」

 ハヤトは料理のことであれば歴史も調べている。そういう事例は元の世界でも多々あったことを知っていた。

「それにあのような場で父の不興を得かねないことを顧みず、私のために勇気を出して料理をしてくださるなんてハヤト様にしかできません」

 確かにハヤトは王女の健康のためを思って料理を作ったが、「あのような場で勇気を出した」などということはない。

 ハヤトにとっては、料理の過ちを正し、料理の真理を提示するのは、名探偵が暴かなくてもいい殺人動機まで衆人の前で公開するようなものなのだ。

 料理のことなら神の裁きの天秤の前でも恐れるという概念はないだろう。ソフィア王女は善意に受け取りすぎている。

「ハヤト様、私は兄弟の中で特に父に可愛がられています。私のような立場のものならば他国に嫁ぐのが外交の習わしですが、嫌な相手に嫁ぐぐらいならいつまでもイリースにいていいと」

「そ、そうなんですか」

「ひょっとしたら庶民の方でも諸侯にしてもらえば嫁ぐことが可能かもしれません」

「えええ? できるかな~? いくらあのいい加減な王様でもそれは納得しないんじゃないですか? ところで誰か庶民で好きな人でもいるんですか?」

 ハヤトがそう言うとソフィア王女がハヤトのほうに身を乗り出してくる。ハヤトがなんだなんだと思っていると馬車が急に動きを止めた。

 ソフィア王女がバランスを失ってハヤトのほうに倒れる。ハヤトはそれを受け止めつつ叫んだ。

「なにしてんだ! 赤原! 危ないじゃないか!」

 ハヤトが赤原に責める気持ちを乗せて叫ぶと意外とリアクションが返ってきた。

「敵だ!」

「て、てきー!?」

 まさか!? 夜には馬車が盗賊に襲われる事件もごく稀にはあるらしいけど、まさか王女と自分たちが出くわしてしまうとは。しかしバカな盗賊だ、とハヤトは思った。

 赤原は強力な魔物のデスバッファローを軽く倒す。賊どもは赤原の聖なるハルバードの柄で殴られるがいい。

 そう聖なるハルバードで……。

「げえ。ないじゃん。馬車に乗ったときに聖なるハルバード持ってなかったじゃん。そういや清田に武器を回収されて……」

「俺が全員片付けるからハヤトは王女のそばにいて守れ!」

 赤原は素手でも強い。盗賊どもを殴り散らしている。しかし盗賊は数が多かった。

 一人、二人と倒していっても残りの盗賊が馬車を狙う。ついに赤原をくぐり抜けて馬車にたどり着く盗賊が現れる。赤原が叫ぶ。

「こいつら物盗りの盗賊じゃねえ。刺客だ! 王女を!」

「な、なに~!? 刺客!?」

 そう言われてもハヤトはタダの料理人である。刺客から王女を守る技術などはなにもない。ダガーを持った刺客が馬車の戸を開けて乗り込んだ。

「ア、アナタ方は誰ですかっ!?」

 ハヤトは身を挺して刺客と王女の間に立った。

 覚悟を決めて王女の壁になるハヤト。短い人生。もっと美味いものを食いたかったが天国で食うことにした。

「邪魔だ! アンドレを出せ!」

 ハヤトは思った。え? アンドレ? 王女じゃないの? 刹那、刺客の拳骨が飛んできてハヤトは顔面を殴られる。反対側の馬車の戸から外に吹っ飛んだ。

 馬車に取り付いた二、三人の刺客たちはアンドレがいないぞと叫んでいる。

「えーい。仕方ない。アンドレがいないなら王女をさらえ」

「きゃあああああああ」

 刺客たちは王女を抱えて逃げ出そうとした。

 赤原も必死に刺客を素手で蹴散らしているが五、六人に囲まれてしまっている。

「ハヤト様ーーー!」

 王女が連れ去られそうになった、その時だった。

「土の精霊ノーム! あいつらの顔に土をかけろ」

 気だるそうな声が響き渡るのと同時に刺客たちの顔に泥が飛んできた。

 刺客たちの眼や口に泥が入り、それを必死に払おうとしている。どうやら西太一がこの場に来てくれたらしい。気だるそうな声は続けて言った。

「今度は石饅頭を食わせてやれ」

 刺客たちの口に次々と石つぶてが飛んでくる。

「退却ーがぶぉ、だ、だい……ぎゃぐー」

 刺客たちはたまらず逃げ出した。

 ハヤトは頭を振りながら起き上がった。

「いててて。王女様。大丈夫ですか?」

「ここです。私はなんともありません。ハヤト様こそお怪我はありませんか?」

 王女の心配そうな言葉に西は言った。

「このバカは美味い食いものを出せば死んでも生き返りますよ」

「西、ありがとう。助かったよ」

「フェアリーがお前らの後を追っていたからな。王女様がいなければお前らが賊に襲われようと殺されようと放っておくんだけどな」

 西への仕事代は嫌味と皮肉を聞けばいいといつも相場は決まっている。赤原も今度ばかりは仕事の報酬である嫌味を笑いながら聞いていた。

「ハヤト様。ごめんなさい。私のせいでとんでもないことになってしまって……」

「いや~皆無事だったし、いいっすよ」

 いかに賢明な王女とい「っても日本だったら中学生の女の子である。安心したら怖くなったのか泣きだしてしまった。

 ハヤトは普通の歳相応の少女のように泣き縋る王女の肩を抱きながら考えていた。

 さっきの奴らは王女よりもアンドレを狙っていなかったか。そんなことを言っていたような気がする。なんで王女よりもアンドレ?

 ……なるほど高級料理が食いたい奴らだったのか。罪を犯すぐらいなら作ってやってもいいのに……ハヤトの結論はシンプルだった。

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