心臓の音
ただひたすらにもう一度貴方へ。
警告音は吹雪の中を貫いて、ただひたすらに侵入者を知らせる。アルバトロス国有保管所。危険物や触れてはいけない禁じられた魔術の書物などがこの中には眠っている。そこに、黒いこの世界には存在しないナニカが、侵入していた。
「早く取り囲め!アレだけはとられて仕舞ってはいけない!!」
「あの存在は、過去の書物に記されていた魔界の...」
「こんなものか、人間の魔術のレベルは...」
その存在は死を解き放った。囲んでいた魔術隊員はその瘴気に触れた瞬間、腐ったように崩れていく。握りしめているのは黒く、歪に脈打つ心臓。
「彼の方の復活の為に...」
翼を大きく広げ、吹雪をものともせず青空に飛ぶ。その日、重要禁忌指定魔術品"魔王の心臓"が行方を晦ませた。
そこは地獄だった。
進むたびに見えるのは、火の粉と灰の入り混じった薄汚れた煙。歩くたび、誰かの声が聞こえた。助けてと、見捨てないでと、苦しいと。そんな悲痛な叫びを俺は無視していた。否、怖かったのだ。自分のために今、俺は歩いている。裸足のまま、自分の肌が焼かれる感触をじっくりと味わいながら、涙も枯れ果てた目で、俺はただ、この地獄を歩くのだ。
「う...ん...?」
朝を知らせる目覚ましの音が鳴り響く。辺りには魔術の訓練で扱った器具と、体を鍛えるために買ったダンベルなどが散乱している。カーテンを開ければ、そこは魔術の世界と言わざるを得ないほどに、異色に溢れていた。空飛ぶ人々。手から水を出す老婆、岩を生み出し道を舗装する大工。
「今日も最高で最悪の目覚めだ」
ここはクリスタリア王国、首都リリック。魔術が世界で一番栄え、魔術大国と呼ばれる魔術の最高峰。彼はその高校に通う一人の若い青年。アルト・イージス。
「やべ、遅刻する...!」
急いで学校の支度をとる。走り出すのと同時に扉を蹴破る。通学路を走っていけば、空中には箒を使って飛んでいく生徒達の姿も見受けられる。角を一つ曲がった辺りで水でできた腕に掴まれた。
「アルト!いっつも遅い!私がどんだけ待ったか知ってる?」
「知らないから、下ろしてくれよカルナ!遅れる!?」
「私の気持ちなんてこれっぽっちも伝わんないんだから。いいわよ、ほらさっさと行きましょ」
「なんなの...お前」
カルナ・グラトネラ。同い年にして幼馴染。学校内では随一の天才として知られ、快活であり、誰よりも魔術に真摯な姿から今からでも、大魔術師の後継者筆頭として名が上がる。
「てか、新聞見た?アルバトロスに侵入者だって。禁忌指定の物品が多数盗まれたって報道されてたよ」
「あ、朝刊取ってないから知らんかった。怖いな、最近」
そんな話をしていれば、学校に着いたようだ。リリック魔術専門高等学校。国内で一番の魔術高校であり、名高い魔術師を輩出した由緒正しい学校だ。そして門を潜れば、凛々しい顔つき、2番目の秀才として有名なバルグルド・オーグナーも登校していた。
「ん?劣等生と学年一位とは、いつもの月とスッポンコンビか」
「誰が劣等生だよ...!」
「間違いではないだろう?魔術の実技では赤点。テストも最下位。これを見てお前を劣等生と言わない奴はいない」
「テメー...」
「アルトストップ!バルグルド、流石に言い過ぎよ」
「そうだな、せいぜい励めよ劣等生」
嫌な奴だ。嫌いだ。しかし、貴族の盟主で、さらには魔術師としても稀有な才能を持つアイツと俺とでは同じ土俵にすら立っていない。それもそのはず、俺の魔術は...
