第28話 誹謗中傷をぶっ飛ばせ
私は中庭で君枝とオダブンに遭遇するほんの10分前にアマゾネスから呼ばれていた。
「朱雀坂さん、オンライン署名はどんな感じなの。私が呼びかけた医療関係の仲間はけっこう協力してくれてるみたいよ」
「ありがとうございます。南条先生にはいろいろ助けていただいて心強いです。ただ……」
「何か気がかりがあるの?」
「オンライン署名だからネット上での話題性が高くて。SNSでは応援してくれる一方で批判する声が少なくないんです」
「だろうね。SNSでの誹謗中傷は深刻な社会問題だと思うわ。政府は法律化で対策を打ったつもりでしょうけど、これはいじめ問題と同じで根っこが深いのよ」
もしかしてアマゾネスはオンライン署名の取り組みを知ったときから懸念していたのかもしれない。
「誹謗中傷はスルーした方が得策だというけれど、私はできるだけ真意を説明したいんです。そうしないと、反論の余地もないのかと誤解されてしまいそうで」
私の訴えを聞いていたアマゾネスは、頃合いをみて本題を切り出した。
「実は市議会から高校生と意見交換会を行ないたいと打診があったの。2週間後の開催予定で急だけど、あなた参加してみない」
「それって、市議会の議員さんたちと話をするっていうことですよね。私なんか市政について考えたこともないし」
さすがにハードルが高いと感じていたら、アマゾネスはお見通しのようだ。
「だったら立花寺君枝も一緒に参加すればいいじゃない。あなたたちは2人揃うと実力以上のパフォーマンスを発揮するから大丈夫よ」
「そうですね。君枝に相談してみます」
「いい。これはオンライン署名についてアピールすることと、誹謗中傷に対する率直な意見を伝えることが目的よ」
「そっか!わかりました」
「じゃあ、校長に推薦しとくから」
「よろしくお願いします」
市議会という未知の空間に出るかもしれない。
ドキドキワクワクしながら保健室を後にした私は、タイミングよく君枝に会ったというわけだ。
私がアマゾネスと話したことを伝えたところ、君枝は我が意を得たりという顔でうなずいた。
「まずは市議会との意見交換会について、どのような内容になるか調べておく必要があるわね」
君枝が俄然やる気になってきた。
うなだれているよりも、何かを発見したときの学者みたいに目を輝かせている方が彼女らしい。
ネットで過去の資料を探すといくつかの報告や感想が出てきた。
『市議会と高校生の意見交換会』のような取り組みは自治体によって内容が違う。主にはエリアの高校から20名~40名ほどを募集して10名~20名ほどの市議と交流する。
参加者の自己紹介からはじまり、市議会を知ってもらうためにクイズ形式で学ぶこともある。施設内を見学してから、いよいよ数グループに分かれて交流会となる。意見交換についてはフリーディスカッション型式が多い。
「これまでの記録によると交通安全の啓蒙活動や学校給食費の無償化、SDGsの取り組みなどについて発言があるなか、タヌキが公道でよく轢かれているという声も出ているわ」
君枝の言葉を聞いてオダブンが作戦を理解したようだ。
「そっか、市民のためになることならばだいたいのことは発言できる。だから自然環境の保護に絡めてオンエア署名のことに触れるという寸法ですね」
「飲み込みが早いじゃない。まあそんなところね。そこまでわかっていながら意見交換会に行けないのは残念だけど……」
君枝に言われて肩を落とすオダブンを見ているとなんだか可哀想になった。
「オダブンも参加できないか、南条先生に頼んでみようか」
「本当ですか!お願いします、お願いします、お願いします」
私は気遣っただけのつもりが、本人はすっかり乗り気になっていた。
今回の『市議会議員と高校生の意見交換会』は平日に市役所で行なわれた。
羅門洲高校からは私と君枝、オダブンを含む6人が参加。他には進学校として知られる備長館高校をはじめ、ライバル校の聖竹原高校など全5校から総勢30人が集まった。
まずはだだっ広い議場で市議会の概要について説明を受けた。その後、議長室など議会関連の施設を見学すると、大きな会議室で三つの島に別れたテーブルに着席した。我々3人はバラバラになってしまい、それぞれの島に市会議員が5名ずつ入って意見交換会のはじまりだ。
高校生から進行役が選ばれたが、自然と順番に発言する流れになる。やがて私の番になった。
「羅門洲高2年、朱雀坂七津姫です。署名ご協力のお願い『動物たちの山を荒らさないで。ゴイサギ大明神は怒っています』の発信者・ゴイサギ大明神を守る会(高2女子・夏と君)でもあります」
自己紹介したところ周りが少しざわついた。
