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鷹の余白  作者: 白石令
余白の隅
47/47

辛味5割と苦味5割

5章と6章で出ていたイタズラがバレたようです

「どうかしました?」

 雨まじりの風に気づき、戸を閉めに向かった魔女は、振り返りもせずそう尋ねた。

「……………」

 ぱたんと戸が閉まる。一気に音が遠ざかり、窮屈な静寂が広がっていった。

 魔女への返答はない。彼女に背を向けて、椅子を引き腰掛けようとした姿勢のまま、魔法使いの青年はかたまっていた。

「……クロさん」

 魔女が横を通り過ぎ、向かいの席に座ってようやく、彼は口を開く。

「クロさん、俺の気のせいかもしれないんだけど」

 彼が注視しているのは、二つの湯飲みだった。

 一つは彼が手に持っているもの。もう一つは、まったく手つかずのまま冷えきってしまったもの。

「気のせいでしょう」

 魔女は淡白に断言して自分の茶をすすった。

「……俺のお茶がさ」

「気のせいです」

「さっきの依頼人の子に出したやつと比べて、俺のお茶の方が赤い」

「――そうですか?」

 1拍分、見過ごしがたい沈黙があった。

 勘の良い魔法使いはそれで確信を得たらしく、二つの湯飲みを並べて魔女に示してみせる。

 一方はひどく、赤かった。

「ほら、明らかに違う」

「量を間違えたのかも知れませんね」

 探るような視線を微笑んでかわす魔女。

 だが魔法使いも負けじと追及する。

「最近はずっとここに来てるけど、俺に出されたお茶がこんなに薄い色だったことは一度もないよ」

「あなたの正確な記憶力には感服いたしますよ」

 魔女は動じた様子もなく応じると、話は終わりとばかりに読書を始めた。

 その本をすかさず閉じる魔法使い。

 とたんに魔女の瞳が不満を表す。

 魔法使いはやや怯んだものの、それでも強気に跳ね返した。

「……俺のだけ、濃く淹れてたろ」

 黒眼が瞬く。

 魔女は一度ちらりと手元の本を見やったが、彼が退く気がないことを悟ると溜め息をついた。

 厳密に白状する。

「徐々に濃くしていったんです」

「もっとタチ悪ィじゃねえか! 何だよ、徐々に濃くって! 俺が散々(から)いって言ってたの聞いてたくせに!」

「無理して飲まなくてもいいと言ったじゃないですか」

「だからってそんな嫌がらせみたいなことしなくてもいいだろ! 何なの、俺のこと嫌いなの? そこまで俺うっとうしく思われてんの!?」

 魔女は幼げに首をかしげた。食い入るように魔法使いを見つめる。

 無垢そうな仕草に似合わぬ、妖美な眼差し。

 魔法使いは思わず息を詰めた。

 魔女が小さく(ささや)く。

「――愛情表現ですよ」

 魔法使いは瞠目し、凍りついた。魔女の瞳から視線を逸らせぬまま、口を開いて、それきり停止する。

 気を取り直すように唇を動かしたが、声は出ない。

 いったん唾を飲み込んでから、ようやく彼は言った。

「……、冗談」

「冗談です」

「俺今かつてないぬか喜び」

「あなたやっぱり変人ですよね」

 魔女は静かに立ち上がり、硬直の解けた魔法使いから湯飲みを取り上げた。

「そんなに気に入らないのなら、淹れなおしますよ」

「な……き、気に入らないとは言ってないだろ?」

「では気に入っている?」

「いや、特別気に入っているわけでも――」

 くるりと魔女が背を向ける。

 魔法使いは慌てて制した。

「分かったよ、飲むよ! それでいい!」

「それ()いい?」

「それがいいです」

 ぱっと花が咲いた。

 無邪気そうな、魔女の笑顔。しかし底意地の悪い本音が透けて見えている。

「あなたのそういうところは好きですよ」

 ――完全に手のひらの上だ。

 魔法使いは赤面しながら椅子に崩れ落ちると、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

「もう、(から)くても苦くても全部飲み干すよ……」

 所詮、魔女に甘味など期待できないのだ。

ストック分の番外編はこれで終わりですので、ひとまず完結とさせていただきます。

ここまでお読みくださりありがとうございました!

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