「諸君、今日も魔術を深く知り尽くそうではないか」
授業の開始を告げる呼び鈴の後、世界に五人しか存在しない大魔術師の一人、大英雄リーン・グラネルバルトバッハ十二世が教鞭を取る。
「ではまず基礎の復習から、この世界には一人ひとりに固有魔術属性があり、その魔術属性にはは基礎魔術属性というのがある。炎、水、風、雷、岩。これらが普通の人々の属性になるわけだな。ただ、突然変異で別の魔術属性になることが稀にある」
チョークを気持ちよく打つ音が響く。そこには突然変異で生まれた魔術属性の名前が書かれていた。
「闇、光、影、龍、空、切断、そして、鋼。これらは今観測できている特異であり唯一無二の魔術属性、突然変異魔術属性と言われている」
クスクスと俺の方へ振り向く生徒達の陰湿な笑い声。そう、俺の魔術属性は鋼。しかし、鋼は突然変異の中でも、いや、魔術属性の中でもハズレ扱いであり、なぜならもとより用意しておいた剣や斧を使った方が魔術消費も防げるし、魔力を纏わせれば、同等の威力を出せてしまうからだ。
「我々の目的は、魔術の完成形、すべての始まり、すべての終わり"魔法"に至ること。全ての魔術師の夢であり目的。君達も同じ志を持って共に魔術を育んでいこう」
魔法。世界の始まりにして、世界の終わり。この星が生まれる前から存在しており、魔術は魔法の本の断片に過ぎない。魔法にたどり着いたものは全てを手に入れる。生徒達が一斉に声を上げる。こんな俺にも優しく教えてくれるリーン先生への憧れと尊敬は計り知れない。そんなこんなで授業は終わり、放課後、俺はいつもの魔術の鍛錬をしている場所に足を運んだ。
「はぁ、落ちこぼれ。魔術師見習いの劣等生...か」
廃校舎の屋上の風が吹き抜ける気持ちのいい場所に俺はいた。誰もいない、俺が特訓するにはもってこいの場所だ。一人、街を見下ろす。5歳の時から、俺はこの魔術属性と魔術の才能の無さからよく虐められていた。バルグルドはその一人だ。両親は俺が5歳の時死んでしまった。写真も残っていない。家が燃え、その中で死んでしまった。ただ一人、燃える家を眺めていたのを覚えている。魔術が全てのこの世界、ハズレの俺の魔術では魔術師にはなれないし、なれても鍛冶屋とかだろう。
「でも、憧れちまったんだからしゃーないだろ。俺みたいな人間を作らない、優しい世界を。人を助けるような魔術師を」
「あら?またコチラにいらしたんですか?」
「!?」
驚いて飛び起きる。屋上の扉を静かに閉め、スカートと髪の毛に手を添えて、桜色の髪色が靡く。学園のマドンナ、カルナとはまた別の美人。学校内3位の天才、セルナ・プリンセ。男子からの人気も高く、心惹かれる人間は少なくない。俺もその一人だ。
「セルナさん?なんでここに?」
「先生からこの資料を貴方に渡して欲しいと頼まれまして。いつもここで魔術の鍛錬を日が暮れるまでやってるのを思い出しまして、屋上にいるのではと伺ったら...」
可愛く笑って見せるセルナさん。彼女は持っていた資料を手渡し、隣に静かに腰掛けた。フローラルな、鼻のいい香りがする。
「アルト君は嫌いにならないんですか?魔術を?」
「...嫌いじゃないですよ。むしろ好きですよ、魔術」
素直な気持ちだ。魔術を鍛えている時、俺は自分の苦しみとか辛さとかを忘れられる。それに、学園の奴らをいつか一泡吹かせたい。だから今日も鍛錬に勤しむのだ。
「やってる時、少し成長した自分を考えるのが楽しいんです。俺は劣等生だけど、だからこそ!みんなをあっと言わせたいんです」
「アルト君...」
てか今はチャンスだ。俺の気持ちをセルナさんに伝えるいいチャンス。これまで溜めてきた気持ちをここで告白しろ。この人の、才能に驕らず、鍛錬し、誰にでも優しいその姿勢に俺は惚れたんだ。伝えよう。今。