「率直に言わせていだたくと、高良山の一角を開発を理由に森林伐採することができないように条例を作って守ってほしいんです」
発言すると議員の一人が回答した。
「高良山は『優れた生態系を有する地域』の一つに位置づけてます。鳥獣保護区にも指定されているから心配いりませんよ」
出ました当たり障りのない大人の回答。
しかしそれで引き下がってはここに来た意味がない。
さらに発言を続ける。
「私はゴイサギ大明神の祠が建つ山の地主さんを知っているのですが、土地を買収しようと嫌がらせを受けて困っていました。そうした事実をご存じですか」
周囲はかなりざわつき、議員の顔色が変わった。
「その件については情報がないので、調査して後日お答えします」
「よろしくお願いします。また、オンライン署名の趣旨はそのように裏で手を回して山を開発することが出来ないように条例の制定を望むものです」
私が主張したところ、それまで淡々と進んでいた意見交換会が熱を帯びだした。
聖竹原高の男子が挙手して反論してきたのだ。
「ゴイサギ大明神に関しては、地主さんが神様のお告げがあり一夜にして建ったと話されてましたよね。地主さんこそ裏で何かを企んでるんじゃないですか」
来た来た。SNSでよく見かける批判と同じだ。
「私は地主の草野さんに何度もお会いしましたが、信頼できる人柄だと感じました。あなたは草野さんに会いましたか。会ったこともないのに何かを企んでいると疑う理由を示してください」
「だって、神様のお告げとか一夜で建ったとか明らかに疑わしいじゃないか」
まあ一般的には当然の言い分だろう。私はここで長引かせるのはやめて論点を変えた。
「ぜひ地主の草野さんに会ってみてください。今日は時間も限られているので、その件はこれで止めておきます。それより、高良山を荒らさないように明言した条例の必要性についてはどう思いますか」
そこで進行役が口を挟んだ。
「この意見交換会は討論して結論を出すことが目的ではないので、一つのご意見として記録いたします。次に進んでよろしいですか」
「わかりました。進めてください」
私もそれ以上議論してはイメージダウンにつながるおそれがあるので矛を収めた。
さて、君枝やオダブンはどんな感じなのだろう。
「立花寺さん、あなたは森林の伐採によって山が荒れると言うけど、森林はある程度成長したら伐採して手入れする必要があるのよ」
私の意見に真っ向から反論してきたのは備長館の秀才と噂される3年生の女子だった。思う壺である。私はSNSの誹謗中傷と似たような意見を待っていたのだ。
「ちょっと勘違いされているようですね。日本では林業による杉やヒノキなどの植林によって森林全体の面積はほとんど変化していませんが、天然の雑木林が生い茂る面積は減っているんです。あなたがおっしゃる伐採して手入れするのは植林した森林のことではないでしょうか。今回、オンエア署名で求めているのは高良山の雑木林を守るための条例なのです」
私は感情的にならないよう注意しながら説明した。
「そういうことだったら異論はありません。私も署名に協力させていただきます」
秀才だけに理解すれば納得してくれるじゃん。思ったほど紛糾しないで済んだわ。
やっぱりゴイサギ大明神に一度ぐらい行っとくべきだったなぁ。
何か僕がオンライン署名を訴えても説得力がないような気がする。
「初対面なので覚えられなくてごめんなさい、小田文吾くんでしたよね」
僕を名指ししてきたのは、進行役の男子だ。もちろん僕も初対面なので名前を覚えきれなかった。
「オンライン署名で見たんだけど、ゴイサギ大明神の由緒書に『何者もこの地を荒らすことがないように』とあるんでしょ。最近は動物が町に出没して畑を荒らして人間に危害を加えているのだから矛盾してるんじゃない」
全くこういう連中がいるから君枝さんが頭を抱えなけりゃならないんだよ。
僕はついカッとなってしまった。
「署名ご協力のお願いをよく読んだらわかると思うけど、昔から高良山で暮らしているのは動物たちなんだよ。人間が勝手に開発とか理由をつけて森林伐採するから、エサが少なくなって町に下りてきてるんじゃないか。どこが矛盾だって言うの」
「そうなんだ。まあそんなに熱くならないで。僕ももう一度よく読んでみるよ。じゃあ次の方……」
こうやって意見交換会は終わった。オンライン署名について参加者にアピールしただけでなく、発言記録として紹介されるので注目を集める効果は十分期待できる。
なによりの成果は君枝がSNSの誹謗中傷でたまったうっぷんをここで晴らせたことだろう。
協力者を増やせたことでオンライン署名の手応えは上々だった。
ところが、肝心のゴイサギ大明神にまたしても異変が起きる。




