いつかの僕へ、理想はそこに
人の心の中には必ず天秤がある。損得の天秤だ。これが揺らげばそれは人間性がある事の証明だろう。しかし、時に壊れてしまった天秤を持ち、損得を無視して行動する者が現れる。そう言ったものを異端者と総じて呼ぶのだ。
「ここは?」
「私たちのアジトです!」
美女はそう言って俺の手を引っ張って行く。どう見ても廃ビルなのだ。所々ヒビが入っており、木や草、緑が茂っている。
「少し待ってくださいね。指紋認証、術式解除」
石板に手を置く彼女、エリアデルコード=プロテスパイナー。都市伝説上の存在、悪魔狩りの組織の一員であり、俺を窮地から助けてくれた恩人。石板の形が変形し、なかったはずの扉が浮かび上がる。なんだ、この超レベルの高い魔術術式は。
「どうぞ、入ってください」
「失礼します...」
そこは実に秘密に晒された組織の施設の一つと言える内見だった。真ん中には大きな木があり、そこから濃密な魔力が溢れている。階段を登りゆくと5階辺りで立ち止まり、エリアさんが振り向く。
「この先に団長と他の団員がいます。忠告ですが...全員キャラは濃いですが、いい人なので誤解だけはしてあげないでください」
「あ、はい」
申し訳なさそうにペコペコと謝る美人。なんて優しい方なんだ。と言うか、この人が言うほどのキャラの濃さとはどれほどのものなのだろうか。そうして扉のノブを握り、開くと、オレンジ色のメッシュを入れた銀髪の男と白髪の男、暗い紫色のウェーブのかかった髪の毛を目元まで伸ばしまくっている怪しい女性。スパナをぶん回し、ナニカを作っている女性。そして、その奥の奥にとてつもなく強い魔力を放つ男が一人。
「ラーノルト!この俺の美しさを一言で例えるならッ!どんな言葉が浮かび上がるッ!!!」
「馬鹿」
「影が今日も...私...に...呼びかけ...てくる。悪魔...が...近く...にいる...と」
「うぉぉ!!私の可愛い試作107号の愛しい我が子よ!もう爆発しないでぇぇぇ!!」
「...」
「あの、引かないであげてください!本当にいい人ばかりなんです!あ、団長!言われた通り連れて来ましたよ!サタンの心臓を移植された少年です!」
瞬間、さっきまで騒いでいた団員たちが目の色を変えてきた。瞬き一つ、喉元には光の剣、背後には雷の稲妻音。そして足元は影から伸びた手でがっしりと掴まれている。そして目の前には謎の装置が設置されている。
「サタンの心臓の移植者?生かしているのは意味がないと思うのはこの俺様だけか?」
「いや、今回ばかりは私も理解しかねるぞエリア。あの脅威をここにいさせる必要はない」
「サタン...危険...殺すの...必須...!」
「ごめんねぇ、今回は私もこっち側かな」
「落ち着け!」
猛々しい声により、団員たちは行動を停止し、すぐに履ける。コツンコツンとブーツがレンガを叩く音が響く。目の前にいる男の身長は俺の二周りは大きく、筋骨隆々なその肉体は来ている軍服の上からも分かるほどにぴちぴちに引き裂けそうだ。
「貴方の名前は?」
「お、俺はアルト・イージス!リリック魔術専門学校二年!魔術属性は鋼です!!」
「アルト...」
男は静かになり、考え込む様に黙り込む。魔力の流れを見る限り、リーン先生にも勝る程の洗練されたもの。一目見ればわかる戦えば勝ち目はない。
「そう、やはり...来てしまったのね...」
「...のね?」
「自己紹介が遅れたわね、私の名前はグライド・ロックバイマーよ。よろしくね、アルトちゃん❤️」
一番キャラが濃かったのは団長とは、恐れ入る。それよりも本題はここからだ。団長に認められなければ俺は悪魔狩りにはなれず、殺される。
「俺は、悪魔狩りになるためにここに来ました」
「...それで?」
「人を助けて、みんなを守りたいって考えてます」
「...で?」
威圧。空気が震え上がる。さっきあげた言葉は嘘ではない。実際に、俺が魔術を学んでいた理由だ。誰かの役に立ちたい、守りたいと言う意志があったから、今俺はここに立っている。立っていられているはずだ。震えが止まらない。恐怖が体をそこに止まらせる。指先一つ、一歩も動かせない。
「そんなのはね?ここにいる全員が抱いていることよ。そんな当たり前のことを言えば、入れてもらえると思ったの?残念だわ」
「俺は...」
「もういいわ」
男の腕の周りを術式が舞う。すると、男の腕から岩が生み出され、ガントレットの様に腕を覆い尽くす。
「優しく殺してあげる」
「ちょ、ま...」
避けるのも守るのも間に合わず、炸裂した鉄拳、否岩拳は腹に入り込み吹き飛ばす。扉をぶち抜き、奥の壁に激突し、瓦礫が崩れる。口元から血が溢れ、生臭い鉄の味が口いっぱいに広がる。前を向けば、男は静かにそこに立っている。恐怖が身を震わす。
「ガハッ、なんつー威力だよ...」
「さぁ、逃げるのなら今の内よ。逃げても殺すけど」
逃げれば、恐らく生き残れるだろう。念の為持っていた煙玉を使えば煙幕を張りこの敷地内から出られる。だが、そこからどうする?結局は逃げて時間を稼いで結局は死ぬ。戦っても死ぬ。それなら俺は...