「セルナさん...」
瞬間、本校舎で爆発音がする。黄昏ていく校舎、オレンジ色に染まるその一角に灰色の雲が立ち上る。そして思い出す。今日はカルナから一緒に帰ろうと言われていたこと。鍛錬が終わるまで、教室にいること。そしてその教室の位置が、今見える煙の立ち上る場所と同じということ。そして蘇る、あの頃の記憶。重なる、あの惨劇と。
「カルナ!!ごめん、セルナさん!また今度!」
「あ!アルト君!」
校舎から飛び降りる。壁に剣を刺して、落下速度を殺す。術式の展開と構築を行うことで、魔術を発動することができる。
「魔術属性機動、構造製作、術式締結、鍛造理念定着。制作完了」
青白い光の中、赤と黒の稲妻が迸り、一つの剣が完成する。これが鋼の魔術による一つの特性。壁に突き刺し、勢いを殺して校舎へと駆ける。
「くっそ...いきなり現れてなんなのよ!魔力が練れない...!」
「グギャギャギャ」
それは人とは言えないナニカ。黒い存在はふざけた下品な笑い声を上げながら、カルナの喉を掴む。その気になれば殺せるはずの実力。しかし、それをしないのは自分こそは最強という自負があるから。
「アル...ト...」
意識が飛びかけたその瞬間、敵の腕が撥ねられる。赤い血が飛び散り、辺りを濡らす。そこにいたのは息を枯らし、必死にここまで走ってきたであろう少年の姿だった。
「カルナ、ごめん...!いま、助ける!」
「アルト...!」
「!」
瞬き一つの合間、敵はアルトの腕を同じように撥ねる。赤い鮮血が肩口から吹き出し、持っていた剣は転がる。アルトは肩を抱えながら叫び、疼くまる。その瞬間に敵はアルトの腹を蹴り上げ、追撃を続ける。
「アルトォォ!!」
「来るな!カルナ、逃げろ!」
「でも、でも、でも、アルトが!」
「俺は大丈夫だ!体は丈夫なこと知ってんだろ!?心配すんな!すぐに戻るから!リーン先生とか呼んでくれ、頼むぞ!」
「っ!」
カルナの顔は見えなかったけど、多分顰めっ面だろうな。アイツ、正義感あるし、優しいから。あぁ、こうなるならちゃんと好きだってことセルナさんに言っとけばよかった。
「はぁー、クソ野郎テメーのせいだぞ」
奴は笑っている。剣を作り出し、もう一度踏み込み振り切る。軽々避けられ、足を引っ掛けられて転ぶ。はしゃぐ奴の足を切り裂く。血は飛び出るがすぐに回復する。殴られ、蹴られ、そして髪を掴まれ投げ飛ばされる。
「やべ、意識が...」
飽きたのか、奴は俺の胸に手を手刀の形を作って突き立てる。ああ、死ぬのか。俺。瞬間、胸に鈍い音が残り、俺は意識を消した。
ただ、最後に見えたのは、金髪の女性が敵を打ち払い、悲鳴をあげる怪物の姿と俺を抱き抱えようとする優しい聖女の姿だった。
見知らぬ天井だ。
「うっ」
辺りを見渡せば、どこかの病院のようだ。胸にはまだ鈍い痛みが残っている。あれ?でも確かに心臓が潰れた感触が。じゃあなんで俺は生きている?確かに触れる。花瓶にも、俺を見ているおじさんの顔も。
「話していいかな?」
「うわ!本物!」
失礼しちゃった。てか、ずっと俺のこと見てたのか。見たところ医者っぽいけど。
「君の心臓を取り替えた医者のベジーという者だ。よかった、回復は順調なようだね。まさか取り替えて2日で目覚めるとは、大した肉体だ」
「どうも」
「君に会いたいという人がいてね、今から呼んでくるから、待っててくれ」
そうして、呼んできた人は、女神のように美しい人だった。金色に光る太陽のような金髪。全てを透き通るような淡くも湖のような翡翠色の瞳。
「こんにちわアルト君。私はエリアデルコード=プロテスパイナー。容体はだいぶ良さそうですね本当に良かった...」
「あ、はい。大丈夫です」
すると彼女は俺の胸に手を触れ、目を瞑る。どうしたんだ?急にこんなことをするなんて。一体何を...
