辛味5割と苦味5割
5章と6章で出ていたイタズラがバレたようです
「どうかしました?」
雨まじりの風に気づき、戸を閉めに向かった魔女は、振り返りもせずそう尋ねた。
「……………」
ぱたんと戸が閉まる。一気に音が遠ざかり、窮屈な静寂が広がっていった。
魔女への返答はない。彼女に背を向けて、椅子を引き腰掛けようとした姿勢のまま、魔法使いの青年はかたまっていた。
「……クロさん」
魔女が横を通り過ぎ、向かいの席に座ってようやく、彼は口を開く。
「クロさん、俺の気のせいかもしれないんだけど」
彼が注視しているのは、二つの湯飲みだった。
一つは彼が手に持っているもの。もう一つは、まったく手つかずのまま冷えきってしまったもの。
「気のせいでしょう」
魔女は淡白に断言して自分の茶をすすった。
「……俺のお茶がさ」
「気のせいです」
「さっきの依頼人の子に出したやつと比べて、俺のお茶の方が赤い」
「――そうですか?」
1拍分、見過ごしがたい沈黙があった。
勘の良い魔法使いはそれで確信を得たらしく、二つの湯飲みを並べて魔女に示してみせる。
一方はひどく、赤かった。
「ほら、明らかに違う」
「量を間違えたのかも知れませんね」
探るような視線を微笑んでかわす魔女。
だが魔法使いも負けじと追及する。
「最近はずっとここに来てるけど、俺に出されたお茶がこんなに薄い色だったことは一度もないよ」
「あなたの正確な記憶力には感服いたしますよ」
魔女は動じた様子もなく応じると、話は終わりとばかりに読書を始めた。
その本をすかさず閉じる魔法使い。
とたんに魔女の瞳が不満を表す。
魔法使いはやや怯んだものの、それでも強気に跳ね返した。
「……俺のだけ、濃く淹れてたろ」
黒眼が瞬く。
魔女は一度ちらりと手元の本を見やったが、彼が退く気がないことを悟ると溜め息をついた。
厳密に白状する。
「徐々に濃くしていったんです」
「もっとタチ悪ィじゃねえか! 何だよ、徐々に濃くって! 俺が散々辛いって言ってたの聞いてたくせに!」
「無理して飲まなくてもいいと言ったじゃないですか」
「だからってそんな嫌がらせみたいなことしなくてもいいだろ! 何なの、俺のこと嫌いなの? そこまで俺うっとうしく思われてんの!?」
魔女は幼げに首をかしげた。食い入るように魔法使いを見つめる。
無垢そうな仕草に似合わぬ、妖美な眼差し。
魔法使いは思わず息を詰めた。
魔女が小さく囁く。
「――愛情表現ですよ」
魔法使いは瞠目し、凍りついた。魔女の瞳から視線を逸らせぬまま、口を開いて、それきり停止する。
気を取り直すように唇を動かしたが、声は出ない。
いったん唾を飲み込んでから、ようやく彼は言った。
「……、冗談」
「冗談です」
「俺今かつてないぬか喜び」
「あなたやっぱり変人ですよね」
魔女は静かに立ち上がり、硬直の解けた魔法使いから湯飲みを取り上げた。
「そんなに気に入らないのなら、淹れなおしますよ」
「な……き、気に入らないとは言ってないだろ?」
「では気に入っている?」
「いや、特別気に入っているわけでも――」
くるりと魔女が背を向ける。
魔法使いは慌てて制した。
「分かったよ、飲むよ! それでいい!」
「それでいい?」
「それがいいです」
ぱっと花が咲いた。
無邪気そうな、魔女の笑顔。しかし底意地の悪い本音が透けて見えている。
「あなたのそういうところは好きですよ」
――完全に手のひらの上だ。
魔法使いは赤面しながら椅子に崩れ落ちると、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「もう、辛くても苦くても全部飲み干すよ……」
所詮、魔女に甘味など期待できないのだ。
ストック分の番外編はこれで終わりですので、ひとまず完結とさせていただきます。
ここまでお読みくださりありがとうございました!