「オラっ!」
「...煙幕、逃げたか」
肩を落とし、あからさまに落ち込むグライド。一歩踏み込み、追おうとしたその時、前から剣が投げ飛ばされる。寸前で躱すが、少年がどこにいるのかはわからない。
「逃げてもどうせ死ぬんだ。なら俺は...」
煙幕を突っ切り、グライドの背後を取る。アルトは手元に術式を作成し、起動を始めた。逃げるのではなく
「立ち向かって潔く死んでやるよ!!」
術式が稼働するように光り始める。青白い光は点々と手元に新しい剣城を作り出す。
「術式起動、技術設計定着。作成終了!」
「なるほどね、これが鋼の魔術。たった2小節での剣を作り出すとはね、恐れ入るわ」
喜ぶ。グライド足元に術式を作り出し、地面の材質と形を変化させる。
「術式展開。岩礁鉄斎・一式・」
剣の一撃は地面から生まれた岩によって塞がれ、もう一発アルトの腹に殴り込まれ戦いは終わった。
「クソ...が!」
「いい攻撃だったわ」
地面を勢いよく弾み、壁に激突する。砂埃と血煙に覆われ、筋肉は強張り立つこともままならない。歩み寄るグライド、そして握りしめられた絶命の拳。意識するのは前にも感じた死の感覚。結局、それは明確に自分に押し付けられた現実だったのだ。
「貴方の力なんてこの程度。どうやって、それで人を助けるというの?」
「...確かに、俺の力なんてちっぽけですよ。でも...」
震える膝を抑えて立ち上がる。怖がるな。前を見ろ。退いたら、いつかの憧れを抱いた自分にどんな顔して向き合える。逃げるな、戦え。
「俺みたいに、苦しい事を経験してほしくないから!守れるならみんなを守りたいから!その気持ちは!ここにいる人たちと一緒だから!だから、俺は逃げない!」
逃げた先で後悔するなら、進んだ先で、失敗しても満足したほうが俺はいい。グライドは静かに腕を振り上げる。掲げられた最後の審判は静かに振り下ろされる。目を瞑り、思い出すのはこれまでのこと。思い出せばクソみたいなことばっかだったな。いじめられ、蔑まれ、親を亡くし、好きな人にも告白のできない弱輩者。ホント、最悪の人生だった。
「合格よ!アルトちゃん❤️」
「へ?」
はずだった。拳は炸裂せず、優しく自分の頭を撫で回していた。なんだ?何が起きたんだ?
「いやはや!まさか団長を前に逃げないとは心臓に毛の生えた男だ!気に入ったぞ!私の舎弟になることを許可す「黙って...マーレイン」殴られる私も美しッ!!」
「良い戦闘センスだ。活かせばさらに強くなるな。それに、人を守るという覚悟、聞いていて熱くなった」
「頑張った...ね...治療...を...エリア...」
「はい、カルミラさん。ナイスファイトです!アルト君!」
「いやー筋肉ゴリラを前によく戦ったよ!頑張ったね、アルトちゃん!」
エリアさんが駆けつけ治癒をしてくれる。周りの人たちも称賛する様に声をかけてくれる。さっきまでの雰囲気は一体。
「いやードッキリしようって病院でエリアちゃんに電話で言ってね?仕掛けさせたのよ。ま、根性なしなら入団させないし、殺そうとしたのは本当だけど」
その言葉で身震いが止まらない。冗談じゃない、ガチで言っている。恐怖が体をせめぎ、一気に気が抜けた。
「サタンの心臓は心臓単体を補完するよりも人間一人が実態として持っているほうが安全だって、国の方が決めたの。だからもう大丈夫よ。よろしくね、アルトちゃん。ここが貴方の居場所、悪魔狩り本部、クリスタリア王国中央支部よ」
「よ、よろしくお願いします」
ついに、俺の戦いは幕を開けるのだ。手の中に確かな実感と興奮を覚えて、今立ち上がる。
「てか、貴方過剰適合魔術属性者でしょ?」
「あ、はい」
『...』
過剰適合魔術属性。自分が生まれながらに持っている魔術属性、俺なら鋼がそれに該当しているのだが、その魔術属性への適合率が他の魔術属性よりも明らかに高く100%を超えていることを指す。これは、普通の属性者よりもその属性に対して理解が深く、同じ魔術属性を持つ者よりも素早く、さらに質も良い効果を生み出すことができるのだが、一つだけ問題がある。
「俺、鋼の魔術しか使えないんですよね」
『...やべーな』
"他の魔術を使用できない"これが、過剰適合の唯一にして絶対の問題。それに加え、鋼の魔術はただでさえコスパが悪く、剣を作ったりしかできないのに、その魔術しか使えない。これが、俺が高校内で落ちこぼれ、劣等生と言われていた原因である。
「なんとかしないとね。レイナ!なんとかできる?」
「まっかせて!私にかかればお茶の子さいさいよ!さ、行くよ!アルトちゃん!」
「えっちょっと!」
地獄の鍛錬が始まる。
2話 かつての僕へ、理想はそこに
次回、禊