「まさか!?悪魔の心臓?」
「へ?」
すると、彼女は腰に付けていた剣を引き抜き、俺の胸に突き立てた。一体どうしたことか、短期間で俺は二回も胸を刺されそうな経験をしている。
「まさか、魔王の心臓?でもあれは盗まれて、でもこの反応は?」
何を言って、サタン?あの伝説の悪魔の王?世界を破壊し続け、魔界へと追いやられた破壊の象徴。の心臓が俺の心臓になってる?何を言って...
「混ざり合って、でも完全には同化していない。半人半魔?そんなのが存在するというの?」
「あの〜」
彼女は急いで魔術通信機を取り出し、誰かに駆け寄ったようだ。一体何が起きているんだ。
「はい、取り調べお願いします。ありがとうございます。それでは失礼します」
通信機の音が途切れる。くるりとこちらに振り向き剣を鞘にしまう。
「すいません、取り乱しました」
「いや、あの俺の体に何か?」
不穏な雰囲気と表情をしている。本当に何が起きてるんだ。
「私は国の機密機関、悪魔狩りの魔術師です」
「悪魔...狩り?」
聞いたことがある。この世界には悪魔が蔓延っており、そう言った存在を影から始末し、世界の調停を保っている集団がいると。でも、それは都市伝説の話で。それがこの人だというのか?
「あの悪魔によって貴方は心臓を貫かれ、絶命しかけていました。そこに、魔力の品質の高い悪魔の心臓を移植されることでなんとかなったのでしょう」
「いや、待って!悪魔って!あれは伝承上の奴だろ?」
「あの姿を見ても本当にそう言えますか?」
「!!」
俺の心臓を貫いた存在。カルナを襲ったクソ野郎。アイツと同じ、それの王の心臓が俺の中に?いや待てよ、だって、俺は普通に暮らしてただけで。
「盗まれたサタンの心臓をなぜ移植されたのか、どうやってここに来たのかは知りませんが、こうなった以上、貴方は規定上殺さなければいけない」
「死ぬ?俺が...?」
あんな、気色の悪い感覚をまた味わうのか?いやだ!でも、悪魔って、俺がカルナを襲うかもしれないし、人を襲うかもしれないのか?それなら、いっそ...
「ですが、今回は貴方が特別です。普通、悪魔の血や体の一部を取り込むと悪魔化するのですが、貴方は混ざってはいるが完全ではない。なので...」
気づくと手錠が掛けられていた。手首に硬い感覚を感じる。いやどうゆう事?
「これから、貴方を悪魔狩りの本部に連行します。もしも、団長が認めれば貴方を管轄下ですが、生かし、我々の手伝いをしてもらいます」
「え?てことは?」
「悪魔狩りになるか、悪魔として殺されるかの2択ということですよ」
一つの歯車が噛み合い、動き始める。まだ、小さな小さな動き、しかし、いつか全てが噛み合い、その動きは世界を揺るがす。少年は地獄への一歩を確かに踏み出した。彼はただ目の当たりにする、現実と希望、虚実と絶望。全てを孕んだ進むべき自分の道を。
第一話 心臓の音。
次回、いつかの僕へ、理想はそこに




